*其処ニ何ガ見エルノカ*

アリー隊(クルジス時代/エロなし)

 部隊全員がこの内紛の終わりに気づいていた。小国の反対勢力など高が知れている。自国の政府へ反旗を翻すなら勝機もあるが、そこへ隣国が介入してきたのだ。その時点で負けの匂いを嗅ぎつけた輩は少なくなかった。如何に勝利するかではない。どこで引くかだ。惨敗の結果、誰も生き残らなかったなど洒落にもならない。風向きが変わったら、政府軍が猛攻へ転じたら、そこが潮時だ。あっと言う間にケツを捲ればよい。使える物だけを手に、さっさと撤退するのだ。使えないものは置いていく。車両も、武器も、配下に組織した少年兵達も…。それは暗黙の了解で、それを全員に申し渡したのは、部隊を統べる隊長自らだった。



 敗戦の気配が強まる。日が沈みまた昇るたび、それは周囲へ蔓延り、徐々に濃くなり、影の如く踞ろうとする。普通なら戦意は下がる。諦めが人の気持ちを萎ませるからだ。しかし普通でない連中は、逆に嬉々として武器をかき集めた。車両を整備し、馬鹿馬鹿しいほどもはしゃいでいる。
「で、あのデカブツかっぱらってどうすんです?」
ボディに銃痕を幾つも残す車両に、ありったけの銃器と弾薬を積みながら、振り返り問う兵隊の顔は、やはり嗤っている。
「あー、そうだなぁ…。」
ドライバーズシートで、ゴソゴソと電送系を弄っていた部隊のリーダーは、面倒そうに相づちを打った。
「持ってきて使うんすか?大して動かなぇっすよ、アレ。」
「かっぱらって、追っかけて来た連中の前で、全部ぶっ壊してやろうと…思ってな。」
「え?ぶっ壊すんすか?」
「虎の子のMSだ。ゲリラ風情に掻払われて、逆にそれで攻め込まれちゃ堪んねぇから、必死で追っかけてくんだろ?」
「そりゃ、取り返そうと躍起になるっすね。」
「それを惜しげもなくぶっ壊してやったら、面白ぇと思わねぇか?」
「笑えるっす。…けど。」
「けど……なんだ?」
「そんだけの為に捨て身で突っ込むんすか?ぶっ壊すだけの為にっすか?」
会話が途切れた。答えに窮したからでなく、ぶつけてくる質問が面倒だからでもない。それは絡み合う配線へ意識を集めた所為だった。巧みに手を動かし、男は漸く通信機を車両から外すことに成功する。
「よっしゃ、これで良し…と。」
外した箱状のそれを、丁寧に車外へ下ろす。
「あと半月だ。」
再開された会話の唐突さに、兵隊はポカンとしたツラをぶら下げる。
「もっと早いかもしれねぇ。どうせケツ捲るなら、その前に一発喰らわしてぇだろ?」
大凡をくみ取った兵隊は、パッと顔を輝かせ大きく頷く。
「景気よく花火上げようってことっすね?」
「デカブツぶっ壊して、追っ手は皆殺しだ。」
ずっと下を向いて作業をしていた男が、初めて顔を持ち上げる。見つめてくる兵隊よりガキ臭い表情の男は、そう言ってニッと口の端を引き上げた。



 二台の車両が威勢良く咆哮を上げる。どちらも定員より多めの人間が乗り込んでいる。子供らはそれを遠巻きに眺める。この日、彼らに出撃はなく、砂漠の真ん中に埋まるようなアジトでの待機が命じられた。
『動くデカブツは三機、こっちの車を突っ込ませるのが合図だ。陽動は派手に撃ち捲ってから逃げろ。その隙にMSを掻払う。』
良く通る声が響く。薄くけぶる青い空へ広がって、距離を置く子供らの耳にも届いた。作戦の詳細は判らない。が、大きな動きが起こるのだと理解できた。
「あのMSを盗ってくるんだ。」
小柄な少年の斜め上から年長の子供が解説を垂れた。
「盗って…どうする?」
振り仰ぐ少年が訊いた。
「きっとそれで反撃するんだ。今日の作戦が成功したら、オレ達が勝つんだ…きっと。」
確信に満ちた年長者の言葉に、周囲の何人もが細かく頷いた。少年は頷かず、不思議そうな表情で相手を見つめ、それから小さく呟くように言った。
「神は…来る?」
「どうかな…判らない。」
それを知るのは大人だからと、先ほどの強さを逸した年長の声が答えた。
 アクセルを踏み込み、いよいよ咆哮が恐ろしげに高まる。乗り込んだ誰しもから歓声にも聞こえる叫びが轟く。
『出せ!!』
凛と空気を震わせる命令。地響きの如き轟音と共に砂埃が舞い上がる。その中を車両が走り出す。二台は瞬く間に遠ざかる。子供らはそれを追いかけ、瓦礫の間を駆けた。徐々に小さくなる車の形。屋根を持たない車体。先行する一台で赤褐色の髪が靡く。座席にすわらず、立位のままの男が見えた。腕を振り上げている。握った軽機関銃が掠れた陽射しを鈍く弾いた。



