*泳ぐ人*

アレハンドロ×アリー(プールサイドエロ)

 これが幾つ目の別邸かと訊かないことにしている。大概おかしな方向へ話の矛先を引っ張られ、有耶無耶にされ、更に意味のない蘊蓄を披露されて終わると決まっているからだ。訊くだけ無駄だとサーシェスは認識してる。それにもしも相手が真っ当に応えたとして、まったく当たり前のツラで同等の屋敷は十(とお)ばかりあって、これはその中でも新しいから八つ目などとほざかれたら、さっさと踵を返し玄関へ向かいたい気分になるだろう。だから訊かない。だいたいサーシェスは建物にも、地所にも興味がなく、依頼主である御代人に世辞を垂れる趣味もないのだ。



 この日はスポンサーであるコーナーの元へ車を受け取りに来るのが目的だった。それまでの胡散臭い髭を落とし、髪も比較的こざっぱりと短めにし、別の名を名乗り、傭兵とは異なる動きをする為に、それなりの装束と足を依頼主から渡される段取りだ。指定された場所はこれまで出向いた試しのない屋敷で、住所を頼りに空港から交通機関と徒歩を使った。賃走の車をつかまえれば簡単だったろうが、何処も殆ど変わり映えのしない空港施設の建物から出て、それらしい庇の下を見つけたところ、大袈裟ではなく本当に長蛇の列が出来ていたので、面倒になってバスターミナルへ向かった。
 バスは比較的空いていて、手持ちの荷物を二つ並ぶ座席の隣へ置いても文句を言われてない程度の乗客数だ。すぐ後に誰も座っていないのを確かめ、彼は少々やりすぎるくらいにリクライニングを倒す。依頼主の別邸へ呼びつけられるのは二回目だったと記憶する。背もたれへゆったりともたれ掛かり、夜半に一度だけ訪れた其処を思いだし、サーシェスは呆れた風な溜息を漏らした。恐らく今から行く先も同じだろう。相手がどれ程の邸宅を構えようと知った事ではないが、世の中の金の流れを形にして突きつけられる気分になるのは、きっと今回も変わらないと薄くウンザリした表情を浮かべた。
 バスは市街地を抜け、同じような莫迦デカい家々が並ぶ住宅地の端を掠め、そのまま海沿いの通りを半時間ほど走って終点へ到着する。手持ちの端末から近隣のマップを呼び出し、そこへ知らされた所番地を入力すると、降り立った其処から丘を一つ半越えた辺りが相手の屋敷なのだと知れた。
「クソッ…。」
歩くのは苦ではない。少々強すぎる熱帯の陽射しも嫌気がさすにはほど遠い。思わず悪態を吐いたのは、先に送り付けられ、今は身につけているお仕着せのスーツが鬱陶しいからだった。生まれて初めてそうした形をしたのではないが、着慣れないことに変わりはない。手荷物は小振りの鞄が一つ。中身は旅行者の持ち物としたら不自然ではない諸々が放り込んである。それを手に不承不承ながら歩き出して十分と少し。スーツも苦手だが、それと共に着用を求められた革靴が何とも馴染まないのだと気づいた。靴底の薄さが気に障る。それを履いて、未だこの先小一時間弱は歩かねばならないのかと、彼はゆるやかな上り坂の突端を眺めて辟易としたツラを張り付けた。



 大凡想像通りの建物だった。周囲を見回すと揃いも揃って同等の規模の屋敷が並ぶ。一つだけなら目を瞠ったろうが、これだけ整然と連なっていると、極端に仰天したり呆れることもない。玄関の呼び鈴を鳴らすと機械的な疑似音声が姓名を述べろと言って寄越す。今日はどの名を告げれば良いのかと半瞬ばかり迷い、これまで使っていた名を言えば、何ら問題なく扉のロックが外れた。玄関ホールで待てと疑似音声が命じる。その通りに、吹き抜けの大袈裟な空間で突っ立っていると、直ぐさま正面のドアが開き、彼を呼びつけた相手が姿を現した。
「その恰好はどうした趣向なのかな?」
