*明日には忘れる*

アリー隊(ちょいエロ)

 夕刻になる。けれど空はずっと鈍色のままで、落ちる陽の熟れた果実色はどこにもない。一昨日に到着し、一仕事を終え、あと1時間も経たず離れるこの地は、一度として蒼やら緋やらの空を見せてはこなかった。



 サーシェスは地べたにしゃがみ込み、茫洋としたツラで少し先の光景を眺めていた。この男が、そんな様を見せるのは珍しい。正規の軍人ではない彼らは、仕事が済めば瞬く間に次の戦場へ移動する。後など振り返らない。戦の痕など彼らにとっては何の意味も持たないからだ。それが移動の車両を取りに行った部下を待つ間に、わざわざその場に留まり、自分らが作った瓦礫の山を見ていた。もとが家屋だったのか、ビルだったのか、何某かの施設だったのか、既に判別も出来ない残骸が山を作る、徐々に薄暗さの蔓延る街の屍を、彼は気の抜けた風な表情でじっと見つめていたのだ。
 それは十分程度のことで、間もなく通りの先から排気音が聞こえ、車両がすぐ脇まで来て止まり、今回サーシェスのすぐ下へ付いた部下が、小気味よい靴音を鳴らし、到着を告げにくる。
「輸送艇はもう来てるみたいですぜ。」
車載の通信機で確認した情報を伝える男は、自分へ振り返りもせず、相変わらず往来へしゃがんだままのサーシェスへ、どうかしたか?と訊ねた。ゆっくりとした動きで頭が動く。
「おまえ、ここが何だったか知ってるか?」
「や、何だったんすか?」
見上げていた顔が、またクルリと戻る。視線はさっきと同じ辺りへ投げられていた。
「…んなこたぁ、知らねぇ。」
自分で訊ねておいて、知らないと垂れる。部下は苦く笑いながら、それは何かの謎掛けか?と返した。
「謎でもなんでもねぇ…。」
「なんかあったんすか?」
普段とは違う様子に、部下は些か不安げな顔になる。記憶にあるサーシェスは、時として理不尽な戯れ言を口にするが、それも笑って流せる軽口の延長だ。腑抜けた顔つきも珍しい。珍しいと言うより、初めてお目に掛かる代物だった。
 別に何もない…と返るのを期待しつつも、部下は眼前の背を凝視した。そうしていれば、不可解な相手の真意が読みとれると信じるような眼差しだった。
「デケェ建物だったてのは判る。」
「そう…すね。」
「爆破して今はゴミの山だ。」
「確かに。」
「あの下に人間が埋まってんだろ?」
「まぁ…たぶん。」
「あっという間にお陀仏だ…。」
何を言わんとするのか、男は幾つかの可能性を思う。感傷か、慈悲か、悔恨か。自身の采配で悲鳴すら上げることなく生を手放した人間へ、手向けの気持ちを告げようとしているのか。しかし部下はそれらに頷けない。これが初めてなら納得もする。が、これまで同様の作戦を遂行してきたのだ。今更…と口に出さず呟く。そして『らしくない。』と自分の浮かべた諸々を否定した。
 のそりとサーシェスが腰を上げた。肩越しに背後の男を見る。やはり茫漠としたツラだ。3度目の『どうしたのか?』を形にしようと、部下は唇を薄く開いた。けれどそれは音にならずに終わる。制されたのだ。怠そうな台詞に先を奪われた。
「つまらねぇんだよ。」
「え?」
「ぶっ壊して埋めるだけじゃねぇか。俺らは土建屋じゃねぇんだ。」
「でも、今回はそれが…。」
「判って荷担してんだ。最初からこれだって百も承知なんだよ。」
けどな…。一旦言葉を切ると、彼は再度瓦礫の山へ目線を遣る。
 現地の反政府組織からの申し出だった。国内では、今までもそれなりの行動を起こしてきた集団だ。だがもっと大きな圧力を必要として、KPSAへの参加を打診してきた。市街地での爆破テロを提案したのはサーシェスだ。無差別な破壊は強大な意思を顕わにする。手始めに、中心街での爆破を行い、続きは現地組織が引き継ぐ段取りだった。しかし、体制側の鎮圧部隊も考慮に入れ、部隊を二分した。第一破の直後、半数は次へ移動。残留部隊は、あと数回の爆破を敢行したのち、先発を追う手筈だ。先発隊を率いるサーシェスは、街のあちこちを瓦礫にするだけで、実際の戦闘には参加しない。
「仕掛けた後は、高みの見物だ。俺の性に合わねぇ。」
思わず部下の鼻先から笑いが洩れた。最前の苦笑とは違う。呆れた風な、面白そうな音だった。
「なに笑ってんだ?」
「隊長、ガキみてぇなこと言わないでくださいよ。」
請け負ったは良いが、つまらないとぼやく。まるで子供だと男は声にして笑った。
 いつまで笑ってんだと肩を小突き、サーシェスはゆらりと歩き出す。迎えの車へ乗り込み、さっさと出せと命じた。
「辛気くせぇ。ずっと曇ったまんまだしな…。」
「そう言わないで下さいよ。オレは明日もココだ。」
「おまえ、居残りか?」
「終わらせたら追っかけますって。」
会話だけを聞けば、至極普通の仕事を片づけるだけとしか思えない。大量の爆薬で、街を粗方吹き飛ばし、市井の人々を巻き添えにするなど、誰も想像しないだろう。
「つまんねぇだろうが、一緒に来ちまえ。」
「いや、オレから言い出したんで…。」
「土建屋がやりたくなったってか?」
「こっちの出なんすよ、オレも親も…。」
ああ、そうか…とサーシェスは頷く。そして精々気張れと、浅く笑った。
 地続きの国々。延々と続く境界線と民族を廻る紛争。その中で生まれ育った子供が、自ら兵士となるのは珍しくなかった。組織に所属し、様々な行動を起こす。この男も、そうした行き方を撰んだ人間なのだと、サーシェスは助手席のシートから崩れた建物を眺め、ぼんやりと思った。
「あっちは市街戦になってるらしいっすよ。」
「そりゃ面白ぇな…。」
次は海を越えた大陸だ。ずっと変わらない鈍色の空を仰ぎ、彼らは抜けるような南の蒼天を思い描く。繰り広げられるゲリラ戦。立ちこめる硝煙の匂い。それらが酷く懐かしいものであるかの表情を張り付け、サーシェスはもう一度、とっとと追いかけて来いと、若い兵隊へ命ともつかない台詞を投げた。



