迷いの夜

=2=(ベル伯/フェル伯)

 始まりは一通の招待状であった。
招待者の名を見ても直ぐに面立ちが思い浮かばなかったのは当然で、パリに数多いる貴族の中でも伯爵の大儀には何ら関連も関係も微かな繋がりさえも存在しない相手である。その相手が伯爵を夜会へ招く理由は歴然としていた。社交界で様々な噂を呼ぶ、忽然と現れた謎の男を一目見ようと言うだけの話だ。見たければ訪ねてくれば良いと考えるのは下賤なる者達の思考で、爵位の高低に拘わらず名も知らぬ何処の馬の骨とも判らぬ者を見たいなら呼びつけるのがパリに於ける貴族の流儀であった。
「フラー男爵に関してのデータはあるか?」
傍らに控えるベルッチオへ訊ねれば即座に答が戻る。
「こちらに。」
差し出された紙片にざっと目を通すと伯爵はなんとも呆れた風な顔でベルッチオに問う。
「どう思う?」
「最後の一項目が気になりますが…。」
「金と其方…目的はどちらだろうか?」
「一時、領地を切り売りした時期がありますので・・どちらとも言えませんな。」
「今はそこそこと言ったところだが…。」
「しかし潤っているとは言い難いと思われます。」
「ふむ…、金蔓と践んだ方が当たっているようだな。」
「彼方に関しての趣向は若い小僧らしいとの噂もありますし…。」
「やはり、金……か。」
「恐らくは。」
相手は老齢の貴族である。長きにわたり家名を受け継ぐ旧家ではあるが、昨今は嘗ての勢いを逸している。但し先祖から持ち続ける領地より吸い上げる諸々はそれなりで、余程の散財をしなければ今後も恙なく暮らしていける筈であった。しかし当代はどうやら芸術に殊の外関心があるらしく、特に美術品収集に度を超した金銭をつぎ込んでいたようだ。そして現在は幾人かの作家を抱えサロンを開いている。あらゆる贅に飽きた貴族にはありがちな傾向であり、人を集めれば資金が必要となって今以上の財力を持つ後ろ盾を欲しがるのは当然の成り行きである。
 辺境より現れた噂の富豪と関わりを持とうとするなら頷けると伯爵は読んだ。が、家礼も気に掛けた最後の項目も捨てきれない要素ではある。紙片の最後に記された其れは『男色』の一言であった。
「其方の嗜好で私を値踏みする可能性は薄いだろうな。」
「側仕えは全て若齢の小僧らしいです。」
「私は…趣味ではない…か。」
実に面白そうな表情で伯爵は呟く。
「此方に利のない取引は御免被ろう。」
「では、断りを入れておきます。」
一礼したベルッチオが踵を返す。ところが其の背に伯爵の呼び止める声が飛んだ。
「一応、招待客のリストにも目を通しておこう。」
渡さずに終わる筈だった封筒をベルッチオは伯爵へと差し出した。家礼は中身を見ていない。然るべき値段で売り手から買い取ったまま伯爵が求めなければ焼き捨てられる情報だ。
 乾いた紙の音がする。通常、情報と名の付くデータは記号化されシステムの中でやりとりされるが、何故かこの手の表に出ることのないものに限ってノスタルジックな形式で売り買いされている。どれほど堅牢な防壁を構築しても容易く破られることが常識となっているからか、それともこれらを生業にする輩は頑なにアナログを貫くのが美徳なのかは知れない。しかし一旦火にくべてしまえば跡形もなく消し去ることの出来る紙片でのやりとりは、実のところ『秘密』を売る側にも買う側にも都合の良い形式なのだろう。
 さして多くもない氏名を視線で追う伯爵の顔から、あの楽しげな表情が消えた。
「ベルッチオ…。」
「どうされました?」
「あの男が…。」
「伯爵?」
「あの男の名が…ある。」
向けられた面にはあからさまな嫌悪が浮かぶ。全く得心できぬと寄せられた芳眉が訴えていた。