開口一番、さも可笑しいと大いに綻んだ面相でコーナーが言う。
「あんたが着て来いっつったんだろうが。」
クソ面白くない発言に憮然とした顔で答えると、相手は装束ではなくその盛大に着崩れた有様のことだと宣う。
 タイは坂の途中で外し背広の胸ポケットへ突っ込んだ。シャツの襟は上から三つばかり釦を外してある。更に丘を下り始めた辺りで上着は脱いで、鞄と一緒に肩へ担ぐように持ってきた。今もその形のままだ。コーナーが指摘したのはそこだったらしい。
「歩いて来たんだよ。」
「何処から?地の果てからかい?」
「バスの終点からだ。」
するとバスには乗ったことがないので、それはどの辺りにあるのか?と涼しげな声音が訊いた。
「こっから海側へ二つばかり丘を越えたとこだ。」
「残念ながら其方へは行った試しがないのでね、そこから徒歩でやってくるとどれだけ時間が掛かるのかは計りかねるが、君のその出で立ちを見る限り、五分やそこいらではないと察しがつく。」
それでどれ程も歩いたのかと畳みかけられ、サーシェスは渋面を作り、腹を立てた風な声で50分くらいだと返した。
「それは随分と足労だったね?どうして空港から車を使わなかったのかと訊いたら、君は更に立腹するのかな?」
「そう思ってんなら訊くな。」
「ならば、その質問は止めておこう。」
ホールも空調は完璧に効いている。たったこれだけの会話で、吹き出していた汗は引き、逆に肌へ貼り付くシャツが乾いて何とも不愉快だ。
「まぁ、奥へ入ってくつろいでくれたまえよ。」
軽く微笑んで出てきた扉へ戻る背を追う。半端に乾いたシャツの生地を抓むと、肌との間に出来たわずかな隙間に、空調の冷たさが忍び込み、サーシェスはまた不快そうな顔をした。
 そこは来客用の応接室だった。横も奥行きも無駄に広い。正面は総てが硝子扉で、その先には鮮やかな緑が広がっていた。芝生へ自動で水を撒いている。細かな水滴をまき散らす仕掛けが、軽やかにクルクルと回転する様が見えた。水の帯の先、空中へ拡散し飛び散った水滴に、真昼の陽射しが反射してお粗末な虹が出来ている。ソファへ荷物と上着を投げたまま、天井まで切り取られた硝子越しにその光景を眺めていると、背後で扉が開き機械仕掛けの使用人が細長いグラスを二つ、大ぶりの器へ持った果物、そして空のグラスと水を入れたピッチャーを持って入室してきた。無言でそれらを低いテーブルへ並べる。
「好きなものをやってくれたまえ。」
肩越しに振り向くと、コーナーは酒の瓶を手にしている。
「ああ…。」
適当に応え、再び庭へ向き直る。回転が徐々にゆるみ、仕掛けがゆっくりと止まる。水幕で遮られていた所為で気づかなかったが、庭の奥に煌めきが在る。陽光に輝く水面。それは巨大なプールだった。
「泳げんのか?」
振り向かず訊ねると、コーナーは藪から棒に何の話かと聞き返す。
「ありゃ、泳ぐ為に作ったんじゃねぇのか?」
続ける台詞で漸くその意図を汲み取りったのか、答が戻った。
「あれを使った事はないよ。泳げるか?と訊いた事へは、泳げると答えるけれど、泳ぐ為に作ったのかという問いへは否と答えねばならないな。」
「じゃ、何の為にあれが在んだよ?」
「豪邸の庭には付き物だからさ。」
「はぁ?」
「一種の装飾。或いは添え物。この辺りの屋敷には大概設えてあるからね、此処にも造ったと言うのが正解なのだよ。」
「ツマンネェことを訊いちまったらしいな。」
ヤレヤレと肩を竦めるジェスチャーと共に、サーシェスはそう呟いた。