 海を渡り2日目の夜。相手側の拠点を二つ潰し、明けて三日目の作戦を言い渡したサーシェスが本部として使う民家へと戻れば、通信機に貼り付いていたのだろう部下が、後追いの部隊は明日の夜半に合流だと伝えた。
「終わったのか?」
「詳細はわからんですが、既に撤収は完了してるみたいですぜ?」
「首尾は上々か?」
「恙なく…でワケではないらしいです。」
「しくじったのか?」
「一人、死んじまったようで…。」
「誰だ?」
部下は厳かな口調でその名を告げた。
「ヤツか…。」
輸送艇までサーシェスを送り、現地に残ったあの兵隊だった。
「なんで死んだ?」
「そこまでは…。」
短い報告に、詳細はない。あの男の名と、死亡の二文字が伝えられただけだ。
 手近な椅子を引き寄せ、腰を降ろすサーシェスが、テーブルに並ぶ酒瓶を手に取った。
「おまえでイイ…付き合え。」
「ヤツにっすか?」
「まぁ…な。」
瓶から直に酒を煽り、それを男へ渡す。受け取った部下も、ラッパ飲みで酒精を喰らう。交互に瓶を持ち、中身を喉へ流し込む。半時間もしないうちに、それはすっかり空になった。
「まだ呑みますか?」
「いや…。」
「もう、終いっすか?」
「そうじゃねぇ。」
椅子から立ち上がるサーシェスを、部下は視線で追う。すると顎をしゃくる仕草で、促す男が言った。
「あっちでケツ…掘らせろ。」
部下の顔が得心した表情へ変わった。随分と不遜な弔いだ。が、それを咎める気など更々なかった。
 ギシギシと不景気な軋みを上げ、お粗末なベッドが揺れる。組み敷いた部下が、強引な挿入に情けない声を上げる。
「ひっ…隊長…っ…。」
「効いた…か?」
「深い……っ…す。」
「そりゃ…悪かったな。」
言いながら、衝き入れたペニスを手繰り、周囲を満遍なく擦ってから、同じ辺りを貫く。
「うぁっ…ぅ…。」
「情けねぇ…なぁ。」
薄く嗤いながら、サーシェスは奥を更に抉った。
 絞り込んでくる内壁を振り払い、徐々に律動を速める。快感を追いかける頭の隅で、鈍色の空と瓦礫の山、ガキだと笑った男の顔を繰り返し描いてみた。あの若造も、今ケツを掘られる部下も、勿論サーシェス自身も、この世から消える事実を考えたりしない。それは不意にやって来るもので、常に傍らへ寄りそうものではない。間近に感じ、怯えるのは新兵だけだ。
 そして数多在る部下の死を、頭に浮かべるのは、一晩だけと決めていた。それがこの生業を撰んだ者のやり方で、何時までも抱えて行くほど、現実は穏やかではないのだ。一頻り想う。そして忘れる。夜が明ければ、銃弾の中を突き進む。思い出す暇など、そこにはない。
 反り返る性器を、腹の中へ存分に摺りつけ、仰天した内壁に締め付けられ、快感にこぼした吐息と共に、サーシェスはモソリと呟いた。
「明日んなりゃ、忘れちまう…。」
それがあの男への手向けなのだと、大きく背を仰け反らせる部下は痺れた思考で確信した。





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