*雨の庭、そして…*

雨の庭でH未遂。その後風呂でし切り直し

「大体そなたがあのような所で・・。」
べったりと衣服に張り付いた髪を渡されたタオルでくるみながら、ジュリアスは声を張り上げ目の前のクラヴィスを睨み付ける。
窓外から聞こえるのは降りしきる突然の雨が、森の木々を叩く音と大地を震わせ鳴り響く雷鳴である。もうそれは滝の如き勢いで地表に向け降り落ちる水の塊で、雨などと生やさしい名で呼ぶのも憚られる豪雨であった。



日の曜日の早朝、ここは闇の守護聖の私室である。
この屋敷のあるじが平素では考えられぬ時間に来訪を受けたのは、今から一時間以上も前の事だった。勿論、彼はご多分に漏れず自身の寝室で、まだ夢の中に身を置いていた。それを何の遠慮もなく現に引き戻したのは、彼の愛するただ一人の者であった。
この数日彼の者は多忙を極め、普段なら供に過ごす週末も執務の為の一言で逢瀬は叶わず、各々が別の時を送る事になったのだ。しかしそんな事は今に始まった訳でもなかったので、「逢えなくなった」の一言を受けたクラヴィスにしても、「ああ、そうか…。」と変わらぬ物言いで受け流したのだが。
突如予定していた女王の随行が中止になったと言い、ジュリアスは早朝にも関わらず馬を駆り訪ねて来た。それ自体は心から歓迎すべきであるのだが、クラヴィスにしれみればもう少し遅い時間を選んで欲しいと、まだ眠い目を瞬かせ文句の一つも出るのは仕方のないことであろう。
「呆れた。」
ジュリアスは本当にそう思っているとばかりに、目を見開き上掛けを引き寄せもう一度寝台に潜り込もうとするクラヴィスに言い含めるかの口調でこう言った。
「執務で逢えぬと言えば不機嫌な顔をする癖に、 こうして逢いにくれば時間が早いなどと文句を言う。 一日など短いのだ、クラヴィス。 さっさと顔でも洗って目を覚まして来い。」
ジュリアスは鮮やかな笑顔を向け、上掛けをはぎ取るとそれを奪い返そうと伸ばしたクラヴィスの腕を掴み強引に引き寄せた。これには流石のクラヴィスも抵抗を諦め、全くお前には叶わぬなどと苦言を洩らしながらも、言われるままに寝台から降りたのだった。



着替えを済ませ戻って来たクラヴィスのまだ眠そうな様子に、散歩にでもでれば自ずと目も覚めると言い出したのはジュリアスであった。
屋敷の裏手にある森は早朝の散歩には打って付けだと、その時彼は何の思惑もなく言ったのだ。もちろん言われたクラヴィスにも思惑などなかった筈だ。ところが淡い朝日の洩れる木々の間を、何時になく楽しげに歩くジュリアスの、波打つ髪が放つ煌めきがクラヴィスを誘ったのか、或いは身に纏う平服が妙に身体の線を顕わにしたからか、名を呼んで振り向いたジュリアスを胸に抱き寄せ、彼は貪るように唇を奪った。 初めは身を捩り抵抗を見せた腕が、気が付くと黒衣の背を彷徨い、いつしかその衣を華奢な指がしっかりと握りしめている。忍び込んだ舌がゆっくりと口蓋を舐める感触を受け入れながら、ジュリアスは己の指が小さく震えるのを感じた。
舌を絡めるたびに耳に入るくちゅくちゅという音が彼の理性を溶かしていくのか、それとも肩から背をなぞり今は腰の辺りを辿るクラヴィスの長い指がこの後行き着く先を知っているからなのか、気が付けばジュリアスも黒髪に隠れた首筋に腕を廻し、更に強く唇を求めていた。
一度離れた唇が艶めかしい紅に染まり、震える声が「クラヴィス…。」と囁く。
そこにはもう何の躊躇もなく、明らかにその先を欲しているとしか思えない。すぐ傍らにある太い幹にジュリアスの躯を任せ、迷わずクラヴィスは衣の上から硬くなり始めたジュリアス自身を手の中に捕らえた。
「あぁ…」
小さな声が零れる。
下腹部にあてられた掌が柔らかく自身を包み込み、そして力を込めて撫でる。背にあったジュリアスの腕が何かを求めて宙を掻き、直ぐにクラヴィスの在処に届いた。
「ジュリアス…。」
掠れた声が問いかける。
「此処で…欲しい…か?」
だが、その問いは答えなど求めてはいない。
ジュリアスが一言を返す間もなく、衣服の合わせ目から差し入れられた指が、すでに熱く存在を誇示するジュリアスに絡みつく。きつく握られジュリアスが喉の奥から迫り上がる淫らな声を飲み込もうとした途端、クラヴィスは容赦もなくそれを擦り上げた。
力が奪われ身体が浮き上がる様な感覚に、もう立っていることも出来ぬのではないかと、腕を廻した背に縋り付く。かかる重みを支え切れず、ジュリアスががくりと膝を折るのを抱き留め、クラヴィスはその身体を胸に引き寄せた。耳元に囁く声が聞こえる。
「後を向け…。 樹に、手を付いて…。」
言いながら抱いた躯を返し、脇を腕で支えながらクラヴィスは目の前の金絹を払い細いうなじに唇を落とした。その体勢が俄に羞恥を誘ったのか、ジュリアスは振り向くと触れるほど近くにある白皙を捉え僅かに眉を寄せて何をか言わんと唇を開いた。それが拒否の言葉だったのか、それとも単に屋敷に戻ろうと言いたかったのか。
顔を上げたジュリアスの頬に、冷たい水滴が落ちた。
「雨…?」
呟いたジュリアスは我に返り、昨日目を通した回覧の内容を思い出した。それは王立研究院からの通達で、日の曜日の早い時間に雷雨があるかも知れぬと書かれていた。
「クラヴィス…。」
向けられた眼差しに宿った意思を、クラヴィスは即座に読みとった。
朝の木漏れ日の中で始まろうとしていた甘美な時は、あまりにも唐突に幕を閉じたのだ。近づく雷鳴に急き立てられながら、二人が慌てて衣服の乱れを直し、屋敷に戻る小径に向かった時には、たたきつける雨粒が痛いほどの勢いで、視線の僅か先すら見通せぬ雨の帳の中を駆け抜ける羽目となった。転がり込むように私室に辿り着いた頃には、頭から足の先まで全身がしとどに濡れそぼっていた。



