*言葉攻め*

BLサイト限定裏のお題100選より/酔っぱらい守護聖

 ジュリアスは憮然としていた。途方に暮れているといった方が近いかも知れない。何だか自分の気持ちを整理できないような、困り果てた様子にも見えた。珍しく全部の帳が開け放たれた部屋は落ち始めた陽の橙色に染まっている。どこまでも暖かそうな、普段はそこかしこに薄暗がりが踞っているこの部屋からは想像できない、温々した印象を受ける夕日の色で満たされていた。
「全く、自分の撒いた種をどうするつもりなのだ…。」
形の良い唇がそう言った。独り言だが、一応は相手に向けてもいる。ただ、向けられた相手が全く聞いていないから、其れはやはり独り言なのだろう。長椅子に掛けるジュリアスの膝の上に頭を乗せて、本当は相づちを打つべき相手は完璧に眠り込んでいる。すーすーと寝息が聞こえる。身じろぎもせずに居るから、間違いなく深い眠りの底に行ってしまっていて、当分此方へ戻ってこないだろう事は確実だ。
 すっかり眠ってしまい、ジュリアスを現に一人残した男は少し前までは起きていて、常からは思いも寄らない振る舞いをした。その結果、ジュリアスは非常に困っているのだ。寝てしまったのだと確認して数分が過ぎた時、一度はたたき起こしてやろうかと思った。でも、結局彼はそうしなかった。
 膝に乗った頭をこづいて、椅子の上で窮屈そうに丸めた躯を大いに揺さぶり無理矢理起こしても多分埒は空かないと瞬時に判断したからだ。それくらいクラヴィスは強かに酔っていた。もう少しこのままにして、ある程度はっきりとした状態で小言を垂れるなり叱責するなり、そしてキチンと始末をつけさせるのが賢明だと悟ったのだ。どうせ一旦眼を覚ましても何を言われているか判らないし、例え何かの反応をしたとしても直ぐに微睡みに戻ってしまう。だからちゃんと自分で眼を覚ますのを待っているのだけれど、もしも未だ一時間も二時間も起きなかったらその間自分はどうしたら良いのかと困った末に独りごちたのだ。
「早く起きて何とかしろ。」
指先で滑らかな額をコツンと突いた。落ちかけていた前髪がサラと顔にかかる。それでもクラヴィスはピクリとも動かない。ジュリアスは顔を顰め、次いで苦笑し、その落ちてきた一筋の髪をそっと払ってやった。



 最初は研究院よりの要請だった。新たな宇宙にありがちな些細な干渉や軋轢。旧宇宙より移した惑星と誕生したばかりの星々が上手く共存できないのは、古よりの書物に幾度も認められた事象だ。ただ、実際にどうした手を差し伸べ如何に平穏を与えるかは其の時々により千差万別だった。人の営みから生じる諍いやら争いなら、成長につれ己らが納め鎮めていく。ところが惑星同士の場合はそうした策をそれらは持たない。だからその都度守護聖が目を掛け、策を講じなければならない。一つが収まると次が露見する。同時に起こる場合もある。二つなら未だましで、一遍に三つも四つもが起こる可能性もあり、しかも壮大な距離を隔てていたりすれば、対応に追われ急かされ右往左往しても不思議でない。
 資料を当たり、様々な手段を提示するのは暗黙のうちにルヴァの役割となった。普段の執務と平行し、彼は図書館と資料館、それに自らの蔵書を繰って的確な術を探し出した。一応、定時になれば屋敷へ戻るがルヴァの性格から呼ばれもしないのに夜半両手に余る書物を抱えて研究院へと足を運んだ。
 生命の根元を司るのは両筆頭のサクリアである。また彼らは最も在期が長く、全く同じ困難に直面したことはなくても、其れまでの経験が数多の手立てを生み出した。但し二人の場合ルヴァと異なり時間的な拘束が付いて廻る。通常の執務を一旦置いて、日に何度も院へと出向かねばならず、それならどちらかが始終其処に詰めている方が良いと言い出したのはジュリアスだった。一日交代で行う案も彼が出した。
 ところが二日をそうして努めたところ今度もジュリアスから別の意見が上がった。朝に院へと入り、翌朝まで詰めるサイクルには無理が生じた。そこで一日を半分に分け昼と夜で入れ替わりにするのが好ましいと言うのだ。ジュリアスは昼間、通常の諸々を執り行いつつ院で確認された変化に対応する。夕刻の定時をもち彼が退出するのと入れ替わりにクラヴィスがやってくる。昼間手つかずだった執務を行い朝の登庁時刻まで其処で任をこなす。最良だとジュリアスは自慢げに唱えた。誰も異存を申し立てなかった。実際、そうしてみると確かに不都合はなく、そのまま宇宙に安定が訪れるまでの二十日強、約一月の間彼らはそのサイクルで日々を送った。



