*children's face*

幼少時のクラジュリを捏造

深く重ねられていた唇が咽を辿り、上気し薄桃色に火照った胸に幾つもの痕をつけていく。
身を捩り狂おしく頭を振るたびに黄金の髪が波打つ。
胸の突起を嘗め吸い上げたと思うと舌は下腹部まで滑り降り、既に先端から蜜を滴らせ始めたそれに滑らかな愛撫を与えた。
「はぁ…ぁぁ…はぁ」
薄く開いた唇から止めどなく漏れる声がクラヴィスの耳を射る。
その声に混じり何かに追い立てられるかに、また譫言のように何度も同じ言葉を繰り返す。
それは更なる刺激を求める願いであり、今この身を孕む快楽を与える者の名であったりする。
幾ら忙しなく息を継いでも周囲の空気が希薄に感じられ、胸を喘がせて呼吸する度に吸い込む熱に喉が灼ける。
クラヴィスの長く細い指。いつも新たな感触をもたらす。そして気付いた時にはジュリアスの深みに埋められているもの。
今もそれはより深くへと潜り、蠢きつつ感性の扉を容易に探り当てる。同時に握っていたジュリアスの中心をより速度を速めて掻き上げる。
「ん…う…」
中に埋めた指の数を増やしても難なく飲み込まれるのを確かめると、クラヴィスはゆっくりと内部から引き抜いた。
「あ……」
確かに自分の躯の中にあったものが失われ、僅かな喪失感に離すまいとジュリアスは腕を細い首筋にまわし引き寄せようとする。紺碧の空を思わせる瞳が熱に潤み揺らめきながら訴える。
クラヴィス…と呼ぶ声は、見知らぬ空間から響くようでどこか他人のそれに聞こえた。
細い腰が両手で支えられ浮かされたと思った途端、硬く熱い塊が押し入れられた。
「ぐっ…う…んん」
苦しさに躯が強張り押し殺した呻きが漏れる。気が遠くなるような痛みに耐えるこの瞬間はその辛さを知ってしまってからの方が反射的に全身に力がこもる。
「力を…抜け…」
痛みの為に急激に狭まった内壁に締められ、クラヴィスが呻くように囁く。
だがこの苦しみの裏に波のように押し寄せる歓喜が潜んでいることをジュリアスは知っていた。深みから浅瀬に、一度抜けるほど引かれた楔が再び打ち込まれる。
それがずるりと内部を擦り、ねっとりとした隠微な音を生む。吐息が喘ぎに変わり、いつしか啜り泣きにも似て唇から流れ出す。
もう終わりにしたいのか、それとも永遠に続くのを願うのか、何が望みなのかすらジュリアスには分からなかった。
白磁を思わせる滑らかな腰を挟むジュリアスの脚が、止めどもなく震え始めた。もう限界が近い。
さらに深く繋がろうと震える脚を肩まで上げると、クラヴィスは一気に突き上げた。
合わせた胸に伝わる激しい鼓動が同じ波を打ち始め溶けあうかに思える。
「アア…あぁぁぁ」
渦巻く空気は熱を含んだ嬌声に震え、熱い風に煽られ巻き込まれるように二人は高見へと駆け上がっていった。



