*Too Much Pain*

傭兵部隊の部下(捏造オリキャラ)×アリー/PMCヘ参加する直前くらいのエピソード

 元から赤茶けた岩肌が落ちかかる陽に舐められ、薄気味悪いくらいの緋色に染まる。熟れすぎた果実を思わせる色味に塗られるのは、そそり立つ岩壁や大地ばかりでなく、猫の額ほどの平地へ並べられたコンテナも、墨を混ぜた朱色に変わっていた。先発が去ったのは未だ陽の高いうち。数人ごとに固まり、払い下げの軍用車で指定された基地へと向かった。残ったのは廃棄の決まった諸々を突っ込んだ幾つものコンテナ。捨てると言っても単にこの場に放置するだけの話だ。がらくたに毛の生えた程度のMSだろうと、今にも暴発を起こしかねない軍用ライフルだろうと、欲しい連中は必ず居る。恐らく数日のうちに、蛻の殻のコンテナが残されるはずだ。もしかしたらそのがらんどうすら跡形もなく持ち去られるかもしれない。この世界に争いや諍い、力による抗争があるのなら、脆弱さを補う術を欲しがる輩は後を絶たない。言い換えればこの打ち捨てられる全部が、其奴らへの施になるのだった。
 一筋の紫煙がのぼる。巨大な四角い箱の壁面へ凭れ、男が紙巻きをふかしていた。ゆっくりと吐き出す煙は、いっときその場にとどまり、それから薄く消えていく。埃臭い空気に独特の匂いが残る。それがすっかり失せる前に、また吸い込んだ煙が吐き出される。手持ちぶさたに、男は少し前から同じことを繰り返していた。ギリギリまで味わうと足下へ落とし靴でもみ消す。男の下、佇む周りにはこうしている時間の分だけ、吸い殻が散らばっている。人を待っているのか、時折ここへ繋がる唯一の道の先、荒れ地の遙か彼方へ目線を遣る。が、何も来ないと判りまた次へ火をつける。陽はあと半時間くらいですっかり沈むはずだ。日没の荒野は完璧な闇になる。けれど男は慌てる素振りもなく、退屈そうに紙巻きを口へくわえ、火を点けると深く美味そうに吸い込んだ。
 夕日は不細工に潰れ歪みながら大地の縁へと落ちかかる。パッケージの中身が残り少なくなったのを気にしつつ、それでも所在なげに一本を抜き取り、ライターをヒップポケットから取りだした時、車の排気音が遠く聞こえる。緋色は最後の足掻きと燃え上がり、その方を眺める男は眩しげに眼を細めた。砂埃と黒い点が見える。低く流れる車の吠え声。少しずつ形を為す車両のアウトライン。手を止めたまま見つめるうち、それは男の数メートル手前で停まった。
「遅ぇな。」
「これでもベタ踏みだったんですがね。」
「何処まで行った?」
「バスのたまり場がある街でしたが、何てトコだかは判んですよ。」
「連中…なんか言ってやがったか?」
「いや、別に。なんもナシだったな。」
「だろう…な。」
これまで共に戦場を駆け抜けた部下の幾ばくかを、この窪地へ残すコンテナと同様、近場の街へ捨てに行ったのだ。巨大な企業に飼われると決めた後、抜けるなら好きにしろと言ったところ、隊を辞めると垂れた連中だ。去ると決めたのはそいつらで、だから捨てると言うのは語弊がある。しかし引き留めもしなかったのだから、放り出すと言うのも間違っていないと、サーシェスは思っていた。
 ポンコツの軍用で同僚や部下だった輩を送っていったのは、古参の兵士だ。MS乗りとしても並以上の腕を持ち、砲撃の真っ直中へ単独で突っ込む潔さを見せる部下は、隊長であるサーシェスの凭れるコンテナへ、普段と同じ浅い笑いを張り付けながら、ゆったりと歩み寄った。
「もう、誰も残っちゃいませんね?」
すぐ横で同じように寄りかかり、周りをグルリと見回すと古参の部下、ムハドがそう確かめた。
「ああ、今頃は輸送艇に押し込められてんだろうさ。」
「俺らの乗るのは何時出るんです?」
「オレらが行くまで明日の朝まででも待ってんじゃねぇか?」
「そりゃ、有り難い。」
「バカか…テメェは、あちらさんが金積んで頭下げてきたんだろうが?行くまで待ってんのが筋ってもんだ。」
「で、朝まで待たせんですか?」
「まぁ、それでもイイけどな…。」
言いながらサーシェスが紙巻きを銜える。ムハドはずぃと二本の指を突き立て自分にもと強請った。残りを数え、わざわざ本数を宣い、有り難く思えと一本をくれてやる。ライターを渡そうとすると、男はゴツイ掌を揺らして不要だと断った。
「そっから貰いますって…。」
相手の口元へ唇へ挟んだ煙草の先端を寄せる。火の点いた先から、赤い瞬きが移った。深く吸い込んだ煙を盛大に吐き出しながら、もう一度顔を近づけ、部下はニヤついたツラで別のものを強請る。
「陽が落ちたらあのポンコツじゃ走れませんぜ、隊長。」
「ここでヤんのか?」
「車ん中ってのもありですぜ?」
細く唇の隙間から紫煙を吐き出し、サーシェルはそれもイイか…と笑いの中で応えた。



