*About 37 degrees*

部下アリ(クルジス時代/其処ニ何ガ…の続き)

 部屋の仕切りは土を練り固めた壁と、いくつも亀裂の入る木製の扉だ。こちら側には男が二人。遮蔽物を隔てたむこう側には、まだ十人近くの人間が居る。笑う者、大声で喋る者、相づちを打つ者、鼻歌交じりで酒を煽る者、カードの興じるのは三人或いは四人、中には壁に寄りかかってうたた寝を始めている者もいるだろう。他人の耳がある。普通の神経なら、声を殺すはずだ。けれど、二人の男は隣室など欠片も気にとめない。誰が居ようが、誰が聞こうが、一切お構いなしを決め込んでいた。
 欲情に息を弾ませる男が、荒げた呼吸の合間に呼びかける。
「隊長…。」
いらえを待つ間も、暑さにやられた犬コロのようにはっはっと短い息を吐き出している。
「隊長……?」
反応の鈍さが2度目を問いの形にした。
「あ?」
二つの眼は確かに開いている。但し、相手を射殺すほどの強烈さは影を潜め、ドロリと弛んだ眼差しは、中空の何もない辺りを彷徨っていた。
「『あ?』じゃないっすよ。散々ぱらオレん中に出して、こっちが上になった途端に寝ちまうとかナシですぜ?」
「てめぇがグズグズしてっからだろうが…。」
言葉を発することで弛緩した意識が確かになったのか、茫漠とした双眸に歴とした意思が舞い戻る。兵隊は失笑を漏らし、ひでぇな…と呟くそばから、腹の中に埋めていた指を引き抜く。塗りつけた潤滑油が細い糸を引いて滴り落ちた。
「イイっすか?もう、オレの方はバッチリなんすから。」
「ホントか?」
だらしなく放り出してあった右の腕が上がる。五本の指が丸出しの股間を鷲掴んだ。
「おっ…っ…隊長っ…。」
竿と袋を握り込まれ、兵隊が大袈裟に呻く。ブッと噴き出す笑い。
「ガチガチじゃねぇか…。」
ヘラヘラと薄笑いを浮かべ、小馬鹿にする男。
部下の兵隊は情けないツラで、だから突っ込ませてくれと懇願めいた台詞を垂れた。
 ヤルなら早くしろ…。言葉ではなく、仰向ける相手が大きく両足を開き、普段は隠れている部分を誇示する態度が、そう命じている。兵隊がゴクリと生唾を飲んだ。同時に彼の股間も反応する。目の前の狭窄へ硬くなったイチモツをねじ込むのだと思っただけで、きつく締め付けてくる感触を肉体の記憶が引っ張り出す。陰茎に感じる愉悦。ゾクゾクする快感の手触り。それだけで兵隊のペニスはグッと反り返る。細切れの呼吸が更に乱れる。獲物を前にした畜生より貪欲な面構えになった兵隊は、躊躇いなく後口へ亀頭を押し当てた。一瞬だけ、アナルが仰天した風に強張った。本人の意思とは無関係な反応だ。触れてきた人の熱の高さに、敏感な部分がわずかに竦むのは肉体的な反射にすぎない。だから兵隊は躊躇しない。丸みのある硬さを窄んだ入り口へ更に押し付ける。先端からカリの張り出しを通すまでが少々難儀だ。勢いに任せるしかない。腰を入れ、狭さを強引に拡げようとした矢先、聞こえたゆるい声音に兵隊から力が抜ける。今にも貫かれる相手が、馬鹿馬鹿しいくらい気の抜けた大あくびを垂れたのだ。
「隊長〜〜。」
出鼻を挫かれた部下が哀れな糾弾の声を上げる。
「おお、悪ぃな。」
欠片も悪いとは思っていない声音が、続けて早くしろと追い立ててきた。
 中途の辺りへ竿の一番太くなった部分を存分に擦りつける。周りがさざめいて包み込むように陰茎を戒める。背骨に沿ってザワザワと騒ぎ出すのは快感。股ぐらへ集まるのは、体液の熱。愉悦を追いかけ、同じ処ばかりへ執着していると、真下から苛ついた罵声が聞こえると思った途端、予想通りの小言を食らう。
「てめぇばっか…気持ち良くなってんじゃ…ねぇぞ。」
謝る代わりに不意打ちをお見舞する。前触れなく、腰を思い切り動かした。腹の恐ろしく奥まった処。少し前から全く触れていなかった部分。案の定、うーーと野太い唸りが洩れた。間髪を入れず、先端で性感を抉り上げる。
「おっ…うっ…てめ…っ…。」
今し方、彼の股間を鷲掴んだ手が持ち上がる。今度は右と左の両方だ。それがガッチリとした兵隊の腰を捉える。逃れようのない握力が掴みしめる。
「なんすか?隊長っ……。」
