*KIZU*

03'クラ誕/殆どエロ

部屋に一つだけの灯りを残す様になったのはいつの頃からだろうとクラヴィスは過去と言う名の面影を
手繰り寄せてみた。自分は少なくとも爪の先ほどの照明すら要らぬのだから、間違いなくジュリアスが
そうしたのだとした結論に行き着く。だが、それがいつからなのかはハッキリと思い出せぬ。随分と幼
い頃に互いの屋敷で寝台を共にしていた頃からなのか、それとも長じてから夜の闇に呑まれ抱き合って
朝を迎えるようになってからなのか杳として知れなかったのだ。ただジュリアスがその部屋に在る時に
は必ず秘めやかな灯りを落とすことはない。
微かな音が鳴る。扉が開きジュリアスが戻って来たのである。後でも構わぬのではないか?としたクラ
ヴィスの提言に一度迷いを見せたが、結局彼は湯を使いに行った。そして今、この寝室に戻ってきたの
だ。既に寝台に横になっていたクラヴィスは顔だけを動かしその姿を見遣った。薄い夜着だけを纏った
ジュリアスは髪も乾かしてきたらしい。幾分その波打つ黄金がくすんで見えるのは若干の水気が残って
いるからだろう。
「何をしていた?」
楚々とした足運びで寝台に近づきながらジュリアスは尋ねる。別段どうしても訊きたい訳でもないのだ
が、クラヴィスがどこか凡庸とした眼差しを向けていたからそう問うただけの事だ。
「別に……。」
「考え事でもしていたか?」
「まぁ…そうだな。」
何を考えていたのだと言いつつ彼は上掛けをそっと持ち上げた。クラヴィスは今し方まで巡らせていた
取るに足らぬ疑問を告げた。
「そんな馬鹿馬鹿しい事を考える暇があるなら、もっと有意義な事を考えぬか。」
クラヴィスはふっと鼻先に微笑を浮かべ、考え事に有意義も無意味もないと返した。ジュリアスは僅か
に引き上げた上掛けの隙間にスルリと身体を入れ、そなたならそうなのかもしれぬと笑った。
それが決め事でもあるかに腕が躯に纏わり、触れれば抱き寄せ、髪に指が忍び込むと唇が寄せてくる。
何度も啄み、離れては又求め。唇の輪郭を覚えるかに舌が緩やかな起伏を辿る。ジュリアスの薄く開い
た其処から濡れた舌先が覗き、それは誘うように未だ輪郭をなぞるクラヴィスの舌に幾度も触れた。
深とした空気の中に湿り気を含んだ音が零れ、僅かの間に其れは淫猥な響きを帯びていった。深くなる
口吻は徐々に離れがたい切迫感をもたらすようで、口内に舌が入れば尚のこと絡みついた互いの一部が
一つに交わるらんとする程も強く欲した。それでいて悪戯にどちらかが引けば、追うこともせずに例え
ば歯列やら口蓋を殊更に舐めたりする。ジュリアスがそうすればクラヴィスは聞き分けのない子供を諫
める風にやんわりと抱きよせながら強く唇を重ねる。逆にクラヴィスがそうであればジュリアスは誘い
を掛ける仕草をしながらも絡め取ろうとする舌を押し戻したりするのだ。唇を合わせるだけの行為がこ
れほども様々な意を伝えるなど、ほんの数年前は考えもしなかった。最初、躊躇いがちに交わしていた
接吻がよもや体内に潜む欲望やら情動やらを酷く呼び起こす理だと知りもしなかったのである。
ジュリアスが顔を僅かに引いて濃密な口づけにならんとした其れを遮った。何だ?とばかりに眉を引き
上げるクラヴィスの滑らかな額に己の其処を柔らかく押しつけどこか楽しげにこう言った。
「そなたが欲しいと言うなら、私は其れをやろう。ただ…。」
「ただ…?」
「果たして望み通りになるのかは、甚だ自信がない。」
大きく波打つ巻き毛を揺らしてジュリアスは笑いながらそんな事を言う。クラヴィスは引き上げた柳眉
を寄せ、薄い皺を刻みながら自信なら私もないと応えた。
「それでも良いのだ……。」
触れそうに近い顔を離し、クラヴィスは再び強く唇を求めた。



例年の事である。暦が年の残りを数える方が少なくなる頃、闇の守護聖クラヴィスの生誕がやってくる。
年少の者達や普段から集っては茶話会を開く者達は当代の女王の主催する生誕会の申し出に快い返事を送