胸に頬をすり寄せるジュリアスは、絡み合った脚を離そうとしたクラヴィスを少し怒ったように見上げていた。
構わず脚を離しかわりに腰に手を回し抱き寄せると、その眼差しとは裏腹に素直に躯を寄せ抱き返してくる。顔にかかった黄金色の髪を梳くって後ろに流し、顕わになった額の生え際に唇を当てた。
いつもは先にジュリアスが眠いと言い出すのだが今日は何故か自分の方が先に寝てしまいそうだと、重くなった瞼をクラヴィスは何度か瞬かせた。
「眠くなったのか?」
目敏く見留めたジュリアスはからかうように頬に掌を当てる。
「少し…な。」
「昼間も散々寝ていたであろうに…。」
呆れた声が耳に流れ込んできた。
「うるさい…。」
次の言葉が紡げぬよう唇を塞ごうとして頭に手を掛けたが、それよりジュリアスが躯を捩り腕から逃れる方が僅かに早かった。
今朝は早くからオスカーと遠乗りに出ていた筈なのに、何故元気なのかとクラヴィスは眠たげな眼差しで煌めく髪に包まれた貌を見つめていた。
「クラヴィス?」
そのまま目を閉じてしまいそうな様子に、一度身体を離したジュリアスが肩に手を置き抱きついた。薄い肩に小さな顔を乗せ耳元に寝るな…と囁きながら、ふと肩先にある小さな傷痕に目を留めた。
指先でそっと触れたそれは、今では痣のように見える微かな痕でしかなかった。
「まだ消えていない…。」
誰に言うともなしに呟いた一言に首を巡らせそこに視線を移したクラヴィスが、そうか…と興味の無さそうな声色で答えた。
「お前が泣くのを見たのは…あれが初めてだったかもしれぬ。」
「そうだったか?そなたは始終泣いてから、いつが初めてだったか覚えていない。」
肩から離した貌を触れる程近づけ紫の瞳を見つめながらジュリアスは笑った。



----あの頃この瞳は今より薄い紫で、まるでスミレの花弁を透かしたような色だった。いつも私の後ろを追いかけて、振り向くと少しはにかんだように笑っていた。----








「クラヴィス!!!」
突然執務室の扉が勢いよく開きジュリアスが駆け込んできた。頬を紅潮させ瞳はキラキラと輝いている。しかも今ジュリアスはノックをするのも忘れていた。
自分が同じ事をするといつもジュリアスは礼儀をわきまえよ!と怒るのに…。
「どうしたの?何かあったの?」
課題の書取と格闘していたクラヴィスが驚いて身を竦ませたことに気づき、ジュリアスは慌てて自分の非礼を詫びた。
「あ!済まなかった。あまりに嬉しかったから、そなたを驚かせてしまった。」
ううん…。
ニッコリと笑いクラヴィスが頭を横に振った。肩先で揃えられた癖のない髪がさらさらと左右に揺れる。
いくら嬉かったとはいえ自分が部屋に飛び込んだ無礼な行為が恥ずかしいようで、決まりが悪かったのか険しくなっていた貌が、クラヴィスのとけるような笑顔に和んでいくのがわかった。
執務机に駆け寄ると再び嬉しくてたまらぬと言った風に机に手を付き、身を乗り出してジュリアスは話しはじめた。
「明日、私の誕生の祝いに馬を貰えるのだ。庭に馬場を作ってもらってそこで稽古もできる。白い子馬だとランスが言っていた。クラヴィス!そなたにも見せるから、明日は早めに館に来るといい。」
「子馬?」
「そうだ!名前ももう決めてある。アルティーノというのだ。」
嬉しそうに話すジュリアスを見ていると自分も嬉しくなる。目の前で未だ見ぬ子馬について飽きることなく語る輝く眸を見て、またクラヴィスは微笑んだ。
黄金色の髪を揺らし嬉々として話しながらふと机に広げられたノートに目が留まる。
「課題がまだ終わらぬのか?今日中に終えてしまわぬと明日来られなくなるぞ。良ければ私が見てやろう。分からぬところはないか?」
「うん…書取だから大丈夫。」
どれ?とジュリアスはのぞき込む。白い紙の上に細く流れるような文字が並んでいる。
ここに来た頃クラヴィスは字が読めず、なんとか自分の名前が書けるだけであった。
今はジュリアスと同程度の課題をこなせる位にはなったが、同じ文字を何度も書かねばならぬ書取だけは苦手なようである。
それも半分以上が終わっているのを確かめると「そうか」とジュリアスは安心したように笑顔を向けた。
「では、明日待っているぞ。」
部屋を出ていこうと扉にむかったジュリアスが何かを思いだし、再びクラヴィスの横にもどると自分の額をコツンと相手の額に押し当てた。自分より体温の低いクラヴィスの額はひんやりと冷たく感じる。
「うん、大丈夫のようだ。」
安堵の表情を浮かべ早足で部屋を後にした。