 徐に硝子扉の一枚を開け放ち、男が庭へ出ていったのは、あれは使えるのか?と訊いたところ、当然だと返答があったからだった。低いテラスから芝生へ降りた途端、立ち止まって履いていた全部を剥ぎ取り素足になる。按配の悪かった靴は緑の上へ置き去りになる。歪な楕円状のプールまで凡そ7mあまり。歩きながらシャツを脱ぎ放り投げる。滑らかな材質のプールサイドで、男はスラックスとご丁寧に下着まで脱ぎ捨てた。テラスまでは出たがその場で硝子へ寄りかかり、遠ざかる様を眺めていたコーナーは、勢い良く水しぶきが上がるのを見て、ひどく愉しげに口元をゆるめた。少しの間、その場所で水面の輝きを見ていたが、強すぎる陽射しの所為と、遠目では具に様子が判じきれないからと、彼も陽光の下へ踏み出す。滅多に訪れない別邸の裏庭。改めて考えると、此処へ足を踏み入れるのは初めてのことだと知れる。きっとあの男が来なければ、未だ当分の間あの硝子扉は開かなかったろうし、コーナーが己の思いつきで庭へ出ることもなく、よもやその存在すら忘れていた設備へ、足を運ぶこともなかったに違いない。
 間近まで近づくと、水の表面が揺らめいているだけで、飛び込んだ人間の姿が見あたらない。もっとギリギリまで歩を進める。立ったまま水面下を覗き込んだ。歪み、曖昧になった人のシルエットが、水底をゆったり移動するのが見える。最も深い辺りへ潜っているらしく、射し込む光が拡散し弱まっている為に、それは薄い墨色の形にしか見えず、現実とはかけ離れた物体を見下ろす錯覚を呼んだ。時折儚げな気泡が昇ってくる。呼吸をしているのだと理解は出来るが、それでもやはり眼下のそれは作り物めいていた。いつ潜ったのかは知らない。テラスからは様子が分からなかった。こうしてのぞき込み始めてから、だいたいではあるが一分以上は経過していると思われた。人はどれだけ水中に居られるのか。コーナーは興味深く水底を観察する。注意深く見つめると、シルエットはわずかずつ上昇しているのだと知れた。そして途中から一気に水面を目指す。腕を大きく掻いたと思えば、楕円のほぼ真ん中辺りに、男が盛大な水滴をまき散らし頭を突きだしていた。
 決して美しいフォームではない。恐らく自己流だと見受けられる泳ぎ方で、サーシェスは水面の中央から横にもっとも長い距離を行き、そこから斜めにコーナーの立つ場所までたどり着く。
「気持ちが良さそうだ。」
「水が温まってるけどな。」
「泳ぎは好きなのかい?」
「別に好きでもねぇ。特に得手な方でもねぇよ。」
男は見下ろす相手に泳がないのか?とは訊かなかった。きっと首を横に振るだろうと思ったからだ。今までそれほど多くツラを付き合わせていたわけではないが、今回ばかりはコーナーの返すだろう台詞を予想できたし、それが間違いないと確信めいた予感があった。
「まだ上がらないのかい?」
問われ、ひどく低い辺りから相手を仰ぎ見る。それが早く上がってこいという促しの意味を含むのかと確認するため、サーシェスは陽射しの強さに双眸を細めてコーナーの表情を読んだ。相手は急かしていないらしい。焦れてもいないし、苛ついてもいない。何が面白いのか、口の端をゆるく引き上げている。
「上がらねぇ。暑いしな。」
短い答え。そして男はプールの壁面を器用に蹴って、斜めにまた水底へと潜っていった。



 潜っては浮かび上がる繰り返しを堪能すると、次ぎは背を下にして水面を暫くたゆたっていた。空の高みから降り落ちる日光を受け、双眸を閉じていると目蓋の裏に陽光の粒が踊る。こうして無為な時間をやり過ごすのは久しぶりだと思う。自身を急き立てているつもりはなく、生きる時間を切り売りするつもりも更々無い。ただ何もせずに過ごす日常に慣れていないのだ。サーシェスは元から慣れるつもりがない。だから常に動いていて、しかし偶には短い間を無駄に生きてみるのも良い気はしていた。