るのであるが、首座であるジュリアスと次席クラヴィスは其れを恭しくも辞退するのが慣わしであった。
ジュリアスの唱える辞退の理由は誠に尤もな話である。如何にも彼なら言いそうな事だ。気持ちだけを有
り難く頂戴するとジュリアスは見慣れた首座の顔でそう述べるのだ。守護聖は宇宙に女王に曳いては数多
ある星々の民の為に在るもので、個人に関わるそうした私事で女王の手を煩わせるに非ずと彼は良く通る
凛とした声音で己の意志を伝えたのである。蒼穹の瞳が真摯に全てを顕していた。女王は穏やかに笑んで
彼の応えを受け入れたのだ。
それでは女王の片翼と称される闇の守護聖も同様の意を発したのかと言えば其れは否である。彼はその時
女王の言葉にじっと耳を傾けたのち、顔色一つも変えずに一言辞退するとだけ返したのだ。当然女王は理
由を尋ねる。すると其れにも彼は抑揚のない密やかな声音でそうした場は好きではないと言った。ジュリ
アスの意志とは正反対の実に個人的な理由である。女王は僅かに困惑を表し、けれど以前よりクラヴィス
のそうした有り様は熟知していたので、彼女はジュリアスの場合と同じく彼の言葉を受けたのだ。それ以
来彼らは己らの生誕に宴を催す事はなかった。只、一度だけ同僚達が簡素な茶話会を開いた事はあった。
主催したのは年長の二人とは旧知の仲である地の守護聖とクラヴィスとは懇意にしている水の守護聖、そ
してこうした賑やかな場を特に好む夢の守護聖であったのだが、ルヴァの私邸で内々に開かれた茶話会を
あろう事かクラヴィスはすっぽかしたのである。彼の生誕に最も近い土の曜日の午後、クラヴィスは幾ら
待てども姿を現さなかった。一度は私邸を出てルヴァの屋敷に向かったのだが、途中で嫌になり夕刻まで
湖の奥にある森の片隅で昼寝をしたいたらしい。
「子供でも在るまいしさぁ…。」
後日、彼を訪ねたオリヴィエは大いに呆れてそれ以上の言葉を逸してしまった。こうして同僚達もクラヴ
ィスの生誕を祝う集いを諦めたのである。
それなら彼らは全く自らの生誕を祝わずにきたのかと言えば、ごく限られた人間だけを招いてささやかな
晩餐を行っていた。双方の私邸で、たった一人の客を迎えテーブルに並ぶ彩りも普段と大して変わり映え
のしないものではあったが、それこそが望むべく生誕のあり方だと言うかの満足げな様でその日を過ごす
のである。ジュリアスの祝いにはクラヴィスが、クラヴィスの祝宴にはジュリアスが心からの喜びを贈り
合うを常としていた。それは今年も同じ筈であったのだが。
クラヴィスの生誕月に入った日の事。その日は土の曜日であったから執務は休みの筈であったが、月の始
まりとなる為ジュリアスは宮殿に参内していた。昼までを区切りとして月間の大まかな予定を自らが確認
する意味も込めて彼は前日に届いていた資料を纏める作業に没頭していたのだ。午前十時と言えば平時の
執務開始から一刻が過ぎたばかりの時刻である。扉を軽く叩く音にジュリアスは何事かとその方に視線を
向けた。入室を許可する言を待たず扉が開き、まさかの人物が無遠慮に入ってきた。そんな振る舞いをす
るのは聖地広しと言えど只一人しか居ないのだが、その人がやって来るなどあり得ぬ事実であった。
ところが挨拶もなく入室したのはやはりクラヴィスで、ジュリアスは唐突の来訪に大げさではなく驚嘆を
顔に貼り付けたのである。
「どうした……?」
平素でも彼がこんな時刻に宮殿に上がるのは珍しい。まして今日は土の曜日である。クラヴィスがこの部
屋に来るなど誰が予想しただろうか。ジュリアスが惚けたかに間抜けな問いを向けても仕方のない事だ。
「ジュリアス…。」
ジュリアスの心情などまるでお構いなしにクラヴィスはずかずかとデスクに歩み寄り、何の前置きもなく
こう言った。
「生誕に欲しいものがある。」
狐に摘まれた、或いは鳩が豆鉄砲を喰らった様な表情を浮かべたままのジュリアスに、彼は随分とぞんざ
