*銀色の大空*

ニール&アリー(捏造カコバナ/部下アリのエロあり升)

 夕暮れ時、車中から見つめたその場所はあまりにも整然としていて、暮れてゆく空の色と相まったからか、ひどく美しく、とても穏やかで、ロックオンは埒もないと判っていながら、ポツリと腹の底にあった思いを形にして吐き出していた。
『こんなに綺麗になっちまって…。』
それが自戒めいて聞こえたとしたら、きっとロックオンも、口にしたところで、形を得た一言が、誰にも届かず、誰にも聞こえず、誰にも伝わらないと知っていたからだろう。自らが後生大事に抱えているのはバラバラに散らばった断片でしかない記憶。色を逸した風景。堆く積まれた瓦礫の山。そして居並ぶ無数の骸。どれだけ思いだそうとしても、その時の瞬間は一欠片も彼の中に残っていない。音はなかった。視界に飛び込む、細切れのシーンだけが、今でも胸の奥底に踞るあの日の事実だ。そしてあと一つ、たった一人に掛けられた言葉。
『取り敢えず、泣いとけ…。』
頭をクシャリと撫でた掌の感触。不思議な事に、それには色があり、音があり、人の温度があった。



 現地へ降りたった途端、諸々の雑事が雪崩を起こした。
「どうにも上手くないっすよ。」
市街図を睨み付け、最終目標を絞り出している背後から、途方に暮れた兵隊が泣き言を垂れてきた。
「なにが上手くねぇって?」
顔はモニタに向けたままで聞き返すと、現地調達したブツの質が悪すぎると、古参の兵隊がらしくない苦言を漏らす。
「んなこたぁ、重々承知してたんじゃねぇのか?」
「こっちのシンパが揃えたんだから、まさかって思うじゃねえすか?」
空路にしろ、海路にしろ、普段使い慣れた資材を他国へ持ち込むのは厳禁だ。その土地、その場所で調達するのが最善と、サーシェスにしろ、古参の兵隊サイードにしろ、常識として捉えていた。
 一つのお題目を掲げていても、個々に散らばる組織が一個の巨大な集まりへ纏まっていく事は珍しい。大きな集まりは統括が難しく、末端まで上の目が届かないからと言う理由もある。が、大概の場合、組織間には連帯感に似た意識が存在するだけで、実働の方法が大きく或いは微妙に異なる為に、一つへと固まっていかないのが実のところだ。何某かの行動を起こす際、名の知れた組織の名を持ち出す方が、結局は世の中への影響力も多大で、生み出す反響も大きい。ささやかな集まりはフットワークが軽く、彼方此方で烽火を上げ、武力行動を起こすのも容易だ。その時、お題目と知名度の高い組織の名を語れば、世間の目はそこへ注がれる。弱小故の利点。巨大な集合体である故の弱点。それらを互いが補っている。今回の爆破テロを提案したのは現地の小さな組織とそのシンパ。そして決起に際し、蓄えた経験と知識を貸せと、過激武装組織としては名の通ったサーシェスらに打診してきたのだ。
 通常、爆破装置の類は現地で既に揃えられている場合が多い。裏から手を回せば、材料となる諸々も大凡手に入る。様々な武力行為が数多行われる中東ならば、容易く資材が揃うのは当然としても、AEUの端に位置する島国だからといって、お粗末な炸薬を差し出されるとは、やって来た精鋭も予想していなかった事態だ。
「こっちだってデカイ組織があるだろうが…。そっちには流れて、こっちには来ねぇって理由があるか?」
「こっちを充てにしてたのが丸判りって事っすよ。」
段ボールへ無造作に放り込まれた、工業用の火薬をのぞき込み、サーシェスは少しの間思案した。
「今んとこ、標的は中央駅付近のバス溜まり、
市民ホール。あと一個くれぇデカイ建物を狙うって算段だが、それっぱかりの湿った火薬で、どこふっ飛ばすってんだ、連中は…。」
目標となる建物のロケーションを頭に浮かべつつ、考えを廻らすリーダーが、二分くらい黙り込む。兵隊は次ぎに飛び出す指示を待った。
 結局、限られた時間内で最も確実な方法を選び出した男が口を開く。
「仕方ねぇ、裏から手ぇ廻せ。」
「すぐに揃うだけで良いすか?」
「ああ…。あと、ふっ飛ばしたら一発で100人くらいお釈迦になる場所も調べて来い。」
了解を告げ、当座のアジトにした廃ビルの一室から出ていく兵隊。開いたドアを後ろ手に閉めつつ、独り言ともつかない一言を垂れた。
「…ったく、隊長は派手にぶっ壊しすぎだぜ。」
「悪ぃか?」
「いや、全然。」
聞かれることを想定していたらしく、返ってきたそれを面白そうに受け流し、兵隊は剥き出しのコンクリートへ靴音を響かせる。小一時間もすれば、充分すぎる量の資材を抱えて戻ってくるだろう。サーシェスは呼びつけた現地組織の頭と、最後の確認をする為腰を上げる。
「少し絞めとくか…。」
通りの良い名前へ寄りかかりすぎる現地の組織。打ち合わせの席で、その頭へ少しばかり手痛い釘を刺しておく必要があると践んだ男は、そのやり方を幾つか思い浮かべ、ひどく愉快そうな笑いを作った。