 うっかりすると水に浸かったまま寝てしまいそうなくらいの平穏があった。あとは物を受け取るだけだ。寝入っても問題はない。が、水に浮かんだまま寝た試しがない。もしかしたら溺れるのだろうかと面白くもない事を考える。太陽は忌々しいくらい、頭上で光を投げ寄越してくる。気温は高い。でも躯の半分以上を水にひたしていると、それなりに体温を奪われる。一度上がった方が賢明だ。そう結論づけ、サーシェスは躯を返し、独特の泳法で縁を目指した。プールサイドへ上がる際、妙に肉体の重さを感じた。怠いような全身の感覚。それも随分と味わったことのない感じ方だと考えつつ、陸へ上がった途端、その場でゴロリと横になった。
 途中から気づいていたが、屋敷の主の姿がない。他人が泳ぐ様をいつまでも見ているとは暇なヤツだと思ったが、流石に飽きたのだろうと納得する。一糸まとわぬ姿でなめらかなプールサイドへ転がっていると、屋敷の方からサクサクと芝生を践む音がした。間を置かず顔の上へ影が落ちる。腰をわずかに屈めたコーナーが、あられもない有様で寝転がる男を覗き込んでいた。そしてふわりと何かが落ちる。顔へ見事に広がり落ちたそれは、真新しいタオルだと触れてみて分かった。
「漸く水から上がったね?」
堪能したかと穏やかな声が流れる。
「まぁな…。」
相変わらずの適当な応じ方。
「それにしても君は羞恥がないね?」
他人の庭で総てをさらけ出す男。羞恥だけでなく、危機感すら忘れているとコーナーは指摘めいた台詞を吐いた。
「そんな無防備な姿を見ると、とても有能な傭兵だと信じられなくなるよ。」
「信じてくれと言った覚えはねぇがな。」
「無頓着にそうした言葉を口にすると…。」
投げたタオルをわざわざ躯の上へ拡げ、コーナーは何やら愉快な事でも思いついた風に、クツクツと喉を震わせ、男の股ぐらを掌でゆるく押した。そして続ける。
「こんな行為をされても、文句は言えない筈だね。」
微妙な圧迫と共に、掌が動く。サーシェスは気の抜けた音を一つ吐き。それはサービスか?と低く訊いた。
 恐らく邸内から持ってきたものだろう。股間へ手を当てながら、空いている片手がぬめりを纏って後孔へ触れてきた。男がおかしな笑い声を上げる。屹立をなぞられ、アナルの周囲を指で解され、そんな状況で笑った所為で、引きつった奇妙な声が洩れたのだ。
「こんなトコでおっぱじめんのか?」
それこそ恥知らずだとサーシェスはからかう。
「此処は私の屋敷の中なのでね、恥にはならないと思うのだが…。」
まったく気にしない素振りで軽く相手のからかいをいなし、屋敷の主は何喰わぬ顔で指の中ほどまで、狭い器官へ埋め込んだ。
「おっ…く…っ…ぁ…。」
流石に仰天したと、横たわる躯が跳ねる。反応を無視した指は、遠慮もなく奥へ進んだ。根本までがしっかりと納まると、深みを爪の硬さで抉る。短い音が幾つもサーシェスから洩れ、タオルの上から触れていても分かる程度に、股間が脈動した。
 コーナーのやり方は重々承知している。ひとところを執拗に弄り廻すのが彼のやり方だ。気に入ったからと、延々乳首へ触られ続けたこともある。特に今日のように自らがその意思を顕わにしてきた時は殊更に腹を括った方が利口というものだ。結局は快楽を貪り、絶頂を掴むのだから、途中の諸々には目を瞑るのが肝心だった。
「くっ……。」
股間で大きく喘ぐかに身悶えているペニスから、思うさま精液を吹き上げたい衝動を堪えつつ、サーシェスは腹の底で毒づいている。腹を括っても、腹は立つ。指を後口から入れ込んで随分になるが、コーナーは未だにそれを抜こうとしない。それどころか、最も厄介な場所へ飽きずに触れ続けているのだ。前立腺の裏。この性感を執拗に刺激する。指の腹で撫でるように、指先でグリグリと擦るように、或いは敢えて整えた爪の硬さを押し付けて、そこだけを重点的に弄っている。瞬く間に募る射精感。それを堪え、吐き出す寸ででやり過ごす。でも接触は止まない。
