*ささやかな願い*

2009.アリ誕 / アリー隊

 噎せ返る緑の香。周囲に密集する熱帯雨林から、ひっきりなしに聞こえるのは、下草に潜む虫の音と、樹上を渡る動物の発てる甲高い叫びだ。駐留の為の仮設兵舎は、仮に設えたと言う名称の通りの実にお粗末な作りで、部屋を隔てる壁の薄さなど、隣室の音がだだ洩れの有様だった。外からは野生の雄叫び、そして待機に入る兵士らが集う大部屋と壁一つで区切られる隊長用個室から洩れ聞こえるのは、ある種のケダモノを連想させる切れ切れの声音だ。
「今、誰が行ってんだ?」
手持ちの札を凝眸する一人が、誰にともなく訊く。
「さぁな、ちょっと前は若いのが遊ばれてたが、今はワカランな。」
手札から一枚を捨て、積み上げたカードから一枚を取り上げながら、並びに座る別の一人が興味なさ気に返した。
「あの新米、出てきたか?」
「ああ、散々弄くりマワされたんだろ?おかしな恰好で歩いてったぜ。」
ならば今、誰が隊長の相手だ?と、話は振りだしへ戻る。
「誰でもイイだろ?着いた途端から待機で、暇持て余してんのは全員同じなんだからよ。」
言い終わると、その兵士はニヤリと笑う。そして一言。
「上がりだ!!」
又かよ…と手札を捨てる数名。
 投げ出されたカードを拾い集め、スラッシュするのは3度目の親となった男。
「降りるヤツはいるか?」
誰もが否と応える。蔓延る湿度にべたついたカードを素早くきり、手札を配る兵士が呟く。
「良く飽きねぇな…。」
「勝ち逃げするって腹じゃねぇよな?」
呟きの意味を取り違えた相手へ、兵士は薄笑いと共に正しい意図を語ってやる。
「そっちじゃねぇよ。あちらさんの話だ。」
顎をしゃくり、隣室を示し、この分だとまだ2時間は終わらないだろうと、呆れた風に続けた。ドッと笑いが起こる。だが、笑う連中の腹の内は皆殆ど同じ思いに間違いない。次ぎに隊長から声が掛かるのは、きっとこの中の一人だろうと言うことだ。



 2番目の男は気心の知れた兵隊だ。上背はないが張りのある鍛え上げた躯で、具合良く絞まったケツの持ち主だ。薄暗い兵舎で、真夜中のハンガーで、武器庫の片隅で、真っ昼間の仮設本部の裏手でもSEXをしたことのある相手だ。最初の小僧が逃げるように部屋から出ていったあと、数分もしない間に戸口に立っており、ニヤリと笑って次ぎは自分だと言ってのけた猛者だった。
「腹ん中出してきたか?」
今さっき若造で散々愉しんだサーシェスが訊くと、男は更に口の端をだらしなく笑いの形に崩して、モソリとこんなことを言った。
「ものは相談なんですがね、今日はオレが上ってのはどうです?」
「そりゃ、どんな相談だ?」
聞く耳など持たないと、サーシェスは軽くあしらう。が、珍しいことに男は引き下がらず、今日は特別ということにして欲しいなどと宣う。
「何が特別なんだよ?」
「いやぁ、さっき気が付いたんですが、今日はオレの誕生日なんすよ。」
だから特別で、それ故に上なのだと、筋が通っているのかいないのか、全く判らない結論を突きつけてくる。
 男も端からこの提案が通るとは考えていない。次ぎの瞬間、馬鹿馬鹿しいと追い出される覚悟くらいはしていたけれど、何かの拍子に上手くいくかもしれないとも考えていた。怒鳴られるか、あっさりと無視されるか、或いは有無を言うより早く押し倒されるか、精々結末はそんなところだろうと、頭の隅では予想していた。
「なんだ、そりゃ!」
素っ頓狂な声音の次ぎに、手放しの笑いが響く。