「招待を受ける。」
「はい。」
「喜んで伺うと…先方に伝えろ。」
「畏まりました。」
この時、伯爵の嫌悪の矛先となった男に微かな訝しさを覚えた事を何故主へ申し出なかったのかとベルッチオは後悔した。その時は老人との関連が欠片も読めなかったのだから仕方ないと言ってしまえばそれまでだが、少なくとも言葉にして伝えなかったのは自分の落ち度であると、その後彼は幾度も自戒することになる。


 広間の入り口に辿り着いた時、振れ係が良く通る声音で告げた。
『モンテ・クリスト伯爵様がお出でになりました。』
中央のテーブルを囲む一団の中で特に小柄な人物が顔を向ける。大仰に驚いた風を作り、それからゆっくりと歩を進め客人の前へとやって来た。
「この度はお招きを戴き無類の光栄にございます。」
慇懃に頭を下げるのは客人で、当主は如才ない笑顔を浮かべ来訪への感謝を述べた。
「今宵は特に親しい皆さんをお迎えしての集いでしてな。肩肘を張らぬ気楽な場をお楽しみください。」
「お心遣いには深く感謝いたします。しかしその様なお席に加えて頂くのは私には荷が重いかと些か緊張を覚えてお ります。」
すると当主は声を上げて笑い、伯爵にお越し頂いたことこそが当家の誉れであると大袈裟すぎる言を垂れた。
 つまり毎夜開かれる夜会で話題の中心となる男が今夜の目玉であり、様々な噂を囁かれるペテン師を呼びつけた事実で明日は此の当主が貴族達の注目を浴びる結果となる寸法だ。見せ物が到着し、きっと胸をなで下ろしているに違いない。
 フラー男爵は伯爵を導き先ほどの一団へと戻る。待ちわびる輩の双眸は好奇の色で染まっていた。傍らから順に引き合わせの儀式が始まる。紹介されるたび、伯爵は相手の最も触れて欲しい事柄へ賛辞を贈った。名家と誉れも高いとか、名だたる財閥のとか、辺境にも名の知れたなどの一言を加えてやるだけで奴らの自尊心は大いに擽られるわけである。広間に集う人数は大凡7〜80人といったところで、そのほぼ全員との儀式が終了するのに一時間以上を要した。くだらない誉め合いに辟易した頃、当主が各の歓談を促す。ホッと密かに息を吐きつつ室内に在る顔を一渡り見回したが件の男は未だ来ていない。出席だけを返したが、実際には訪れない可能性もある。無駄足を践んだかと少しばかり落胆を覚えた時、先ほどの振れ係が其の名を呼び上げた。
『モルセール将軍閣下がお越しになりました。』
壁際で幾人もの貴族に囲まれている伯爵は空かさず入り口へと視線を走らせる。出迎える当主に大らかな笑顔を返す其の男は確かにモルセール将軍に間違いなかった。恐らくフラー男爵が伝えたのだろう。将軍が驚いて周囲を見渡す。そして彼の位置から最も離れた辺りに立つ姿を見つけると相変わらずの行き過ぎた親しさを顕わにし将軍は広間を横切り伯爵の元へと近づいた。
「まさか此方で伯爵にお会いできるとは思ってもおりませんでした。」
「私も驚いております。よもやモルセール将軍とご一緒させて戴けるなど夢にも思いませんでしたから。」
「お二方が懇意であられたとは、全く存じ上げなかった。」
将軍の背後からそう言ったのはフラー男爵で、受けたフェルナンは実は家族ぐるみで付き合っていると少々自慢気に宣った。
 その後、フェルナンは暫し周囲と歓談をしていたが頃合いを見計らったかにやって来た当主が何某かを告げると広間から出ていき、結局伯爵が場を辞するまで戻っては来なかった。個人的に込み入った話をする場合、別室へと移るのは珍しいことでもない。多分、男爵が他者には聞かれたくない会話を促したと思われ、其れならやはり金か或いは人脈に関する頼み事だろうと伯爵は予測した。もしかしたら己との橋渡しを依頼したのかもしれない。次ぎに同様の招待があったなら其の予想は現実となる筈だ。次手を待つ。伯爵はそう結論した。