昨年のジュリアスの誕生日クラヴィスは祝いの席に出られなかった。
前日から熱を出し当日になっても下がらず、泣きながら「行きたい」と駄々をこねたが起きあがることもまま成らない様子を周囲の者に宥められ諦めたのだった。その時祝いの宴を抜け出したジュリアスが見舞いに訪れ、誕生日は来年もあるのだから と慰め翌年の出席の約束を交わした。
それを思い出したジュリアスはクラヴィスの体調を気に掛け、わざわざ戻って確かめたのだ。
この幼い守護聖二人は歴代の中でも一二を争う強いサクリアを持っている。
だが、その幼さの故強力なサクリアを自身の力で制御することができず、しばしば熱を出し他の年長の守護聖を慌てさせた。
特にクラヴィスは突然のサクリアの目覚めにより召還された為、もともとあまり身体が丈夫ではないことも手伝って最初の頃は月の間に幾度も高熱を出し倒れた。
最近ではそれも月に一二度程度になってはいたが、自分の体調に関して周囲に何も言わない事をジュリアスは殊の外心配していた。
勿論今年こそ共に祝いたいと思い、夢にまで見た子馬をクラヴィスに見せてやりたいと考えたからでもあるが、前年の約束を違えまいと具合が悪くても無理に出席するのでは無いかと案じたのも真意であった。



翌日、クラヴィスは約束通り時間よりかなり前に光りの館を訪れた。
待ちかまえていたジュリアスに手を引かれ、厩舎に繋がれた子馬を見に行った。
それは天馬を思わせる真っ白な子馬で鬣と尾がくすんだ金色をしており、薄暗い厩舎の明かり取りから差し込む光に煌めいて、女王の使いを乗せた馬車を引く童話の挿し絵そのものに見えた。
「綺麗だ…。」
「ああ、美しいだろう? それにとても頭が良いのだ。」
  魅入られたように子馬を見つめるクラヴィスへ、得意げに言ったジュリアスは我がことを誉められたかに嬉しそうだ。
柵の間から恐る恐る手を差し入れたクラヴィスの小さな掌に鼻面が押しつけられると、くすぐったいのか珍しく声を上げて笑った。
「馬が好きなのか?」
少し慣れたのかすり寄って来た馬の鬣に手を伸ばし、撫でようとするクラヴィスに声を掛けた。
「うん、動物はみんな好き。でも、この子はとっても可愛い。」
振り向き溢れる笑顔を見せるクラヴィスが眩しかった。いつも俯き気味に顔を伏せ、その笑顔も何故か切なげで儚く思えてならなかった。
子馬を見せて良かった…心の中でジュリアスは喜びを噛み締める。
「私が上手に乗れるようになったら、そなたにも教えてやろう。共に遠乗りに行けるようになったらきっと楽しいぞ。」
「僕も乗れる?」
「ああ。私がちゃんと教える。約束だ。」
厩舎に行ったきり何時までも戻らぬ主賓を呼びに世話係がやってきて、二人は祝宴の席に連れて行かれた。
招かれた守護聖や職員達から様々な贈り物が渡され、ジュリアスは一人一人に丁寧に礼を述べた。そして最後にこの席には来られない女王に感謝の言葉を贈った。
その後会食が二時間ほど続き華やかな宴の幕が降りた。
玄関に立ち訪れた来客を全て見送ったジュリアスは、ホールの隅にクラヴィスが一人残ってこちらを見ていることに気づく。
「どうした?」
足早に近づくジュリアスに、恥ずかしそうな仕草でクラヴィスが小さな箱を差し出した。
「お誕生日おめでとう、ジュリアス。」
それは掌に乗るほどの大きさで中には小さなガラス細工の馬が入っていた。
うっすらと青みがかったガラスで出来た馬は力を入れたら壊れてしまいそうで、ジュリアスはそっと箱から取り出すと広げた手のひらに乗せてみた。
「ジュリアスは馬が好きでしょ?それに、この蒼い色がジュリアスの瞳の色に少し似てたから。」
「そなたが選んでくれたのか? とても嬉しい。ありがとう、クラヴィス。」
「でも、みんなみたいな立派な贈り物じゃなくて…ごめんなさい。」
広間で他の守護聖が煌びやかな衣装や宝石を送るのを見て、渡しそびれてしまったクラヴィスは恐らく最後まで迷っていたのだろう。
「そんな事はない。私はそなたからの贈り物が一番うれしい。」
本当だ・・真剣な眼差しで何度も嬉しいと告げるジュリアスは今日クラヴィスと共に過ごせた事を、この世の全てに感謝したい気持ちでいっぱいになったのである。



