*7月11日に生まれて*
2009.アリ誕 / PMCとドロ様とアリー
小さな村だ。戸数は10戸に満たない。どれも掘っ建て小屋に毛が生えた程度の、雨でも降れば狭い部屋の中に居てもずぶ濡れになるくらいのお粗末な家が点在している。家々は中央の広場を囲い建っている。安息日ではない、平日の真っ昼間、普段ならそこには手仕事を持った女が集まり、その周りでは子供らが駆け回り、鶏がヒョコヒョコと歩いているだろう。この国の、この地域でなら、大概目にする珍しくもない風景。本当なら、そんな眺めが目の前に繰り広げられているはずだと、アサルトカービンを肩から提げた下っ端の兵隊は思っていた。
サブマシンガンが威勢良く銃弾をまき散らす。
「ちゃっちゃと言っちまった方がいいんじゃねぇか?」
明後日の方角へ放たれた銃弾は、女達が手仕事をする為に置いたのだと思しき、木製のベンチを穴だらけにした。
「昨日まで匿ってた連中が何処の馬の骨か吐いちまえばイイだけのこったろ?」
男は再び右手にぶら下げるFN P90のトリガーを引いた。今度は真正面、村の長の家宅か、集会所に使う建物か、他よりはずっとがっしりとした造りの外壁に沿って横一列に立たされた村人へ目掛け、銃口から弾丸が飛び出す。すると並ぶ村人の頭から二十センチくらい上方の壁土が粉状となり彼らへ降り落ちる。小さな悲鳴。両眼を硬く閉じ、身を硬直させる女や子供。
「あとはアレだ。預かってやってる武器弾薬の在処も吐いちまった方がいい。見返りに何貰ったかは訊かねぇ。傷薬とか目薬とか、どうでもイイもん掴まされただけだろうしな…。」
言い終わると同時に、再び機銃の騒音。今度は一列の足下を掠めての着弾で、煤けた土埃が全員の視界を遮った。
政府軍の軍服を身につける隊長は、その後も村人に当たらないギリギリを狙って威嚇を行い、脅しと懐柔の中間でたれ込みと言う名の情報を求めた。けれど誰も口を開かない。申し合わせたように、各が目線を足下へ落としてい、今この時が早く過ぎることばかりを念じている。
「Yo soy que´ dicen entendido?(言ってる意味がワカンネェか?)」
共通言語を捨て、この地域の共有原語でわざわざ訊いてみる。
「Usted esta´ seguro entender. (あんたらがワカッテんのは百も承知だけどな…。)」
理解できまいと、敢えて共有原語で何某かを言ってくる輩は多い。隊長はその辺りにも釘を刺すのを忘れていなかった。
場がいっときの膠着に支配される。村人らは突然やって来た政府軍人達が、早々に諦め出ていってくれる事だけを懇願しつつ、口唇を引き結び続ける。
「隊長!」
数名の兵士がキャンバス地に包まれる塊を持って戻ってきたのは、真昼の広場に奇妙な静謐が蔓延り始めて、間もなくのことだった。
「豚の餌の中に突っ込んでありましたぜ。」
地べたへ降ろす塊から、布地をはぎ取る。出てきたのは油紙を幾重にも巻き付けた銃器の数々。
「そりゃおもしれぇ。Un cerdo come esto?(豚がこんなモン喰うのか?)」
居並ぶ人々へ向け、ヘラヘラと笑ってみせながら、兵士へは銃弾のストックの有無を訊く。
「銃弾(たま)は無かったすね。別に隠してあんじゃねぇすか?」