 そして次手はすぐにやってきた。同じ書簡で招待の由が届き、伯爵は迷いもせず出席を返す。相手の目論みに大方の予想をたてていたから出席者を確認することもしなかった。数日の間をおき出向いたのは同じ屋敷、同じ広間で、当主は同じ愛想笑いを浮かべ歓待を表した。少々気になったのは招待客の顔ぶれが前回と異なったことだが、歓談の輪に在ればその理由もすぐに知れた。
 つまり当主は自身を取り巻く人間を披露しては悦にいる種類の輩なのである。自分の取り巻きにはこんな人物がいるのだと、集いの場に並べてほくそ笑んで己を満足させたいらしい。故に、伯爵を含め社交界で何かと話題になる人物を招く意味のない集いを繰り返しているのだった。関連性や相互性のない顔ぶれもそれなら合点がいくと言うものだ。何時までもこんな座興に付き合ってやる筋合いはないと伯爵は今後の誘いを断る腹を決めた。
「時に、モンテ・クリスト伯爵は私のサロンにご興味はおありですかな?」
まるで心中を覗き見たかに男爵が言葉を掛けてきた。驚きはしたが顔に出すほどでもない。
「はい、お噂はうかがっております。」
「一度お誘いしたいが、如何ですか?」
「それは、更なる光栄でございます。」
なるほど…今度は其方で自慢がしたいか…。伯爵はうんざりしつつ如才ない礼を述べた。
「では、また日を改めてご招待いたしましょう。」
「お気にとめていただき、有り難うございます。」
一度くらい顔を出してやるか、或いは如何にもな理由で断るか、其れは後日考えれば良いことだと柔和な笑みの下で逡巡するも、既に深みにはまってやる意思は欠片も持ち合わせていなかった。
 そろそろ引け時だと頃合いを計り始めた矢先、又してもあの男がやって来たと振れ係の一声が知らせる。当主はそそくさと迎えに行き、伯爵は場を辞する挨拶の間合いを逃した。けれど此処に留まっていれば奴と再び会話を交わさねばならない。今宵も充分すぎるくらい引き合わせの儀式に付き合い、これ以上の気疲れは御免被りたいのが実のところであった。ましてあの男の面など拝みたくない。伯爵はさりげなく輪から外れると、一時の逃げ場として硝子扉の外、裏庭に大きく張り出すバルコニーへと出ていった。
 流石に古より受け継がれる旧家だけあり、中心街から少しばかり外れているとは言え鬱蒼とは評せないにしても重なる木立と奥まった辺りまで続く庭園の広さはなかなかのものである。夕暮れは疾うに過ぎ、すっかり降りた夜の帳を揺らす微風は噎せ返るほどの甘い緑の香を運ぶ。細い小径が木々の合間を縫って続く先、チラチラと見えるのは別館の灯りであろうか。最前、主が語ったサロンとは其の場所かもしれぬと伯爵は人いきれから逃れた安堵にぼんやりとした面を向けそんな事を考えていた。
 思い出したかに吹き寄せる風がゆったりと波打つ髪を揺らす。肩先に遊ぶ髪先が頬に触れ、そのくすぐったさが知らず口元を綻ばせる。あと少し此の場所で頃合いを計り、当主へ礼を贈って広間を後にするつもりであった。その際彼の将軍閣下と顔を合わせるのは致し方ないかと腹を括る。あの大らかさを押しつけてくる男が脳裡を掠めた途端、薄く笑みの浮かんだ伯爵の顔に苦い翳りが射した。儀礼的な言葉を幾つか交わすのも厭わしいのが本音であるが、礼を欠く振る舞いをするつもりはなかった。大儀の為には目を瞑らなければならない。其れは重々承知している。ならば何が伯爵の蒼白な面を曇らせるのかと言えば、やり切れない心持ちを今宵もあの者に擦り付ける可能性を思ってのことであった。肩を貸せと言えばその通りに、寄りかかれば確かに受け止める腕が在ると知っているから、其れに甘えてしまう己が疎ましかった。そして自身の微かな気鬱にも気づいてしまう家礼が頼もしくもあり辛くもあるのだ。
