*pearl*

アレハンドロ×アリー×アレハンドロ(リバ)

 例えば埃臭い簡易寝台。例えば詰め込まれた輸送艇の床。例えば地べたへ拡げた薄い防水布。例えば狭苦しい車両の座席。挙げればきりがない安眠には不適切な場所の数々、しかしそれはあくまで一般的な見解に過ぎない。何故なら年中そうした場所で寝ることを常としている男は、逆に清潔なシーツの上で重さを感じさせない良質のブランケットにくるまっている時ほど、眠りは浅く瞬く間に目が覚めてしまうのだ。今も同じに、唐突とした覚醒が訪れて、サーシェスは水底から一気に引き上げられたような違和感の中で目を開いた。飛び込んできた薄蒼い布地の色。憶えのないそれにギョッとするよりも先に身構える。が、半瞬も経たず息を吐き、ああそうか…と間の抜けた声を漏らした。
 ゴロリと躯を返し、仰向けの姿勢で真上を見る。天井は薄いカーテンを透かして射し入る蒼白い月光で青みを帯びた墨色に塗られる。空調で微かに揺れる頼りない帳。月の灯りはその僅かな動きの所為で、墨の天井へチラチラと水面に似た動きを映した。少しの間、その儚げな光を眺める。寝起きの割りに、思考に濁りはない。確かな覚醒を得てしまったのだと、暗がりの中で一つ溜息を吐いた。四肢の隅々までが現実を受け入れると、両手の親指にヒリヒリとした痛みを感じた。厳密に言えば、親指の付け根の辺りだ。硬質な何かに擦れ、表皮が薄く傷ついている感触。それには憶えがある。サーシェスはつい数時間前の記憶を引きだし、何とも言えぬ呆れた顔を作り、失笑を混ぜた吐息を吐いた。



 目の前に差し出されたモノを見て、サーシェスは決まり文句を垂れる。
『なんだこりゃ?』
指で摘み上げたそれを軽く振ってみせる相手はにこやかに笑んで応える。
『見たこともないかな?君なら馴染み深い代物だと思ったが、そうだな…例えば車両の伝送系コードや設置型の時限式爆薬を…。』
言いかけたそれをサーシェスは遮る。
『そうじゃねぇ。ソイツが何だかは知ってる。俺が言ってんのは何の為にそれをあんたが持ってきたかってこったろうが?』
『ああ…なるほど。』
更に広がる大らかな笑み。コーナーはてらいもなく、これを使ってみたいのだと愉しげに言った。
『使う?コイツを?何処にだ?俺の竿の根本でも縛り上げるって魂胆か?』
『愕いたよ。君が其程も自虐的な展開を望んでいたとは…。』
莫迦か…。こうした場合、決まり文句はこれだ。うんざりとした響きでサーシェスがこの単語を吐き捨てたのは、一度や二度ではなかった。
 紐の類、コードや棒状の物質を束ねる為の細いプラスティック帯。コーナーの持ち出した結束バンドは、相手の動きを最低限の戒めで封じる目的に使用された。頭の後へ廻した腕。両手の親指を合わせ、その付け根を件の帯で縛る。一度絞ると解くのは不可能だ。刃物の類で切らない限り、その簡素な道具は外れない仕掛けだった。
『毎回あんたのやるコトは意味が分かんねぇが、今回もサッパリだ。』
『実験…と言えば良いかな…。人間の肉体には至る所に弱点があるらしい。それを封じられると自由を奪われる仕組みになっていて、例えば今君はたった一カ所、しかも指を二本封じられただけだが、それで手の機能の大凡は使えなくなっている筈なのさ。本当にそうなのか、腕を拘束するのではなく、指だけで自由を奪えるのか、実際にやってみるのが一番だと考えただけだよ。』
『志はご立派なこったよ。』
『お褒めにあずかり光栄だ。』
朗らかに微笑み、大仰に畏まってみせる男。シーツに仰向け、その実験とやらに付き合うハメになった側の男は、既にこの時点で何があろうと愕くほどもないと、諦めた風に腹を括っていた。
 始まってみれば、行為に驚きはない。在ったのは忌々しい焦れったさだけだった。
『ぁ…っ…あんた…が…っ…。』
やりたかったのはコレなのかと続けようとして、しかし性感を爪の硬さがグリと抉った為に、終いまで言い切れない。もう同じことが数十回も繰り返されている。
『私が…どうしたのかな?』
切れた終わりをわざわざ訊く。
『こんなコト…っ…してぇのか…?』
『こんな…とはどれを指しているのだろうね?』
これだろうか?と含ませた二本の指を大きく拡げ壁を擦る。
『くっ…莫迦が…違ぇ…。』
『では…。』
これのことかな?