「テメェが生まれたってのと、俺がケツ貸してやるのに、どんな繋がりがあんだよ!」
ゲラゲラと笑う様を見て、男はやはり駄目かと苦笑いを浮かべる。
「意味がワカンネェ。けど、面白ぇから一回なら貸してやる。」
「へ?」
「一遍だけならヤラしてやるって言ってんだよ。」
文句でもあるのか?と訊かれ、このチャンスを逃すまいと、男はガキのようにブンブンと首を横に何度も振ってみせた。
 隊長専用の個室といっても、浴室やシャワールームはおろか個別のレストルームが備わっているわけではない。ケツを貸すと言った途端、サーシェスはのっそりとベッドから降りるや否や、一旦部屋を出ていき、大袈裟ではなくあっと言う間に戻ってきた。理由は明らかだ。仮設兵舎の端にある共同の便所とシャワー室で、腹の中身をすっかりと出してきたのだ。
「早いっすね?」
素っ気ない感嘆にサーシェスは応えにならない問いを返す。
「ゴム持ってんだろうな?」
「そりゃ、勿論。」
わざわざ尻のポケットから取り出すパッケージを見て、サーシェスは再び大笑いを垂れた。
 彼らにとってSEXは酒を呑みカードを繰るのと大差ない行為だ。暇つぶしであり、単なる性欲処理にすぎない。しかし幾ばくかの気遣いは在る。合意の上で互いの肉体を繋げるのだから、それなりの手順も弁えていた。本来何かを挿入する為の器官ではないそこへ、指より太いモノを衝き入れる。下準備は必須だ。その際、少しばかりの気遣いも忘れてはならない。
 銃器を扱うゴツゴツとした掌が股間のイチモツを撫でる。撫でると言うよりは、拡げた手で揉み込むと言った方が正しい。押し付け、圧を加えながら竿をゆっくりと捏ねる。数分で、触れる陰茎が形を作り始めた。サーシェスから心地よさそうな溜息が洩れる。円を描き、竿の全体をゆるやかに揉み続けた。呼吸の音が明瞭になり、しっかりと筋肉を張り付ける胸が大きく上下する頃には、手の中の屹立が愕くくらい熱を孕んでいた。
「いい具合でしょ?」
手を止めずに訊ねると、深く吸い込んだ息を吐きながら、満足そうに『あぁ…。』という応えが聞こえた。
「じゃ、折角だから…。」
半ばほど根芯が強張った性器を、部下は徐にそれを口へ含む。
「ん…っ…。」
短い音は快感の徴だ。湿った口の中へ取り込まれた陰茎が、仰天した風にビクリと震えた。
 細い先端の割れ目へ、窄めた舌を押し付けて拡げる。その部分は何処よりも敏感だ。グィとザラついたぬめりに力を入れると、頭の少し上から何とも言えない呻きが落ちてきた。確かな手応えを確認し、硬く尖らせた舌先で擽るように丸みを舐める。
「ぅ…っ…。」
下腹を強張らせ、サーシェスが堪える。鋭敏さを殊更に刺激した所為で、強烈な射精感がやってきたのだろう。
「ん…っ…テメ…っ…。」
支える風に触れる右手の親指を、裏筋に沿って上下させれば、呻きとも善がりともつかない音が聞こえた。
 括れに軽く歯を当てる。舌は変わらず細やかな動きで先端を舐めていた。
「っ…ぁ…クソ…っ…。」
憎々しくも聞こえる短い単語。兵士は思わず舌を引っ込め、ペニスを解放し、良くないのか?と訊く。
「止めんな。」
「イイんすか?」
「止めんなって言ってんだろ…。」
その意味するところを空かさず汲み取った部下は、もう一度口内へ性器を銜えこみ、今度は思い切り啜り上げた。
 含んだ竿を放したのは、そろそろ頃合いだと践んだからだろう。
「もう、充分っすよね?」