「おお、此方にお出でになりましたか。」
大仰な言い回しを背後から投げられた。振り向かずとも相手が誰だか分かり切っていた。どうやら今夜は事が上手く運ばない流れらしい。腹の底で舌打ちし、しかし其れを飲み込むと伯爵はゆっくり振り返った。
「ああ、お恥ずかしいところをご覧に入れてしまいました。皆様の素晴らしいお話を拝聴しております間に、些か酒 精を取りすぎてしまったようで、此方で少々酔いを醒ましておりました。」
「なるほど、彼方は少し空気も悪いですからな。」
「それよりモルセール将軍も風に当たりにみえられましたか?」
「いえ、私は貴方を探して参ったのですよ。」
「私を?」
「フラー男爵から伺ったところ、伯爵はサロンに興味がおありだとか?」
「それは…、興味と言うほどもありませんが…。」
「それなら関心をお持ちですか?」
『サロン』に含まれる意味合いを図りかねて伯爵は敢えて遠回しに話題の核心を探ろうとする。
「関心…と申しますか、私はなにぶんにも辺境に身を置いておりました田舎貴族でございます。パリの方々のご趣味には少なからず興味はございます。しかし嗜みも知らぬ不作法者ですので、先ほどもお誘い頂き恐縮を覚えるばかりなのです。」
穏やかに笑んで相手の次ぎを待った。
「いや、ならば余計にお誘いしたほうが宜しいですな。少しでも関心をお持ちになっておられるなら尚更です。」
未だ真意が見えない。ふと今し方眺めた別邸を思い出す。
「サロン…と言いますのは、彼方の先に見える建物のことでしょうか?」
「いやはや、伯爵は目聡くていらっしゃる。仰る通り、あの先に見えるのがその場所です。」
「灯りが見えましたので…。すると今宵も何方かがいらっしゃると言うことですな?」
「まぁ、誰かは使われて居られるのでしょう。その辺りは…何と言いますか、男爵と皆さん各だけが承知される決まりですから。」
誰が集うかを他者が知らぬ決まり…。刹那、伯爵の脳裡に紙片にあった最後の項目が浮かんだ。フェルナンの発した『使う』と言う単語が引っ掛かる。
「まるで秘密倶楽部のようではありませんか?」
非常に興味深いと言いたげに相手のか顔を伺う。
「それほど怪しいものではありませんよ。 決まりと言っても男爵が洒落で申されたくらいの意味合いでしてね。中には密やかな趣味としておかれたい御仁もお出でになるだろうとしたお気遣いも少しはあるでしょうが。」
実に面白い事を言うとフェルナンは手放しで笑った。この時点で伯爵は大凡を察する。恐らく男爵が召し抱える小姓と数時間の戯れを行うのだろうと読んだ。
「どうです? お時間が許せばこれからご一緒に参りませんか?」
言葉を収めた伯爵が迷っているとでも考えたのか、フェルナンははっきりと誘いの言葉を向ける。
「いえ…、今宵は少々疲れておりますし…。」
「それでは、日を改めてお誘いすると言うのは如何ですかな?」
それまで双方の間には手を伸べても届かぬ距離が存在した。ところが更なる誘いを垂れながらフェルナンは一気にその間合いを詰め、バルコニーの先に立つ伯爵の傍らへと立ち並んだ。
「先日こちらで伯爵をお見かけした時、貴方が男爵のご招待を受けられたお気持ちを色々と考えておりました。そのおつもりなのかが非常に気になりましてね。さきほど男爵から興味を持たれておいでだと伺って、気が早いかとも