いな言い様でボソリと一言を述べたのである。
「そ、それは…。」
咄嗟に何かを言わんとしたが、どうにも二の句が繋げられぬ。だいたい生誕に欲しいものがあったからと
わざわざ執務室まで足を運ぶ意味が分からない。午後から彼の私邸を訪ねる約束になっていたらか、その
時に話せば良い事であろう。否、それ以前にここ何年もジュリアスが生誕に何か欲しいかと問う度に欲し
い物などないと言い続けていたのはクラヴィスなのだ。それはジュリアスにしても同様で、クラヴィスに
同じ事を訊かれると寸分違わぬ答えを返していた。ただ、ジュリアスの『欲しくない』理由とクラヴィス
の其れには幾分かの違いがあった。
基本的にジュリアスという人は無欲である。一切の欲を持たぬ訳ではないが、特に物欲は薄い。守護聖が
自らの『自由』と引き替えに大概の望みを叶えられる仕組みを只人である一般の民が聞いたら、あからさ
まに羨望を覚えるかもしれぬ。手に入れたいと願い、其れを彼らの従者に告げれば瞬く間に手元に届く。
己の意志など存在せず、サクリアが選んだが為に人としての何もかもを逸する代償として物欲を満たせる
システムが果たして順当なものかは誰にも分からぬ。そんなものが人の人生を左右した代わりになるのか
も甚だ怪しい。けれど彼らに与えられるのが其れでしかないのも事実なのである。嘘偽りなく、彼らが欲
すれば大抵の物は手に入るのだが、ジュリアスは殆どと言ってその権限を行使しない。希に彼の数少ない
趣味である『馬』を求める際に使われるのみである。『欲』は人のみが持ちうる業の一つだ。他の動物は
持たぬ。生きるために喰らい、排泄し、種の保存故に交尾をするのだ。そこに『欲』は介在しない。そし
て、ジュリアスは守護聖に選ばれた時に人としての粗方を捨てた。宇宙に仕え、惑星に住まう民に全てを
捧げる者が守護聖であるなら、人としての諸々など持っていては務まらぬとした理由からである。彼はそ
う語るが、実際に人としての様々な感情やら業やらを有して守護聖などやってはいられぬのだ。時に非情
に、時に冷酷に成らねば立ち行かぬ。下手な思いやりやら優しさやらが逆に仇となる。
だから彼はそれらを捨てて現職に就いたのである。それでも一部の業を残しているから、捨てたのではな
く何処か決して開かぬ扉の内に仕舞い込んだのかもしれない。兎に角、ジュリアスは何かを欲しいとは言
わないし思わない。クラヴィスに尋ねられても『要らぬ。』と返すのは彼が守護聖であるから当然なので
あった。
クラヴィスも物欲は薄い方である。しかしジュリアスと違って崇高な大儀があるのではない。単に拘らな
いだけの話だ。時折、恐ろしい執着をみせて何某かを求める事もあるが、その対象が高価だとか稀少だか
らとする基準はない。他者から言わせればどうしてそんな物が欲しいのかと訝しく思える事が多い。何故
欲しいのかと問われても大概『何となく。』等と曖昧な答えしか述べぬから、真意は杳として知れない。
同様に如何なる理由で欲しくないのかも語らぬ。それ故、幾年もの間ジュリアスはクラヴィスが生誕の記
念を頑なに拒む謂われを知るべくもなかった。
昨年か、又は一昨年。それよりも少し前の事だったか。本当に何の脈絡もなく、たった一度だけクラヴィ
スがジュリアスからの申し出を拒む理由を告げた事があった。面と向かって訊ねた折りではなく、たしか
寝所で肌を合わせた時の睦言に紛れて吐き出した覚えがある。彼は『重いから…』と言った。誰からでも
なく、それがジュリアスから贈られる物であるから欲しくないのだと苦言を洩らすように言ったのだ。
いつかこの地を離れ、一人で在らねばならぬなら、物に込められた想いは自分には荷が勝ちすぎるのだと
呟いた後に薄く笑った。記憶に残る諸々なら普段は意識下に沈め、欲した時にだけ手繰れば良いが、寄越
された物質を見えぬ場所に押し込めるのも本意ではないし、だからと言って常に目の届く処に置けば望む
