*What is happiness?*

2010.NewYear / 正規軍兵士×傭兵(三十路アリー)

 伏せの姿勢で対戦車ライフルのトリガーへ指をかける。目視での距離は大凡500m強といったところだ。平屋の建物は横に長く広い。その手前に並ぶ数個がサーシェスの目標だ。軽装甲機動車が4両。主砲を備える3両は歩兵戦闘車とみて間違いない。夜明けまで未だ2時間。開けた平地の全部を飲み込む夜の闇にあって、高感度スコープを使っても、得られる視認情報はそんな程度だった。
「面白くねぇ…。」
散らばる部隊を仕切る師団の頭から、ゴーサインが出るのを待ちながら、サーシェスは溜息混じりに文句を吐く。
「それ、聞き飽きたな。」
間近から突っ込みが聞こえた。
「面白くねぇモンは面白くねぇんだよ。」
好い加減に自分でもしつこいと思っていた矢先、暗闇から指摘されサーシェスはヤケになったとばかり、同じ台詞を重ねた。
 言ったのは数メートルの距離を取り、狙撃銃を構える男だ。今回の作戦で本来最前線に並ぶ突撃部隊だったサーシェスを指名し、後方の狙撃部隊へ引き抜いた挙げ句、長得物を担当させた張本人。この部隊のリーダーを努める年長の兵士。顔は見えない。墨色の中から聞こえてくる声からして30に手の届いたばかりのサーシェスよりは随分と歳がいっていると思えた。
「そんなに突撃部隊が良かったのか?」
「良かったって言やぁ、今すぐあっちへ戻すか?」
「それは無理だな。」
だったら聞くな…。
腹の底で悪態を吐く。
「谷底からロケット弾で戦闘ヘリを落としてるの見て、お前さんなら…と思ったって理由じゃ納得できないか?」
「何遍も同じコト言うんじゃねぇよ。手は抜かねぇ。あそこに並んでるウスノロ、全部鉄くずにしてやる。けど、面白くねぇのは変わんねぇんだよ。」
「長距離射撃より、近接戦闘が好みか?」
「性に合ってんだよ。」
「勿体ない…。」
「…っせぇんだよ。だいたいオレは…。」
言いかけたそれを遮ったのは、戦闘の開始を告げる無線だった。サーシェスを残し、狙撃担当は予定のポイントを目指し、あっと言う間に散っていく。
「クソ面白くねぇ!」
怒声と共にトリガーが引かれた。飛び出した銃弾が見事に機動車両を直撃する。派手な轟音が木霊する。暗闇を灼くオレンジの火柱が上がった。次弾を素早く装填し、サーシェスは躊躇いなくトリガーを引く。次々と炎に包まれる車両。遙か前方から施設へ突撃する兵隊達の叫声が聞こえた。
「ツマンネェんだよ!!」
暗視スコープを覗く男は、盛大に舌打ちしつつ、指に触れる硬質な感触を引き寄せた。



 戦闘は夜明けまで続いたが、昼飯の少し前には終了する。今作戦は次ぎに展開されるであろう市街地戦に投入される筈の、敵側が有する機動装甲車を破壊するのが第一目的だった。サーシェスは最も重要な任務についていたことになる。それが本人にとって大した意味を持たなくても、彼は作戦を完全な形で成功させる立て役者となったわけだ。拠点となる仮設基地へ戻るなり、顔も覚えていない兵士が立て続けに声を掛けてきたのはその所為だ。
『きっと街のど真ん中にあんたの銅像が建つぜ!』
脳天気な台詞を投げるのは正規兵の連中。
『ギャラの三倍乗せ吹っかけちまえよ!』
堅実な提案は傭兵の言い分。
サーシェスはどちらも適当に受け流す。誇らしげなツラもしなければ、謙虚な素振りもない。強いて言えば街の食堂で出されたクソ辛い豆の煮物に集ろうとする羽虫ども軽く手で払う様を連想させる、どうでも良い雰囲気を薄く漂わせるだけだった。