衝くも引くも出来ない。部下の動きを封じた男は、思い切り尻へ力を入れた。ギチギチと絞まるアナル。飲み込んだペニスを締め付けながら、器用に腰を使う。敏感な内部のあちこちに点在する愉悦を拾う。ざわめく内壁。深みへ引き込もうとうねりが起こる。
「どうだ…?気持ちイイ……か?」
「うっ…あっ…スゲ…っ…イイ…す。」
感じ入った呻きをもらす兵隊がブルッと震える。
「出すな…よ。」
「まだまだ…すよ。」
この程度で終わるわけにはいかない。だいいち、ここで根を上げても相手が赦すはずがないのだ。既に兵隊の中へ二回も射精しておきながら、逆位になっても攻めたててくる男が、簡単に果てることを認めるなど、砂漠に雪が降るよりあり得ない事態だった。
 気を入れろと詰られた。突っ込みが甘いと尻へ平手が飛んだ。もっと動けと文句を言う顔を見ると、憎らしいくらい余裕を滲ませた笑いを張り付けている。無意識に気持ちが声になった。
「クソッ。」
すかさずそれを拾い上げると、男は鼻先で笑いながら、兵隊をからかう。
「場数践んでるわりに…てめぇは手数が…ねぇんだよ。」
ガキを見下した風な言い様だ。けれど部下も年のいかない子供ではない。凹みもせず、萎れもしないで言い返す。
「隊長…。」
「あぁ?」
「後から文句言わねぇでくださいよ。」
「…んだと?」
最前の仕返しとばかり、兵隊は押さえつける両腕を払う。それから随分と落ち着いた面に戻り、こう言った。
「明日、腰が立たなくても、オレの所為じゃないっすから。」



 結局する事は単純な繰り返しだ。腹の中へ押し込んだ竿を引いてはねじ入れる、それだけのことだ。でも途中に幾らでも小技を織り交ぜる。初めての相手でなければ、それなりに効果もある。兵隊は男の善い場所を知っている。力加減も、タイミングも把握している。それだけSEXを重ねたと言うことだ。でも、慣れに甘んじていると鋭く隙を突かれる。自覚がある分だけ、言い当てられると悔しさは募る。今し方のやり取りで、兵隊は些か意地になった。そこでガキめいた挑戦的な台詞を吐いた。手を抜いているとか、金輪際言わせないと、青臭い決め事を自分へ言い聞かせた。
 片足を担ぎ上げる風に高く開く。抜けるギリギリまで手繰った陰茎を、強引に衝き入れる。更に膨らみ、熱を溜め、硬さを身につけた性器が、儚くも感じる内部の襞を乱暴に擦りながら奥へ進む。
「お…ぁ…っ…。」
強引な律動が始まってから、かれこれ数十分が過ぎようとしている。惜しげもなく善がり声を吐き、喘ぎ続ける所為で、半端に開いた口から出てくる音は、短く嗄れていた。深くへ届いた途端、腰を廻す。亀頭が奥の性感を押さえつけながら、その周りを掻き乱した。ただでさえ過敏になっている腹の中が、そんな粗雑な動きからも愉悦を拾う。細やかな快感。果てるほどの強さはない。気持ちの良さと焦れったさが同居した感覚。
「…っ…くっ…。」
股間の屹立が中途半端に体液を吐いた。吐き出した分だけ、射精の欲が増す。存分に吐精したいと股ぐらでペニスが脈動した。
「足りねぇ…っ…もっと…ヤレ…。」
濡れた呼吸音と一緒に、苛ついた命令が飛ぶ。
「隊長…、欲が深ぇな…。」
失笑と共に零れる呟き。ならばと抱えていた足を降ろす。躯の位置が若干変わり、男はまた低く重い呻きを漏らした。
 鈍い音を発て、仰臥する男の両足がシーツの上へ落ちる。痺れた怠さが災いし、二本の足はだらしのない有様で放り出された。
「もっと、イキますぜ…。」
言いながら兵隊が両手で相手の腰を掴む。下腹に力を入れ、決して軽くはない重さを持ち上げた。
「うっ…てめっ…何…っ…を…。」
兵隊は黙っている。答がないのは下手に口を開くと、込めた力が抜けてしまうからだ。竿を中へ残したまま、部下は引き上げた躯を俯せに反転させる。みっしりと内部を埋める肉塊が、それまで触れていない部分を存分に擦った。
「ぐっ…あっ…ぁ…くっ…。」
腹の内側と腰の裏側から、悪寒のような快感が肉体の彼方此方へ広がる。咄嗟に上体を支えようと突っ張った両腕。だが思惑は叶わない。刺激に力を奪われた為、肘がガクリと折れ、男は皺だらけの布へ顎と肩から落ちる羽目になった。