わざわざ投げた確認。サーシェスは閉じきれない口唇の隙間から、暑さに負けた犬を連想させる短い呼吸を吐きだしながら、さっさとヤレと焦れったそうに言った。



 満遍なく解した後口へ、すっかりと育ちきったペニスが押し付けられる。鳥羽口も、狭い器官も、和らげる為に使った潤滑剤でぬるついていた。兵士が腰を入れる。予想外の大きさがアナルをこじ開けたお陰で、サーシェスは殆ど苦悶にしか聞こえない唸りをこぼす。カリの張り出しが狭さを目一杯拡げ、括れまでを通すのに少々手間取った。普通ならば、その儀式めいた苦痛が終わると、残りは大したこともない筈。しかし兵士のイチモツは長さも太さも立派以外の何ものでもない。愕きに細やかな顫動を起こす狭窄を、竿の硬さと質量が容赦なく進んだ。
「デケェ…な…。」
腹が飲み込んだ大きさで膨らむ感触に、サーシェスは思わずそんな台詞を垂れる。
「毎回、同じこと言わんで下さいよ。」
僅かずつ陰茎を押し込む兵士から苦笑が漏れた。
 必要以上に時間を掛け、中が充分すぎるくらい広がり解されていても、飲み込んだ肉塊がその許容を越えているなら、根本までが納まるには手間がかかる。慣れていても、腹の中の大きさが、快感より不快感を生み出してしまう。サーシェスは意識して長く息を吸い込み、それを細くゆっくりと吐き出すよう努める。みっしりと内側を充たす塊を嫌がり、肉体が嘔吐感を引き起こすと知っているからだ。そうならない為には、出来るだけ不要な強張りを避けるに限る。ゆったりした呼吸は、唯一の対処法なのだ。
 ズルズルと腹の中を進んでいたモノが、やっと動きを止める。根本近くまでが納まったのだろう。太さだけでなく、長さもあるお陰で、殆どを飲み込むと、普段なら届かない辺りへ先端が触れた。
「デケェ…んだよ。」
それは忌々しい響きにも聞こえる。部下は反射的に謝罪を口にした。
「謝って…んじゃ…ねぇ。」
「そうなんスけど…。」
言いながら、兵士の手がサーシェスの股間へ降りる。直ぐにも律動を始めるのは憚られ、それは自分の雄が並よりは大きめだと承知している故で、そうした時の手順として、相手のペニスを刺激するのが有効だと熟知している部下は、拡げた掌で円を描く風に、幾分勢いを逸した陰茎をゆるゆると捏ね始めた。
 ピクリとも動こうとしない腹の中のイチモツ。股ぐらで莫迦丁寧にペニスの機嫌を取る掌。強さもタイミングも、どうしたら心地よいかを承知している部下は、失せかけたサーシェスの悦を瞬く間に取り戻した。手に触れる陰茎が相当に硬くなり、ジワリと押し付けた掌でゆるりと捏ねてやるたび、鼓動に似た震えが伝わるようになった。
「もう…いい…。動け…っ…。」
喘ぐような呼吸と一緒に、サーシェスが先を促した。これで漸く準備が整ったことになる。
 大きさを誇示するイチモツに繊細な動きは必要ない。特別な技巧にも要はなかった。ただ引き寄せては奥を衝く。質量が狭窄を目一杯に拡げ、硬さが周りを充分すぎるほども擦る。緩やかに始まった律動が、徐々に早さと勢いを増すだけで、背筋を悪寒に似た震えが走った。
「おっ…そこ…っ…。」
シーツから跳ねるように腰が持ち上がり、サーシェスが喘ぎと共に快感を口走る。
「そんな…ギュウギュウ締めないで…くださいよ…。」
か細く震えていた内壁が、盛大にうねったと思うと、恐ろしい締め付けを加えてくる。上から覆い被さり、腰を動かしながら耳の辺りを舐めていた兵隊が、締まりのない声でそんな台詞を吐いた。
