*Bittersweet*

2010.Vtd / アリー×娼婦

 シーツは純白とは言い難い。染みこそ残っていないが、使い古して元の色がなんだか判らない。でも今回ばかりはそれが功を奏している。その白んだシーツに転がり、情欲をそそる笑みを浮かべる女の、褐色の肌を良い具合に引き立てる。薄暗い部屋に点々と灯る、趣味の悪い色味の間接照明と相まって、女を魅惑的に見せていた。
 張りのある肌をゾロリと舌で舐める。女は大袈裟に躯を捩って鼻に掛かった笑い声をあげた。臍のあたりから鳩尾をやりすごし、ふっくらとした胸の弾力までを味わうように舌は辿った。そして二つの丸みを満遍なく舐めまわしてから、男はすでにふっつりと硬く凝った乳頭へしゃぶり付いた。
「ちょっと…。」
舌先で転がしては、音が発つくらい突起を吸い上げる。女は鮮やかな笑い声をいくつもこぼし、そんなに欲しかったのか?と他愛のないことを訊いた。男は応える代わりに、大袈裟に吸い音を発てる。空いている両手は、艶やかな表皮の上を、休みなく撫で回した。
 商売用の誘いではなく、はっきりとした喘ぎが女から洩れ始めるのに、たいして時間はかからない。乳房をゆるく揉みながら、強く弱く口に含んだ突起を吸い、尻や太股や股の間を丹念に撫でている間に、その感じ入った響きは呼吸と一緒に吐き出されてきた。
「はや…く。」
強請る声音が囁く。男の長く伸びた髪を引き、手繰り寄せた頭を抱え、濡れた呼吸と一緒に耳へと吹き入れるそれは、とろりとした甘さを孕んだ。
「何人目だ?」
指で女の陰部を擽りつつ訊いた。
「ぇ?」
ふるりと躯を震わせ、女が問いで返した。
 意味を為さない問いだった。女はいっとき官能を忘れ、ひどく不思議そうな顔をする。
「今日…何人、客取った?」
続けて、自分は何人目だと重ねる。
「秘密…。」
細く密やかな笑いに語尾を揺らし、女はそれだけを言った。
 いまは午後も遅い時分。間もなく夕刻になる。道の端に立ち、行き交う男に目線で誘いを投げる女が、どれだけの数をこなしたのかを男は訊ねた。片手で足りるか、両手に余るか、どちらにせよ少ない数とは思えない。しかし先を欲しがる。その急いた台詞に、男は数を訊いた。揶揄を込めてはいない。単純な疑問だ。幾人と寝ても尚、硬く熱を帯びる凝りを欲しがるのかと思ったにすぎない。けれど女は応えを逸らした。もう、訊く気は失せた。そこで男は乞われるまま、股ぐらで熱く屹立する陰茎を、薄く湿るそこへと衝き射れた。
 腰を強くいれながら、男はシーツに縫い止められる女を見下ろす。強弱をつけ、躯の内側へ陰茎を送るたび、目を閉じる小さな顔が面白いくらい様々に変わった。苦痛を背負った風に眉を寄せたかと思うと、次の瞬間には蕩けるように柔らかな表情が浮かび上がる。まるでこの世の幸を自分のものにしたようだった。感じ入った声音を高くあげ、愕いた顔を一瞬覗かせ、でもそれは瞬く間に欲に溺れる艶めかしい顔へと移った。
「面白ぇ…。」
埋めた竿を体内が断続的に締め付ける。その所為で、早まる呼吸と一緒にもそりと短い単語を男はこぼした。
 抽挿を止めず、それは激しさを増しながら、男は身を屈め女の首筋へ顔を落とす。汗ばんだ膚から女の体臭と香料が漂う。混じり合う匂いが間近の鼻先を擽った。厭らしい匂いだ。生々しい情欲の香。欲深さが発する臭気。久しく嗅いだ憶えがなかった。性欲のはけ口に男と抱き合っても、決して生まれない匂いだ。勢いに任せ、戦場に取り残された女を組み敷いても、それは漂ってこなかった。