 その日の朝、交代にと出仕したジュリアスは院から届いた完了の報告を見る。机上に置かれたのは其れともう一枚の命令書だった。残る一つは本日より七日の休暇命令だ。女王の勅命である。彼はそれらにざっと目を通してから研究院の中央棟へと向かった。クラヴィスは未だ其処に居てジュリアスを待っていた。
「終わったのか?」
「ああ、昨夜の遅くにな…。」
「そなたはこのまま屋敷へ戻って休暇になるのだな?」
「お前もだろう?」
「私は此処で今一度すべての資料に目を通したい。」
「終わったのちに……来るか?」
「そうしよう。」
小声で囁き合いクラヴィスは屋敷へと戻った。
 ジュリアスは主任研究員に事の起こりから収束までの流れを確認したいと請うた。其れはあくまで彼の意志である。職務ではない。が、ジュリアスなら必ずそうするであろう行為だった。この時クラヴィスは遅くとも午前のうちにジュリアスがやって来るだろうと思っていた。全てに目を通したところで、精々その程度の量だったからだ。ところが昼間近になっても光の守護聖は現れず、彼は眠い目を擦りながら時計の針を一瞥し苦々しい顔をするしかなかった。
 漸くジュリアスが最後の一枚を手から下ろしたのは定時まで残すところ一時間になる頃であった。即座に仕舞った事をしたと思い、慌て馬車へと走り自分の屋敷へ戻らずクラヴィスの館へと直行した。迂闊だった、夢中になりすぎたと何度も脳裡で繰り返しながら馬車に揺られ、飛び込むかに入った私室で己を待っている相手を一目見たとき、自分が迂闊すぎたことを実感した。
 実は最初は気づかなかったのだ。部屋の中の空気にいつもとは違う臭気が漂っていると感じたのと、長椅子に掛けるクラヴィスの前に在る大振りのテーブルに無数の瓶が並んでいるのを見て、やっとどうした状況なのかを頭が理解した。部屋の主はグラスを手にしている。無色透明の液体が四分目くらいまで注がれている。ジュリアスが入って来たのにその方を見もしないのは腹を立てて無視しているのだと考えたが、其れは大間違いだった。彼は今まで見たこともないくらいに酔っていて、扉が開いて待ち人が入って来たのが判っていなかったのだ。
「クラヴィス!」
大きすぎるかと思いながら声を張って呼んでみた。確かに其れは届いたらしく、ようやっと相手はジュリアスの存在に気が付いて、途方もなくゆっくりとした動きで其の方を見た。
 ズカズカと傍へ寄りつつジュリアスは問いただす。
「いつから呑んでいた?」
「ああ…、やっと来たか…。」
全くトンチンカンな答えだった。
「これだけをいつから呑んでいた?」
諦めずに同じ事を向ける。二度目は何とか聞き取れて理解が出来たらしい。少し首を捻って考えている風な仕草をする。それから何だか大仰な動作で窓の外を見遣って、もう一度首を傾げると漸く返事が戻った。
「少し前だと思ったが……、もっと外は明るかった筈なのだがな…。」
返事と言うより独り言のような感じだ。聞きながら顔を覗き込む。
いくら呑んでも顔色が変わらないから程度を見て取れないのは非常に厄介なことだ。でも、普段は涼しげな目元がぼやっと紅い。そして眠そうな時の顔に似ていた。トロンとした双眸が緩慢に動いてジュリアスを眺め、何をそんな処で突っ立っている、さっさと来いと言い手招きしている。ジュリアスはさっき感じたのよりもずっと自分の迂闊さを思い知った。
 逆らっても仕方ない。言われるままに横に腰を下ろす。何か飲むかと口では言うのに、きっと動くのが億劫に違いない。ジュリアスの分を作ってやる素振りは欠片もなかった。
「もう止めておけ。」
手を伸ばしてグラスを取り上げても別段気にしていないようだ。それどころか妙に嬉しそうな顔をしている。手にしたグラスをテーブルに置き、やっと間近で顔を合わせた。
「遅くなって済まなかった。」
ジュリアスは飲み始めた切欠が間違いなく自分にあると承知している為、先ずはっきりと謝罪を述べた。
 普通なら、こうした時にクラヴィスは気にするなと言う。怒っていないとか、そんな意味合いの言葉を寄越す。
