存在の証
=4=(ペッポ×伯爵&ベルッチオ×伯爵)
『あの子と寝なくてもイイってこと?』
娘の顔を持つ野良猫は些か不満気な顔でそう言った。
「必要ない。」
「へぇ〜、それならそれでイイけど。」
言いながらも納得はしていない面(つら)だ。
「行動を…出来るだけ詳しく、些細な事象も洩らさず伝えれば其れで良い。」
「お頭がアナタに付いちゃったから、アナタの言う通りにするけど…。」
「けど……、何だ?」
「ちょっと見くびられたって感じがする。」
見くびってはいないと伯爵は抑揚なく答えた。
「だってワタシ、かなり上手よ。」
「プライドが傷つけられた…と言うことか?」
「まぁね、あの子だって簡単に落としてみせるのにってコト。」
口元を舌で舐めてみせる。挑発的な仕草だ。
「今後、それが必要となったらオーダーする可能性もあるが…。」
「今は要らないってコトなのね。」
「左様。」
「本当は大したこと無いって思ってるでしょ?」
「いや、欠片も考えてはいない。」
「ふ〜ん、何でもお見通しって顔ね。」
「全てではないがな。」
この一言がペッポを焚きつけたらしい。掛けた椅子の上でこれ見よがしに足を組み直す。短い丈のスカートが引き上がり伯爵の位置からも下着が見え隠れする。野良猫は行為で己の立ち位置を確立してきたようで、それを否定され躍起になっている。
「試しもしないのに良く判るのね?」
「話は終わりだ。」
「試してみない?」
「もう、用は終わった。」
「今までワタシみたいな相手と寝たことある?」
「……。」
「答えないのはナイってこと?」
「返答の必要がないと言うことだ。」
「知りもしないで判った風に言うのね。」
「大した自信だな。」
「だって、本当にワタシとのSEXはサイコーだってみんなが言ったもの。」
「もしも私が満足できない時は何を持って贖罪とするつもりだ?」
「謝ったりなんかしないわ。償いもしない。だって絶対に悪い筈がないもの。」
ツンと鼻先を上に向け、ペッポは言い切った。
興が乗ったからとか、野良猫を躾ようとか、まして浅はかな挑発に乗ったなど全くあり得なかった。伯爵がペッポの誘いへ首を縦に振ったのは長すぎる夜の戯れに過ぎず、身の内に張り付いた虚無感を一時でも紛らわせる気晴らしになればと思いついただけであった。元から満足を得られるとは考えてもいない。ただ、端から贖罪を求めるつもりもなかった。
「其程の自信なら手並みを拝見しよう。」
自分で言い出しておきながら、ペッポは酷く驚いた顔をした。この期に及んで冗談か?と訊ね、本気かと重ねた。
「如何にも。」
「じゃぁ、寝室へ連れて行って。」
一瞬腰が退けたのを誤魔化すように、ペッポは芝居がかった仕草で手を差し伸べる。
「寝室へは行かぬ。」
「じゃぁ何処でするの?」
「その長椅子で充分だろう。」
恰幅の良い大人が五人は掛けられるであろう長椅子を示されペッポは信じられないと肩を竦める。
「本気?」
「何度も言わせるな。」
「私は構わないけど、扉の外のヤツらが困るんじゃない?」
「外にはベルッチオが居るだけだ。」
「声、聞こえちゃうよ?」
「要らぬ気遣いをするな。」
「アイツが鼻血出しても知らないからね。」
威勢良く立ち上がったペッポは小走りに長椅子へ進み、中央にドサリと腰を下ろすと薄い布地の衣服を緩め始めた。
優雅な身のこなしで伯爵が歩み寄る。挑発的だった眼差しは影を潜め、下から見上げる顔は既に淫猥な女の其れに変わっていた。
「お前が服を脱ぐ必要はない。」
「どうして?」
「先ずは私をそのつもりにさせて貰おう。」
こうした場合の対処は熟知しているとみえ、ペッポは軽く頷き立ち上がった。今、彼の居た場所へ伯爵が厳かに腰を下ろす。緩く開いた両足の間にペッポは膝を付き己を見下ろす相手の股間へ手を伸ばした。
手慣れた手つきだった。上質の絹布を開き、その奥に在るものを顕わにする仕草は淀みなく当たり前の顔でペッポは事を進めた。つもりがないのは外気に曝された伯爵の性器を見れば歴然としており、萎えた様は興味の欠片もないと言い放っている気さえした。彼の内側で半端に燻っていた感情が急激に膨れあがる。それは意地でもありプライドでもあり、また気怠げに自分を見遣る相手への情動でもあった。
先端を口に含もうとする。が、思いとどまり指を軽く宛い持ち上げた亀頭の先を窄めた舌でヌルリと舐める。一瞬、伯爵が息を飲む微音が頭上を掠めた。もう一度、今度は鈴口を割るように舌を這わせる。膝に置いた伯爵の指が黒絹へ皺を刻む。
『感じてるじゃない…。』
そう考えた途端、笑いが込み上げた。充足感が胸の奥に広がる。器用に舌先を使いつつ、彼は口の端を綻ばせた。
グロスで滑る唇をゆっくりと開き、ペッポは未だ勃起しているとは言い難い其処を口内に収める。努めてゆるやかに、口蓋へ亀頭を擦りつけるように少しずつ頬ばっていく。吐き出しては吸い込む呼吸が徐々に乱れ始めるのを耳で確かめつつ、中途まで銜えた辺りで淫茎に軽く歯を当てる。ビクリと震えたのが性器なのか本人なのか咄嗟に判別できない。だが直後、口の中に捉えた質量が大きく変化したのを感じ、自分の与える刺激が確実に快感へと近づいているのを確信した。