小言とも聞こえる苦言を吐きながらジュリアスは絞れるほども水を含んだ髪を丁寧に拭いている。身体にまとわりつく衣服の濡れた重みを不快に思い、一度手を止めた彼は腕に張り付いた布を指で摘みながら、傍らに居るクラヴィスに顔を向けた。済まぬが着替えを貸して欲しい、そう言おうとしたジュリアスは驚いて名を呼んだ。
「クラヴィス!」
手に大ぶりのタオルを持ったままのクラヴィスは、自分の髪を拭くでもなくただその場に立ち、ジュリアスを見つめていたのである。
「何をしている! さっさとしないと身体が冷えてしまう。」
大股に歩み寄りクラヴィスの手にあるタオルを奪うと、ジュリアスはそれで濡れ羽色の髪を包み、乱暴な手つきで頭を拭き始めた。されるままにしていたのはほんの一時で、懸命に髪を拭っていた腕を冷たい指に掴まれ、ジュリアスはビクリと手を止めた。
「何を…。」
突然のクラヴィスが行動がさっぱり読めず、怪訝な顔に僅かな怒りを乗せて声を上げようとしたジュリアスに涼やかな一言が届いた。
「風呂だ…。」
言うが早いか掴んだ腕を引くと、クラヴィスは有無も言わせず扉で仕切られた寝室の、更に奥にある浴室に向かい歩きだした。