 普段と同じスタンスで普段と同じようにサーシェスは今日の担当から遅い昼飯を受け取りに行った。変わり映えのしないプレートランチだ。中身は見なくても判る。肉の形をした紛い物と、野菜の形をした合成食料と、フライドライスに似せた炭水化物の詰め合わせに決まっている。蓋を開けて予想と違っていたのは、炭水化物がパスタの形状をしていただけだ。それらを無表情で突いては口へ運んでいると、並びの椅子へ無遠慮に腰を降ろす輩が現れ、座った途端に話しかけてきた。
「やっぱりお前さんは当たりだった。」
視線だけを動かし相手を確かめる。聞いた声だと思ったが、視界の端に映った男の顔にはあまり憶えがなかった。
 相手はサーシェスの様子など無関係に話し続ける。
「オレは本気で次ぎもお前を使おうと考えてる。市街地戦では射撃と狙撃が重要になるからな。」
無言で手を動かしつつ、この男が今回自分をクソ面白くもないポジションに就けた野郎だとサーシェスは理解した。
「山岳での戦闘で、こっちの手練れが一人やられちまった。本来なら其奴が今日のあの長得物を担当する筈だった。あの手は扱い辛い。そう簡単に使える奴が見つかるとは思っていなかった。」
特例としてギャラの割り増しを上へねじ込んでやろうと男は言った。
「悪い話じゃないだろう?」
ガタリとお粗末なパイプ椅子が動き、サーシェスは一言もなしに席を立つ。プレートの中身を全部腹へ入れたのだから、ここに座っている意味などない言う態度だ。
「三倍は難しいが倍額なら何とかする。」
ゴツゴツとした五本の指がサーシェスの腕を掴んだ。
 振り返るサーシェス。その表情に男は思わず掴んだ手を離した。興味のない無表情か、或いは苛立ちを隠さない険しさが貼り付いてると思っていた。ところが男を見下ろす赤毛の兵隊は実に不思議そうな顔をしていた。
「どうした?」
ポカンと口を半開きにした赤毛を見上げ、男はもしかしたらこの野放図な兵士は見てくれより随分若いのかもしれないと思う。山賊紛いの伸び放題の髪を何とかして、薄汚く生える髭をさっぱりと剃ってやれば、なかなかに見栄えの良い若造なのかもしれないと想像した。
「そりゃ、どこまでが冗談で、どっからがマジな話だ?」
「何のコトだ?」
「俺ぁ、傭兵だぜ?部隊の移動なんざ、命令一つでどうにでもなんだろ?金積むなんてのは冗談としか思えねぇ。」
「冗談なものか。本気で上へ掛け合ってやる。しかも、政権奪還の暁にはそのまま正規兵として軍に残れるよう口添えもするつもりだ。」
「はぁ?」
「いい話だろ?」
男は本当に、心から、嘘偽りなく、そう思っているのだろう、得心と満足を伺わせる笑顔でそう言った。
 そりゃあ、ご大層な申し出だ…。
始めて舞台へ立った素人同然の新人役者が読み上げる台詞のように、サーシェスは無感情な棒読みめいた一言を残してその場から退散を図った。
「新年の休戦は後方か?」
のそりと去っていく背へ年長の兵士は諦め悪く声を掛ける。
「まぁな…。」
「三日後に現地で待っているからな。」
既にサーシェスの上官でもあるかの言い様だ。自分の提案に誰もが尻尾を振って飛びついてくると疑いなく信じているのだろう。
「クソ野郎が…。」
相手に聞こえようが聞こえまいがお構いなしに悪態を吐き、傭兵はたった三日の休みを満喫すべく、輸送車の待機する兵舎裏の車溜まりへと向かっていった。



