*眺める男*

ドロvsアリ-(笑)&部下アリ

 撤収の指示を兵隊へ伝える。次は欧州の端だと言った途端、全員が直ぐさま散らばり各の役割へと走った。サーシェスは各自からの完了報告を待つため、カーゴへと戻る。直接の戦闘もなく、到着し状況を確認し移動するだけだ。撤収も瞬く間に済むだろう。半時間も要らない。取り敢えず、酒でも煽っている間に片づくはずだ。夕べ半分ほど空けた瓶があったと、頭の隅で考えつつ、カーゴの鉄扉へ手を掛ける。…と、それが内側から開いた。
「あ、隊長宛の荷物があったんだ、そっちへ置いときました。」
出てきた若い兵隊は、そう言い残すと暗がりへ走っていった。
「荷物だ…?」
実に不可解だ。何故なら派遣場所を知るのはPMCの監理とその上層部くらいのもので、つい今し方連絡を寄越した折りに荷物の荷の字も口にしてはいなかった。前線への報告に洩れがあるとは考えがたい。それが急ごしらえの市民軍ならいざ知らず、軍事産業のTOPがそうした失態を演じるはずがない。
「…てことはヤツか?」
いま一人思い浮かぶ人物が居る。その男もサーシェスの現在地を熟知している。そして前触れもなく荷を送り付けてくる可能性を考えると、其奴に間違いがないと思えた。



 それは荷物と呼ぶのもおこがましい代物だった。細身の封筒が一つ。狭苦しいカーゴの、安っぽいテーブルの上にポツンと乗っていた。持ってきたのは世界中のどんな場所へも迅速に荷を届ける広告で有名なデリバリー。ここへ如何なる足を使って持ってきたのかを、受け取った兵隊に訊いてみようとサーシェスは思った。特別料金で請け負ったとしても、こんな封筒を一つ運んで、幾らの利益があるのか判らない。うたい文句を覆すわけにはいかないだろうが、儲けになるのか?と首を捻った。ひょいと手にした件の荷は、そんな事を考えてしまうくらい、軽く小さくお粗末な包みだったのだ。
 この空間にサーシェスの定席はない。座席が決まっているのはパイロットと、後は通信士だけだ。だから彼は適当な椅子を引き寄せドカリと腰を降ろす。そして封筒の端を無造作に破った。中から出てきたのは薄いメモリスティックだった。携帯通信端末でも使えるものだ。中身に関しての説明を記したものはなにもなかった。送り主に関しての記述もない。だがその曖昧さが、逆に差出人を特定させる。こんな真似はあの男以外にないと、サーシェスは得心した。恐らく内容は次の依頼の概要と資料だろうと察する。だが、それなら専用回線でデータを送れば済む。わざわざ外部メモリへ移して、それをデリバリーで運ばせる必要はないのだ。
「御代人のする事はワカンネェな…。」
呆れた風に口の端を引き上げ、実際薄く語尾を笑いで揺らし、手持ちの端末へメモリを滑り込ませる。微かな機械音と共に空間へ立ち上がるモニタ。読み込まれたデータは音声のみ。SOUND ONLYの文字に続き、思った相手の声が流れ出た。
 メッセージは拍子抜けするくらいの素っ気なさだった。これは依頼とは無関係なものであり、至極個人的な主旨に基づき送ったものであると声は語る。
「味気ない戦場でのわずかな愉しみにして貰えたら幸いだ。そして君がこれに対して如何なる返答を寄越すかを考えると、非常に心が躍る。私の期待に違わぬ何某かを返して貰えることを願っているよ。」
音声はそこで終わった。メッセージによれば、この後に別のデータがあるようだ。サーシェスは漆黒の空と同じ色になったモニタを見つめる。それは数十秒、恐らく一分にも満たない長さのブランクだったはずだ。
