*その腕は力任せに*
ドロアリ
皺まみれのシーツに、一人は仰向け、一人は俯せ、二人の男が寝転がっている。行為のあと、どちらも寄せてくる充足感と倦怠に身を任せていて、起きあがる素振りもなく、少しの間、動かずにいる。仰向ける男は素っ裸だ。そして腹這いになりシーツの上で組んだ両腕へ顎を乗せる男は、薄物のシャツだけを羽織っていた。彼らの間に存在するのは雇用関係。雇い主と雇われた兵隊という、ただそれだけの繋がりしかない。SEXはそこに付随する単なる余録。特別な情は欠片も持ち合わせがなかった。雇用主はこれまで関わりを持ったことのないタイプの兵隊に興味があり、兵隊は食事と寝所を提供されるのと同じ意味合いでその行為を捉えている。だから事後の甘やかなやり取りもなければ、名残惜しげな触れあいもありはしない。わずかの間、ぼんやりと過ぎる時間に身を置いているだけだ。
空調の音ばかりが耳に付く。それ以外は、深くなる夜の中へ吸い込まれて消えてしまったようだ。そこへ微かに混じる異音。俯せる男が躯の位置を少しだけ動かした所為で、肌と布が擦れた音だった。
「疑似太陽炉と言っても、スペック的に既存の機体との性能差はない筈だからね…。」
ポツリポツリと交わされる会話の続きを、コーナーが再会する。
「紛い物でも、マイスターの乗る機体だ。ガンダムには違いない。」
天井へ向いていたサーシェスの視線が真横の男へ動く。自ら『紛い物』と宣ったのが気になったのだが、口にした本人に特別の意識はないらしく、コーナーは自嘲的な表情もしていなければ、自身へ向ける苦い笑いも浮かべていなかった。なるほど、あの連中が本物だろうと、酷似した偽物だろうと、この男にはどうでも良いのだろうと、サーシェスは得心する。
「それでも、やはりオリジナルが欲しいと言うのかな?」
後から出てきた三機のガンダムでは満足出来ないと考えているのかもしれない。相手の無言をそう解釈し、コーナーは敢えてそれを問いにした。
「いや…。」
「その場で現物を見て、気に入った機体を撰んで構わない。パイロットの認証を変更するのは造作もない事なのでね。」
「ああ…。」
各機の武装と能力特性は既に聞いている。そのパイロットの特徴も頭に入れた。どれも魅力的な機体だ。できるならば、全部戴いてやりたい…。サーシェスは頭の中でその動きをシミュレートしつつ、半分以上本気でそう思っていた。
クッと喉の奥を震わせる笑い声。ここには二人しか居ない。真横から聞こえたそれが、コーナーのものであるのは確かなことだ。
「…んだよ?」
今度は顔ごと相手へ向ける。クツクツと忍び笑いを垂れる男。笑われる謂われが思いつかない。
「失礼した。」
一応の謝罪。でも笑気を収める気など微塵もなさそうだ。相変わらず薄いシャツを羽織った肩が小刻みに揺れている。
「きっと君は幼少の頃から、新しい玩具や遊戯に心を馳せると、周囲など無関係になるのだろうと思ったのだよ。」
要するに馬鹿馬鹿しいくらい、子供じみたツラだと言いたいのだ。からかっているのだと察しながら、しかしサーシェスはそうした物言いにも興味がないようで、空気の漏れるような腐抜けた声音で『そうか…。』と呟いただけだった。
「当たっているのだろう?幼い頃から、そうした指摘を受けていたのではないかな?」
観察者の興味は相手の過去へと執着し始める。互いの生い立ちなど語り合った事はない。殊更に聞きだした試しもなかった。偶然その方向へ会話が流れただけだ。だがコーナーはその偶然が気に入ったとみえる。
「どうだかな…。」
続けてサーシェスは『忘れた。』と無感情に垂れた。
極限的非日常にのみ居場所を見いだす男。それがこの傭兵だとコーナーは熟知している。人の当然持ちうる営みには爪の先も興味がない。興味のない事象には恐ろしく冷淡だ。だからその反応も予想していた。が、一つ引っ掛かる部分がある。