「う…っ…クソ…っ…。」
吐き出すまいとしても、肉体の反応は如何ともしがたい。ふわりと掛けられたタオルの一点が、ジクジク染み出す体液で湿っているのも仕方のないことだ。大きく喘ぎ、身を捩らせて吐精の欲求を逃しながら、サーシェスは一体自分は何に逆らっているのかと、埒のない自問すら浮かべ始めていた。
 気温は正午へ向け、ジリジリと上がっている。空気も暑い。湿気を含む風も心地よさを逸している。それなのに、地べたへ触れている背を濡らしている汗は厭らしく冷たい。腰から背を伝うのが、快感なのか悪寒なのかが、分からなくなっていた。
「テメェ…いつまで…ぅ…っ…やって…。」
暑さにやられた畜生に似た細切れの呼吸と喘ぎに混ぜ、サーシェスがコーナーを詰る。
「少々引き延ばしすぎたかな?」
「少々…っ…ん…っ…じゃっ…ねぇ…。」
波のようにやってくる射精の欲求。飲まれることなく、やり返すが、そこに屈強さは欠けらもない。
「君が我慢強いから、存分に楽しませてもらった。」
他人が苦痛めいた快楽に喘ぐ様が、それほども愉しいのかと声を荒げてやりたいところだ。が、それもあえかな善がりと、濡れそぼった声に紛れ、形にするのは困難だった。
「クソ…っ…野郎が…。」
やっとそれだけを言葉にする。コーナーは無礼な一言にも、穏やかな声音で細く笑った。
 腹の中は微かな動きすら愉悦として拾うくらいの敏感さだ。そこへ充分に育った性器を突っ込まれ、周りへ満遍なく質量と硬さと熱さを擦り付けられるのだから堪らない。コーナーの律動は、普段同様に激しさを持たない。若干の強弱こそつけるが、ギリギリまで一定の速度を保つ。それがまた焦燥を生むのだ。
「お…ぁ…莫迦…かっ…テメっ…。」
「莫迦では…ないつもりだが?」
「くっ…ぅ…もっと…早く…つ…っ…。」
「早く…どうしろと?」
「動……っ…う…ぁ…っ…。」
言い切れないよう、押し込んだ竿をわざわざ激しく周囲へ擦りつけるコーナー。大きく背を撓らせるだけでは足りないらしく、呻きと短い善がりを吐き出しつつ、サーシェスは脇腹を激しく痙攣される。その情けない有様を見て、コーナーが呟く。
「我慢強いのも…必ず利は生まないのさ。」
覚えておくと良い…。
冷静すぎる物言いで静かに宣ったあと、彼は仰臥する男の上へ躯を乗せ、胸と腹を触れ合わせた。
「そろそろ…終わりにしよう。」
腰をずぃと引く。腹の中すべてが細かく震え、陰茎を包み込む。肉体が絶頂を欲しがっているのだ。欲望に乞われ、コーナーは引き寄せた腰を一気に進める。腹筋に挟まれたサーシェスのペニスが、待ち焦がれた風にビクビクと鼓動を刻んだ。
「あ…ぁ…う…っ…あぁ…。」
深みを抉る。下になる男が意味のない音の羅列を叫んだ。締め付ける内壁。低く呻きをこぼすコーナー。触れあう胸に互いの鼓動の激しさを感じる。絶頂は、もう手の中に在った。



 仰向ける男の上へクタリと俯せたまま、コーナーは降りようともせず、動き出す素振りも見せない。竿くらいは抜けと言われ、怠そうな動作で腹の中から陰茎を引き出した。が、そこから降りる気はないらしい。全裸のサーシェス。そこへ乗る屋敷の主はジャケットこそ着ていないが、シャツもスラックスもしっかりと身につけている。但し、下肢を包むそれの前が大きく開かれていて、普段なら襟まで止められている釦も、二つばかり外れていた。傍から見たら珍妙な眺めだった。失笑を禁じ得ない有様に見える。けれど、二人のうちの一人が、この場の持ち主なのだから、如何なる醜態を晒しても、咎められることはないのだ。