10日ほどすると光の館の裏庭にささやかではあるが、子馬に乗るには十分な馬場が完成した。
朝は日が昇る頃から昼は一旦私邸に戻り夕刻は日が沈み辺りが薄闇に包まれるまで、ジュリアスは毎日馬の稽古を続けた。
それでも執務や日々の課題を怠ることがないのは彼の性格によるものであるのだが、其れを子供らしからぬ、かわいげがないと陰で囁く者達が後を絶たないのも事実であった。
クラヴィスはジュリアスに比べると執務や課題をこなすのに時間が掛かる為、彼の稽古にすべてつき合う程時間があったわけではなかったが、僅かでも時間がとれれば馬場に赴き子馬の上で煌めき揺れる金絹の髪を柵の外から飽きずに見つめていた。
元々の素質とたゆまぬ努力によってジュリアスは、二週間が過ぎる頃には一人で早駆をこなせるまでになっていた。
「後は障害が飛べるようになれば遠乗りに出るのも無理ではない。」
彼の世話係である青年ランスにしてそう言わしめるくらいであったから、その上達は予想より遙かに早いものだったのだろう。



それは、ある土の曜日の昼に起きた一瞬の出来事だった。
その日ジュリアスは課題も執務もなく朝から乗馬を楽しんでいた。昼を少しまわった頃遅れてクラヴィスがやって来た。
いつものように柵の外から見つめるクラヴィスに、馬上から声をかけながらジュリアスは自分の拾得した演技を披露する。
平素なら世話係であり乗馬の教師を務めるランスが必ず其処にいるはずであったが、少し前に昼餉の準備のためシェフに呼ばれ厨房に下がっていた。
「ほら、クラヴィス。これがギャロップだ。」
軽やかなステップを踏むように駆ける馬の上で背筋をピンと伸ばし、地面から伝わる振動を膝と腰で上手に逃しながら何度も外周をまわるジュリアスが、少しずつ速度を落としながらクラヴィスの前で止まった。
自分ばかりが乗馬を楽しみ眺めるばかりのクラヴィスが可哀想に思えたのか、あるいは先刻ランスから上達の早さを誉められ幾分かの慢心があったのかもしれない。
「そなたも乗ってみるか?」
それは子供らしい誘いの一言であった。
「ううん…。」
だがクラヴィスは頭を振り断った。
「怖いのか?」
「…少し。」
「ならば私の後ろに乗れば良い。それなら怖くないであろう?」
ほんの僅か考えた後クラヴィスは笑顔で申し出を受けた。
柵の間をすり抜け馬場に入るとジュリアスの言われるままに子馬の背に手を掛けた。
しかしジュリアスより身長の小さいクラヴィスは一息に背に跨ることが出来ず、咄嗟に引き上げてやろうとクラヴィスの手を取った。
馬を熟知した者であれば自分が鐙から脚を外し、そこに足を掛けさせ自分の前に乗るよう促す筈である。しかも彼は右手で手綱を握ったまま身体を返し左手を差し出したのだ。
鐙に体重を掛けクラヴィスの手を取った左腕に力を込めた。
クラヴィスの身体が浮き上がり片足を上げて跨ろうとしたその時、子馬は必要以上に引かれた手綱と思いがけず左にかかった重みでバランスを崩し前足を大きく振り上げた。
振り落とされた小さな身体が横に投げ出され何かに当たる鈍い音が聞こえた。
必死で子馬を押さえ落ち着かせたジュリアスの双鉾に飛び込んだのは、柵の根本に倒れたクラヴィスの姿と緑の芝に広がった夥しい血の赤だった。
身体ががくがくと震えだし頭では助けに行かねばと思うのに、騎乗した姿勢のままジュリアスは動くことができなかった。
尋常ではない馬の嘶きと子供達の悲鳴に館から数人の従者が飛び出してきた。
激痛で呻き声を上げるクラヴィスが抱きかかえられ邸内に運ばれるのを、ランスの腕に抱かれたままジュリアスは呆然と眺めていた。