折りまげた指の節で性感ギリギリを強く押す。強かさは掠めるだけだ。欲しい部分には届かない。
『うっ…クソ…っ…。』
『それとも…。』
細い指先が前立腺の裏筋を突くように攻める。
『あっ…ヤベ…ぇ…。』
『ああ、これだったのだね?』
仰臥した躯の一部。無防備に晒された股間の屹立がビクビクと震える。達きそうで、全く到達しないその感触に、サーシェスは大きく顔を歪め、違うと言った。
 相手の様などお構いなしに、コーナーは内部の柔らかさを満遍なく解す。同時に何より反応する弱みを執拗に攻め立てた。そして空いている片手が、一糸まとわぬ男の肌の上を滑る。酷く気まぐれな接触だ。掌が痙攣めいて引きつる腹を撫でたり、指の腹が乳首を弄り廻したり、思いついた風に大きく反り返るペニスの近くを辿ったり、その行為に決まり事は存在しない。唯一の規則があるなら、それは決して核心へは触れないということだ。物欲しげに粘液を滴らせる性器。コーナーは断固としてそれにはさわらない。間近をなぞっても、陰茎はおろか陰嚢にすら近づこうとはしなかった。けれど腹の内側へは繰り返し刺激を施す。イヤというくらいに散らばる性感を突き廻す。
『ぉ…あ…竿…っ…握れ…。』
吐き出したい願望を喘ぎに混ぜサーシェスはコーナーへぶつける。何度も、何度も、何とかしろと吠える。
『駄目だよ。』
しかしコーナーに取り合うつもりは微塵もない。
『私が君の要求を飲んでしまったら、この行為の意味がなくなってしまうのだよ。』
言い含める口調。口唇の端には嬉々とした笑いを刻み、また彼は体内の指で一カ所を摺り上げた。
『あっ…ぁ…テメェ…っ…うぁ…。』
M字に開かせた足の両膝がガクガクと震える。ペニスは腹へ付くほども反り返り、先端の割れ目から精液が吹き上がった。しかしそれは一時のことで、総てが吐出したわけではない。低い呻きが荒げた呼吸に混ざる。戒められた両手を解こうと、本能が無闇に腕へ力を込めさせた。
『君の腕力を持ってしても、それを引きちぎるのは無理なのだろうか?』
誰にともなく問いかけ、もう終いにしようかと迷い、だが結局それから半時間近く、コーナーはその実験とやらを止めはしなかった。



 顔の前に翳す両手。薄暗がりに目が慣れると、疵になった指の付け根の些細な部分までが見えてくる。あんな馬鹿げた行為を仕掛けてくる相手も、それを受け入れてやる自分自身もどうかしているとボンヤリ思い、サーシェスは気の抜けた風に息を吐いた。
「くだらねぇ…。」
恐らくコーナーは本気で人の力が結束帯を引きちぎるなど考えてもいない筈だ。単なる行為の言い訳に決まっている。一笑に伏し、部屋を出ていく選択肢もあった。けれどサーシェスはそれを撰ばない。理由は簡単だ。
「面倒くせぇ…。」
適当にはぐらかし、断ろうとしても、四の五の五月蠅く言ってくるに違いない。それを思うと付き合っている。全く扱いづらい相手だ。
 蒼白い光の射す部屋で、自分の手を眺めていたのは僅かの間だ。別段眠くはないが、することがないので取り敢えず目を閉じる。目を閉じ、穏やかに呼吸を繰り返し数分が経つと、肉体の一部に歴とした違和感が残ることが気になった。
「あの野郎…。」