自分で起てた綿密なスケジュールに沿って日々を送るジュリアスと違い、この館の主は気が向くと時間などお構いなしに湯を使う為か、浴槽にはたっぷりと湯が張られ、浴室に満ちた暖かな空気が冷えた身体を包み込む。はぎ取るように衣服を脱ぎ捨て縺れた髪もそのままに濡れて強張る躯をゆっくりと温もりに沈めた。
四肢を大きく伸ばすと思ったより随分冷たくなっていた身体が温められて、表皮がちりちりと痺れるような感覚が心地よい。満足そうに瞳を閉じているクラヴィスが、ふっと長い吐息を零す。湯の面に長い黒髪が散らばり、たゆたう一房をジュリアスは手に取った。
しっとりと濡れた髪はそれでも真っ直ぐで癖がなく、上質な絹糸よりさらに細いそれをジュリアスは大事そうに指で撫でた。開いた眸の紫がジュリアスを捉え、訝しげに眉が上がる。ジュリアスは穏やかな顔を向け、笑いながら何でもないと言った後、「そなたにしては気の利いた思いつきだな」とからかう様に続けた。
「そうだろう。」
クラヴィスは殊更得意げに返したが、わたしにしては…は余計だ、と少し怒った顔をした。
高見にある天窓から時折日差しが射し始めた。
見上げたクラヴィスの瞳に映ったのは、矢のように流れる雨雲とその切れ間から零れる陽光の帯であった。
「通り雨だったな…。」
戻した視線の先にあるジュリアスの蒼い瞳が、己の顔をひたと捉えていること気付く。いや、ジュリアスが見つめているのは眼前のほっそりとした面ではなく、吐息のような言葉を紡ぐ薄い唇であった。クラヴィスはふっと鼻先で笑う。
『そんな欲しそうな顔をして…。』
滑るように間近に寄り両手を頬に当てると、クラヴィスは桜色の唇に己のそれを重ねた。幾度かふれ合い、舌先が互いの唇の輪郭を辿る。招かれるままに舌を差し入れ、蹂躙するかに口蓋を舐める。誘うように絡みつく舌が微かに震える。縺れ、絡み合ったそれを根本から吸い上げた。
一度灯った熱の欠片が不意におとされ、だが未だ躯の中で燻っていたに違いない。この時触れたのが例え指先だけだったとしても、それを再び燃え上がらせるのには、充分な刺激だったのかもしれない。
呼吸を求めて離れた唇が戦慄き、ジュリアスは一度大きく息を吸った。ゆっくりと瞳を開くと自分を見るクラヴィスの顔が、くらりと揺れたように思えた。
このままでは上せてしまう。
ジュリアスがもう上がろうと言いかけた時、突然躯が浮き上がり、驚いた彼は慌ててクラヴィスの肩を掴んだ。反射的に腕を首に廻しながら、自分が抱き上げられたのだと悟った。降ろされた大理石の床は思った程冷たくはなく、火照った肌に気持ちの良い感触を与えた。向き合って腰を下ろすクラヴィスが微かに笑みを浮かべていた。



腰に乗り上げた躯が大きく身もだえして、与えられる快楽の刺激を享受する喜びに震える。その度に内部に埋め込んだ指を取り込んでしまうかの締め付けが襲う。緩慢な動きで前を擦る反面、ジュリアスの内を辿る指は時に激しく内壁を突き、直ぐに別の場所を探そうと忙しなく動く。
ゆるゆると掻く指が伝えるものが、どうしようもない位の曖昧さを寄越し、ジュリアスはたまらずにその名を呼ぶ。しかし、それは届かなかったのか、それとも聞いていないのか、掻き上げる速さには何の変化もない。
代わりに胸の突起を口に含まれ舌先で舐められた。
「はぁ…ぁ…。」
欲しかったものではないにも関わらず吐息と共に声が溢れる。浴室に籠もる熱だけでない、躯の内部に燃える熱さに焼かれて生え際から吹き出す汗が、こめかみを伝い首筋を濡らす。その後を辿り舌が喉もとから顎の線を走る。
『熱い…。』
皮膚に触れるクラヴィスの舌も、自身を握る指と入れられた指さえも、火傷しそうなほどに熱くて堪らない。それでいて確かな何かを与えてはくれない。
「ク…ラ…ヴィス」
頬にいた腕を伸ばし訴えるジュリアスの薄く開いた唇をクラヴィスの唇が容赦なく塞いだ。
「ん…んん」
苦しげな呻きを洩らし、ジュリアスはきつく瞳を閉じる。離せとばかりにクラヴィスの胸に腕をつき、躯を捩り抵抗しながらジュリアスは思った。きっと今クラヴィスは自分を良いように弄び、どこか楽しげな笑いを浮かべているのだろうと。
だが解放されうっすらと開いた眸が見たのは、熱に浮かされた様に潤む紫の瞳だった。ジュリアスを翻弄するかに思えたクラヴィスにも、それほど余裕が在るわけではなかった。乱れ波打つ黄金の髪や絶え間なく湧き出る淫らな声に、煽り立てられ日頃の冷静さなどとうになくしていた。 汗に濡れ額に張り付いた一筋の金絹が、天窓から射し入る光を弾いて煌めいた。眩しげに目を細め、一度深く息を吐いたクラヴィスが、手の中にあるジュリアス自身をきつく握った。
「ん…あぁぁぁ…。」
力を入れたまま激しく掻き上げた途端、それまで滲んでいた滑りが先端から滴り落ちる。熱い波動が背を駆け上がり、ジュリアスは半身を仰け反らせ声を上げた。それに急かされたのか、クラヴィスは入れていた指を躊躇いもなく引き抜き、変わりにこの上もなく硬くなった自身を一気に突き入れた。嬌声を上げるかに開いた唇からは、しかし何も聞こえてはこなかった。ただ、口を閉じる事も出来ず、全身を痙攣のように震わせるジュリアスの瞳は、驚いたように大きく見開かれたままだった。
ジュリアスを深く貫いた楔が一度止まり、挿入の刺激できつく締め付けられてビクリと動いた。
「くっ…。」
襲い来る熱に耐えるクラヴィスが低く呻く。掠れる声がジュリアスと囁き、すこし力を抜けと懇願する。だが、言われたジュリアスは喘ぎを洩らすばかりで、クラヴィスの肩についた指先に僅かに力をいれるだけであった。寄せる快楽の波を逃そうと、クラヴィスはより速くジュリアスを擦る。楔を離すまいとしていた肉壁が不意に緩んだ。
その合間を縫ってより深くを突き上げ、僅かに引いてはまた奥を突く。喘ぎとも泣き声ともつかぬジュリアスの声が、途切れることなくクラヴィスの耳に届いた。細い腰を挟む両足が小刻みに震えている。クラヴィスを包む内壁が幾度も収縮を繰り返し、更に奥へと誘っているように思えた。