 大人が総て出払ったわけではない。居残り組の兵隊も充分とどまった。撰ばれたのは精鋭だ。必ず成果を上げる輩だけが出撃していった。
「通信は入らねぇんだよな?」
ブラブラと本部とする建物の周りを歩く兵隊が、並ぶ同胞へ訊く。
「ああ、通信機を外してったからな。」
「戻るまで様子はわかんねぇのか…。」
「大騒ぎして帰ってくんだろ?」
「祭だからな…。」
「きっと今夜は莫迦騒ぎだ。」
顔を見合わせ互いにニヤっと笑い合う。欠片も無惨な結果を思い描いていない。それだけの信頼があるのだ。撰ばれた兵士と彼らを撰んだリーダーには…。
 それから半時間も経たず、遠くより地鳴りにも似た爆音が届く。風向きが運んだ、砂粒混じりの巨大な音。
「始まったな?」
皆がその方へ顔を向ける。何某かが見えるわけではない。視界には瓦礫と土塊を固めた建物とあとは砂ばかりが写る。けれど高く低く運ばれる音が伝えるリアルな状況。激しく爆発が起こってから暫しの沈黙。そしてバラバラと鳴るのは機銃の唸り。
「ビビってんな?目暗撃ちじゃねえのか?」
「爆薬積んだ車に突っ込まれたら、面食らってぶっ放すしかねぇだろーが。」
その様子が見えているかに兵隊は語る。相当の速度で南東へ移動する騒ぎの一端。陽動が追っ手を引きつれ、砂塵の彼方へ駆ける。車輪の軋みすら聞こえてくる錯覚。
「あのポンコツもけっこう走ってんな?」
「足回り弄ってたぜ。」
目を細め、音の軌跡を追いかける男ら。騒々しい出し物を愉しむ連中のツラは、どれも祭の喧噪に酔ったかに紅潮していた。
 駆け回る陽動。食らいつく追っ手の車。それとは逆の方角から、新たな祭の予感が届く。野太い吠え声はMSの重火器が火を吹いた証だ。
「デカブツが動いたな?」
「上手いこと掻払ったってことか?」
「隊長が先頭切ってんだ。今、ぶっ放してんのはあの人に決まってるって。」
連続して上がる炸裂音。巨大な銃器が間断なく弾丸を発射しているに違いない。
「あの惜しげの無さは隊長だな?」
「違いねぇ。容赦ねぇからな。」
暢気にはしゃぐ幾人かの後で、待機中の車両に火が入れられる。
「そろそろ出るのか?」
乗り込んだドライバーへ声が掛かった。
「ああ、迎えが遅れたら洒落んなんねぇからな。」
奪ったデカブツは西側の砂漠まで自走させ、そこで盛大に吹っ飛ばす手筈だ。絶妙のタイミングで送迎が到着するシナリオの為に、頃合いを計り残った一台が発進する。この男も精鋭の一人だ。自らMSを破壊した先発は、彼が行かねば此処へ戻るのも難しい。単なる迎えではない。それはこの出し物の幕を引く役を担う。役者達を乗せ、花道を戻る重責を任されていた。
 迎えは一旦、市街地の縁を掠め南西へ大きく迂回する。砂漠を斜めに突っ切り、想定される爆破ポイントへ向かう。直接その場を目指せば、起点を読まれる可能性がある。未だに見つかっていないアジトを易々と知らせるような真似は出来ない。あの子供らですら、これを叩き込まれている所為で、どれだけ疲弊していても、真っ直ぐに隠れ家へ戻って来ない。時間を気にしつつアクセルを踏み込む。砂漠は真っ平らに見え、その実いたる処に罠を抱いている。平坦と思わせ、大きなコブやギャップが幾つも潜んでいる。速度を上げながらも、僅か先の地形変化を具に読みとる。慣れていても散漫にはなれない。半瞬の油断が、簡単に自然の罠を赦してしまう。ドライバーは頃合いを計り、更に周囲の地形と状況を読みながら、大まかに知らされたその場所を目指した。