疼くような熱い凝りが、腹の奥に在る。それはコーナーの残した厄介な痕跡だ。結局あの男はSEXをしなかった。指の拘束を解き、自由になった両手でサーシェスが自身の性器を散々扱く様を眺めていただけだった。溜まった熱を吐き出すまで、突っ立って見つめていた男は、不意に背を返すと部屋から出ていった。気が済んだのか飽きたのか、コーナーの心中は欠けらも読めない。後に残ったのは、手淫では治まらない物足りなさ。朝まで寝ていたら忘れてしまっただろうが、夜半過ぎの覚醒でそれはくっきりと存在を顕してきた。
 自慰で済ませるのも手だ。ベッドから抜けだし、衣服を身につけこの場から出ていくのも良いだろう。どんな場所にも捜せばあると思われる、淫売宿を見つけて始末するのが最も適切だ。どうしたものか…とサーシェスは考えた。静謐の蔓延る部屋には、幽かな空調の音だけが流れている。しんとした空間に不躾な異物が入り込む。戸口で微音が鳴ったのだ。ドアノブをそっと廻す音だ。耳ざとくそれを拾う。が、サーシェスは動かない。目を閉じたまま、静かに仰臥していた。
 潜めた靴音が続く。それはベッドの間近で止まる。気配が近づく。何ものかが寝入る男を覗き込んだ。息が掛かるほどの距離ではない。でも、相手から仄かな甘さが香る。その正体を問うまでもない。フロアの全部を一部屋とするインペリアルスウィートなる客室には、雇われた兵隊とその雇い主以外誰も居ないのだ。
『何してんだ?』
すぐ傍の気配。目的が読めない。まさか夜這いをかけてきたとは考えられない。半瞬、様々な可能性を頭に浮かべようとするが、次ぎの半瞬でそれを放棄する。問いただした方が早い。そう結論した途端、無造作に落ちていた腕をその方へ伸ばす。視界を閉じていても大凡の見当は付いている。あっと言う間に相手の腕を捉えた。ビクリと震えたのは仰天の所為だろう。直ぐさま目蓋を持ち上げる。見えたのは青みがかった光を受ける見慣れた顔。目を瞠っている。予想よりずっと愕いたコーナーは口を薄く開いただけで、発する言葉を逸していた。
「よぉ、今度はなんだ?」
短く訊ねる。でも、薄唇は動かない。掴まれた腕を解く素振りもなく、暗がりの中でコーナーはただ仰向ける男の顔を見つめていた。
 サーシェスが腕を掴んだことに深い意味はなかった。取り敢えず、そこに在ったからという程度のことだ。しかし薄い闇の中で数分見つめ合っているうちに、捉えたそれを引き寄せてみたくなった。抗い、強かに振り解こうと足掻いたなら、そのまま指を解き何もしない。もしも欠けらくらい抵抗を迷ったなら、躯の一部へ置き去りにした名残の責任をとれと言ってやる。これまで幾度かヤラせろと言を向けたが、その度に断られている。痕跡の後始末を迫ったところで、結果は同じだろう。どうせ目が冴えているのだ。暇つぶしくらいにはなる。くどくどと煩わしい言葉を浴びせてきたら、さっさと出て行けばよい。そして街の裏路地を捜し、立ちんぼの女を見繕う。軽い思いつきでサーシェスは腕を引き寄せた。其程強く引いたわけではない。精々よろけるくらい。或いは幾らか上体が前へ傾ぐ程度の力だった。
 降ってきた人の重さを受け、サーシェスは眉を顰める。抵抗など爪の先もなく、上背のある躯が胸の上へ落ちる。俯せに乗るその顔は見えない。
「眠っていると思ったよ。」
くぐもった声音でコーナーが言う。額を肩の辺りへ押し付けているから、明瞭さが失せて聞こえた。
「夜這いでもかけに来たのかよ?」
「そうかもしれない。」
冗談めいたいらえ。けれど硬質な響きには笑いの欠けらも滲まない。
「で、何しに来た?」
「もう、出て行ったと思ったのでね…。」