 事を終わらせた精鋭らは数人ずつに分かれ現地を後にする。空路を行く者。陸路で離れる者。敢えて海路を撰んだ者。誰もが直路を戻ったりはしない。わざわざ迂回し、全く明後日の方角へ足を運び、そこから数日の時間差を作ってそれぞれにベースへ帰るのだ。
 最終的に絞り込んだ三カ所へ、夜と明けの間を縫い、爆破装置を仕掛けた兵隊は、その結果を待つことなく其処から隣国へと飛んだ。次いで、固定装置以外の車両爆弾を操作した者らは、繁華街での盛大な爆発の騒ぎに乗じ、ひっそりと姿を消した。そして最後まで居残り、未だ納まらぬ騒動の中、総ての確認を終えてから、南下するフェリーへ乗り込んだのは、サーシェスとその部下だった。乗船に先んじて犯行声明が公表されており、首謀者はKPSAを名乗っていた。本拠地へ向かう全部の交通機関で厳戒が行われたが、それ以外へのルートは予想を遙かに下回る簡単な検閲が実施されただけに終わる。因って彼らは大した目くらましも必要ないまま、海上の在所を得た。
 一等船室は、その名称とはかけ離れた、単に個別の空間を維持できる程度のお粗末な客室だった。壁に固定された寝台は、二等以下で使われる二段造りの物を二つに割っただけの代物で、それ以外の調度といったら、やはり壁へ作りつけられた申し訳程度の卓があるだけだ。左右の壁に付けられたベッドに腰掛け向き合いツラを付き合わせると、ガタイの良い男二人の膝頭が触れてしまう狭さだった。が、他人と隔てられた密室を確保できただけ幸いといえる。寝返りを打つのも難儀な、雑魚寝を強いられる二等やら三等で、半日余りの時間をやり過ごすのは実際厳しい。どうせ寝るくらいしかする事もないのだ。ならば他者の目から隠れた部屋に限る。暇にまかせ、SEXに興じることが出来るのだから。
 今にもバラバラに崩れてしまうような、情けない軋みをあげ続けるベッドの上。船が陸から離れるのを確認し、簡単な事後報告を行ったあと、シーツへ転がるサーシェスが一言『乗っかれ』と促した。
「機嫌…イイじゃないすか。」
衣服をさっさと剥ぎ取りつつ、言われるまま仰臥する相手へ乗り上げ、兵隊は面白そうに言った。
「ゴタついた割りには、綺麗にブッ壊れてたからな…。」
「こっちの名前出されて、チンケな発破で終わったら洒落にもならんでしょう。」
互いの股間を擦り付け合い、男らは物騒な話をする。標的を総て確かめ、その破壊された建造物や周囲の状況を視認しての感想を、上がる息に乗せ、少しの間語り合った。
「隊長から乗っけてくれるってのは…、相当いい出来だったって…ことで…。」
自分の竿と下になる相手の竿が、擦れるごとに硬く張り詰めるのを感じながら、兵隊は愉しげに単語を並べる。
 衣服のまま、股ぐらへ陰茎を押し付けられていたサーシェスは、途中で履いていた作業衣を脱ぐ。ゴワついた厚手の生地と、更にその下の薄い下着に押し込められていた性器が、解放にビクリと震えた。すかさず兵隊が股間を擦り付ける。生々しい感触が、より一層の欲を生んだ。
「もう、先っちょが濡れてんじゃねぇか?」
直接触れる兵隊のペニス。みちみちと育ちながら、先端を物欲しげに濡らしている。サーシェスがそこを指摘すると、兵隊は無造作に相手の竿を握り込んだ。
「うっ…く…っ…。」
「隊長だって濡れてんじゃないすか?」
親指の腹で先端を撫でる。円を描き指を動かすと、わずかな体液を滲ませていたそこが、ヌルリとした感触を纏った。
「テメェが…擦ったからだろーが…。」
熱を孕む呼吸で語尾を揺らし、切れ切れにやり返すが、兵隊は気にもせず、もっと強く指を押し付け同じ辺りを摺り続ける。
「おっ…ぁ…テメッ…しつけぇ…。」
「気持ちイイなら、そう言ったらどうです?」
ニヤつく声音で畳みかける。サーシェスは『うぅ…』と低く呻き、『五月蠅ぇ』と掠れ気味の抵抗を吐いた。
 半ばくらい互いの陰茎が勃ち上がるのを待ち、アナルへ入り込んだ指が数を増やす。二本が存分に腹の中を解し、拡げ、鳥羽口が細かく震えて大きさと熱さを期待するのを確かめると、待ち焦がれていた塊が遠慮もなしに後孔から入り込む。
「おぁ…っ…。」
散々指で性感帯を突き廻されていたからか、侵入した質量に内側を摺られ、サーシェスが背を仰け反らせ大きく喘いだ。
「善がり過ぎだ、隊長…。」
深みまで一気にペニスを進め、兵隊が薄笑いでそう垂れる。
「…っせぇ。ゴチャゴチャ言ってん…っ…ぅ…。」
納まった肉塊を、直ぐさま引きずられ、言いかけた半分も形に出来ない。わざわざ周囲をカリの硬さが引っ掻くよう、壁へ押し付けながら竿を手繰られたのだから、堪ったものではなかった。儚げな襞が無遠慮に抉られる。いっとき呼吸も忘れる快感が腰裏に生まれ、背を駆け上がった。
「あっ…クソっ…もっと…っ…ぅ…ん…。」
「もっと、何です…?」
「莫迦か…くっ…もっと…ヤレって…。」
「せっかちだな…。これからっすよ。」
言葉通りに兵隊は引き寄せた熱塊を強引さに任せ衝き入れる。
「う…ぁ…っキショウ…そこ…っ…あっ…。」
「知ってますって…。」
それは此処だと言う風に、丸みを帯びた先端が深くに踞る性感を激しく衝いた。
 少し前から、股間でビクビクと震えていたサーシェスの屹立が、仰天したかに大きく身悶え、ドロリとした粘質を吐き出す。それでも兵隊は続ける。押し込んだまま、奥を刺激したままで、仰向ける男の腰を掴んで大袈裟なくらい揺すった。
「おっ…ぉ…すげぇ…っ…それっ…。」
「未だ、達かないっすよね?」
「…ったりめーだろ?そんな…ぅ…早かねぇ…。」
「じゃぁ、次ぎはコレで…。」
腰に在った両手が背へ廻る。グィと互いの躯を密着させるよう、兵隊は相手を抱き寄せる。そして躯を返し、あっと言う間に上下を入れ替えた。自重と重力がそれまで届かなかった辺りまで、腹に納まる性器を飲み込ませる。サーシェスがひどく感じ入った声を上げた。お構いなしに下から腰を突き上げる兵隊。その動きに合わせ、腹の上で腰を揺らす男が、長く尾を引き幾度も吠えた。