「そうだ…。お前が来ないからこんなに呑んでしまった…。」
ところがクラヴィスから飛び出したのはジュリアスを責める台詞だった。口ではお前が悪いと言う。でも、顔は嬉しそうに綻んでいる。見たことのない相手の様子に彼は些か面食らった。
「全部お前の所為だ…。」
もう来るかと思いながら呑み始めたとか、幾ら待っても来ないから仕方なかったとか、一頻り言い訳めいた台詞を垂れ流していたクラヴィスが一旦口を閉ざしたと思ったら急に全部悪いと言い出した。それは聞き捨てならない。
「全部とはどういう意味だ。」
酔っぱらいを相手に真面目に聞き返すジュリアスもジュリアスだ。が、是には真っ当な返答が戻った。
「あんな…、昼と夜で入れ違いになる様な……。お前があんな事を言い出すから悪い。」
どうやらクラヴィスはあの提案が気に入らなかったようだ。しかし其れに代わる妙案がなかったので、渋々従っていたと今更な事をグチグチと続ける。
「少しの間なら我慢も出来た…、それを…一月近くも……。」
「守護聖の努めではないか。」
「お前は直ぐにそれだ…。何でも其れで済まそうとする…。」
「そなたとて、あれを放っておける筈もなかろう?」
「そうだ!放ってなどおけぬ。でも…、厭なものは厭だった。」
もう単なる愚痴だ。論旨など端から存在しない。
 ジュリアスはこれ以上続ける気はない。何とか言いくるめて一度寝させてしまった方が良いと考え始めている。クラヴィスは前日から寝ていない。本当なら恐ろしく眠い筈なのだ。実際、部屋に入った時は今にも寝てしまいそうな顔だった。それが一旦口を開いたら勢いがついてしまったのか、少しも止まる気配がない。
「お前は仕事をしていれば満足なのだ…。宮殿に在る時にわたしの事など欠片も思い出さぬ。」
ださぬ…と断言され、ジュリアスは少しばかりムッとした。そんな事が有るはずがない。例えば交代の折り、二言三言ことばを交わすがその際に間近にあるクラヴィスから馴染んだ香がかおったりするとあらぬ事が脳裡を掠めて大層難儀した。
十日を過ぎる頃になれば、一度はかなぐり捨てた其れが屋敷に戻って寝台へ入る時にわかに蘇って結局自分で処理をしたのは二度や三度ではなかった。院で書類に目を通していても、クラヴィスの署名された一枚が現れると、彼の顔や立ち姿やそのうち閨での様までが目の前にちらついたりする為、大いに弱ったものだ。相手が酔っているからの戯れ言だと判っていても腹は立つ。
「巫山戯た事を言うな。私はそなたよりずっと情が深い。」
勝手な事を抜かすなと言いかけた時、クラヴィスが急にもたれ掛かるかに躯を寄せた。
「わたしは、ずっとこうしたかった…。」
触れるくらい顔を近づけ、事も有ろうにジュリアスの耳朶を口に含んだのだ。
「なっ……!」
続かなかった。軽く歯を当て舌先で舐められたのだからたまらない。実際ジュリアスもずっと我慢していたわけで、触れて欲しいとか抱いて欲しいとか、口には出さないがそれら情欲は有り余るくらい持ち合わせていた。
「此処にも触れたかった…。」
耳を食んだままクラヴィスは実に器用に前の袷を緩める。そしてあっという間に手を忍び込ませた。
普段よりずっと熱い指先が胸をついと滑り、乳首を弄ぶ。
「止めろ…。」
「厭だ…。」
指の腹が突起を軽く押しつぶし、緩く撫でる。そして未だ舌は耳を嬲っている。ぞくぞくと腰の裏が泡だった。
「クラヴィス、するなら寝室へ……。」
言い切るのは難しい。クラヴィスが乳首をツッと摘み上げたから語尾は喘ぎとも吐息ともつかない曖昧な音になり消えてしまった。
「お前は此処も好きだろう…?」
乳首を置き去りにした指が脇腹を辿った。あっ…と小さく洩れた声がクラヴィスに聞こえたかは知れない。そんな事にはお構いなくスルスルと指を這わせ耳元で『善いか…?』などと囁いている。善いに決まっていた。
「何度、夢に見たか知れぬ…。」
耳から顎の線を舌が滑る。皮膚にかかるクラヴィスの息が酷く熱を孕んでいた。腰の裏にあった違和感はもう歴然とした疼きに変わっている。ずくずくと下腹が痛む。血が一カ所へと集まる痛みだ。
「あっ…。」
首筋を吸われ、あからさまな声が上がる。一度吸った痕を舌先が擦る。窄めた先の微妙にぬるりとした感触がジュリアスをどんどん欲情させていた。
「いつもより感じているのか…?」
