*桜華*

春/エロあり

その花が咲くと、この変わりばえのしない屋敷の裏庭から続く森の一画がまるで特別な場所であるかに思える。枝に在るうちは薄紅に見える花弁は、不思議なことに風にのり宙を舞うと雪にも似た色に変わる。
寄せる風の波に枝が揺れ、萌葱色に溢れる視界すべてを覆うが如く、白い欠片が舞乱れる様を人は花吹雪と呼ぶ。誰の目にも美しい眺めは、人の心も乱すのかもしれぬ。夢と見まごう静寂の饗宴。



寄り添い佇んでいた長身の一つがゆっくりと腰を下ろし、脇にある大樹に凭れた。足を投げ出し、顎を上げ暫し宙に向けていた視線が自身を見下ろす片割れに投げられた。蒼天の瞳がどうした?と問う眼差しを受けながら、クラヴィスはそれには答えようともせず瞳を閉じた。胸の前で両腕を組むと彼は一つ小さな息を吐き身体の力を抜いたのだった。
「クラヴィス…?」
傍らに寄り名を呼ぶ声に片目を薄く開き、微かに眉を上げる。何だ?と返しているのだ。相変わらず口を開くのも億劫だと言わんばかりの仕草に、ジュリアスは呆れた顔を作った。
瞳の問いかけを諦め、ジュリアスはそれを言葉に置き換える。
「どうしたのだ?」
今度は答えが返った。
「眠い…。」
ジュリアスは大げさな程に肩を落としてみせ、あれほど眠っておきながら…と呟きながらも頬を緩めた。
新たに迎えた女王は長きに渡りこの聖地と宇宙を支えてきた筆頭二人をも驚かせるくらいに強いサクリアを宿していた。この年若い女王の御代に移ってから明らかに彼らに掛かる負担は軽減したといって差し支えない。勿論、だからと言ってジュリアスの執務が減ったわけではなかったが、それは彼の如何なる仔細な雑事をも己が手を掛ける結果であり、事ある毎にクラヴィスの口から「仕事好き」だとか「苦労性」だとからかわれる、思ば以前と変わらぬ有り様なのであろう。宇宙の終焉を目の当たりにせねばならなかったあの頃、彼が心を砕いた辛く苦しい日々はすでに思い出の一部となったのだ。
今、聖地は穏やかな光の中にある。それはあの鳴動し崩壊に向かうこの地と、そして不安に揺れた飛空都市で彼らに降りかかった諸々への癒しであるかのようだ。ただ、互いが共にあることが二人にとっての喜びなのである。こうして平穏な日常に身を置くことが。