望まざるとに関わらず互いに過ごした常春の地を眼裏に描かせ、二度と戻れぬのだと知らされるのが嫌だ
からだと小さく憂いた。それ以来ジュリアスは生誕に訊ねなくなった。



「聞いているのか?」 瞠目したまま自分を見つめるだけの相手にクラヴィスは常の押さえた声音で問う。
「…ああ。まさか…そなたが何かを求めるとは思いもしなかった。」
突然の事で驚いたとジュリアスはその表情のままにそう言った。
「それで…、何が欲しい?」
「忘れ得ぬほどの…。」
何を言いよどむのかクラヴィスはそのままふっと瞳を足下に伏せる。
「忘れ得ぬほどの…。何だ?」
「何があろうと、如何なる時にでも思い描ける程の…。」
「………程の?」
「そんな……、SEXがしたい。」
ジュリアスが次ぎを発するまで、暫くの時間が必要となった。



「……んっ……。」
くぐもった声はジュリアスのもので、唇から徐々に肌を滑り降りたクラヴィスの舌が今は胸の突起を嬲る
様に舐めまわしている。其処はもうずっと前から固く凝っていて、息を吹きかけられても恐ろしく感じて
しまうほど鋭敏になっている。舌先で転がすように幾度も舐められているのと同時に、クラヴィスの片手
は最前からジュリアスの下腹部にある陰茎にまとわりつき好き放題に弄っているのだ。空いている手は何
もしていないかと言えば、これもそんな筈はなく、舌を這わせていない方の突起を摘んだり指の腹で揉み
しごいたりしている。
長い指で拘束されているペニスは既に途方もなく熱を持ち、今にも弾けてしまいそうだ。その証拠に先端
からは半透明の粘質を止めどなく滴らせている。ジュリアスは触れる舌が動く度に腰を浮かせ、身じろぎ
又は頭(かぶり)を意味もなく左右に振って、高見へと誘う扇情の波を何とかやり過ごしていた。滑らか
な額に玉の汗が浮かび、それは時折一筋の尾を引いて黄金の髪に吸い込まれ消えていく。酷く熱く、しか
し悪寒にも似た感覚が背筋を駆け上がるので、ジュリアスはそのたびに躯をぶると震わせるのだった。
胸の突起に戯れるのに飽きたのか、今度はスルスルと腹の辺りを彷徨う舌が足の付け根の際を掠めた時、
思わず上げそうになった淫らな喘ぎをジュリアスが必死に飲み込むのが知れた。薄闇の中でも一際白く見
る喉が苦しげに鳴ったかと思うと数度何かを嚥下するかに上下する。口内に溜まる唾液と共に己の湿った
声も飲み下したのだろう。
気づいたクラヴィスが眉を顰めた。以前からジュリアスは殊更に声を上げまいと痛ましい努力をするのを
知っていた。最初は単なる羞恥だろうと考え、ただそれにしても決して声の洩れぬ私邸のまして寝室でも
きつく唇を噛み眉を寄せ、時にはシーツに指を立てて堪えるのが不思議でならなかった。普段のそれとは
異なる掠れ、幾分高い声はどこか淫乱な響きを含み出来るなら存分に聞かせて欲しいと願ってみるが、本
人が頑なに拒むものを無理矢理引き出すのはクラヴィスにも躊躇われたのである。いっそ思うままに乱れ
てしまえば楽だろうに…、肌を重ねるたびにそう思った。今もキリと引き結んだ唇と固く閉じた瞼を震わ
せる彼の顔を視界の端に捉え、クラヴィスは哀れさと寂しさをない交ぜにしたかの表情を浮かべるのだっ
た。ジュリアスの心根など分からない。あくまでも仮定ではあるが、彼は何処かで自らの行為を恥じてい
るのではないかとクラヴィスは訝る。守護聖が、しかも首座である自分が業を求め獣の様な声を上げるの
を悔いている気がしてならなかった。だから行為の最中にジュリアスのそうした顔を見てしまうと、満た
されている筈の己の胸の奥に寂寥が頭を擡げるに違いないとクラヴィスは小さな溜息を落とすのだ。
そんな詮のない思いに一時(いっとき)顔を曇らせても、彼の両の手は休むことを知らぬ。
与えられる細やかな刺激に一層形を顕わにした根芯を緩やかに掻きながら、徐に口内に取り込んだ。突然
緩い暖かさに包まれ、ジュリアスはほんの一瞬躯を竦ませる。けれど細く窄めた舌先が蕩々(とろとろ)