 酒場には人が溢れている。髪や目や肌の色は様々だ。行き交う言語も千差万別。もちろん土地の言葉が主流ではあるが、その隙間に幾多もの聞き慣れない音が混じりあう。それほど広いとはいえない店の中。酒を呑む、飯を喰らう、騒ぐ、はしゃぐ、時に口論から小競り合いが生まれ、それを宥めるはずの輩が拳を振り上げる羽目になるのも珍しくない眺めだった。
 どれだけ呑んだのかは問題ではない。けれど今、自分が手にするグラスの中身が、既に何だか判らない程度には酔っていると自覚するサーシェスは、薄まって味の判然としない残りの酒を一気に煽り、ついでにガリガリと音を鳴らして氷をかみ砕いた。
 空になったグラスへ氷を放り込む。そしてテーブルに乗る酒瓶を持ち上げたところで手が止まった。
「…んだよ。空じゃねぇか。」
深緑の硝子瓶の中身を覗く。目の高さまで持ち上げ、照明に翳してみたところで、それが空っぽなのは変わらなかった。
 チッと舌を鳴らし、ゆらりと立ち上がる。同じテーブルにかける同僚が、どうした?と訊いた。
「空だ。中身が入ってねぇんだよ。」
瓶を手にして、それを相手の顔の前で振ってみせる。
「次ぎはもっと美味いのを持ってこいよ。」
別の兵士が尤もなことを言う。喉を灼くばかりで、うま味の欠片もない酒はもう沢山だ。
「こんなクソ溜めに、美味いモンがあんのか?」
どれを撰んだところで美酒にはありつけない。ここはそう言う場所だと、サーシェスは鼻先で笑った。
 生ぬるい小便のようなビールと、チリチリと舌を刺激するばかりの酒。後方で兵隊相手に商売する酒場の棚には、それ以外が並んでいた試しなどないのだ。
「贅沢ぬかしてるんじゃねぇよ。」
薄笑いと一緒に捨てぜりふを吐く。サーシェスはカウンターへ向かい、ざわざわと蠢く兵士の間をふらふらと進んでいった。
 あと数時間で日付が変わり、同時に新たな年の幕開けがやってくる。ここに屯する連中の果たして何人がそれを待ちわびているのかは判らない。が、少なくともサーシェスはさっさと休戦が明ければ良いと思っていたし、何処の何奴がクダラナイ新年の休みなど設けたのだろうかと考えていた。
 もしもそのクソ面白くもない提案をした野郎が誰なのか知ったなら、取り敢えず足腰が立たなくなるまでぶん殴ってやるつもりだ。二度と阿呆らしい閃きを実行しようと思わないくらい、拳を顔面に埋めてやろうと腹に決めていた。
 幾つも散らばるテーブルのあいだをフラフラと縫って歩く。すると不意に突き出された誰かの手が、サーシェスの腕をぐぃと掴んだ。
「…?」
顔を向ける。掴んだ相手と目が合った。
「あんたかよ…。」
すっかり酔いの廻った赤ら顔がサーシェスを見上げている。休戦の直前、彼に馬鹿馬鹿しい申し出を突きつけてきた年長の正規兵だった。
「おまえもココに居たのか。」
何が嬉しいのか手放しの笑いが相好に貼り付いている。
「手ぇ離してくんねぇか?」
愛想の欠片もない言い回しにも、酔った兵士は顔面を緩めたままだった。
 河岸を替えるのか?と年長が訊いた。
「いや…。」
「小便だったか?」
それなら引き留めて悪かったと、漸く兵士はサーシェスの腕を離す。
「酒、なくなっちまった…。」
だからカウンターへ行くのだと、顎をしゃくってその方を示した。
「不味い酒呑んで面白いか?」
「面白ぇから呑んでんじゃねぇよ。」
ただ、休戦が開けるまでが余りに暇だから、酒を呑むのだとサーシェスはもそりと言った。
 年長が口の端を引き上げる。それまでの屈託のない笑いとは別の表情が現れる。たちの悪さ。意味深な薄笑い。表層にのぼったのは、そんな顔つきだと思って間違いない。