 忙しなく腰を打つことはせず、同じリズムを刻み、但し衝き入れの勢いだけは強弱を付ける。深みに踞る性感へ、打ちこんだ先端が届くたび、サーシェスがやたらと大袈裟な声を上げ、仰臥する肢体の彼方此方を引きつる風に戦慄かせた。
「っ…テメっ…そこばっかし…ぁ…ヤベ…っ…。」
根本まで押し込んだ竿をグラインドさせた途端、サーシェスが身悶えるかに躯を捩った。
「出る…とか、言わんでください…よ。」
「言わねぇ…っ…。」
しかしその直後、M字に開いた足の両膝が止めようもないほどガクガクと震え、腹の底から絞り出すような唸り声が低く響いたと思う間もなく、サーシェスのペニスが弾け、夥しい精液が吹き上がった。
「嘘……でしょ?」
「……っせぇ…。」
まだ竿には何もしていないと、部下が呆れた声で追い打ちを掛けると、落ち着きのない呼吸音に混じる、恫喝めいた綴りが聞こえた。
「それ以上…なんか言ってみろ…。」
「ケツだけで…達ったとか?」
敢えてストレートに訊ねる部下は、次の瞬間うめき声を上げ謝罪を垂れる羽目になる。まだ抜いていない竿を、サーシェスが渾身で締め上げたのだ。
「殺すぞ…テメェ…。」
言いながら、一層尻に力を入れる隊長へ、兵隊は情けない声音で幾度も謝罪を繰り返した。



 深まった夜の中、開け放った窓からは空間全部を埋め尽くす虫の音が入り込む。甘ったるい木々の匂い。偶に吹き入る風とも言えない大気の動きには、重たい湿り気を伴う雨の予感が漂っていた。
「で、幾つになった?」
頑丈な寝台の端へ腰掛け、煙草をくゆらせていると、背後からサーシェスの声が訊いた。
「多分、30になったんだと思うんですよ。」
はにかんだ風に口元を緩め、間違っていない筈だと続けると、素っ裸でシーツへ転がる隊長が、莫迦にしきった調子で追加を投げる。
「テメェの歳も勘定できねぇのか?」
「隊長のトコに転がり込んだのが、確か25〜6の時だったんで、合ってると思うんですがね…。」
半端に伸びた髪や、手入れもしない顎や口の髭を何とかすれば、以外にそのくらいの歳なのかもしれないと、薄明かりに照らされる天井の一画をボヤっと見上げ、サーシェスは思った。
「隊長の生まれって何時っすか?」
話の流れから何気なく部下が問いかける。
「判んねぇよ。」
「忘れたんすか?」
そっちの方が問題だと、ふやけた笑いで兵隊は呆れる。
 経歴も氏名もどれだけ使って捨てたか覚えていない。今の名に付随する生まれの情報を思いだしてみようとするが、全く浮かんでこないと判り、サーシェスは瞬く間にそれも諦めた。
『初めて人間を撃ったのは覚えてんだがな…。』
軽口でそんな台詞を言ってやろうかとするが、大して面白くもないと、それを飲み込む。
「一本寄越せ…。」
替わりに煙草をせびると、火の点いた吸い差しが寄越された。深く吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。淀んだ湿気の中、頼りない煙は少しの間天井の辺りに広がり、名残惜しげに薄くなって消えた。雨の気配を察した虫たちが、尚一層喧しく騒ぎ出す。明日も待機かと、うんざりした心持ちでサーシェスが考えていると、兵隊の台詞がそれを遮った。
「次ぎは隊長が上っすか?」
応える替わりに、手放しで笑ってやる。何事か?と覗き込んでくる部下。その顔は、確かに三十路を過ぎた男の面に見えた。







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