 尻ばかりを高く掲げた無様な姿勢。兵隊は納まっていたモノを無造作に引き寄せる。竿を殆ど外へ引っ張り出し、大きく吸った息を長く吐き出す。そしてもう一度深く息を吸い込み、呼吸を止めた。腰に当てた掌が、軽く撫でる仕草。それが合図だと察するより前に、部下はペニスを渾身で衝き入れた。
「おぁ…っ…うっ…ぅ…あぁ…。」
それまでとは異なる角度で最奥へ食らいつく肉槍。男は意味のない音を垂れ流す。不自然なほど背を撓らせ、やってきた快感の強さを形にした。
「隊長……。」
思わず口から出たそれは、刺激に反応して内壁が兵隊の雄を締め上げた故のものだ。温柔さが恐ろしい強さで陰茎を絞る。慌てて腰を手繰る部下。戒めが快楽を生む。わずかに動いただけで、皮が引きつれ根芯を摩擦する。激しい悦が兵隊を煽る。狭窄の与える悦楽に酔いながら、彼は律動のピッチを上げた。
 皮膚と皮膚が打ち合わされる生々しい音が鳴る。暴れ回る兵隊の男根。鋭敏な内壁は太った竿の脈動も刺激として受け入れる。そして波の如きうねりが起こる。
「あっ…隊長…もう…っ…出しても…。」
了承を取り付けようと、必死で並べた単語は中途で途切れた。兵隊は諦める。言ったところで輪郭の確かな答えは望めない。言葉は不要だ。もっと有効な振る舞いこそが、欲望へと繋がる。気づくのは早い。決断はもっと早かった。部下の利き手は右。それがスルリと相手の股間へ滑り寄る。探る手間はない。男の性器は腹に付くくらい反り返って存在を誇示していた。
「あっ…ぁ…っ…。」
律動と同じ間合いで、絡みついた指が男の陰茎を扱く。根芯へ伝わる摩擦の熱。皮を握った指が摺り上げ、擦り下ろす。そして躯の中で暴れ回る熱塊。
「おっ…おぁ…っ…あぁ…っ…ぐっ…。」
閉じきれない口唇の隙間から、唾液と共に垂れ続ける野太い叫び。
「あぁ…っ…あっ…あああっ…。」
語尾を震わせ、嬌声が高く響いた。



 仕切りの木扉が開く。カードに興じていた数人がその方へ顔を向けた。のっそりと出てくる男。
「やっと終わりですか、隊長?」
「朝までやってるのかと思いましたよ。」
「未だイケるなら、次はオレでどうです?」
次々と投げかかる半笑いの台詞。男は苦笑混じりに、今日はもう終いだと言い残し、ふらりと外へ出ていった。
 建物の裏手、水場で飛び散った汚れを落とす。水は冷たい。でも躯の芯がまだ欲情の熱を保っているから、その冷ややかさがかえって心地よかった。板をはめ込んだ窓から、屋内の騒ぎが漏れ聞こえる。下卑た笑いと細切れの会話から、次は誰が誰を乗せるのかで、盛り上がっているのが判った。一旦なかへ戻ろうかと迷い、結局男は扉の前を素通りする。埒のない会話は気やすくて居心地が良い。そこへ入り込むのを嫌ったわけではなかった。屋外に居続けると決めたのは、単なる気まぐれで、ただ少しの間ぼんやりとしているのも悪くないと思えただけの話だ。建物を回り込み、男は広場へ向いた土壁へ寄りかかり腰を下ろす。足の付け根と腰裏にじわりと痺れる怠さが貼り付いていた。地べたへ座り込み、茫漠としたツラで遠方へ視線を投げる。どこもかしこも暗い。夜の色が何もかもを飲み込んでいる。フッと気づいた顔つきになり、顎を持ち上げ天を仰いだ。見慣れた夜より墨の色が強いのは、見上げた其処に月がないからだと知れる。暗幕に開いた綻びから洩れる儚げな灯り。チラチラと瞬くそれが、普段より遙かに多いのは、黄味色の明るさが何処にもないからだと得心した。
 砂にまみれた土地は陽が落ちると惜しげもなく温さを手放す。じりじりと焼け、周り中の何もかもを干上がらせる灼熱を、太陽が丘の稜線へと消えた途端、まるで無かったことにでもしたいのか、大地も空気も綺麗さっぱりと忘れてしまう。まして今は夜半をすぎた時分、男の内側に居座っていた温度も、あっと言う間に失われていった。宵の風は冷えた砂の上を撫でて吹き付ける。
「寒ぃな…。」
惚けた面で座り込んでいるのも潮時かと、怠さの増した腰を持ち上げようとした時、暗がりの中、人の影が動くのを見る。