「寝るな、クラヴィス」
差し出された掌が肩に流れる墨色の髪に触れ、そのまま組み合わされた腕を掴んだ。休みの日を共に過ごす折り、ジュリアスは大まかではあるが一日の予定を決めたがるふしがある。彼の性格がそうさせるのは分かり切った事で、クラヴィスも寝台で抱き合い目覚めた後、そんな他愛もない予定にすら難しい顔を作りながら考えを巡らすジュリアスを眺めるのが好きだった。
この日、ジュリアスが言い出した決め事はもう来週末には散ってしまう花を愛でる散策であった。屋敷の裏庭にあるそれを眺め、そのまま森を抜け湖の先まで出向き、湖畔を大きく廻った対岸にある大ぶりの枝から湖面に舞い散る花を楽しみたいと彼は言った。
「そなたはいつまでも寝ているから知らぬだろうが、本当に美しい眺めなのだ。 面倒などと言わず私につき合え。」
子供の様に笑いながら、ジュリアスは起き抜けでぼんやりとしたクラヴィスの顔を覗き込んだ。のろのろと起きだし、億劫そうな物腰で袖に腕を通すクラヴィスの世話を焼きながら、ジュリアスは「もっとシャキッとしろ」等と小言を洩らす。それでも楽しげな風は変わらない。
何でもないこと、他人から見れば何をそれ程と思えることが、今のジュリアスには得難い貴石の欠片なのかもしれない。
ところが、せっかくの計画も屋敷の裏庭にでた途端、クラヴィスの「眠い」の一言で頓挫してしまいそうだ。
「さぁ…。」
緩く組んだ腕をジュリアスは今度は強く引こうとした。だが、それより素早く長い指が華奢な手首を捉える。逆に引き寄せられ呆気なく彼はクラヴィスに抱き込まれる羽目になった。予想外の展開である。
触れるほども近い薄紫の瞳が面白そうに細められ、聡明な額にクラヴィスは己のそれを合わせると囁きほども小さな声音で言った。
「見てみろ…ジュリアス。」
「何を?」
どれほど長く共にあっても、毎回クラヴィスの思いも寄らぬ行動にはどう答えて良いのかジュリアスには分からない。夕暮れ色の瞳が何を見つめ、濡れ羽の髪に隠れる耳がどんな言葉を拾い、自分には分からぬ魂の深みを感じるのか。まして、極端に言葉にしないクラヴィスが自身に求めるものを理解していると思った矢先、ヒラリと身をかわされる時がある。
それを悔しいと思う。しかし、誰よりも分かりたいとも願う。
「上を…。」
顔だけを巡らせ振り仰いだ宙には木漏れ陽と無数に舞う花弁があった。鬱蒼とした深緑を割って射しいる光の帯があり、幾筋もの煌めきの中を舞い踊る白いかけら達。遠く梢を渡る鳥の音が高く響く。地表近くから見上げるそれらは思わず声を失うほどであり…。
「ジュリアス…。」
呼ばれ振り向くと瞬く間に唇を奪われた。滑り込む舌先を押し戻し、自身の舌を引きかけた刹那、滑るそれが彼の理性をあざ笑うかに口蓋を余すところ無く嘗めあげた。背をかける震えを止められなかった。頬を両手で包まれ、更に深く口付けられる。
舞い散る花びらは人の心も乱すのかもしれぬ。



衣装の裾から伸びる白い足が細い腰を挟んでいた。立てた膝が時折震え、それが寄せてくる歓喜の波に揺らされるからだとジュリアスは千々に乱れる意識の端で思った。一度絡んでしまえば行き着く先が容易に想像できた筈であるのに、ジュリアスは自身の口内を貪るそれを引き剥がす事をしなかった。もしかしたらクラヴィスが望むより更に多くを己が求めていたのかもしれないと胸の中で苦く笑う。だから薄い衣服の合わせ目から忍び込んだクラヴィスの手を払うどころか、その細い首筋に廻した腕をより強く引き寄せたのだろう。
胸を滑り、堅くなり始めた突起を摘み上げられ、身を捩りながらも溢れる声を抑えなかったのはそれ故なのだ。ジュリアスの唇から離れたクラヴィスのそれは、顎から首筋を丹念に辿り、今は枝に揺れる華たちよりも赤い跡を白い肌にちらしている。片手は間断なく胸の蕾を弄ぶ。掌で緩く包んだと思うと細い指先が先端を悪戯に撫で、更に硬さを益す突起を口に含み舌先がくすぐる。
迫り上がる淫らな声が唇を割る寸前にジュリアスは何度もそれを飲み込んだ。喉の奥が細かく震え、押さえ損ねた声は細い喘ぎとなり零れ出る。
「ん…あ…っ…あぁ…」
視界がぐらりと揺れ、仰け反りそうになる頭をたまらず黒衣の肩に預けた。
一度深く息を吐いた時、自身のうなじを撫でるクラヴィスの指に気付いた。そして、ジュリアスの下腹部に当てられた掌の熱にも。
『やはり…欲しかったのは私…だ。』
唇が触れた瞬間からこうなる事を切望したのだ。クラヴィスに抱き込まれた時も、例え深く口付けられていても、拒もうと思えば出来ないはずはなかった。嫌だと言えばクラヴィスが無理強いしないのは知っている。それでもそうしなかったのは、彼の寄越す全てを享受したかったからに他ならない。何もかも奪って欲しい。そして、クラヴィスの与えるものを余すと
ころなく受け止めたかった。
白濁する意識の端でそんな事を思った時、自身に当てられた掌がそれをゆるりと撫で上げた。
「う…ん…」
腰に鈍い痺れを感じたジュリアスは迷うことなく、細い指をクラヴィスの一部に絡ませた。合わせた胸から俄に早まる鼓動が伝わる。蜜色の髪に隠れる耳元にクラヴィスの掠れた呻きが聞こえた。互いに握り込んだそれを一人は緩やかに、一人は忙しなく擦りながら幾度もその名を呼び合った。
手に収まるそれが生き物のように脈打ち、先端から溢れ始めたぬめりが掌を濡らす。語尾を震わせクラヴィスが囁いた。
「此処で…構わぬのか…?」
しかし、ジュリアスは答えない。答える事が出来なかった。
腰に生まれた痺れがこの時背を駆け上がり、口を開いても言葉になどならなかったからだ。変わりに肩にある指先が薄い布に深い皺を刻んだ。それが答えなのだとクラヴィスは理解する。ジュリアスも今、この時を望んでいるのだと。廻した腕に力を込め、クラヴィスはより強くしなやかな躯を抱き寄せた。