 コンテナの扉に適当なボロ布を挟む。細く開いた隙間から白んだ月光が一筋差し込む。がらくたを放り込んだ内部には、充分な空間があった。車中が思いの外狭く、ガタイの良い男が二人、存分に絡み合うには少々無理があり、結局この場所に落ち着いた。扉が閉まると中からは開けられない。余程の強風でもない限り、鉄扉が閉じるはずもなかったが、何かの拍子で閉じこめられたら洒落にもならない。ボロ布を見つけたのはムハドで、それはなかなかの妙案であった。
「う…ぁ…テメェ…ちっとは加減…っ…しろ…。」
鉄の周壁に寄りかかる男。それに跨る男。そそり立つ性器を根本まで喰らい込んだサーシェスが喘ぎの中で忌々しげに吐き捨てる。
「してます…よ。」
加減を忘れたら、もっと気が狂うほども中を掻き回しているだろう。腹の底で呟くが、口には出さない。悦を感じた分だけ、ギュウギュウと締め付けてくる内部へ、襞が捲れ上がるくらい固くなった竿を擦り付け、それでも足りないと掴んだ腰を揺さぶってしまいたい衝動を、何度抑え込んだか知れない。だから加減はしているのだ。
 鍛え抜いた兵士の両腕。それががっしりと上に乗る男の腰を掴む。決して華奢な相手ではない。が、ムハドはそれを軽々と持ち上げる。更に若干自分の腰を引いた。
「なに…しやがるっ…。」
「加減は、忘れてないっすよ。」
下方から勢いをつけ、突き上げる…と見せかけ、持ち上げた躯から支える力を抜いた。容赦なく落ちる肉体。重力は加減を知らなかった。みっしりと腹の内を埋める肉塊が、狭さを擦り上げながら深みへ食らいつく。
「おぁ…っ…ぐ…っ…ぉ…あっ…。」
苦痛なのか快感なのか、愉悦より衝撃に近い刺激が全身を苛む。一瞬、背が弓なりに撓り、硬直が上体を襲った。背後へ傾いた躯を、何とか止めたのは無意識のことだろう。憎たらしい部下の腕を渾身で握り、体勢を保持したのは、本能だったのかもしれない。
「殺され……っ…てぇのか…。」
細切れの喘ぎと呼吸に、恫喝めいた台詞を混ぜる。が、その程度で相手は怯んだりしない。
「殺られるのは…御免だ。」
言いながら素早く腰を掴み下から突き上げる。
「うっ…あっ…っ…。」
最前の刺激で過敏になった腹の中が仰天して大きくうねった。飲み込んだ陰茎を周りが絞り上げる。
「くっ……。」
張り詰める性器を締め付けられ、一瞬ムハドの動きが止まる。
「出すんじゃ……ねぇぞ…。」
「出しません…よ。」
まだ余裕だと、男は硬塊をわざわざ壁へ擦り付ける。整い始めた呼吸を大きく乱し、サーシェスは短く声を漏らす。部下の腹の上、大きく開いた両足が、小刻みに震えていた。
 扉の隙間から忍び入る夜気は時間の経過と共に温度を下げる。夜半に向かい、更に気温は冷たさを増すはずだ。でもコンテナの中は逆だ。籠もった空気が二人の男の性交に熱せられ、外気との温度差を作り出している。
「っ……。」
自ら腰を使い、飲み込んだペニスを性感へと導くサーシェスが息を飲み込んだあと、低く部下を呼ぶ。
「サイード…。」
「…?」
「上ん…なれ…っ…。」
汗ばんだ腕が動いた。瞬く間に上下が入れ替わる。イチモツを抜かず躯の位置を動かした所為で、恐ろしく深い辺りを切っ先が抉った。
「くそっ…。」
「ヤバいっすか…?」
「舐めんな…。」
屁でもねぇと虚勢を垂れる。が、腹まで付きそうに勃起した上官の雄は、堪えようもなく膨れ、白い体液をタラタラと垂れ流していた。ムハドは遠慮無く覆い被さる。相手の男根を自分の腹で押しつぶす。腰をギリギリまで引き寄せ、勢いのまま奥へ突っ込む。
「く…ぁ…あ…。」
反射で背が浮き上がる。自ずと挟まれるペニスが引き締まった腹筋に擦れた。なま暖かさが腹部に広がる。思ったより煽られている。サーシェスが胸中でそう感じた途端、憎たらしい台詞が聞こえた。
「やっぱ…限界っすか?」
「うっせぇ…。」
グダグダぬかすな…。
仰ぎ見る双眸が威嚇めいた強さでムハドを睨む。そしてそれが単なる虚勢ではないとばかりに、思い切りよく後口を絞り上げた。
「うっ…そりゃ…ないっすよ。」
「達っちまいそう…か?」
「まだまだ…っすよ。」
締め付けられながら、振り切るように雄を手繰る。そして打つ。更に引く再び奥を衝く。また引き寄せ、最奥を抉り、そのまま掴みしめる腰を揺する。大きく、激しく、陰茎を押し込んだまま、グラインドさせ、竿を擦り付け、襞を摩擦する。
「おっ…う…っ…あっ…つっ…ぅ…。」
開ききった下肢から面白いほども力が失せる。反対に背は仰け反り、貫かれたままの躯が、ビクと幾度も躍った。
 始まった律動が、二人の男から言葉を奪う。意味のある音は一つもこぼれない。激しくなる呼吸、或いは艶めかしい喘ぎ、そして遠慮のない叫びが、汗と精液にまみれる空間へ間断なく吐き出された。
「あっ…そこっ…イイ…ぜ…っ…。」
「判って…ます……って…。」
性欲のはけ口に、虚しい夜の慰みに、時には酒に酔った勢いから、幾度同じ行為を重ねたことか。相手の性感は熟知している。絶頂のタイミングを、逃さぬ術も躯が覚え込んでいた。狙いをつけ、先端の硬さで周りを摺りつつ、ムハドが低く言う。
「隊長……。」
「…んだよ…。」
「舌…入れても、イイすか…?」
「テメェの…ベロなんざ…吸いたく…っ…ぅ…ねぇ。」
「褒美…くらい、イイじゃねぇ…すか。」
返事はなかった。口が『バカ野郎』と動く。でも音は発しない。代わりに唇の隙間から紅色が覗き、閃いたと思う間もなく、ぬるりとした感触がムハドの口内へ入り込んだ。節操なく舐めまわす舌。絡め取ろうと、迎える舌が擦り寄った。だが、からかう風にぬめりは逃げ、去り際に肉厚の唇をスルと舐めた。
「褒美だ…、取っとけ…。」
熱い息を吐き出す口吻が、ニヤリと不敵な笑いの形を作った。
 そして肌の打ち合う音が続く。生々しく、湿り気を含んだ響きが鳴る。短い呻きと、苦しげな唸り。粘る水の音が、それらに絡んだ。最後に上がったのはケダモノじみた嬌声。高く伸び上がり、語尾を震わせる。先に達ったのは部下の方で、体内に溢れた精液の刺激で、後を追った男が、絶頂の吠え声を上げたのだ。一際鼻をつく饐えた匂い。寝転がったまま、どちらも動かない。滴る汗を拭いもせず、男らはただ小刻みな呼吸ばかりを繰り返していた。扉の隙間から射し入る光。一筋のそれは、更に青白さを増していた。