「忘れた?本当に?」
食い下がる問い。引っ掛かったのはそこだった。
「覚えてても役にたたねぇから、忘れちまう。特にガキの時分の事とか、覚えててもしょうがねぇからな。」
人の記憶がそれほど都合よく出来ていないのは誰もが知りうる事実だ。覚えていようにも消えていく過日の記憶。また消去できるなら綺麗サッパリとなくしてしまいたいのに、付いて廻る過去。役に立たないからディレート出来るなら、万人がそれを行っているに違いない。
「君の記憶はずいぶんと都合良く出来ているのだね?」
面倒だから適当にあしらわれた可能性も含め、コーナーは皮肉混じりに訊いた。
「要らねぇモンは捨てることにしてるんでね…。」
だらしなく仰向ける男は、顔だけをコーナーへ廻らせ、不敵な笑いを浮かべ更に続けた。
「あんたも同じだろ?要らねぇモンは始末する。人だろうが物だろうが…。」
「確かにそうだ。不要な物を後生大事に抱えているほど、我々は多くのキャパシティを有してはいないからね。」
要と不要を瞬時に決する。それも大儀を成就させるには不可欠な要素。捨て去る対象が記憶であっただけのこと。この男なら、それすらも自身の意思で操作出来ると思えてしまう。実際には不可能と知りつつ、コーナーは真顔でそんな事を考える自分に、少し呆れ、少し笑った。
何の気まぐれか、再び始まった情事の前触れに、サーシェスは少々うんざりした調子で、今日はもう終いじゃないのか?と訊いた。
「終わった途端に身支度を始める君が、未だそんな形(なり)で居るのは、二度を期待しての事だと判じたのだけれど、違ったと言うことかな?」
さきほどとは別の香油を満遍なく塗りつけた指が、性感の一つをグィと抉った。
「ん…ぁ…っ…。」
反射的に躯がシーツから浮き上がる。二度目のSEXは、目覚めてしまった鋭敏さが仇になる。些細な刺激で簡単に愉悦を感じ、あられもない声が洩れる。コーナーがそれを面白がっているのは明らかだ。依頼主は、性欲が旺盛なのでなく、人を追い込むのが殊更にお好みなのだ。
「…ったく、嫌な野郎だ…。」
心の底からそう思う。だからそう言った。すると心外だとばかりに、腹の中を弄り廻す指が二本に増やされ、顫動を起こす柔らかさを、嫌というくらい擦り上げてきた。
「ん…んっ…ぅ…っ…。」
爪の硬さで前立腺の裏筋をグリグリと押され、寒くもないのに震えが走った。股ぐらのイチモツが苦しげに震える。先端からヌルリとした液体が溢れ、竿を伝い降りた。
「この後、火急の用向きがあるとは聞いていなかったが、もしも都合が悪ければ、ここで終わっても、私は一向に構わないよ?」
既に引き返せるラインを超していると、判っていながらコーナーはそんな台詞を吐く。見下ろす相手の股間でもどかしげに白濁を滴らせるペニスをチラと確認し、彼はサーシェスにどうするか?と重ねた。
「じゃぁ、指……抜け。」
募る情欲に苛まれながらも、ギラつく危うさを秘めた双眸がコーナーを睨め付ける。
「本気…のようだね?」
「まぁ…な。」
「それなら続けよう。私は君の言う通りにいけ好かない人間なのだから…。」
「ぶっ殺してぇくらい、最低の野郎だ…。」
雑言を投げる男は口端を笑みの形に引き上げている。そして悪口を浴びた男も品の良い微笑を湛えていた。ただ埋め込んだ指は、躾のなっていない従者へ罰を施す風に、何処より敏感な辺りを、息が詰まるくらい強く執拗に擦りあげた。