腹をまさぐられ首から鎖骨を幾度も吸われているのだ、感じない方がおかしい。
「ならば……。」
強引に腕を下方へ差し入れ、クラヴィスは股間を探る。当たり前だがペニスはすっかり熱くなっていた。
 ククっと忍んだ笑いが聞こえる。弄ばれている事実にジュリアスは唇を噛みしめた。
「なんだ…、随分と滾っている…。」
もう勃ちあがりかけて、汁を滲ませている其れを掌がやんわりと圧迫する。
「ん……。」
自分でもギョッとする様な甘すぎる音が鼻先から洩れた。緩い圧をかけて性器を擦る右手が忌まわしい。ジュリアスは身を捩って抵抗を示した。けれどそうした仕草も相手を誘っている。
「厭らしい声だ…な。」
湿った声が可笑しそうに呟く。ジュリアスは自分の呼吸が不規則に速まっているのに気づいていて、またどんどんと追い上げているクラヴィスも同じように息が上がっているのを感じていた。
「わたしは…、いつだってお前とこうしたい。」
「う……ん…。」
「わたしの方が…ずっとお前の事を……好いているから…だ。」
「……??」
同じ調子でペニスを刺激しているクラヴィスの口から平素ではあり得ない台詞が飛び出し、ジュリアスは淀み始めていた意識を一瞬で取り戻す。
 彼は何故かそうした言葉を形にしない。照れくさいのもあるだろうし、何処かで口にするのを躊躇っている風がある。理由は判らないけれども、何となく察してはいる。ジュリアスも同様、彼に其れを言わない。其のわけは、一度形にしてしまうと失くしてしまいそうで怖いからだ。想いは自由だ。でも言葉は儚い。だから言わないし言えないのだ。
「好いているから……いつでもしたい…。」
「クラヴィス…。」
「お前は…嫌がる…。」
「私も、嫌などと……想っていない。」
「すぐに………止せと…言う…。」
「それは……。」
情けないと思いながらジュリアスは言い訳めいた台詞を捜していた。それでクラヴィスの動きが止まったのに気づくのが遅れた。
 肩に預かる頭が不意に重くなった。何事かとジュリアスは仰天した。
「クラヴィス??」
もうその時、彼を煽り上げていた男からは静かな寝息が発っていた。少しの間ジュリアスは呆然と身勝手な相手を眺めていた。好き放題をして、さっさと寝てしまった男をどうしたものかと考えたのは更にその躯から力が抜けたのを感じた時だった。すっかり熱くなってしまった自分を置き去りにして、何が自分の方が好いているだと怒りが湧いた。
 しかし結局ジュリアスはクラヴィスを起こしもせず、ズルズルと寄りかかる躯を横にしてやり膝の上に頭を乗せた。



 橙色の部屋が薄暗い宵に染まり始めている。ジュリアスは室内を見渡し薄い溜息を吐いた。火の点いた躯の芯は未だにじわじわとした情欲を宿している。性器は流石に汁を滲ませてはいないけれど、あのままの硬さから大して変わっていない。是は何時間も待たせた自分へクラヴィスが謀った仕返しかと本気で想う。嫌な奴だと膝に散らばる黒髪を引っ張ってやった。
「うん……。」
若干醒めてきたのだろうか、クラヴィスが其れに反応をみせる。
「クラヴィス…?」
一応だが声を掛けてみた。でも少々躯を動かしただけで目覚める事はなかった。
「起きたなら、覚悟するのだな…。」
聞こえていないのを良いことにジュリアスは強めた声音でそう言い切る。
 あと少し、時計の針が半分ほど動いたらやはりたたき起こしてやろうと決めた。何も覚えていなくとも、幾ら謝ったとしても、この不始末への償いはきっちりさせようと彼は不敵な笑みを浮かべる。しかしフッと覗き込んだ寝顔が実に無防備に見えてしまい、微かな仏心が生まれたのを知るに、まぁ…此から暫くの休暇なのだからあまり叱って臍を曲げられても困る等と口元を緩める辺り自分はどうもクラヴィスに甘いのだと確信したりした。
 それにあの口の少ない男から珍しい台詞が飛び出したのは事実で、あの拗ねた風な言い回しを頭の中で繰り返せば、何だか幸せな気分になるのだから自分も救われないと、今度は照れた様な顔になった。もう間もなくクラヴィスが目を醒ますのをジュリアスは露とも知らない。そしてすっかりとはいかぬまでも、先ほどより遙かにしっかりとした男に、又攻められ追い上げられると微塵も想像してはいなかった。





Please push when liking this SS.→CLAP!!