 押し殺した喘ぎやら、低い呻きやら、もっと人の物とは思えない声音を幾つも上げ、汗に濡れた表皮を打ち合わせ、互いを追い上げていった末に、引きつった唸り声を相次いで漏らしたと同時に、部屋は生臭い体液の匂いでいっぱいになった。
「あ……ぁあ…。」
充足を声にして吐き出しながら、上に乗るサーシェスが兵隊の胸へ落ちる。そのまま不自然な沈黙が数分。
「隊長、寝るなら抜いた方がいいすよ。」
「てめぇが抜いて、こっから降りろ…。」
ぼんやりとした輪郭の言を耳にし、兵隊はやっぱり半分くらい寝ていたのだと腹の底で呆れた。
 納まった陰茎を抜き取る際、喘ぎに似た音をこぼしたサーシェスをシーツへ下ろし、兵隊は床へ腰を落としベッドの縁へ背を預けた。吐き出した精液の始末に困るからと、直前で付けたゴムを竿から剥ぎ取る。適当に汚れを拭う。緩慢に手を動かしつつ、背後で長く伸びる男は、きっと寝てしまったのだろうと思った途端、くぐもった声に呼ばれた。
「おい…。」
「なんです?」
「出てからどれくらい経った?」
持ち込んだ手荷物から携帯端末を引っ張り出し、兵隊はあと少しで二時間くらいだと知らせる。
「未だわかんねぇか…。」
「何がです?」
「船ん中でも検閲があるかもしれねぇし、降りる時かもしれねぇ。」
なるほど…と頷く兵隊。実行犯の探索がどこまで進んでいるかの話だと理解した。海上は一種の閉塞された空間だ。もしもここで容疑者を挙げられれば、逃がす確率は低い。が、下手に捜査を急げば下船の際に逃がす可能性がある。どちらに掛けるかは当局次第といったところだ。
 しかし簡単には挙げられないと知っている男らは、危機感の欠けらもなく、部屋中に情事の匂いと倦怠をまき散らしていた。
「そう言えば、あのガキはなんだったんすか?」
「ガキだ?」
一通りの汚れを拭い終えた兵隊が、取り敢えずといった風に下着とズボンを身につけ、何となく思いだした風情でモソリと訊いた。
「最後に吹っ飛ばしたデカイ建物の前で、隊長…ガキの頭撫でてたじゃないすか。」
数秒の間が空き、弛みきった声音が覚えていないと返す。
「…んな事じゃねぇかと思ったけどな。」
苦い笑いと共にそう垂れると、サーシェスは更に緩んだ如何にも眠そうな声で言った。
「犬っころやガキは、取り敢えず頭撫でてやるモンだろうが…。」
ぼんやりと吐き出したそれは、誰に向けた台詞でもなく、惰性で口から零れた独り言のように聞こえた。