「そっちも探せ。ブツが出ちまったんだから、もう黙りも効かねぇだろうしな。全部ここに並べてやれ。」
散っていく兵士。男はそろそろ潮時かと、一列に並べられた連中の面を見渡した。どの顔にも困惑が浮かぶ。次ぎの展開に怯える面も幾つか在った。
政府軍に雇傭される彼らに与えられた任務は、山間部に点在する村落の中で、現政府へ反旗を翻す幾つかの勢力に荷担もしくは協力する者達の探索だ。協力者をみつけだした場合は、その連中がどの組織を支持し、如何なる協力を行っているかを聞き出し、未だ総てを掴み切れていない反抗分子のアジト及びベースキャンプの位置を特定することだった。形式上、彼ら傭兵部隊も正規軍の一部隊とし、移動車両、銃器、軍服に至るまで、全部が支給されている。政府が彼らを雇傭する一番の理由は、農村部を含む山間において反抗組織が展開するゲリラ戦を熟知し、応戦しうる戦力であるからだ。本来、防衛を主体として訓練されてきた正規軍に、そうしたノウハウはなく、経験も浅い。
何処から攻撃を仕掛けてくるか読めない山間部に、正規軍の兵士を投入するのはリスクが高すぎる。ましてフィールド全体がゲリラのホームグラウンドである。そんな場所に打って付けの人材。それが傭兵というわけだ。例え、村落への調査が目的だとしても、村へ一歩踏み入った途端、温厚そうな村人が銃器を抱え、一斉掃射してくる可能性を捨てきれないならば、この任務にも傭兵を当てるのが得策と、政府の軍部上層は考えたに違いない。
再び真昼の膠着が訪れる。あと一押しで村人の誰かしらが口を開くのは判っている。ただそれを促すファクタが欠けていた。
「隊長!」
別の方向から駆け寄る兵士が短く報告する。
「食料庫の奥にもう一人隠れてましたぜ。」
つぃと頭がその方へ向く。二人の部下が両側から腕を取り、引きずるように一人の村人を連れてくるのが見えた。
「女か…。」
若い女だ。少女から女性になったばかりに見える。未だ子供を孕んだことのない、他の女性とは明らかに異なる体型の女が、隊長であるサーシェスの前で跪かされる。
「調べろ。」
腕を押さえる二人が、身につける衣服の上からまさぐる風に女の全身を確かめた。
「特に何も持ってないっすね。」
「…てこたぁ、伝令か。」
隙を窺い、山の何処かしらに潜む反抗組織へこの状況を知らせに走る役割を振られているのは明白だ。
頭を垂れ、地べたへ目線を張り付ける女。サーシェスはぶら下げるサブマシンガンを手放すと、腰のベルトに納めた拳銃を抜き取った。銃口を女の脳天へ押し当てる。ゴリと不気味な感触が伝わり、彼女の全身に強張りが広がった。
「ねぇちゃん、一個教えてくんねぇか?あんたが行くつもりだったのは、この山ん中のどの辺りだ?」
ひゅっと息を吸い込む音だけが鳴った。女性は何も言わない。
「他の連中は誰も知らねぇみてぇだからな、あんたに訊くのが一番だろ?」
サーシェスの口調は軽い。世間話をしかける知り合いのようだ。が、言葉を操る傍らで拳銃の安全装置を素早く外す。あとはトリガーを引くだけだ。
「ねぇちゃんも黙りか…。」
そこで新たな提案を持ちかける。
「コイツには弾が六発入ってる。今から一発ずつぶっ放す。その間に知ってるコトを喋っちまえばそこまでだ。けど、何も言わなけりゃ六発目はあんたの脳天を直撃ってオチになる。」
どうだ?なかなか洒落たやり方だろ?