寝台に腰掛けたジュリアスは未だ震えの収まらぬ両手を握り合わせ、絨毯に織り込まれた金糸の柄を見つめ続けていた。
大人は誰も彼を怒らなかった。いや、怒ることが出来なかった。
自分のしでかした大変な事でジュリアスがどれ程己を責めているかは明らかであり、時折きつく目を閉じ何かに怯える姿は痛々しいばかりである。
「クラヴィスを助けて!」
主治医に縋り付き懇願を繰り返すジュリアスには、肩を切っただけでそれ以外は心配はないと諭す言葉も聞こえていないようであった。
「どうしよう…どうしよう…。」
あんなに沢山血が流れて、死んでしまうかもしれない…。
痛みに呻く苦しげな声が耳から離れない。
子馬なんか貰わなければ良かった…。
ちがう!!
こんな事になったのは自分が無理矢理乗せようとしたからだ。
初めクラヴィスは嫌がったのに…。全部自分が悪いんだ…。
本で読んだ世界の果てから来る審判が現れて「全てお前の罪だ」と裁かれるに違いない。
奈落の底に落とされ、審判の光に射され身体を引き裂かれるのだ。
でも、それは仕方のないことだ。自分の犯した罪なのだから。
ならば何がこんなに恐ろしいのか?
それは…。
幾ら謝っても二度と許して貰えないこと。
そして…。
クラヴィスが居なくなってしまうこと。
胸が押さえつけられたように苦しい。
咽の奥から熱い塊が登ってきたと思うと見開いた瞳から涙が溢れた。
身体を二つに折るとジュリアスは泣き声が漏れぬよう唇を噛み締めた。