「暇なら付き合え。」
「ぁあ?」
怪訝を通り越して完璧に疑り深い顔つきでサーシェスは相手を見下ろす。
「酒よりはずっとマシなものがあるんだよ。」
ジャケットの内ポケットから兵士は小さなケースを取り出した。
 密閉型の樹脂で作られたケースは、ごつごつした掌の上に小さく乗っている。
「天然ものだ。」
親指で弾くようにケースの蓋を開け、中身を見ろとそれを突きだした。
「冗談なら聞きたくねぇな。」
細かな結晶は純白の雪を思わせる。その正体は訊かずともわかった。
 河岸を変えて行った場所は、出てきた酒場よりこぢんまりとした店だった。カウンターとテーブルが数個。年長の兵士は馴染み客の顔でバーテンへ目配せするとサーシェスへ振り返った。
「上だ。」
「へぇ。」
後方の街へ初めて足を踏み入れた若造でもなければ、たったこれだけのやり取りで事の次第を充分理解できる。
 店の奥に細く歪な階段があった。一歩踏み出すだけでギシギシと鳴く、薄暗いそれで上階へと行った。ドアは二つ。その一方を年長は開け、サーシェスに入れと促した。狭い部屋だ。窓は閉め殺しになっている。それを覆うカーテン。空間の殆どを占めるキングサイズのベッド。サーシェスは臆することなくそこへ腰を降ろした。
 兵士は申し訳のように置かれる丸テーブルにポケットから取り出す諸々を並べる。
「生憎、道具までは揃ってなくてな。」
小さなケースの中身は鼻から吸引するのだと言った。
「初めてじゃないだろ?」
「あぁ…。」
サーシェスは慣れた素振りでケースの中身を耳かきほどのスプーンで掬いあげる。
「混ぜモンなしってのはホントだろうな?」
いまだ信じていない表情を相好に張り付け、年長にもう一度念を押す。
「気になるなら舐めてみろ。」
言われるまま掌に載せた白さを舌で確かめる。味はない。ザラリとした感触が舌に触れるだけだ。そして1秒とかからず唾液で溶ける。混ぜものがあれば、その味がする。寸分違わぬ色や細かさを真似た合成ものも、薄く舌先に味の片鱗が残る。
「いまどき、どーやると手にはいるんだよ?」
「正規の兵士なら廻ってくるって寸法だ。」
だからあの申し出を受けろと、年長はまた同じ台詞を口にする。
「勧誘か?」
「なにがだ?」
上質のヘロインを味わったが最後、それを楯に軍へと入れられるオチが待っているのかとサーシェスはストレートに訊いた。
「そんな小ずるい真似はしないさ。」
兵士は余裕を滲ませ、うっそりと笑った。
 何も仕掛けはない。ただ暇つぶしに付き合えば良い。年長は真摯な物言いで台詞を並べた。
「んじゃ、付き合ってやるけどよ…。」
「ただ一つだけ条件があるんだが…。」
「はぁ?」
年長の兵士は、おまえのケツを貸して欲しいと、照れもせずに低く言った。



 シーツは清潔そのものだった。特有の埃や汗や饐えた匂いはまったくない。しかしベッドはわずかに動いただけで哀しげな軋みを漏らす。部屋の大半を占めるそれの上で、どれだけ多種多様の行為が行われていたか見当も付かない。
「絞まりがいいな…。」
濁った声が聞こえる。
「そうかい…。」
自分の発した声に不可思議な距離感があった。
 薄い黄味色のシーツに転がり、サーシェスは両足を潔く開いている。さっきから年長の指が腹の中をモゾモゾと這い回る。白い結晶を鼻から吸い込んだお陰で、違和感も痛みもない。むしろ指の先が微かに動くだけで、得も言われぬ快感が生まれる。
「ぉ…あ…っぁ…。」
深くへ押し込んだ指が、性感をつよくさすった。凝りに似たその部分を、爪の硬さがコリコリと刺激する。