 穏やかに続く勾配。砂漠は小高い丘を作っている。突端までは目測で1キロと少し。恐らくその先がポイントだ。昇りで無闇にアクセルを踏めば砂に足を取られる。逸る気持ちを覚え込んだ冷静さが押さえた。視界の半分を砂の丘、残りは広がる霞んだ青い空が埋めている。突如そこに別の色が現れた。紅蓮の炎、そして空の青さを遮る黒煙。同時に地鳴りと体感を伴う爆音。爆発は複数あった。足がペダルを踏みつけたがる。我慢だ…と自身へ言うドライバーは、しかし幾分速度を上げていた。
 丘の先端へ辿り着く。その先は一気の下り。見下ろす視線の先、すり鉢状の砂底に一塊りの炎が見えた。三機のMSは既に天を焦がす巨大な緋色に包まれていた。それを取り囲む四人の男が在った。誰もが突っ立って、勢いを増す炎を眺めている。ドライバーは速度を保ちすり鉢の底へあっと言う間に下りを降りきる。距離を取り、エンジンを切らず車両を停めた。離れたそこに居ても、皮膚がチリチリとさざめくほど、燃え続ける鉄塊の放つ熱気を感じる。
「いいタイミングだ。」
振り向いた男が言った。その足下に転がるのが、敵兵の骸だと迎えの兵士は漸く気づいた。ざっと数えれば、砂の上に散らばる屍は五体。どれも元が判らないほど鉛玉を喰らい、手足の千切れたものもあり、膨れた朱色の肉片に変わっているものもある。
「とっとと引き上げっぞ!」
一言で動き出す精鋭の兵士。だからと言って、特別機敏に動くわけではない。ダラダラと迎えの車両まで歩く。ちょっとした仕事を一つ、片づけた帰りと言った様子だった。
 全員が車へ向かい移動し始めた矢先、背後でパラパラと乾いた音が鳴った。機銃が火を吹いたのだ。それは直ぐには鳴りやまない。皆がその方を振り返った。
「隊長、弾丸(たま)の無駄じゃねぇっすか?」
「それ、乗って帰ったら良かったんすよ。」
追っ手の乗ってきた車を蜂の巣にする男に、兵隊達が薄く嗤いながら声を掛ける。全弾を撃ち尽くすまで答えはなく、やっと撃ち終えたところで気の抜けた声音が聞こえた。
「なんだ、欲しかったのか?もっと早く言えや、もうお釈迦にしちまった。」
勿体ねぇな…。隊長は何でもぶっ壊しちまう…。ヘラヘラと嗤う部下が口々に言った。
「要らねぇだろ…、こんなポンコツ。」
踵を返し、モソリと呟いてから、早く立ち去らないと別働隊が動き厄介な事態になると酷く冷静な物言いになり、続けてさっさと乗り込めと惚けた面の兵隊を急き立てた。
 乗り込んだ人の数で車体が沈む。更なる慎重さを要求され、ドライバーは無意識に生真面目な顔となっていた。すり鉢を斜めに駆け上がる。頂上を越え、緩やかな下りを南東へと進み始めた時、背後で破裂音を伴う爆発が起きた。旧式のMSは内燃機と共に燃料のガソリンを抱えている。燃え続ける炎が燃料タンクを破裂させ、最期の叫びを上げたのだ。祭のラストに相応しい華々しさが響く。黒煙は最後の足掻きと空へ昇った。