 携帯端末の小さなモニタに映る映像を、サーシェスは無言で見ていた。その表情は、たいして面白くもない三文芝居を暇つぶしに眺めているそれに近い。腕を組み、テーブルへ乗せた端末へ目線を向け、黙り込んでいたのは最初の五分かそこいらまでで、間もなく手を伸ばすと操作画面を呼び出し、動画を止めることなく先へと送った。適当な辺りで通常の映像へ戻す。そこから再び、数分間モニタへ見入る。また早送りの操作。少しの間、映像を見て、再度先へと飛ばずことを、幾度か繰り返した。
「あのトンチキ野郎が…。」
結局最後までは視聴せず、半分と少しのところで再生を止め、吐き出したのがその台詞だった。
 手間と金をかけて送り付けてきたデータの中身、モニタに映し出されたのは無駄に広いベッドの上でSEXに興じる二人の男の姿。カメラは部屋の天上近く、一点に据えられた固定のものらしい。時折ズームがかかる。それでも具に総てが見て取れるほど間近までは寄れない。伏せて、尻ばかりを高く持ち上げる男。尻の穴を緩めてから、そこへ性器をねじ入れる男。掘られる男の背を嬉々として舐める様。身震いしながら、腹へ埋められたイチモツの刺激でケダモノのような吠え声を上げる様子。それらが延々と続くのだ。SEXの一部始終を、編集などいう小細工なしに、始まりから恐らく終いまでを映像に残した記録。確かに傍目から見たら面白いだろう。これを肴に酒を呑みつつ、馬鹿笑いを垂れるのも良いかも知れない。サーシェスは端末からデータスティックを抜き取り掌へ乗せる。まじまじとその儚げなメモリを見つめてから、一つ溜息を吐いた。
「…ったく、悪趣味な野郎だ。」
これは、行為をひっそりと隠し撮りしていた男への言葉。
「くっだらねぇ金の使い方しやがって。」
これは、クソ面白くもないブツを送り付けた行為への苦言。
「テメェがケツ掘られてるの見て、勃つかってんだ…。」
これは、映像データを鑑賞した感想。
 もう一度、くだらねぇ…と呟いたあと、彼は手の中のか細いスティックを握りしめようとする。硬化樹脂など、少々強めに力を入れれば粉々にするのは容易い。折れて、バラバラになった残骸を返送してやろうかと閃く。PMCを経由させ、あの男の表の顔である、国連本部宛てに、仰々しい包みにでも入れて送ったならば面白いかと考えたのだ。
「それこそクダラネェな…。」
思い直すのは早かった。同じ手段を撰ぶのは、実は欠片も面白くないと気づいたのだ。まして中身が握りつぶした断片など、芸がなさすぎる。あの厭らしいまでに穏やかな笑顔を張り付ける、内心では人の悪い思惑をこねくり回している相手へは、もっと捻りの利いた何かを投げ返すべきだと、サーシェスは真面目くさったツラで逡巡した。



 専用回線を利用して、それは送られてきた。送り主は唯一の男。これがその者専有なのだから当然だ。メッセージはない。三十秒ほどのブランクの後、突如モニタに浮かび上がったのは、粒子の粗い映像だった。小型の録画装置を使ったのか、画面は狭く、恐らく室内と思える場所の一部だけが切り取られている。黄ばんだ風に見えるのは、その部屋のライトの色味が影響しているのだろう。其処に見覚えはない。コーナーはゆったりと椅子の背へ凭れ、これから始まる出し物を待った。
 画面の外から声が聞こえる。男の声は二つ。徐々に近づくそれの一つは聞き覚えがあった。残る一つは全く記憶にない。ぼんやりとした会話が俄にくっきりとした輪郭を得る。指向性マイクの有効領域へやっと役者が入ってきたのだ。やはり一人はあの男だった。