扉を叩く音にジュリアスはビクリと身体を震わせ、恐る恐る入り口に目線を送った。
「ジュリアス?」
静かに開いた扉から従者に抱かれたクラヴィスが入ってきた。ゆっくりと寝台に近づくとジュリアスの横にクラヴィスを降ろし従者は部屋を出ていった。
館の者が着せたのであろう夜着はクラヴィスには少し大きいのか、開いた胸元から白い包帯が見えた。
寝台の傍らに跪いたクラヴィスは握り締めた震える手に自分の手をそっと乗せ、泣くまいと唇を引き結んだ為に険しい表情で自分を見つめるジュリアスの瞳をのぞき込んだ。
「ごめんなさい。僕が手を離したから…いけなかったんだ。僕が悪いから…ジュリアスを叱らないでって頼んだけど…。すごく…怒られちゃった?」
どうして・・クラヴィスが謝るのか?お前のせいだと責められ、詰られて当然なのに?
ジュリアスは驚きで声も出ない。
ただ目の前で不安気に自分の顔を見つめている薄紫の瞳から目が離せなかった。
「いっぱい血がでたけど、さっきクスリをつけて貰ったから…もう、大丈夫。直ぐに良くなるって先生が言ってたよ。」
心配しないで…。
柔らかな笑顔を浮かべた顔は、だが蒼褪め唇からは色が失われている。
少しも大丈夫には見えないクラヴィスがもう一度「ごめんなさい」と謝った途端、ジュリアスの口から押し殺した嗚咽が溢れた。
「すべて…私の責任だ…。そなたを…こ、こんな目にあわせて……ごめんなさい。」
今よりずっと幼い頃から守護聖になることを言われ続けてきた為なのか、あるいは自分で自分に課した規律としてか、ジュリアスは決して声をあげ手放しに泣くことはない。
これ以上何か言えばそれは言葉にはならない事を恐れたかに顔を両手で覆うと苦鳴にも聞こえるそれが、漏れ聞こえぬように耐える姿がクラヴィスには辛かった。
「あのね…ジュリアス。僕…さっき…一緒に馬に乗ろうって言ってもらって…すごく嬉しかった。今度は…ちゃんと、教えてもらって…湖に行こう。誰も、ジュリアスのこと…怒ってないから…。それに、声を出さないで泣くと…後で頭が痛くなるから…。僕、誰にも言わないから…泣きたいときは…我慢しないで…。僕…ジュリアスが大好きだから…秘密にする…。」
クラヴィスの一言がジュリアスが心の底に隠した扉の鍵を開けた。
堰を切ったように声をあげて泣き出したジュリアスは、「ごめんなさい…。」と繰り返しながらクラヴィスの手を握りしめた。
蒼く澄んだ瞳から止めどなく流れる涙に濡れた頬に柔らかな唇が触れる。
握られた手をそっと解くと泣きやまぬジュリアスの震える背をクラヴィスは慈しむようにいつまでも撫でていた。



大きく傾いた夕日が室内を緋色に染めていた。
あれはまだ二人が愛を知る遙か以前のこと。







「あの時、お前が泣きやまぬから…困り果てたぞ。」
クラヴィスの一言で我に返ったジュリアスは不思議そうに貌を見返した。
「なんのことだ?」
「今、思い出していたろ?」
「何故わかった?」
「お前が考えるとしたら、そんなところだ…。」
「いい加減なことを…。」
不思議なことだとジュリアスは考えた。
何故クラヴィスはいつも自分の考えていることをこうも言い当てるのだろうかと。
「あの頃はそなたも素直で可愛らしかったのに、どうするとこんな皮肉屋になってしまうのか分からぬな。」
「あれ程小言を言われれば誰でもこうなる。」
「私のせいだと?」
「違うと言うのか?…お前は少しも変わらぬな。小さい頃から意地っ張りで可愛げのない子供だった。」
黙れ!クラヴィスの頭を両手で掴み息ができぬほど自分の胸に押し当てた。
離せとばかりに肩を掴み身体を捩るクラヴィスを離すまいと益々力を入れながら、ジュリアスは声を上げて笑った。
僅かに力を緩めた途端、顔を両手で包まれあっと言う間に唇を重ねられた。
お互いの身体に腕を廻し抱き合いながらゆっくりと顔を離し、再び重ねた唇は長く深い口づけとなった。



「クラヴィス…。」 黄金色の波に顔を埋めて目を閉じたクラヴィスに、眠ってしまったのかと小さく声を掛けると微かに瞼が震え瞼が上がった。
「明日、丘へ行こう。あそこから見える朝の湖はとても美しいから、そなたに見せたい…。」
眠そうに目を瞬かせると又すぐに目を閉じながらクラヴィスは呟いた。
「ああ…起きられたらな。」
お前も早く寝ろ…。
言ったと思う間もなく静かな寝息が聞こえた。



あの時の小さな手がどれ程温かく優しかったかを忘れたことなどなかった。
ジュリアスは今一度クラヴィスの肩に残る微かな傷痕を指で撫で、そっと唇をつけるとその胸に頬を寄せ瞳を閉じた。





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