「おいおい、こっちが突っ込む前にからっけつになるなよ?」
呆れた笑いと一緒に、濁った声が出し過ぎだと言った。
 薬効は得も言われぬ多幸感。同時に肉体のあちこちが仄かな接触を愉悦に変える。兵士が後孔を解しはじめて未だ半時間にもならない。その間にサーシェスは一度はっきりとした吐精感に襲われ、呆気なく体液を吐きだしている。今もあと少しで二度目がやって来そうだ。早まる呼吸と一緒に感じ入った声をまき散らし、これ以上はないほど反り返ったペニスから、白濁を混ぜた体液をドクドクと溢れさせている。
「ケツだけでイクなよ。」
兵士は面白そうに語尾を震わせる。
「だったら…っ…射れ…ちまえ…。」
喘ぎに混ぜてサーシェスが先を促す。すると年長はニヤニヤと相好を崩しながら、徐にズボンのベルトをゆるめ始めた。
 後孔はほどよくゆるんでいる。だが中は六割程度しか拡げていない。硬く、大きく、弾力のある異物が、狭さを強引に押し広げる。
「ぅ…っ…。」
短く詰まった呻きがサーシェスから洩れる。
「駄目そうか?」
準備の不足は苦痛に繋がる。挿入は早急すぎたかと年長が訊いた。
「ぁ…っ…そうじゃ…ねぇ…。」
胸を大きく喘がせ、サーシェスは違うと言う。確かに腹の中が不自然に拡げられる感覚はある。飲み込んだ質量が狭窄を進むと、内蔵が迫り上がるような圧迫感を覚える。慣れるまで吐き気がとまらなかったこともある。でも今こぼれ落ちた音の意味は違う。
「は…っ…ぁ…すげ…ぇ…。」
「いいのか?」
「あ…っ…ヤベ…ぇ…。」
痛覚が失せてしまったようだ。内壁を擦られるだけで、身を捩るくらいの快感が生まれる。
「もっと…突っ込…んで…くれ…。」
譫言めいた茫洋さで、男は激しさを望む。
「手加減…なしだ。」
年長は中途で止めた竿を徐に深みへ突き入れた。
「あっ…ぁあ…っ…クソ…っ…。」
定まらない視線を宙になげたまま、サーシェスは大きく背を撓らせて、幾度も意味のない吠え声を上げた。
 柔らかな内壁は顫動を伴って年長の陰茎を奥へと引き込む。ときおりギュッと締め付けるのは、殊更にサーシェスが感じ入っている証拠だ。
「うぁ…っ…そこ…っ…ぁ…。」
薄く儚げな襞を、カリの張り出しがえぐる風に擦り続ける。
「おっ…ぁ…出る…っ…。」
性感を丸い先端の硬さが激しく突いた。
「あぁ…ちょっ…マジ…出そっ…。」
大きく開いた両足が不自然に硬直する。
「早い…だろ?」
絞り込む狭窄に、気持ちよく締め付けられながら、年長の兵士は苦笑を垂れた。
 唸りを伴う掠れた声が長く尾を引いて響いた。
「おぁ…ぁあ…いっ…あっ…ぁ…っ…。」
薬効の所為で自らを巧くコントロールできない。放り出されたまま、ずっと体液を滴らせていたサーシェスの屹立が、大きく喘ぐように震えた直後、惜しげもなく白い濁りを吹き上げていた。
「ぁ…駄目…だ。」
吐精感を逃せず、絶頂を覚えるより早く体液を吐きだしてしまった。数回、全身を不規則に震わせながら、サーシェスから自嘲を含む情けない呟きが洩れた。
「こっちは未だイってないんだがな…。」
脱力した声がサーシェスを詰る。
「いいぜ…。」
「なにがだ?」
「抜かねぇで、もう一発…だ。」
酔ったような、とろりとした眼差しをむけ、サーシェスはそう言った。
「気前がいいな…。」
相好を崩す兵士は、まだ細やかな震えを忘れない腹の中に、びくびくと脈動する肉塊を思うさま衝き射れ、大袈裟に擦りつけた。