『ごちゃごちゃ五月蠅ぇな、構わねぇって言ってんだろうが…。』
『オレはイイっすけど、彼方さんはジリジリしてんじゃねぇんすか?』
『ちょっとばかし出るのが遅れたなら、すっ飛ばせばイイだけのこったろう?』
『隊長がそう言うなら、オレは遠慮無くいかせてもらいますがね?』
隊長…と呼ぶのは間違いなく部下の一人だ。顔は判らない。肩よりわずか上は見切れて画面に入っていないのだ。陽に焼けた腕が映る。太い腕だ。黄味色のライトに照らされるそれは、無骨で有無を言わさぬ力を秘めているように見えた。
 壁に向かい両手をつく男がいる。それを背後から抱く男がいた。どちらも上半身には服を着ている。だが下半身の衣服は半端に緩め、ひどくだらしのない有様だ。後の男の顔は相変わらず見切れたままだ。ただ時折、背を少し曲げて、前の男の首筋へ食らいつく折りに顎と唇と鼻先だけがモニタへ映った。背に落とす長い髪を鼻先が掻き分け、項へ吸い痕を残す。あからさまに吸い付く音が鳴る。湿った、生ぬるさを連想させる音だった。
『隊長…。』
『……あ…?』
『誘うんなら、シャワーくらい…浴びてくださいよ。』
『…んだと?』
『どこ舐めても…しょっぺぇっすよ。』
『じゃ、舐め…んな…。』
壁へ向くサーシェスの顔は画面に納まっている。いくぶん俯いているからだ。部下に性器を衝き入れられている所為で、その横顔は苦痛に耐えるような表情だった。が、件の会話の最後に、潜めていた眉が解け、口元がゆるんだ。愉しんでいる。SEXも、部下との会話も、全部をひっくるめて面白がっている風に、男は笑っていた。
 部下は陰茎を埋めたままだ。引き抜く動作をしない。挿入した最初のうち、軽く数回抜き挿しをした。が、一度根本までを射れてからは、角度を変えはしても、雄を手繰ることはしていない。今は中を捏ねるように腰を使っている。そして両手を前へ廻し、衣服をたくし上げ、顕わになった胸を散々に弄っていた。
『おまえ、そこ…好きか?』
わずかに顔を上げ、肩越しに背後の男を振り返って訊く。レンズの捉えた正面からの顔だ。粗い映像は仔細な表情までは映し切れていない。うっすらと判るのは、茫洋とした眼差しだと言うこと。欲に融かされ始めた、鋭さを忘れた顔つきへの変化だった。
『まぁ、普通っすけど…。』
『なら、胸ばっかり撫でくり廻し…てんじゃねぇ…。』
『でも、勃ってますぜ?』
言いながら厳つい指が乳首をぐぃと押しつぶす。次いでそれを抓み捻りあげた。
『っ…。』
『良くないすか?』
『下も…忘れん…な。』
『あ、そーっすね?』
片手がスルリと降りた。半端にゆるんだパンツの中から、無造作にサーシェスのイチモツを引きずり出す。
 陰茎を手に収め、軽く握る。指は器用に先端の丸みを撫でる。壁へ付く腕が不自然に強張った。俯いた男から、短い声が落ちる。
『うっ…。』
『先っぽ、わりと濡れてますぜ?』
指の腹で割れ目を擦りながら、部下がからかう。サーシェスはわずかに喘ぎを漏らした後、詰まらせた声音で、五月蠅ぇ…と低く言った。
 亀頭を弄っていたのは少しの間で、指は竿の裏筋へ沿ってゆっくりと動き始める。押し当てた親指が、緩慢に滑り降り、同じ調子で括れの辺りまで這い上がる。
『オイ…っ…。』
荒くなった呼吸の合間、ペニスを扱かれる男がボソリと言った。
『なんすか?』
『横着…してんだろ…?』
『竿…掻いてますぜ?』
『竿ばっかで…動いてねぇだろうが…。』
部下はたいして済まなそうでもない調子で、スンマセンと言ってから、埋めた性器を良い具合に中が絞めてくるから、つい夢中になったのだと、言い訳にもならない理由を吐いた。