3本に増やした指が中を存分に弄り廻し、相手が微かな動きにすら鈍い呻きを漏らすまで焦らす。腹に触れるくらい勃起したサーシェスの性器が、短いスパンで精液を吹き上げるのを確かめ、コーナーは漸く指を抜いた。去っていく3本の質量を惜しみ、周りの温柔さがまとわりついて、引き戻す仕草で蠢いた。煩わしそうに内壁を置き去りにする細くしなやかな指。そして間を置かず侵入する、しっかりと硬さを身につけた質量。内から外へ狭さを押し広げるコーナーの陰茎。内蔵の圧迫感に知らず苦鳴に似た音を垂れ流す傭兵。足の付け根、性器には触れないギリギリの辺りを、コーナーの指先がくすぐるように撫でる。引きつった音は、それを快感と捉えた証拠だ。喘ぎの間に『クソッ…』と短く洩れた悪態は、余裕をそぎ落とされたサーシェスの本音に違いないと思われた。
ゆったりとした律動だ。急激にピッチを上げもせず、触れる総てを吟味するように動く。コーナーは自身の欲を高めるより、相手の焦燥を煽る方が好きなのだ。組み敷く男が鋭敏な刃物を思わせる兵隊であれば尚のこと、身につけた優雅さで、そのエッジの鋭さを刮ぎ落とすのに執着する。どれだけ追い込んでもサーシェスは屈しないし折れない強かさを持つ。だから安心して攻められる。簡単に根を上げない相手だからこそ、好き放題に振る舞えるし、わずかに垣間見える乱れた様に欲情できるのだ。コーナーがこの男にSEXを求める理由は、恐らくこの部分が大層気に入っているからだろう。
「もっと…目一杯…っ…ヤってくんねぇか?」
達くには生ぬるい、でもジリジリとした切迫感は募る。頭の芯が痺れるような、激しい衝き入れを寄越せと、細切れの呼吸に混ぜ、サーシェスは言い続ける。
「その要求は…飲めない。」
「なんで…だ?」
「私は…私のペースを…崩したくないからさ。」
穏やかな拒絶を垂れながら、コーナーは竿をゆるりと引き寄せる。わざわざ周壁に弾力のある硬さを押し付けつつ、竿を手前へ動かすから、包み込む襞が満遍なく擦られ、鈍痛めいた悦が断続的にサーシェスを苛んだ。
「ん…ぅ…んん…っ…く…っ…。」
決定的な何某かへ手が届かない焦れったさから、雄を飲み込んだ腰が快楽を探って細かく揺れる。
「とても良い…眺めだ。」
眼下で精液を吐き続けるペニス。白い濁りでベタベタに汚れた男の腹や股間。双眸を閉じ、何かを必死で探る表情。そしてあえかに揺れ続けるがっしりとした腰。コーナーはそれらを眺め、うっとりとした声音でそう言うと、とても満足した顔つきで、一つ吐息を落とした。
緩慢すぎる抽送。しかし腹の中をみっしりと埋める質量から、少なからずコーナーも昂ぶっているのだと察せられる。物理的に性器が熱を溜めたのだろう。だが行為を終わらせるつもりは薄い。腰の動きが欠片も早まらない。まだ引き延ばすと考えた方が賢明だ。サーシェスはすっかり飽き飽きしている。もうどうでも良いと思い始めている。何時まで、この酔狂に付き合わねばならないのかと、鳩尾の辺りに苛立ちの片鱗すら見え隠れし始めていた。
「そろそろ…潮時だ…。」
感情を殺した声音が低く言った。
「え?」
同時に傭兵の腕が、男にしては華奢な部類に入る相手の腰を掴んだ。踏ん張る暇もなく、コーナーは乱暴に引き寄せられる。素早く腕は相手の背へ周り、二つの躯を密着させた。
「何の真似かな?」
「潮時だって…言ったろ?」
互いの腹に挟まれるサーシェスのペニスがひどく熱い。このままで律動を速めろと、抑えた声音が命じる風に告げた。
「承伏しかねる。」
「じゃぁ、仕方ねぇ…か。」
アナルへギュッと力を込める。奥まで納まった陰茎の根本が痛みを覚えるくらい締め付けられた。
「あっ…なに…っ…を…。」
「焦れっってぇのは…もう飽き飽きだってな…。」
男の重さを物ともせず、仰臥する躯が幾分浮き上がる。飲み込んだ竿をギチギチと締め上げつつ、腰を器用に使い愉悦を拾う。堪りかね、コーナーが律動を始めるまで、ほんの数分。絞られる性器が、扱かれる快感で膨れあがるのは、瞬く間のこと。