「なぁ、退かねぇのもあんたの嫌がらせか?」
「好きに取って貰って構わないよ。」
「さっき、危機感がねぇとか、なんとか言ってたよな?」
「事実だから仕方がないだろう?」
「今はあんたのが危機感がねぇだろーが。」
「また、私を慰みに使おう等と愚言を口にするつもりでは無いだろうね?」
「…んなこたぁ言わねぇ。」
「手を出しても無駄だよ。」
「いや、手は出ねぇ。けど…足は出すぜ。」
「え?」
コーナーの上体が徐に持ち上がった。サーシェスが肩を掴んで軽々と引き起こしたのだ。
「何のつもり…っ!」
仰天に語尾が消える。声にならない驚嘆に、双眸を大きく見開いたまま、屋敷の主は面白いほど簡単に背後へ飛ばされていた。
 背から陽を弾き煌めく水面へ落ちる。水底へ沈みながら、真上でゆらめく青色を見つめ、彼は自身が絶妙なタイミングでプールへ目掛け、蹴り飛ばされたのだと悟った。ゆっくりと落ちていく躯。人は無駄な力さえ入れなければ自ずと浮き上がる仕組みだと、余裕を臭わせていたのはわずかの事だった。着衣が水を存分に吸い込む。重くなった布地が腕や足に絡みついた。頭の端を浮き上がらないかもしれない可能性が過ぎる。焦燥が瞬く間に思考へ広がった。無駄な力が肩や腕を強張らせ、意味のない大きな動作で藻掻くように水を掻く。自身が浮き上がっているのか、いまだ沈み行くのか判別が付かない。そこから更なる焦りが生まれる。呼吸が危ういと気づいてしまった途端、彼の面から怜悧な表情が失せた。
闇雲に両手で水を掻き分ける。両足は不規則にバタバタと周囲を蹴った。ぼやけた視界に壁と思しき色味が映った。そこへ近づこうと兎に角全身を動かす。わずかずつだが、壁面が近くなる。そこへ手が触れた時、置き忘れた冷静さが戻った。壁を伝うように上昇を試みる。数秒ののち、コーナーは何とか水面へ顔を出すことに成功した。
 縁へ両手で掴まったまま、彼は大きく息を吸い込み、顔を廻らせ、この事態を引き起こした張本人を捜す。素足が水場を歩くひたひたという音。半笑いで近寄ってくる無礼者が声を掛けた。
「泳げるんじゃなかったのかよ?」
「着衣での水泳は……経験がないのだよ。」
「じゃぁ、経験できて良かったじゃねぇか。」
不遜な物言いを無言でやり過ごし、コーナーはつぃと片手を上方へ付きだした。
「なんの真似だ?そりゃ…。」
「水を吸い込んだ衣服が重いのだ。引き上げて貰わねばここから上がるのは無理だよ。」
「じゃぁ、浸かってりゃいいだろ?」
「私は上がりたいと言っている。」
「俺は腹の中にあんたがぶち撒けたブツを出してぇんだ。」
そんな暇はないとサーシェスはけんもほろろだ。
「君のつまらない冗談に付き合っている時間はない。」
「早く出さねぇと、腹が痛くなっちまうからな…。」
明後日の方向へ顔を逸らし、サーシェスは逡巡の真似事を始める。眉間に皺を寄せ、考え込むツラを敢えて作る。が、突如何かを思いついたのか、向き直りニヤリと厭らしい笑いを浮かべた。
「こん中でやりゃあイイんじゃねぇか…。」
見下ろす目線の先はコーナーの浸かるプール。
「莫迦な!この中でそんな下劣な行為を…。」
止めろと珍しく声を荒げる男の真横で、盛大な水しぶきが上がった。縁へコーナーを残したまま、サーシェスは勢い良く水底へ潜っていった。為す術もなく、傭兵の名を大声で呼ぶも、それは生ぬるい風に運ばれ、水の底へと辿り着いた相手には、欠けらも届きはしなかった。







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