こうして快楽を追って躯を繋げるなら、相手が誰だろうと構わないのだろうか。
大きな波が引きその余韻の中で次ぎに来る波を誘い淫らに腰を揺らすジュリアスを見つめ、クラヴィスはボンヤリと考えた。
性欲を満たすだけなら例えば自慰でも事が足りる筈だが、他人の躯に 己を埋めるそれとはやはり何かが違う。だからと言って他の、ジュリアス以外の者と、こうして交わりたいと思った事などない。
嘗て、躯を繋いだ事がないわけではないが、それでも満ち足りたかと問われれば否と答えるだけである。
逆にジュリアスとなら手を繋いだり、髪に触れただけでも満たされる時がある。そして…。
守護聖の面の下に隠す素のままの顔だけでは飽きたらず、それが情動に弄ばれ崩れる様が見たかった。
ジュリアスの持つ如何なる顔も知りたいし、それを誰にも見せたくはない。貫かれた苦痛に歪み、その後訪れた歓喜に震える姿を自分だけのものにしたくて、躯に刻印を残し腕に抱きたいと欲するのか。
人を愛することが運ぶあらゆる感情の中に、その者を護り傷つけまいとする想いがあるのと同時に、組み敷いていたぶり独占したいという欲望も存在するのだとクラヴィスは確信する。
それは大いなる驚きだった。
すべてを、如何なる感情も闇の底に捨てたと思っていた。自分には不要なものだと思いこみ、もう己の中にはなにも残ってなどいない筈だった。
忘れた欠片をジュリアスが広い集め差し出した。それとも大きく空いた心の虚に、彼の者が光の暖にのせて注ぎ込んだのかもしれぬ。曖昧な形をもたぬ愛と言う名の輝石とともに。
それ故に…。
掌に乗せた、ともすれば消えてしまうくらい、脆く儚い幻のような心を奪われぬ為に繋がろうとするのだ。
それが永遠に続くことなどないと、知っているからこそ。



ジュリアスの腕がクラヴィスの頭を包み、寄せる唇が最後の波を促す。
「もう…いき…たい」
唇を震わせ、そう囁いた。
細い腰を掴んだ腕がそれを狂ったように揺すり、間を置かず己を強く突き入れた。どこまでも深く飲み込まれるままに、何度も最奥を突き上げる。
黒髪を握りしめる指がそれを掻き乱し、大きく全身を震わせるとジュリアスは高い叫びを上げ、クラヴィスの手の中に性を放った。同時にクラヴィスもまた自身を包む内に、己のすべてを解き放つのだった。
ぐったりと倒れ込む躯を抱き留め、クラヴィスはその背を優しく撫でる。鼻先に蜜色の髪が触れる、鼻孔に運ばれるのはジュリアスの香り、手折られるのを嫌う高貴な花の香にも似た。高まる体温が常よりもそれを強く伝えた。
クラヴィスはそっと唇を寄せる。
肩にある顔を覗き込むと、ジュリアスは幸福そうに微笑んでいた。
「ジュリアス…。」
「ん…?」
「こんな形では…出てゆけぬな。」
「当然だ…。 もう一度湯を使わなければ。」
そこまで言ったジュリアスが顔を上げ、何やら怒ったような表情を作った。
「二度はなしだぞ、クラヴィス。」
殊更念を押す言いようにクラヴィスは白皙を崩し、不意に視線を逸らすとこう言ったのだ。
「さて…どうだか。」





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