 思いましたが、こうしてお誘いに参ったわけです。」
肩が触れるくらい躯を寄せ、耳元に囁く台詞が伯爵を竦ませた。背筋に走るのは歴とした怖気で、けれど此の男がまさか其方の意味で誘っているのだとは瞬時に信じられなくもある。が、哀れな小姓を嬲るのではなく、互いに情を交わすつもりなのだと此の後相手の吐いた台詞を耳で捉えるに到り、伯爵はくっきりと理解したのである。
「将軍…、私は…。」
「いや、お気持ちは判ります。密事を共有する事に誰しも抵抗はあるものです。まして伯爵と私は家族も含めてのおつき合い。しかしご心配は無用です。男爵の口の堅さは堅牢そのもので、未だ嘗て噂にも上ったことはありません。」
今にも耳朶を含む距離から顰めた声が伯爵へ投げられる。幾分顔を背けながら、確かに口の堅さは立証されていると伯爵は妙に醒めた台詞を胸中で呟いていた。もしも僅かでも内情が漏れていたなら、こんな屋敷に足など運ばなかったと当主の頑なさに感歎を覚えるのと同時に、あの項目を知っていながら様々な可能性を考慮しなかった己の軽率さに臍を噛む。そしてこの男の身辺をより深く探るつもりが、逆に相手の手中に捉えられんとする現状を如何にして覆すかと思いつく限りの術を探していた。ところが間近から吹き込まれる生ぬるい息にまみれた台詞が伯爵の冷静さを曇らせてしまうらしく、全くと言ってよい程思考が廻らない。己の不甲斐なさに思わず口元から嘆息が落ちた。
「どうやら伯爵は本当にお疲れのご様子ですな。」
零れた溜息を勘違いしたのかフェルナンは強引さを収める。
「申し訳ありません…。やはり酔いが抜けませず、少しばかり気分が優れません。」
「それはいけませんな。」
するりと腕が腰に廻る。ぞくりと背が泡だったのは嫌悪のためである。
「今宵は此でお暇した方が懸命かと…。」
「確かに、ご無理はいけません。」
言葉とは裏腹に腰の腕に力が籠もり引き寄せようとする。あからさまにならぬよう、伯爵は躯を離すべく丁寧な礼を述べた。
「折角のお誘いに失礼を返す無礼をお許しください。」
「いや、どうかお気になさらず。後日お誘いの書簡をお届けいたしますから。」
僅かに腕が緩む隙をつき、伯爵は躯を逃す。そして今一度深い礼を贈りその場を辞した。
 硝子扉に手を掛ける背に何のてらいもない声音が飛んだ。
「貴族の嗜みとしてご一緒出来ることを楽しみにしております。」
軽く会釈をするが早いか、伯爵は相変わらずの不抜けた面が並ぶ広間へと戻る。即座に当主を捜し場を辞する非礼を詫びた。フラー男爵は一切を知らぬ顔で薄ら寒い言を吐く。
「どうか、今後とも親しくおつき合い頂きたいですな。」
内耳に響く其れに鳩尾を内側から掴まれる感触を覚え、伯爵は喉元に込み上げる苦みを何とか飲み下した。


 緩慢に侵蝕を始める質量に喘ぎながら、伯爵は酷くやり切れない心持ちに苛まれている。戯れに己との情交を求めるあの男と、其のおぞましさを拭い忘れる為に家礼との行為を欲する自分は、どれ程の違いがあるのかと埒のない問いを自らに向ける。答は聞かずとも判っていた。違いなど全くないのだ。どちらも浅はかで愚劣な欲求である。
 それでも敢えて答えを望むなら、決して抗わないと知っていて主の命を振りかざす自分の方が罪深いに違いない。愚かだと自覚して、しかし止められない己があの男の行為を蔑むなど出来ないのかもしれない。
『いや、蔑まれるのは私だ…。』
虚ろな思考の内でそう呟きながらも、伯爵は自身を気遣わしげに貫く男の褐色の背に腕を伸ばした。




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