 久しぶりだ…と男は思う。きな臭い紛争地を転戦していたのだから、始終嗅いでいた筈もないけれど、改めて鼻孔から忍び込むその香を意識した途端、もう充分に硬く張り詰める陰茎が大きく脈打つのを感じた。本能が吐き出すことを命じている。男はそれに従った。半端に開く両足をこじ開け、女の腰を抱え上げて、男はいっそう激しく竿を衝き射れた。
「ひっ…ゃ…ぁあ…っ…。」
甲高い嬌声が遠慮もなく虚空へ響く。男は荒げた呼吸に低い呻きを幾つも混ぜた。生温かな体内で、性器が大きく震える。あと僅かでそれは弾けるだろう。溜まりきった熱が、絡みつく襞をしたたかに濡らすはずだ。



 女の足が男の投げ出した片足に絡みついている。離れがたい仕草だ。サービスの一つかもしれない。
「もう一回する?」
男の肩先へ頬を擦り寄せ、甘ったるい声が訊いた。
「割り増しか?」
「時間内なら大丈夫。」
男はチラとベッドサイドのデジタルアラームを確認する。残りは20分弱。
「どうすっかなぁ…。」
仰向けたまま、何もない空間へそんな台詞を吐いた。
 次ぎの予定は決まっている。一旦、契約先の本部へ戻り、今度は別の大陸へ出立する。そうなれば、また暫くはこうしたお楽しみもお預けになる。
「手でする?」
残り時間に気づいた女は、そう言って男の股間へスルリと手を伸ばした。
「口ですんのはアリか?」
「イイよ。」
即答する女は、煌びやかな笑みを浮かべた。
 ポンと跳ね起き、女は四つんばいになった。男の性器を口に含むため、彼女はゆっくりと顔を近づける。
「あ…!」
不意に俯く顔が持ち上がった。
「ぁあ?」
怪訝そうに男は女を見る。
「忘れてた。」
屈託なく女は笑う。そして身を起こすが早いか、ベッドを飛び降り、サイドテーブルへ急いだ。すぐに舞い戻る。何事か?と眺める男は、次ぎの瞬間強引に唇を押し付けられた。濡れた柔らかさが少々強引に触れている。咄嗟のことで、男は呆気にとられていた。防戦の構えもない。その隙を狙うように、女の舌は男の口内へ滑り込んだ。
「っ…!」
舌以外のものが、口移しに押し込まれたと判じるより早く、男は女の舌へ歯を立てる。しかも強かに。一瞬、口の中に錆の匂いが広がった。
「酷い!!」
慌てて唇を離した女が糾弾の声を上げる。
「悪ぃな。」
男は悪びれもせずニヤニヤと笑った。
 それは反射だ。口の中へ何某かをねじ込まれたら、即座に拒絶するよう躯が反応したのだ。大概の場合、口に押し込まれるのは歓迎できない物質と決まっている。そうした場面以外で、この状況に出くわしたことがなかった。
「なんで、噛むのよ!」
キーキーと女は喚き立てた。
「しょうがねぇんだよ。」
「なにがよ?!」
「癖みてぇなモンだ。」
「意味がわかんないわよ!」
納まりのつかない女はなかなか手強い。仕方なしに男はボソボソと言い訳めいた解説を垂れた。
 口に何かを入れられる状況に躯が反応してしまうのだとか、それは身に付いた反射なのだとか、あまり的を射ていない説明だったが、女の金切り声をおさめるくらの効果はあった。
「なんの仕事してるとそうなるワケ?」
「兵隊。」
「軍人なの?」
「いや。」
「傭兵?」
「まぁ、そんなヤツだ。」
判ったのか、判らないのか、単に興味がなかったのか、女は鼻先から気の抜けた音を漏らして静かになる。
「サービスだったのよ。」
「はぁ?」
「今日は14日だから、ショコラをサービスしてたの。」
日付とサービスの関連がサッパリだと男は惚けたツラで言った。
「ショコラを贈るのよ。愛を込めて…とか言いながらさ。」
「へぇ。」
「客は喜ぶのよ。アンタ以外の客はね…。」
錆臭さと一緒に口いっぱいに広がった甘さと特有の香の意味を男は漸く知った。



 男は小隊を率いて鄙びた村落を目指していた。
「隊長。」