応えにならない単語を並べ、続けてまさか居るとは予想もしなかったと、大層残念そうにコーナーは結んだ。
 ならば出ていくと言う。だから退けと言った。けれど躯の上で伸びる相手は、動く素振りもない。
「あんた、巫山戯てんのか?」
すると伏せていた頭が上がる。淡い月明かりに照らされた顔。茫漠とした表情が貼り付いていた。これまでお目に掛かったことのないツラだ。こんな頼りない顔は初めてだと思い、思った途端これまでの流れにぴったりの理由が閃いた。
「酔ってんのか?」
「どうかな?」
そう言って笑う相手の様に、サーシェスは閃きが的中したのだと確信した。
 差しで飲み明かした記憶はない。だから相手がどれ程酔っているのかは判別しがたい。ほろ酔いなのか、泥酔なのか、見た限りでは何とも言えない。普段よりは相当に酒精を嗜んだと勝手に判断するしかなかった。SEXにおかしな要望を盛り込んできた時は未だ真っ当だったと思われる。あの程度の余興は珍しくないからだ。恐らくあの後だろう。数時間のあいだ、強めの酒精を入れ続けていたなら、この有様にも合点がいく。
「酒かっくらって夜這いか?」
「もっと穏やかな表現で訊いて欲しいよ。」
そうした直接的すぎる質問には応えかねると言いつつも、其程酔っているつもりはない等と、反論するのは忘れていない。
「国連大使様にお尋ねするなら、上品に言わねぇと駄目か?」
「駄目とは言っていないつもりだが?」
「最前の貴方様の行為の所為で、少々難儀しております。お時間が赦すなら、おつき合い願えますでしょうか?」
これならどうだ?と眼差しが問う。慇懃にすぎる言い回しに、コーナーは声を発てて笑い、次いでその意味を深く考えもせず、付き合うのは吝かではないと応えた。



 顎の線から首筋を辿り、丁度鎖骨の辺りをきつく吸い上げる。僅かに口唇を離して確かめると、予想よりずっと明確な痕が生まれていた。痣よりは紅い生々しい吸い痕は、気まぐれに肌の上をたどる唇の動きをくっきりと残している。決まりを持たず、闇雲に刻んでいる風に見え、実のところ一つのルールを保持している。衣服を付けた時、露出する部分には決して付けない。それがこの行為の決め事だった。胸を斜めに滑ると、次ぎは腋の間近で止まり、サーシェスは同じくらいの強さで頼りない柔らかさを吸った。
「ん…。」
鼻先から声が洩れる。随分と湿り気を含んだ音だ。肌を存分にまさぐられ、其処此処に鬱血の徴を付けられ、しかしクタリとシーツに横たわる男から拒絶の声は聞こえない。時折溢れる風に発するのは、情欲を含む声音だ。普段からは想像も出来ない素直さで、アレハンドロ・コーナーは施される諸々を享受していた。
 始まりの頃、常とは真逆の行為へそれなりの抵抗はあった。が、酔いに苛まれた相手を懐柔するのは容易い。心地よさを存分に与えれば良かった。肌を優しげに撫で、舌の先で弱い場所を擽り、同時に股間の竿や袋を丹念に揉み込めば瞬く間に抗いなど消える。特別な技もなく、在るのは強引さ消した穏やかさだけだ。他人に触れられる心地よさを覚えた途端、人は頑なさを忘れる生き物なのだ。
「何の匂いだ?」
乳首へ舌を押し付け、丹念に突起を舐める男が訊いた。
「匂い?」
「甘ったるい匂いがする。」
「コロンは使っているが…。」
「花でも喰ってるんじゃねぇのか?」
舌先で胸の尖りを転がすと、そんな物は食べていないと、語尾を震わせるいらえが戻った。