応えなど端から期待していない男は、言い終わった途端、一発目を放つ。弾丸は女の足ギリギリを掠め、乾いた土へ埋まり込んだ。
引きや溜めで相手を追い込んでいくやり方がある。ジワジワと怖れを刻みつけ、口を割る方法だ。しかしサーシェスは違った。殆ど狙いを付けることもせず、立て続けに4発を発射した。すべて女の直近を掠める。紙一枚の距離で皮膚に痕を残さない弾道を描き、弾丸はどれも白茶ける土へ埋まった。そして間を置かず五発めが乾いた発射音と共に飛び出す。
「っ…。」
短い苦痛の声が洩れる。ギリギリで触れなかった弾丸が、この時初めて女の皮膚に薄い痕を残した。腕に細く朱色の線が刻まれ、そこから膨れあがるように血液が滲んだ。
サーシェスが手にするのは自動拳銃だ。わざわざ次ぎを発射するのに特別なアクションは必要ない。残り一発を明言通り女の頭へ埋め込むのに、彼が行うのは引き金を引くことだけだ。
「教えてくんねぇのか…。じゃぁ、仕方ねぇな…。」
再び硬質な感触が女の頭部へ宛われた。既に諦めているのか、或いは恐ろしさが彼女の声を奪ったのか、俯いた女性からは何も聞こえてこなかった。
遠巻きに眺める兵士の一人が、声にせず独りごちる。
『ありゃ、撃たねぇな…。』
正規軍の扱いを与えられ、この任務に就いてからずっと同じ流れを眼にしていた兵隊はそう思う。そして、こうなったなら後数秒で片が付くことも兵士は知っていた。
「その娘が行く先は、2キロ下流の浅瀬を山側へ登った処だ。見張り小屋がある。下からは見つけられん。」
嗄れた声が上がる。兵士はそれを聞き、やっぱりな…と鼻先で笑った。
堪りかねたのは老人だ。大概、ここまで来て折れるのは、銃口を向けられた本人ではなく、周囲で見守る大勢の中の一人と決まっていた。反抗勢力に荷担する意義、掲げられる理想、政府を打倒した暁にもたらされるのだろう利益、それらは今の時点でまだ絵に描いた餅にすぎない。近しい人間に向けられる凶器と、果たして手にはいるのか判らない理想的明日を天秤に掛けた結果、眼前の現実へその振り子は傾く。
一人が口を割ればあとは簡単だ。もう隠し立てに意味がないことに、残る全員が気づくからだ。
「本隊へ通信入れろ!!」
隊長が命じる。
「そっちのジジィとこのねぇちゃんは連行だ。残りは本隊がどうにかする。どっかに押し込めて見張り付けとけ。」
駆け寄る部下の一人が訊いた。
「他にも武器隠してるか吐かせねぇんですか?」
「そりゃ、もう俺らの仕事じゃねぇだろ?」
彼らは鳥羽口を開くだけだ。その先は傭兵を雇った側が行うべき仕事だった。
運転担当を含め3人を撰び、隊長は山の麓にある駐留部隊まで村人二人を運ぶ兵士を決めた。
「残りは撤収だ。」
各人が素早く動く。本隊がここへ到着するまでの居残りは、村人の監視役2名と、隊長であるサーシェス。それ以外は総て引き上げ、仮設兵舎で待機となる。
「本隊到着予定は現時刻から2時間後。」
通信担当からあまり愉しくない報告が聞こえた。
空の真上にいた太陽が斜めに移動したお陰で、建物の一画に手頃な日陰が生まれる。政府軍本隊はあと一時間くらい待たねばやってこない。サーシェスには直接報告の義務がある。それをもって、この日の任務が終了する決まりだ。報酬にも影響する。だから無為な時間を不本意ながらやり過ごしている。影になる建物の壁に凭れ、地べたに座り込んで、大あくびを二つほど立て続けに垂れていると、腰の辺りから微かな音と振動が伝わってきた。
ベルトに付属する革製のケース。その中に入れる携帯端末の呼び出しが鳴りだしたのだ。
「俺だ…。」
鳴ったのは別件で契約するスポンサーから渡された端末で、固定秘匿回線を使用し、唯一の相手とのみ通信が可能となっている。