顰めた声が間近から呼ぶ。
「あ?」
顔は向けず、やはり殺した声で短く応えた。
「トラップは無いんすよね?」
草を掻き分け、身を低くして目標へと忍び寄る。村落の周囲に何らかのトラップが仕掛けられていないと、隊長であるサーシェスは部下へ伝達してあった。それでも用心深い兵士は万に一つの可能性を訊く。場数をこなしていない、若輩故の問いかもしれない。
「ねぇよ。」
「調べたんすか?」
「いや。」
「だったら…。」
前を行くサーシェスが歩を止める。そしてゆっくりと振り返り、噛んで含めた言い回しが短くこう告げた。
「崖、よじ登る莫迦が山ほど居るんなら仕掛けもあるだろうがな。」
鋭角な傾斜は来る者を拒む。そこからの接近を相手は考慮していない。
「誰も来ねぇのに、出迎えのサービスするか?」
「あ、そーゆーことか…。」
妙に納得した声音が一言洩れる。それを最後に若い兵士は口を閉ざした。
 夜が明ける直前。世界は静寂の内に没している。奇襲はこの時間に行う。それは使い古された手段であっても、サーシェスが実践で何より有効だと覚えた方法であった。集落はサーシェスらを雇用した側と対立している。同じ言語、同じ人種、同じ信仰を持ちながら、異なる主義で終わらない内紛を繰り広げていた。この村は前線基地の役割を担う。突破口を開く為の襲撃だ。遙か後方にひかえる本隊は、サーシェスらの戦果を待ち望んでいる。そのやり方に殊更の制限はない。雇われた兵士は集落を墜とすことだけを任務としていた。
 先行の数名から合図が来る。サーシェスらは急ぎ配置についた。
「静かなモンだな…。」
僅か先でひっそりと眠りにつく集落。おとすのは容易いと践んだ。背後にかまえる砲手へ片手を上げて開始を伝える。夜明け間近の空に迫撃砲が数弾、発射音とともに長く尾を引いた。それが戦闘の開始となった。
 奇襲は速やかに行われなければ意味がない。部隊は迅速かつ圧倒的な攻撃を集落へ叩き込んだ。火の手が上がる。土と石と木材で形作られる家々は見る間に紅蓮の中へ飲み込まれた。
「どいつが兵隊か迷うな!!」
怒声じみた声が命令を叫ぶ。相手がゲリラである以上、その集落に住まう全員を戦闘員と認識すべきだ。男女の区別は不要。老いに惑わされると次の瞬間、鉛玉を喰らう。拳銃を握れない赤子だけが反撃を企てないのだと肝に銘じる。
 ごうごうと燃え上がる家屋から住民が悲鳴を上げながら飛び出してくる。取り押さえるか、その場で得物のトリガーを引くか、選択は各自に任されていた。軽やかに鳴るのはサブマシンガン。間を置かずに発射されるアサルトライフル。サーシェスは足を止めず、熱気の中を歩き回り、大柄な男へ数発、小柄な人影へ幾度か、手にしたSMGの銃弾をおみまいした。
 武器庫と思しき建物を押さえたと、聞き覚えのある声が遠くで吠える。取り押さえられた幾人かの住民は、一つ場所に纏められ、そのまま本隊に引き渡される。捕虜として情報を絞り取られるのだ。しかし今は拘束だけすれば良い。そこまでがサーシェスに課された任務だからだ。
 少しもおさまらない炎は、高く燃えさかり徐々に夜明けへ近づく空を灼いている。朱を混ぜた赤に照らされ、周り中が鮮やかに輝いていた。そして建物や立木の影に、黒々とした闇が居座っている。紅と墨のコントラストが、集落のあちこちを不気味に彩っていた。サーシェスは火から生まれる風に髪を煽られ、しかし足を止めずにフラフラと歩き回る。明るさの裏側に気配があった。身を顰める生き物がいる。何処かに息を殺し、ジッとその時を待つ何者かの存在を感じていたのだ。