「君は時々、忌まわしい匂いがするよ。」
「なんだ、そりゃ?」
「貪欲な…捕食者の匂いかもしれない…。」
意味が分からないと聞き流す男は、突起を軽く噛みながら、掌を股間へジワリと押し付けた。
「ぁ…それ…っ…は。」
腰裏に溜まる怠さが募り、仰臥する躯がフルと震えた。
 そろそろ頃合いだと、潤滑油を塗りつけた指を後孔へ伸ばす。流石に何が始まるかが理解できたようで、嫌がるように腰が逃げた。お構いなしにヌルリとした指の先でアナルの周囲を解す。円を描き、ゆっくりと周りから解いていくと、くすぐったいと抗議の声が上がった。
「いちいち文句垂れんなよ。」
「文句とは…違う。事実を知らせた…っ…だけだよ。」
知らせなくていい。黙っていろと促す。
「あんたは無駄口が多い。」
「私は…無駄な言葉など、一度も口にした…ことなど…ない。」
ああ言えばこう言う。全く口の減らないヤツだと苦く笑う。が、後を解く指は止めない。頑なさが徐々に緩むのを確かめつつ、具合をみる為、サーシェスは指先を少し中へ射れた。
「イケそうだな?」
其程の抵抗もなく初めの関節までを含ませ、自身へ言い聞かせる風にそう呟いた。
「おかしな…感触だ…。」
気の抜けた声が応える。痛いでも嫌だでもない。予想外の応えだった。
「すぐに良くなるぜ。」
指を更に深くへ進める。異物の侵入に鳥羽口が閉じようと足掻き、内部が愕きざわめいた。一旦その場で動きを止め、相手の様子を伺う。コーナーは眉根を寄せ、双眸をギュッと閉じて、堪える表情を張り付けていた。これも意外な反応だ。もっと拒絶めいた言葉を投げたり、咎める眼差しをぶつけてくると践んでいた。
「年中酔っぱらってりゃ扱い易いのによ…。」
思ったままを口から出す。が、それへの応えはない。唇は必死なまでに引き結ばれていて、多すぎる綴りを垂れ流す余裕はないのだと思われた。
 一本の指が満遍なく腹の中を拡げる。コーナーが痛いと言ったのは始まりの時分で、半ばくらい和らいでくると、中で動く異物が不快だと訴えてきた。気分が悪いとも口にして、もう止めろとも命じた。
「…んなコトは百も承知だぜ。」
その度に軽く受け流す。解きほぐす動きも続ける。但し、別の部分を満遍なく弄るのも忘れない。片手が素早く肌を撫で、放り出されたままの陰茎を軽く扱き、快感の欠けらを与える。その繰り返しは指の数が二本に増え、もう充分だと抜き取るまで続いた。漸く去っていく異物の感触。コーナーは細く安堵めいた吐息を吐いた。でも腹の中は随分と名残惜しそうに、引き寄せる指へとまとわり付いてきた。
 慎重に射れ込む陰茎が漸く根本まで納まる。鳥羽口に亀頭を押し付けた途端、仰天し逃げようと足掻く腰を押さえつけたのは五分以上前だった。宥める風に股間を撫で、カリの張り出しを通すのに随分と難儀し、何とか括れまでを含ませ、それから満遍なく時間をかけ全部を飲み込ませた。狭窄を質量が擦り上げつつ奥へと進むたび、引きつった音が幾つも零れ、その音に呼応して躯のあちこちが戦慄いた。当然腹の内側も脅えを顕し、糾弾するかに押し込む竿を絞り上げた。それがやっとの思いで奥へと届いたのだ。無意識だろうと思われる安堵めいた吐息が、薄く開いたサーシェスの口唇から一つ洩れた。
 開いた両足の間、抱えた腰から手を放すと、彼は仰向けて脇腹をひくつかせる男へ覆い被さった。内側をみっしりと埋める雄が、どこか在らぬ箇所を擦ったのだろう。つとめて長く息を吐き出そうとするコーナーが、呼吸に低い呻きを混ぜた。