と蜜を吐き出す先端を開く様に舐めた途端、忙しなく継いでいた呼吸を堪らずに詰まらせた。
「……くっ…。」
押さえ切れず口元から声が洩れる。舌は直ぐに陰茎を滑りながら上下した。引き結ぼうとしたが、間に合
わず喘ぎが薄く開かれた唇を割る。乱れた息に何とか逃し、ジュリアスは溢れそうになる嬌声を苦しげな
呼吸の底に追いやるのだった。



クラヴィスの望みを聞いた時ジュリアスはもっと卑猥な行為を想像していた。何か器具を用いるとか、普
段は決して行わぬ体位だとか。ところが共に寝台に入り、長く深い口づけが終わったのちクラヴィスの愛
撫を受けつつある今になってみても常と変わったところが微塵もない。クラヴィスは丹念に感性を解きほ
ぐし、敏感な箇所への刺激をし、それだけで緩み始めた根芯の先から滴りだした濁液を舌で幾度も舐める
様もジュリアスの知る彼の行為である。特別でも特異でもない。いつもの其れであった。
「……クラ…ヴィス…。」
きっと彼のあの言葉を霞む思考で手繰り寄せていたからだろう。ジュリアスは意味もなくその名を呼んだ。
呼ばれた男は陰茎を口に含んだまま視線だけを流して、その言葉を紡いだ唇を見た。重ねた口吻の為に紅
に染まる唇、僅かに開いた隙間からちらちらと覗く濡れた朱色。長い口づけで飲み込み損ねた唾液が、口
元から顎、首筋を濡らしていた。送る視線をすっと動かす。薄墨を流したかの暗さに浮き上がる乱れた肢
体、シーツに広がり生き物のようにうねる黄金の髪。クラヴィスは自分のペニスが急激に熱くなるのを感
じた。早く、ジュリアスの身の内に其れを沈めたいと気が焦る。焦るなと腹の底で自身に言い聞かせる。
己が望んだのは、忘れ得ぬほどの情交なのだ。だから気が急いてはならぬと声に出さず呟いた。



ジュリアスの固く反り返る根芯を掌で揉みしだきながら、もう一方の手で双丘の奥を探る。秘処の鳥羽口
は前への刺激で既にひくひくと震えていた。爪で傷など付けぬよう細心を払いつつゆっくりと一番長い指
を内部に差し入れた。その場所は肌に感じる体温からは想像もつかぬくらいに熱く燃えている。狭く、四
方から包み込むかに圧迫する肉壁はクラヴィスの指を、と言うよりも進入を望むクラヴィスの存在自体を
拒否するように押し返して来る。最奥付近にある薄い粘膜が何より感じるのは承知しているが、流石に指
でそこを衝くのは叶わぬ。それに、こうして最後に衝き入れる物とは比べるべくもない指を潜ませるのは
彼に与える衝撃や苦痛を軽減するためだからである。先を拒む内壁を割り一旦深くまで進めた指で、周囲
を幾度も擦る。其処もやはり幾分かは感じるらしく、ジュリアスの背がシーツから離れ腰が浮き上がった。
勿論片手に収める彼の分身も刺激に反応を返し、更にジクジクと粘液を吐き出した。
一度指を鳥羽口近くまで引く。狭い内部でゆっくりと指を曲げ、関節の部分で辺りをまさぐった。肉壁が
蠢き大きく波をうつ。絶え間なく聞こえる忙しい呼吸音の切れ間に、ジュリアスの悩ましげな声が混じっ
た。背を走る電流にも似た感覚に、彼は全身を泡立たせ『あぁ……。』と切なげな声を発した。身の内を
掻き回し、押し広げていた指が不意に抜かれる。クラヴィスはジュリアスの根芯から溢れる欲情の汁を指
に絡め、その数を二本に増やすと再び秘処に忍ばせた。
どれくらいが良いと言う決まりはない。幾ら内壁を緩めたところで所詮其処は情を交え、根芯を迎える造
りにはなっていない。だから、これで充分と慣らしたつもりでも結局相手には苦痛を強いる事になる。
衝き入れる側の自己満足なのかもしれない。だが、なにもせずに貫くよりはましなのだろうと自らに言う。
「クラ……ヴィ…ス…、早……く…。」
前後からの刺激にいよいよ耐えきれなくなったのだろう。切れ切れの懇願がジュリアスから上がった。
今にも達してしまいそうなのはクラヴィスにしても同じだった。直ぐにでも最奥を貫きたい衝動を抑え、