『一回、抜きますか?』
『余計なこと…垂れてねぇで、さっさと動け…。』
腹の中が硬さと熱さで満ちている。それが微かに動くだけで、決定的な悦はやってこない。しかしペニスは満遍なく刺激されている。半端なことこの上もない。焦れた声音で、サーシェスは早くしろと急かす。怠いばかりの腰が、膨れて硬くなった陰茎が、達き付く先を欲しがっている。不規則に早まる呼吸と、半端な喘ぎを吐き出しながら、間もなくやってくる強い快感を男は待っていた。
 肌を打ち合わせる荒々しい音が続く。背後の男は抱き締めると言うより、羽交い締めのようにサーシェスへ両腕を廻す。激しい挿入。勢い良く手繰る性器。ギリギリまで引き寄せて渾身で腰を打ち射れる。
『おっ…くぅ…っ…あっ…。』
閉じ忘れた口から、したたり落ちる唾液と喘ぎ。壁に付く二つの腕がわなわなと震えるのが判った。腹の中を擦り上げながら、また雄が後口へと戻っていく。柔らかな襞が存分に刺激され、狭さが引きつるように肉塊を締め付ける。
『隊長…っ…ヤバい…っ…。』
戻る何某かは聞こえない。短い細切れの呼吸が、バラバラの間合いで吐き出されるだけだ。ヤバイと言いつつ、男は再び勢いに乗せて男根を衝き入れた。
『うっ…くそっ…おぁ…っ…。』
快感でサーシェスの片膝が崩れかけた。壁に押し当てる両腕が、それを何とか支える。低く唸りを漏らしたすぐ後、浅い笑いがこぼれる。微かに自嘲を孕んだ笑い。サーシェスは語尾を細く揺らし、部下へ終いか?と訊いた。
『まじ…ヤバい…っす。』
耳元をひどく熱い息と、情けない答えが掠めた。喉の奥でクッと笑う男は、だらしないと相手を詰る。
『けどな…っ…オレも…ヤベェ……。』
そう言うそばから、部下の手に握られたペニスが、大きく震え、先端の口が喘ぐ風に開いた。



 二人のむさ苦しい男が、狭い室内で性交をしていた。嬌声などと呼べない、野太い叫びを互いに上げ、先に部下が次いでサーシェスが射精を果たし出し物は幕となる。精液を吐き出しながら、男らはズルズルとしゃがみ込む。だからラストの余韻は、画面の下方に見える部下と思しき男の背と、暫くの間途切れることなく続く、二つの不規則な呼吸音だけが聞こえる、ある種の凝った作りとなっていた。当然それは偶然の産物だ。しかしたった一人の観客はずいぶんと気に入ったらしく。掠れた黄味色の画面へ向け、大袈裟な拍手を送った。
「彼は本当に愉快な男だ。」
感歎を込め、コーナーは賞賛を口にする。
「お気に召したのですか?」
彼の背後には、決まり事のように青年が佇んでいた。
「君はどう思うね?」
コーナーは画面から顔を逸らさずそう訊いた。
「映像が非常に粗雑な事が残念かと…。」
「そうだな…。早速彼のもとへそれなりの映像を記録できるシステムを一式送ってやろう。」
「早々に見繕って参ります。」
軽く頭を垂れ、青年は軽やかにドアへと向かった。
「リボンズ…。」
「はい。」
「あの男は、これからも私の期待を裏切らないと思うかね?」
青年は仄かな笑いを浮かべ、総てを知る賢者の如き穏やかな口調で答えた。
「貴方の撰んだ男です。期待以上を求めてもよろしいのではないでしょうか?」
ゆっくりと振り返るコーナーはうっそりと口元を綻ばせた。
「良い答えだ、リボンズ。」
満足そうな声音が、ドアの外へと消える背へ柔らかく降りかかった。





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