 静まりかえる路上にモーターの音が生まれた。そろそろこの場を離れる為、車に火を入れたからだ。軽く二度ばかりアクセルを踏み、もう一度窓の先へ視線を投げる。もうとっぷりと日が暮れて、あの日を伝えるモニュメントも薄暗さの中に沈み掛けていた。漫ろ歩く人の姿はない。ミラーで背後を確認し、発進しかけた視界の端に、何か動くものをみとめ、ロックオンはその方へ顔を遣った。距離と薄闇の所為で判然としないが、恐らく女性と思われるシルエットがモニュメントの前で足を止め、僅かの間頭(こうべ)を垂れ、再び歩き出すのが見えた。それは祈りだと、彼は確信めいた想いを抱く。近隣に住み、あの時の凄惨な出来事を忘れていない人だろうか。或いはあの日、ここで近しい誰かを失ったのかもしれない。
 瓦礫の前で為す術もなく踞る小さな子供が居た。泣きたいのか、怒りたいのか、叫びたいのか、自身でも分からず、ただ地べたへ小さく屈み込んでいるだけの子供。初めのうちは、周りの大人達が声を掛けた。大丈夫か?と、気遣わしげに訊ねる者が幾人もいた。けれど、何も返さず、泣き出しもせず、促されても動こうとしない子供に、それ以上の何某かを与えてやれない大人は、暫くすると遠巻きに眺めるだけになり、いつしか周囲から消えていった。あとは現場の処理にあたる、作業員と検証を任された職員だけが残り、誰も子供に慰めをかけなくなった。
『どうした…小僧。』
斜め上から降ってきたのは男の声だった。それにも答えを持たない子供は、今までと同様座りこみ動かない。
『誰かあの下に居んのか?』
瓦礫を指し男が訊く。でも子供は口を閉ざしたままだ。
『まぁ、アレだ…。こんな時は取り敢えず、泣いとけ…。』
クシャリと大きな掌が子供の柔らかな髪を撫でる。男はそれだけを残すと何処かへ歩いていった。
 それは慰めではなかった。もっと近しい響きがあった。子供の勝手な思いこみかもしれない。あの人も大切な何かを無くしたのだと、彼には思えて仕方なかった。気づくと見開いた目から涙が零れていた。静かに、声もなく、子供は涙を流し続けた。彼の大切な総てを押しつぶした建物の残骸。その上に広がる鉛の色ばかりの空。涙ににじむ視界へ、不意に幾筋もの光が帯となって降る。雲の微かな切れ間から、夕刻の陽射しが細く穏やかに射していた。するとたれ込めた鈍色が、煌めきに照らされ銀の色へと塗り変わる。銀色の大空は、彼の記憶の中に、唯一の彩りとなって刻みつけられた。
 ウィンカーを灯し、車は流れるかに走り出す。バックミラーの中で、小さくなるモニュメントを見つめ、ロックオンはあの男も時には此処へ足を運ぶのだろうかと思う。そして今し方に見た女性の様に、一頻りあの日の光景へ祈りを捧げるのではないかと、願望めいた思いを胸の中で少しの間転がしていた。







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