「あ…。」
ジュリアスの発した甲高い声音にクラヴィスは密やかな笑みを浮かべた。
すでに彼の最も敏感な在処は熟知していた。それでも執拗に内に埋めた指を彷徨わせ、更に奥深くを探ってみた。長い指の届く限界近くにそれは在った。今一度指先が探る。
ジュリアスの背が大きく撓り、より高くしかし今度は細い声が洩れた。はだけた衣装が背に落ちて、クラヴィスの眼前には花弁より白い肩が顕わになっている。そこに唇を寄せ、強く吸った。そうしながらも指を取り込もうと蠢く内壁を掻き分け最深をぞろりと擦った。
見開いた紺碧の瞳から一滴の煌めきが零れる。戦慄く唇がクラヴィスと呼ぶ。
「もう…いい…。早く…。」
途切れがちに先を望まれ、ところがクラヴィスは動こうともせず、埋める指を増やすと何か言いたげに開いた薄桃色のそれを深く奪っただけである。
苦鳴に喉を鳴らし、ジュリアスは身もだえながら爪で薄い肩に一つ傷を刻んだ。解き放された口元から意味を成さぬ言葉が溢れる。涙に濡れる頬を舌で辿り、深く息を吐いたのち、クラヴィスはジュリアスの内に己を押し入れた。
互いの欲望が灼熱に支配され、狂おしく、淫らな音をたてながら同じ先に向かい昇華せんと奮い立つ。襲いくる情動の波はジュリアスを大きく揺さぶり、自身を締め上げる歓喜の熱にクラヴィスは理性を焼かれた。
一面に降り注ぐ花嵐は人の心も体も掻き乱し、狂わせるのだろう。



すべてを分け合ったのち、崩れ落ちるジュリアスを受け止め、今クラヴィスはそれを何よりも大事そうに胸に抱く。黄金の髪に、頬に、肩先に無数に舞降る桜を指で払いながら彼は小さな耳にそっと囁く。
「ジュリアス…、見てみろ。」
美しい眺めだ…。
ぼんやりと開いた眸に映ったものは、僅かに色の落ちた陽の光に踊る細かな煌めきであった。桜華の織りなすひとときの宴に、人は魂を奪われ、奥底に隠す淫らな心根を顕わにするのかもしれぬ。
それは、欲しい心と与えたい心。
そして、奪いたい願望と護りたい・・想い。





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