「どんな塩梅だ?」
汗で貼り付く髪を分け、耳元へ潜めた問いを囁く。
「痛い…っ…。」
一つ問えば十を返すコーナーが笑えるくらい短いいらえを口にした。
「まぁ、直に気持ち良くなる…。」
「もう…止めに…っ…。」
耳殻をヌルリと舐められ、懇願めいたそれは中途で消える。
「止めねぇ…。このまま抜いたら痛ぇだけだしな。」
吹き込むように声音を耳管へ流し込む。言いながら相手のペニスへジワリと腹を押し付けた。挟みこまれ、硬い腹筋を密着させられ、萎えかけた陰茎が細かく震える。
「ちっと我慢してろ…。頭がイカレちまうくらい気持ち良くなるからよ…。」
密やかな声音が言い聞かせる。何かが返るとは思わない。言葉の終わりに軽く耳殻を噛み、舌先で擽りながらサーシェスは腰を引き寄せる。探るかの動きだ。内壁はそれを嫌がり大きすぎる異物を締め付ける。
「締め過ぎだ…。」
苦く笑う声が耳元で揺れる。応えるかに聞こえたのは細切れの呼吸。首筋を諌めるように舐めると、浅い息に混じって喘ぎに似た音がこぼれた。
 抽送が早まるまで存外の時間が要った。腹の中を竿が行き来するたび、情けない声音が続き、それが快感を含み始めるまで、律動は穏やかさを手放さなかった。けれど苦痛と愉悦の混在が、一つの境を踏み越える時は来る。意味のない音の羅列に、欲情の欠けらが散らばるのを、サーシェスは素早く拾い、徐々にピッチを上げていった。
「あっ…い…っ…その…っ…。」
深みを先端が衝く。頭を仰け反らせて声を上げる様は、確かに悦を感じているのだと確信できた。
「コレか?」
同じ辺りへ同じ強さを押し込む。
「ぁ…そ…っ…あ…。」
「いいだろ?ここ…か?」
「うっ…。」
ブルと肩が揺れた途端、腹になま暖かさを感じる。抽送の動作で扱かれる陰茎が、中の刺激も拾い始めた証拠だった。
「こっからが…本番だ…ってな…。」
深みから勢いを付け手繰り寄せる陰茎。周囲を存分に擦り、張り詰めた弾力が移動する。半ばまで引いたそれを強かに押し込むと、高く嬌声が響いた。
 うねりを伴い質量を引き込もうとする内壁に戒められ、狭さの中で雄が身震いしつつ粘液を滲ませる。
「クソ…気持ちいい…じゃねぇか。」
射精を逃す男の耳に、また長く尾を引く善がりが流れ込んだ。普段聞き慣れた音より高く、幾分掠れたそれは断続的に部屋の空気を震わせ、男の欲を煽った。皮膚の打ち合いが生々しい音となるほど、引き寄せた腰を衝き射れる。
「う…ぁ…っ…あっ…。」
自分がどんな有様で、どんな声を吐きだし続けているのか判っていないだろうと考えながら、サーシェスは竿を周囲へ擦りつける。短い呼吸の端に、終わりを予感させる単語が在った。コーナーが吐精を欲し、快感を探る風に腰を揺らす。
「…んだよ。もう出してぇのか…?」
呆れたと呟き、しかし続けて荒げた息と一緒にこんなことを垂れる。
「実は…俺もだ。」
薄く笑い、激しく中を掻き回す。終わりの予感を覚える男は、深く埋めた性器を勢いに乗せ鳥羽口へと引いた。