すっかり余裕を奪われたのは、焦らしていた筈の男。一度始まってしまった腰の動きが、見る間に早まったのは自然の成り行き。攻め立てていた相手に、追い上げられる羽目になり、悔しげに引き結んだ口唇が薄く緩めば、そこからは濡れた吐息が間断なく零れた。
「ん…っ…君は…強引すぎる…。」
「文句言う暇…に、腰…動かせっ…。」
言われるまでもなく、上に乗る男は引いた腰を打つ。深みへ届いたのを確かめる間もなく、再び雄は周囲を擦りつつ引き戻る。追いかけるかに、周り中が張り詰める陰茎を包んで、ジワリと戒める。表皮が根芯を摩擦した。吐精を促す快感が、律動を更に速める。忙しない呼吸と意味を為さない言葉の断片。時折、どちらからも洩れるのは、低い呻き。今にも吐き出しそうな衝動を堪えるたび、それは背を強張らせる男の口からこぼれ落ちた。
ギリギリまで引いた雄を勢いに乗せ叩き込んだ瞬間、腹の間に挟まれるサーシェスのペニスがこれまでになく震えるのを感じた。そして幾度も耳にしたケダモノの吠声に似た唸りが上がる。背へ廻る両腕に激しく力が籠もる。背骨をへし折るつもりかと疑うほどだ。
「くっ…う…ぁ…出る…っ…。」
呻くようにそう言った直後、腹部を生暖かい粘液が濡らす感触。それを不快に感じる暇もなく、射精が引き起こす内部のうねりに飲まれ、竿を埋める男の背が大きく波打つ。
「あっ…ぁ…あっ…。」
堪りきった殆どを腹の内へ吐き出しつつ、コーナーはひどく満たされた声を漏らした。快感と充足感がゆっくりと全身へ広がる。同時に怠さが四肢を苛む。仰向ける躯から降りるのも、埋めた性器を抜くのも忘れ、サーシェスの上でクタリと伏していると、あっと言う間に余裕を取り戻した相手の、忌々しい声音が耳管へ滑り込んできた。
「とっとと竿抜いてくんねぇか?中のモンを出しちまわねぇと、腹…壊すんでね。」
胸の辺りに落ちていた頭が上がる。コーナーは明らかに不愉快極まる表情を張り付けて、憎たらしい男を見つめた。
「これは、君の強引さが招いた結果なのだから、君に指図をする権利はないよ。」
「俺の所為だってか?」
「君が勝手にペースを乱した所為だ。」
「そりゃ、悪かったな。」
けれど爪の先も済まない等と思っていない男は、上に伏せる相手の重みを軽々と持ち上げ、いとも簡単に納まるモノを吐き出し、依頼主をあっさりとシーツへ落とした。何某かの苦言を呈する暇もない。呆気にとられるコーナーは、皺だらけの布に放り出された有様で、バスルームへ向かう男の背を眺めることとなった。
続き扉で繋がる浴室へと消える直前、何を思ったか素っ裸の男が振り返った。ぼんやりと視線をやっていたコーナーは何事かと薄い驚きを著す。
「そう言えば、俺の腹ん中に竿擦り付けてる時、アンタも相当ガキ臭ぇツラだったぜ?」
それが少し前、コーナーの発したからかいへの返礼だと理解するのに数秒を要した。
「取り澄ましたツラしか出来ねぇと思ったが、夢中になりゃあ下々と変わんねぇってことか…。」
勝手に言い放ち、ニヤリと笑い、男はサッと背を返すと扉の向こうへ消えた。間を置かず聞こえる盛大なシャワーの水音。それを耳にしながら、得も言われぬ溜息を零す依頼主。実は消えかかる背に投げ返そうと思った一つづりがあった。
『そうした君の振るまいこそが、子供じみているのだよ…。』
けれど、ガキの仕返しに同じレベルで言い返す莫迦らしさに気づく聡明さを持ち合わせるコーナーは、それをあっさりと飲み込んで、やり過ごす事にしたのだった。
「それにしても…。」
傭兵の物理的な力には仰天した。まだ隠し持つ諸々があるに違いない。
「一度、間近でその力量を見てみたいものだ…。」
誰にともなく呟いた男の顔は、大儀を抱く観察者のそれに変わっていた。身一つで局面を打破する者への興味は、未だ暫く尽きないらしい。
了