クラヴィスは殊更に慎重な動きで指を抜き、それを上回る緩慢な所作で自らの切っ先を秘処の入り口に押
し付けた。自ら望んだにも関わらず、次に来る痛みの大きさを知っている躯がびくりと大きく跳ねる。僅
かに逃げる仕草で腰が引かれた。ジュリアスの中心を弄っていた手が、腰に触れて柔らかく撫でる。諫め
る様な、慈しむような掌の温もりに、強張った躯の力が少し抜けるのが分かった。
窪みに触れていたクラヴィスの其れが密やかに衝き入れられる。先を探るかにゆるりと、躊躇うかの静や
かな動きで。徐々にジュリアスを浸食してゆく。思った通り、それが最初に与えるのは耐え難い痛みで、
ジュリアスは緩慢に入り込んでくる肉塊の質量と熱に苛まれ全身に強く力を込めた。
「………うっ……。」
引きちぎられる程の圧迫感。クラヴィスは低く呻く。あまりのきつさに気を抜けば達ってしまいそうだ。
別の何かが必要なのだ。
「力を……抜け。息……詰める…な。」
呻く様に押し殺した声音が命ずる。ジュリアスにしても頭ではそうしようとしていた。力を入れれば入れ
ただけ、己が身に苦痛が及ぶのだと理解している。それでも頭と躯は別であるから、クラヴィスに請われ
る意に添おうと思うも、一度込められた力は杳として抜けるものでもないのだ。その辺りはクラヴィスに
しても重々承知している訳で、言葉にしながらも滾りに震えるジュリアスの陰茎に指を絡めて強弱をつけ
つつ掻き上げてやるのだった。下腹から腰にかけて、痺れる快感が広がる。それは蕩けるほどの媚感をも
たらし、体内に籠もった無為な強張りを微少ながら緩和するのだ。
ずるりと引きずる感触を残してクラヴィスが奥へと進む。内部に取り込んだ熱塊の大きさと締め付けによ
り生まれた鼓動がジュリアスの苦痛を少しずつ悦楽へと変えてゆく。半分ほどが収まった時点で一旦留ま
り、受ける者の様子を窺うと腰を使いその場に次なる刺激を与える。一頻りそうしていた。
「はぁ……あぁ……。」
少し前とは明らかに異なる悦がジュリアスから放たれた。羞恥から快楽の先触れへ、そして一時の苦痛を
経て悦楽が彼を解放しつつあるようだ。躊躇いがちに自身を挿入していたクラヴィスは、其れがまるで赦
しでもあったかに、一切の手加減を捨てジュリアスの深きに踞る箇所を一気に貫いた。立てた膝ががくが
くと震える。しなやかな背が大きく反り、叫びの形に開いた唇からは果たして何の音さえも聞こえはしな
い。驚きに見開かれた蒼穹の瞳。熱と欲情に潤むそこから一筋の涙がこぼれた。



最初は小さな疑問でしかなかった。ふとした思いつきと呼ぶ方が的確かもしれない。
自らの生誕を前にすると必ず胸の虚から染み出す一つの怖れ。其の名を『約束の日』と言う。次の生誕も
この地で、彼の者と共に迎えうるかと言う懸念。気休めの否定など一笑に伏されてしまう程の確実性を孕
んだ別離の予感。柵をかなぐり捨てる決意すら揺るがしてしまうのは、その又の名が運命などと言う厄介
な物だからかもしれない。
以前、ジュリアスに言った事がある。想いの籠もる品を抱えて一人ゆくのは嫌だと。だから何も欲しくは
ないと呟くかに言い捨てた時、彼は何も言わずにただ髪を梳いてくれた。それなら、記憶に刻む想い出は
どうなのだと自問したのが数日前の事。過ぎ去った煌めきやら、甘やかな言葉やら、二人眺めた夕刻の細
い月やら。数えたらきりのない過去の記憶は決して失ってはならぬと自らに言い聞かせるほども大切な輝
石であった。朝、目覚めた折りに例えば窓の隙間から入り込む新緑の甘さを含む風を感じただけで、同じ
香にまつわる数多の昔日を思い描ける。それは日常の中に埋もれた子細な欠片を拾うだけで、鮮明な像を
幾らでも結ぶことが出来るのだ。ジュリアスと自分の行く先に交わる事のない路しか曳かれていないなら
、それらを寂寞にすり替えて生きてゆくしかないのだろうと悟った。