 事後の脱力に任せボンヤリと天井の辺りを眺めていた。知らぬまに目蓋が閉じ、僅かの合間を微睡みに落ちていたらしい。はっとして双眸を開く。見えたのは途切れた記憶にあるのと同じ暗がり。時刻を確かめなくとも、意識が曖昧だったのは数分のことだと知れた。ムクリと起きあがると、サーシェスはシーツの上、すぐ傍らで寝入る男を見た。衣服は半端にくつろげられ、下肢はブランケットに隠れているが、恐らく顕わなままに違いない。静かな寝息を発てる様は、酷く穏やかだ。あれだけ無防備にSEXを受け入れたのだから、やはり相当に酔っていたのだろうと思う。そしてきっと日が昇り目を覚ました頃には、歴とした記憶など残っていまいと、ずいぶん都合の良いことを考えた。
 豪奢なベッドは余程でもなければ軋みなど上げない。それでもサーシェスは息を潜めそこから抜け出す。脱ぎ捨てた衣服を拾って、ぞんざいに身につける。ジャケットが見あたらないと周囲へ眼を凝らし、続いてそれは隣室へ置いてきたのだと思い出す。一応の身支度が済むと、後も振り返らず続き扉へと行った。蒼白い室内には相変わらず柔らかなコーナーの寝息だけが繰り返していた。
 ドアノブへ手をかけ、ゆっくりと廻す。ひっそりと部屋を後にする自分が、まるでこそ泥か総菜をかっ攫った泥棒猫のように思え、失笑めいた歪みを口の端へ刻む。相手が泥酔していたとしても、確かに合意の上での行為だ。四の五の小言を言われる筋合いはないし、仮に咎めを吐かれたとしても、合意だったと言い放つだけだ。そして多分、コーナーは殆どを覚えていない。だから足音を忍ばせる自身が、間抜けに思えて仕方がなかった。
「帰るのかな?」
背後から不意の問いかけ。ドアを押し開く動作が止まった。
「まぁ…な。」
「車を呼ぶならフロントで頼めば良い。」
「ああ…。」
「また次ぎが決まったら連絡を入れるよ。」
そうか…と応え、じゃぁな…と言いかける。
「意外にも、君は紳士的だった。」
一歩践みだしかけた足がその場へ貼り付く。
「もっと酷く強引で、暴力的な流れを想像していたのだけれどね。予想は外れてしまった…。」
残念そうな物言いに続けて、喉の奥を震わせる笑い声が洩れた。
「あんた…俺を嵌めたのか?ありゃ芝居か?」
振り返り語気を強め訊き返せば、シーツの上で上体を起こしたコーナーと目線がぶつかった。
「強かに酔った事がないのでね、上手く酔った素振りを作る自信はなかったよ。」
サーシェスを見つめる二つの眼が、半月の形に細められる。口元は可笑しくて堪らないと、ゆるやかに綻んでいた。
「しかし些か君の持ち物は私には負担だった。明日の予定を入れなかったのは正解だったよ。」
笑いの形を作る双眸が、さてどう反応するか?と期待を滲ませた。
 ドアが大きく開き、大仰な音を発てて閉まる。遮られた隣室から、何やら品性のない単語が幾つも聞こえる。一頻り吠えるかの声音が続き、最後にドアを恐ろしい勢いで蹴り飛ばす振動が空気を揺さぶった。
「少々、遊びが過ぎただろうか…。」
欠けらくらいは自省する台詞。言い終わるとコーナーは耳を峙てる。聞こえてきたのは、焦れた風に床を践む足音が遠ざかる響き、そして馬鹿馬鹿しいほどの大声で言い放つ一つづり。
「あのクソ野郎!」
もう一度、何かを蹴り飛ばす音と振動。壁か廊下へ出るドアが犠牲になったようだ。
「やはり謝罪すべきだな…。」
徐に起きあがろうとするも、腰の怠さと鈍痛にへたりとシーツへ躯が落ちる。
「これは困った。」
ポツリと落ちた呟きは、本当に困り果てたように細く揺らいだ。







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