 人の話し声が聞こえる。意識がそれを捉えたと同時にふわりとした覚醒が訪れた。目を開ける。煤けた天井が視界に映った。目線を音の方へ移動させると、壁に広がるモニタに見入る年長兵士の背が在った。全裸でベッドの端に腰掛け、映し出される映像を眺めているらしい。
 不意に気づき、頭だけをわずかに持ち上げる。サーシェスも素っ裸だ。記憶が曖昧で判然としないが、抜かずに二度目へ雪崩れ込んだあとも、散々ケツを掘られたはずだった。腹の上は惨憺たる有様だろうと目線で伺う。が、そこは綺麗に後始末がされており、中に溢れるほども射精された事実は、もしや夢だったかと思うくらい、尻も股もさっぱりと汚れを拭われていた。
「なぁ…。」
年相応に脂肪の乗った背へ声をかける。年長は顔だけを返し、起きたのかと訊いてきた。
「どんくらい、クタバッてたよ?」
「まだ日付が変わってないからな、小一時間ってとこだろう。」
ずいぶんと愉しませてもらった…。兵士はニヤリと笑う。
「そりゃ、何よりだ…。」
溜息のような吐息と一緒に吐きだしたそれは、ひどく掠れた声音だった。どれだけ吠え叫んだらそうなるのか、サーシェスには見当もつかなかった。
 すでに薬効は失せている。肉体と精神が全く別の空間に在るような、この世の愉悦をすべて手に入れた風な、あり得ない幸福感は欠片もない。混ぜものがなかったからだろう。あとからやって来る、頭痛も目眩も吐き気もない。怠さはSEXの置き土産だ。腰に湿った砂を詰め込まれた重さを感じるのも、腹の内側が鈍く疼くのも、馬鹿馬鹿しい性交の名残以外のなにものでもない。
 年長は再びモニタへ向いている。
「こっちもイイ思いをしたが、そっちも随分愉しんだだろう?」
振り返りもしないで、言葉だけをサーシェスへ投げてきた。
「傭兵じゃあ、どう頑張っても場末の飲み屋で小便みたいな酒にありつくのが関の山だ。」
勧誘はまだ終わっていなかった。
「敵をどれだけ墜としたところで、契約金がべらぼうに上がるワケでもない。」
サーシェスは相づちの代わりに大きな欠伸を垂れる。
「作戦が終わったら、おれのトコへ来たらいいさ。」
モニタから新年を迎えるカウントダウンが聞こえてくる。
「こんな美味い話は滅多にないからな…。」
言い含めるような調子で誘い文句を垂れ流す男は、相手が首を縦に振るとして考えていないと思われた。
 わっと歓声が上がる。モニタの中から、新年を祝うレポーターの声が流れ出した。
「テメェにゃ、ワカンネェだろうなぁ…。」
轟音と振動、立ちこめる硝煙の匂い。砂地を草原を密林を縫って敵陣を目指す高揚感。表皮がチリチリとざわめき粟立つ感触。耳元を掠める銃弾の唸り。背を駆け上るぞくぞくとした緊迫感。敵兵を一人、また一人と血溜まりへ落とす手応え。装甲車を自身の放った一発の弾丸が火だるまに変える充足感。
「俺ぁ、戦争がしてぇだけだ…。」
輪郭のぼやけた声音は、決して小さな呟きではない。
「なにか言ったか?」
しかしモニタの中で繰り広げられる莫迦騒ぎの音にかき消され、それは相手へ届かなかった。
「何でもねぇ…。」
伝わらない意思を形にするのも億劫だと、つまらなそうな声はそれ以上を続けなかった。
 幸福な新年を…とモニタが決まり文句を吐き出す。どろりとした眠気に苛まれ、サーシェスは再び目蓋を下ろした。彼の幸福はあと一日ほどでやってくる。瓦礫と化した町中の戦場に、サーシェスの求めるそれは確かに在るのだ。







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