 壁に寄りかかる男が居る。床に幾枚も拡げたボロ布に仰向ける男も居る。引き締まった足を投げ出し、ムハドは渡された紙巻きを口へ挟む。それが最後の一本だ。乾いた煙の匂いが、いっときコンテナの内側へ広がっていった。
「なに考えてんすか?」
虚空へぼんやりと視線を投げる相手へ、モソリと訊く。
「なんも考えてねぇ。」
「あの連中とは、またどっかで出くわすと思いますぜ。」
サーシェスの思いを見透かすかにムハドが言う。
「多分な…。」
否定はしない。更に続ける。
「オレに銃口向けてきやがったら、一発で頭ぶち抜いてやっからよ。」
同じ組織に居れば同胞だ。しかし一旦別れれば敵として対峙する確率の方が高い。それは予想でも憶測でもなく、確かな現実として経験したことだった。
「放り出さなきゃ良かったとか、思ってませんよね?」
「…んなこと思うか…。」
「心が痛むとか…、らしくねぇ事考えてんじゃねぇすか?」
真上へ投げていた視線を座り込む男へ向け、サーシェスは心底呆れた顔で言う。
「テメェのデカマラ銜えこんだ、オレのケツのが百万倍痛ぇんだよ…。」
失笑混じりのそれへ、ムハドが盛大な笑い声を返した。苦痛があるとするなら、精々その程度のものだ。それがこの生業を続けることで、戦場で稼ぐということなのだ。
 荒れ野は漆黒に飲まれる。まだ陽は昇る気配もない。夜は半ばを過ぎたばかりだった。静謐が耳の奥へ響く。不意に身を起こしたサーシェスが、潜めて声で囁いた。
「今度はテメェがネコだ、サイード。」





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