生暖かい湿り気に己の一部を包まれる感触は、果たして快感なのか不快なのか伯爵は判ぜられずにいた。最初に先端を舌で割り開かれた時も感じると言うよりは突然の行為へ躯が反応しただけに思えた。しかし今、茎部を甘噛みされれば、そこに熱が流れ込み自らの意思では制御できぬ変化が訪れる。其の部分だけが己のものとは思えないほども熱く、痛みにも似た痺れが宿っている。呼吸を繰り返すことで喉元へ迫り上がる声を誤魔化し、布地へ指を立てることで抜け落ちようとする力を引き戻していた。
言葉とは裏腹に伯爵は至極感じやすい。貴族など毎晩の如く淫らな行為を繰り返していると思いこんでいたが、どうやらそんな輩ばかりではないかもしれないと思う。少なくとも此の男は与える全てに素直すぎる。ならば瞬く間に達かせてしまおうと彼は決めた。口淫など情事の前のほんの遊びだ。これで放ってしまっても、直ぐに勃ちあげる自信がある。まして相手は些細な動きにも呆気なく追い立てられている。
『さっさと達っちゃえ!』
徐に根本までをくわえ込んだ。強く吸いながら唇で淫茎を圧迫する。けれど其れだけで放ってしまわぬように、根本を指で絞るのは忘れない。あまりに早く解き放たれても拍子抜けしてしまう。自分が跪いているからあの怜悧な顔が大きく歪んだり快楽と苦悶の間で揺れ動くのを見るのが敵わないのは少々残念だと思いつつ、でも些細な舌の動きにに煽られ切れ切れに降ってくる短い喘ぎや、しなやかな指が一瞬震えすぐに固く強張る様を視界の端で捉えるのも、それはそれで楽しいものだとペッポは腹の底でほくそ笑んだ。
大して時間など要せず、伯爵の性器はみちみちと膨れあがった。裏筋に沿って固く窄めた舌を何度か上下させると、堪えきれないと言うようにビクビクと震える。数分前まで鼻先から短く継がれていた呼吸の音が、恐らくそれだけは足りなくなったとみえ薄く開いた口唇の隙間から吐き出される湿り気を帯びた微音に変わっている。
「くっ……。」
根本を戒められたまま喉奥まで取り込まれたうえ激しく啜り上げられたのだから堪えきれないのも当然であった。それまで努めて喘ぎが音にならないよう、時に歯を食いしばり時に薄い口唇を噛みしめて逃していた声が短いながら形となる。何を我慢しているのかとペッポは不思議でならない。気持ちが良いなら思い切り声を上げるべきであるし、堪えたところで結局溢れてくるものを閉じこめておくなど不可能だ。意地だろうか?と閃いた。
伯爵はペッポの誘いを受ける際、彼女を見下すかの台詞を垂れた。手並みを拝見するだとか、良くなかったらどう謝るつもりかとかペッポにしてみれば愚弄以外の何ものでもない言葉を、しかも実につまらなそうに投げ寄越した。だから自分が感じている様を顕わにしたくないに違いない。あからさまに善がったり嬌声を放ったり堪らないと身悶えするのを隠そうとしているのだと結論した。それなら身も世もないくらい淫猥な声を上げさせてやろう。快楽に溺れてあられもない声を上げ、乱れ狂わせてやろう。そう考えた途端、最前まで鳩尾辺りに燻っていた悔しさが嘘のように消え失せ、変わりにワクワクした期待感が胸いっぱいに広がった。
そうと決まればいつまでも半端な姿勢で性器を嬲っていたくない。直ぐにでも全部を吐き出させ、射精の倦怠と充足に漂う間も与えず本番へと雪崩れ込むことしか考えられなくなった。男にしては信じられない華奢な指を根本から離す。離した其れを勃ちあがった淫茎へ巻き付ける。口に含んだ感じやすい部分を舌で執拗に愛撫し、同時に絡めた指でジンワリと圧迫を加えながら根芯を扱き始めた。
「ぁ……ぁっ……あぁ…。」
もう自らの意思ではどうにもならない状況に、伯爵は絞り出すかの声を零す。長椅子に預ける背を大きく撓らせ、緩く波打つ髪を振り乱してほどこされる快感を知らしめた。ペッポが喉を鳴らし先端を啜る。
「くっ……あ……ぁぁ……ッ…。」
淫らがましい声は室内に大きく響く。きっと扉の前に居るだろういけ好かない家来にも聞こえている筈だ。
『最初から素直にしてれば良かったのよ。』
指をこれ以上ないくらい激しく上下させ、疾うに滑りを吐き出し始める先端を舌で強く擦った。
「っ…ん…ぁあ…う…ん…。」
もどかしげに全身を震わせたと思った次の瞬間、伯爵は意味のない音を長く発しながらペッポの口内へ夥しい精液を吐出した。彼は最初の滾りを即座に飲み込み、しかし未だ許してはいないと数度にわたり同様の刺激を与えた。
椅子の背にくたりともたれ掛かる姿を、ペッポはゆっくり立ち上がって一瞥する。指の先まで行き渡る吐精直後の倦怠に苛まれ、伯爵は乱れた呼吸を続ける他は一切の動きを止めている。口元にこびり付いた濁液を舌で舐めながら、ペッポは酷く楽しそうに笑う。
「さぁ、遊びはお終い。本番を始めるよ!」
其れが聞こえたのか、全く届いていないのかは知れない。だが、未だ収まらぬ荒い呼吸に胸を喘がせる伯爵から深く密やかな吐息が洩れた。諦めたのか、それとも悦楽に溺れた故か、その意味するところは欠片も判じられなかった。
続 >>>>