「未だ任務中だとは思ったのだけれどね。丁度、日付が変わったところだったので、祝意を伝えようと鳴らしてみたのだよ。」
ノイズが混じるのは、中継する衛星の位置が影響してのことだろう。ザリザリと耳障りな異音の向こうから、スポンサーであるアレハンドロ・コーナーの声が聞こえた。通信状態は中の下といったところだが、相手が何を言っているのかは聞き取れる。しかし、その意味するところがサッパリ解せない。サーシェスは、いったい何の話だ?と訊いてみた。
コーナーは相手の問いかけなど関係ないらしい。
「ほんの思いつきなのだが、祝儀を贈ろうかと考えてね。やはり本人の望むものを贈るのが筋と言うものだ。君は何が欲しいかな?」
サーシェスは持って回った言い回しが嫌いだ。核心を手短に伝えるのを好む。けれど彼のスポンサーはその逆を得意とする。今も、全く真意を明らかにしない物言いで続けてきた。但し、終いに言われた何が欲しいか?だけは判る。何故そんな台詞を吐くのかは理解できないが、訊ねられた言葉は伝わった。
所属する軍事企業が請け負った今回の依頼は、総てに於いて退屈極まりなく、焦れったいばかりで欠片も面白味のない任務である。サーシェスが依頼を受けたのは、相手側がゲリラ戦に精通する人材をと望んでいたからだ。地の利の薄い傭兵部隊を率いて、他者の制するフィールドへ打って出るのだ。そこに展開されるのは、常に緊迫感を伴う昼夜を問わぬ戦闘状態である筈だった。が、蓋を開ければ事態は尽くサーシェスの予想を裏切り、政府軍の看板を背負わされたお陰で、普段の強引なやり方すらも仕舞い込まねばならなかった。
情報を聞き出すなら、何より手っ取り早くことを進めるなら、関わりを持つ人間を二人ばかり見せしめにしてしまうに限る。悠長に脅しをかけるより、任意に引きずり出した人間を、衆人の眼前で骸に変えてしまうのが何より簡単だ。今回のような、一般の人間が多数関わる場合など、この方法が打って付けだと部隊の全員が承知していた。が、契約条件に上げられた項目に、そうした行為の禁止が唱われており、彼らにはそれが伝わっていなかったのだと現地で知らされた。所属企業の不手際だ。けれど、既に契約は交わされている。出来るだけ素早く依頼を終わらせ、さっさとこの地を離れるしか彼らには術がない。
そんな味気ない任務の最中に、コーナーは何が欲しいか?と訊いてきた。応えなど一つしか思い浮かばない。
「小便ちびるくれぇ面白可笑しい戦場…。」
サーシェスはそれだけ言うと端末を切った。コーナーが何を思い訊ねてきたのかは杳として知れない。伝えるべきを伝えたまでだ。しかし疑問は残る。端末をポーチに戻すと、サーシェスは向かい側の建物の前で、彼と同様壁に凭れ座り込む見張りの兵隊へ声をかける。
「なぁ、今日は何か目出度ぇ日か?」
出入り口の両側にそれぞれ座る二人が顔を見合わせる。
「わかんねぇっすけど、何かの記念とかってことすか?」
「知らねぇから訊いたんだよ。」
疑問は疑問のまま残った。この後、やって来た本隊に報告を済ませ、サーシェスは夕刻過ぎに兵舎へ戻る。そこでも誰彼構わず祝いの意味を訊いて廻ったのだが、結局誰も応えを知る者は居なかった。
そして、まさか自分の生誕を全く憶えていない人間が居るなどとは思いもよらないスポンサーは、具体的に如何なる戦場が面白可笑しいのだろうかと、丸一日考え続けていた。しかし彼の聡明かつ怜悧な頭脳を持ってしても、正解へ辿り着かなかったのは仕方のないことだ。件の任務を終え、戻ったサーシェスがコーナーに呼び出されるのは、まだ暫く先のことで、あの通信の意味と7月11日が何を記念する日付かを本人が知るのも、当日から随分と経ってからのこととなる。
了