 納屋か、或いは飼料小屋か、半ば以上崩れた建物の残骸から、不意に塊が飛び出してきた。サーシェスが存在を確認する直前のことだ。塊は人だった。迷い無く一直線にサーシェスへ飛びかかる。両手を突き出すシルエットが、未だおさまらないオレンジの色に照らされ、黒々と浮かび上がって見えた。
 手の先がキラと光る。炎を映す煌めきの正体を、サーシェスは半瞬とかからず見抜いていた。塊はもう目の前に迫る。が、彼はダラリと両腕を脇へ降ろしたままだ。二つの手が握りしめる刃先が、サーシェスの胸部を確実に狙っている。切っ先が肋骨の奥深くへ突き刺さるまで、あと数十センチの距離しか残っていなかった。
 何の前触れもなく振り上げられる拳。
「っ…!?」
宙に舞う小柄なからだ。それはドサリと土の上へ落ちた。
「女か…。」
相手を殴り飛ばしたとき、腕にかかる重みが妙に心許なかった。サーシェスは即座に子供かと訝り、地べたへ横たわる姿を確認し、それが若い女であると知った。
「大人しく隠れてりゃ良かったのによぉ。」
呆れたサーシェスの呟きは、しかし娘には聞こえていない。受け身もままならず地面へ背から落ちた所為だろう、二つの眼はぼんやりと宙へ向いているだけだった。恐らく自身のおかれた状況も判じられずにいるに違いない。
 徐にサーシェスがヒップポケットから短銃を抜く。腰を屈め、仰向ける娘に顔を近づけた。そして銃口を薄い胸へ押し付ける。
「ひ…っ…。」
漸く現状を理解した娘から、短い怖れが声になって洩れた。
「そこの暗がりで縮こまってる間は俺らの敵じゃねぇんだよ、ねぇちゃん。」
だが殺意と共に行動を起こした途端、彼女はサーシェスらの敵になった。
「惜しかったな。」
低く平坦な言い様だ。サーシェスは言葉の終いと同時にトリガーにかけた指を引いた。
 銃声は思うよりもずっと軽く短い。集落に溢れる怒声と悲鳴にかき消され、それは瞬くより早く、空気に混じり薄れていった。のそりと立ち上がるサーシェスは、数秒動かなくなった娘を見下ろす。掠れた緋色に照らされる娘は、存外器量の良い顔立ちに思えた。



 ヘッドレストに背を預け、目線だけを動かす。サーシェスは自身の性器を口に含む女を曖昧な眼差しでみつめた。商売だからか、それとも根っからこうしたコトが好きなのか、彼女は丹念に舌を使い、客の陰茎へ奉仕を続けている。
「ぅ…っ…。」
ざらついた感触が先端の鋭敏さを刺激する。不覚にも声が洩れた。
 客の反応を気にしたのだろう。女が視線を持ち上げ、サーシェスの表情を伺った。目線が絡む。上気した女の顔が目に入ったとたん、サーシェスはあの焼け落ちる集落で果てた娘を思いだした。それは単に、女があの娘と同じ肌の色だったからで、あの結末に何らかの感慨があった所為ではなかった。たった半日くらいの時間差で、同じ褐色の女の一人は骸となり、別の一人は濡れた眼差しで男の性器を銜えている。
「おもしれぇよ…まったく。」
思わずおとした呟きに、女が不思議そうな表情を作った。
「なんでもねぇ…。」
股間に集まる快感に声を震わせ、サーシェスはさっさと逝かせろ…と続ける。
 薄く笑う女が、応える風に舌を先端の割れ目へ擦りつけた。心地よさが一気に高まる。短く息を吐き、ゆっくりと空気を吸い込むと、今し方口に押し込まれた甘ったるい味わいが鼻孔の奥に残っていた。
「うっ…ぅ…。」
華奢な指が竿を握った。舌の動きに促され、たまりきった熱が噴出する。ブルリと震え、サーシェスは女の口内に射精した。快感の波が背を駆け上る。幾度か呻きをおとし、欲を吐き出す男は、もうあの甘い味わいなどすっかりと忘れていた。






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