ところが、そう思い込もうとした途端、何かが足りぬとクラヴィスは眉を引き上げたのだ。両手に抱えら
れぬ記憶の日々に在るはずの何かが欠けていた。つらつらと考えるに、それは情事であると思い当たる。
当たり前の事だが、その最中に理性やら思慮など失っている。触れる傍からいきり立つ情動と欲望と本能
に流されて、気づけば濡れた肢体を貪るだけである。それ故、明瞭な記憶として留めるも難しい。けれど
たった二人だけの密事だけが曖昧にしか残らぬのは、まるでそれだけを許されていない様ではないか。
虚ろな思考に残すことが叶わぬならば、何処か他に覚えおく術をクラヴィスは模索した。そして導かれた
ものが、躯の各部に疵の如く刻むと言う結論だったのだ。
『如何なる時にでも思い描ける程のSEXを…』
ジュリアスに向けた望みはこんな経緯でクラヴィスの口から放たれたのである。それ故に、日常のそれと
大きく異なっては意味がない。常に互いが交わし合った行為を指先に、肌に、唇に、腕に、耳に、瞳に、
そして彼を貫く己自身に刻みつけたいのだ。その感触を忘れない為に。



「…ジュリアス。」 名を呼ばれ、重い瞼を引き上げるとクラヴィスは腕を伸べていた。只一カ所を繋げたまま、請われるまま
に腕を差し出すと強い力で引かれ、躯を支えながら迎える腰の上に下ろされた。自らの体重が加わり、よ
り深い部分を先端が衝いた。
「…………!!」
痛みと快感の混ざる衝撃に、ジュリアスは全身を激しく震わせクラヴィスに縋った。肩に額を押しつけ、
そうすれば波の様に押し寄せる扇情をやり過ごせると信じているかに見えた。そんな彼の首筋に一つ口づ
けを落とすと、クラヴィスは蜜色の髪ごと強く抱き寄せた。胸を密着させ、腰を掴み、ジュリアスに埋め
た物を引いては衝き入れる。合わせた胸から互いの鼓動が聞こえた。徐々にそのリズムは同じ速さになり
、激しさを増す其れに合わせ内部を犯す律動とジュリアスの腰の動きが同調してゆく。互いの肌に押され
、擦られ、翻弄されてジュリアスの根芯はこの上もなく滾りを満たしていた。
「…クラ………ス…、もう………。」
繋がった場所から聞こえる淫猥な音の切れ間にジュリアスが最後を望んだ。ついさっきからクラヴィスの
腰を挟む両足がわなわなと震え、既に限界なのだと知れていた。恐らくそう言われるのを待っていたに違
いない。汗に滑る腰を掴み、埋めた肉塊を引いた後に思い切り腰を打ち付けた。
ジュリアスが掠れた悲鳴を上げる。上体を大きく仰け反らせ、全身が痙攣するかにがくがくと揺れた。内
臓まで届く一撃に、彼の内部は強烈なうねりを起こしクラヴィスを千切れるくらいに締め上げる。先に放
ったのはクラヴィスだった。体内に滾りが充ちるのを感じ、間をおかずジュリアスがその後を追った。
快楽の波状に呑まれ流される最中に一度だけジュリアスが『クラヴィス……』と呼ぶのが聞こえた。



もう眠ってしまったと思っていたジュリアスから話しかけられ、クラヴィスは酷く驚いて顔を相手に向け
た。
「クラヴィス……?」
「ん…。」
「そなたの…、その…、望みは叶ったのだろうか?」
何時もと少しも違わなかった気がすると、ジュリアスは些か不安げに訊いた。クラヴィスは何と返したも
のかと数秒迷い、常と同じ抑揚のない声音で叶ったと思うと答えた。
「思う……とは?」
分からなかったのか?とジュリアスは重ねて問う。
「よく……分からなかった。」
ばつの悪そうな言い様でクラヴィスは苦笑混じりにそう言った。
「呆れた奴だ。」
心底そう思っている風に呟いた後、ジュリアスはそなたらしいな…と小さく笑った。
『それが確かに刻まれたのかを知るのは、ずっと先だ…。』
薄闇に揺れる黄金の波を眺めながらクラヴィスは腹の中でそう言って、出来れば叶わぬ方が良いと願いと
も望みともつかぬ言を胸に納めた。





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