 男は夜目が効く。蔓延る墨色にまぎれる人間の輪郭ていどなら、容易く見分けられる。それは随分と小さなシルエットだ。寝屋を抜けだした子供だと、即座に理解する。夕刻から始まった酒盛りの所為で、子供らも落ち着きを逸している。夜の更けた時刻になっても、未だ寝付けない者もいるに違いない。灯りに群がる羽虫と同じだ。集落で唯一の光に誘われ、フラフラと寄ってくる。この日、兵士達は皆上機嫌で、だから彼らからおこぼれを頂戴しようと、こっそりやってきたのかもしれない。男との距離が4〜5メートルに詰まっても、子供はその存在に気づかない。洩れる光ばかりを見ているからだろう。
「よぉ…。」
暗がりから突如声が飛ぶ。子供は仰天し、その場で止まる。
「どうした?」
黙ったままの子供。すると降りていた腕がゆらりと上がり、こっちへ来いと掌が揺れた。
 迷いはなく、子供は駆け出す。数メートルを一気に縮め、小さな姿は男の目前で立ち止まる。
「食い物はねぇぞ。」
腹は年中減っているが、子供の欲しいのは食べ物ではなかった。小さく『要らない』と答える。
「じゃぁ、なんだ?」
彼が欲しかったのは確かな事実だ。たった一言、昼間の戦果が聞きたかっただけだ。しかし、それを訊ねる言葉が出ない。自分らには知らされない事なのだろうと、子供はうっすら察していた。今までも詳細など聞いた試しがない。だから躊躇う。短い単語は、喉の奥へ貼り付いて消える。
「まぁ、何でもいいか…。」
焦れるでもなく、諦めたのとは違う響きが流れ出た。手招きしていた腕がつぃと伸びる。
「え…!」
それは子供の肩を掴んだ。ぐぃと引き寄せる。降りていたもう一方の腕が、子供の手を取った。
 抱き込まれたのだと気づくのに数秒かかった。膝の上へ乗せられた途端、二つの腕が少年の薄い躯へまとわりついていた。
「ガキは暖けぇな…。」
声は頭の上から降ってくる。聞いたことのない声音だ。初めて耳にする響きだった。神の意志を告げる時は、厳かで凛とした音を発する。体術の伝授の際は、猛々しく粗野な声が空気を震わせる。戦場で垣間見た男は、狂気を孕む荒々しさで叫んでいた。今、少年の耳へ沁みてきたそれは、密やかで柔らかい。躊躇いで強張っていた気持ちが、ふやけた風に解けていく。
「勝ったの…?」
思わず口からこぼれ落ちた問いは、何処にも届かないほどか細かった。
「なにが?」
「今日の…作戦は…。」
子供が何を知りたがっているのか、男は即座に読みとった。ああ…と納得が声になる。
「勝った……?」
再び同じ台詞。今度は少しだけ確かな形を為す音になった。
「どうだかな…。」
もどったのはそれだった。少年の望んだものとは異なるいらえ。やはり教えては貰えないのかと、彼は大人びた溜息を落とした。
 僅かの合間、彼らから言葉が消える。夜半すぎの静謐が、総ての音を飲み込んでしまったかの数分が過ぎる。
「勝ってもいねぇし、負けてもいねぇ…。」
ぼんやりとした口調で、思いだしたように男は言った。
「けどな、あと少しで全部が終わっちまう…。」
男の言葉は少年へ向いていない。もっと遠く、手の届かない何処かへ語っている。
「ケツ捲って、それで終わりだ。」
勝利でも敗北でもない終わり。その意味を少年は図りかねる。でも、聞き返すべきではないと彼は知っていた。だから口を閉ざす。
「つまんねぇな…。」
モソリと呟いたあと、男も黙り込んだ。
 周囲を静寂が満たす。男は少年を離さない。少年もその腕から逃れるつもりはなかった。他人の温度を間近に感じるのは、とても久しい。大気から温さが消えた夜ならば尚のこと、37度に近い体温を手放すのは、酷く難しいことだったのかもしれない。
「暖けぇよ…ガキは。」
耳の後から聞こえたそれは、囁くほども微かな声色だった。続きはない。会話とも呼べないやり取りは、そこで終わりになった。
「重い…。」
それから三分くらい経った頃、少年はそう言って相手の様子を伺った。規則的な呼吸音がする。彼の肩から胸へと廻された腕から、微妙に力が抜けていた。
「寝てる…。」
語尾が薄く揺れていた。人の温度に触れるのと同じくらい久々に、少年は笑っている。気づかないほども微かに、彼は小さく笑い声をこぼしてから、男に誘われた風に目蓋を下ろした。
『暖かい…。』
睡魔に連れ去られる直前、少年は包み込んでくる温さを感じ、胸の内でそう独りごちた。





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