 成果を疑わない面々の元へ精鋭達が戻ったのは、辺り一面が熟れた果実の色へ塗り変わった頃だった。全く見当違いな方角から車両の排気音が聞こえ、少しの間を置き車は廃墟の並ぶ集落へと帰還する。思い思いの場所へ散らばっていた兵隊があっと言う間に停止した車体を囲む。奇声にしか聞こえない歓声を上げる者、訳の分からない単語を大声でがなる者、ゲラゲラと嗤いながら駆け寄る者、一旦静まっていた空間が、再び賑わいを取り戻す。
 大人達に遅れ、子供らもパラパラと駆けて来た。事の仔細は理解していない。年長者も、年少のガキも、その点に於いては大差なかった。ただ盛り上がる空気だけは読みとっており、集まるどの顔にも笑いの欠片が貼り付いていた。
「勝ったの…かな?」
上から3番目くらいの子供が、一番の年長へ訊いた。
「勝ったんだ。」
それは間違いないと、年長は確信を滲ませ大きめに答えた。何に勝ったのか、どんな戦果を上げたのか、小さな兵士らは誰も知らない。判るのは、陽が落ちたら馬鹿馬鹿しいくらいの騒ぎが始まること。そして若干だろうが、彼らにもそのおこぼれがもたらされると言うことだ。
 一頻りの華やかさが終わる。車両を定位置へ移動し、後始末のある者はそれへ取りかかった。群れていた人の数が半分ほどになる。そこへ大いに出遅れた子供が瓦礫の向こうから息を切らして駆けてきた。途切れがちに聞こえていた砲撃や機銃の唸り。破裂や炸裂を知らせる残響音。経験の薄い年少者には、細切れの情報から全部をくみ取れない。集落の外れで、朽ちた壁に寄りかかり、それでも子供は事の次第を知ろうと、必死で耳を峙てた。けれども想像力は乏しく、描ききれない部分ばかりが増え、終いにはただボンヤリと、吹き上がった砂塵に霞む空を仰いだ。そしていつしかひっそりと寄せてきた微睡みに飲まれ、コクリと頭が動き、目蓋が降りる。気づけばあちこちから華やいだ声が聞こえ、慌ててその方へ駆けだしたのだ。
 集落の中央には広場がある。子供はそこへ向け駆けてきた。きっと仲間が遠巻きに戻った兵士を見ているはずだった。しかし、人垣は崩れ、雑用を言い渡された少年達は、各の持ち場へ散った後らしく、彼の予想は大いに外れ、見知った顔は誰もそこに残っていない。そこには男が立っていた。両腕をダラリと下ろし、広場の真ん中に佇んでいる。誰もが知っている男だ。少年に、数多の術を教えた男だった。知っていてもおいそれと声を掛けられない相手だ。彼は随分と距離を空け立ち止まり、まじまじと男の姿を見つめ、それからギョッとして躯を硬くした。
 ほぼ真横から男を見据える。少年の双眸は瞠られたままだ。彼が驚嘆したのは、相手が見たこともないほどの朱に塗られていたからだ。大きく傾いた陽が、世界の総てを緋の色に染めている。しかし、その彩りとは異なる赤を纏う男。衣服も、そこから覗く両手も、黒ずんだ朱がこびり付いている。それが何なのか、少しの間子供には理解できなかった。が、夕刻の風が広場を吹き渡り、風下に立つ少年の鼻先へその答えを届る。馴染みのある匂いが鼻孔を掠めた。濡れた錆の匂いだった。男自身のものか、他者から浴びたものかの判別は難しい。でも紅い色は人の肉体から流れ出た血液の色だ。全身を染め抜くほどの量が、男を朱の色に変えたのだと少年は悟った。
 徐々に藍色へと変化する空を、男は無言で見上げていた。子供は何を見ているのだろうと、同じ辺りを仰ぎ見る。そこには暮れていく空以外はない。未だ星の瞬きも見つけられない。目を凝らし、顎を持ち上げ、高すぎる天を見つめ少年は考える。男にだけ見える何かがあるのか?と気づいた途端、彼は一つの答えを得た。兵士達のはしゃいだ様、勝利を予感した年長の子供、そして一人空を仰ぐ男。彼は思った。あの人は神を待っているのだと…。勝利を手にした男が待ち焦がれるのは、唯一神以外には存在しないのだと、少年は降り始めた夜の気配の中で、ひっそりと確信した。





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