*COMET*

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ジュリアスは一人部屋に在る。此処は私室ではない。彼が最も彼として振る舞うる場所、光の執務室である。この崇高な聖室に於いてジュリアスは何より自身が否定する私事に思いを巡らしている。そうあるべきはではないと戒めながらも脳細胞の全てが一人への想いで占められるのを、今だけは拒まないジュリアスが此処に在った。
最初は研究院で手にした結果を伝える為、その足で彼の屋敷を訪ねるつもりだった。しかし車寄せに向かい歩を進めていた彼は入り組んだ回廊から自室に繋がる長い廊下へと行き先を変えたのだ。道すがら何を言おうか考えても良かった。馬車の中で纏める事もできたのだが。そうはせずに無人の執務室の扉を開けたのだった。
伝えるべきを今更悩む必要はなかった。事実は事実でしかないからで、如何に様々な言い回しを駆使したところで結論が違わるわけではない。常より遙かに光彩を落とした室内の重厚なデスクにかけ彼は初めてクラヴィスと言い争った午後を思い出す。放つ剣幕に気圧されその時は気づきもしなかったがその顔はとても悲しそうだった。
そして昨日はどうだっただろうか。己を乱暴に押し開き性欲のままに蹂躙し陵辱した時のクラヴィスは。
途方もない怒りに震えていた。拭えぬ自責に苛まれていた。自身を蔑み、自嘲し、赦すなと懇願していた。
眼裏にその姿を描く。手に取るほども明らかに像を結ぶそれは、何かを怖れ消えてしまいそうなほど脆弱に映った。泣いていた。声にならぬ嘆きのままに。
クラヴィスは自身を許せないに違いない。時を戻す術を持ち合わせていない人ならばこそ過去を白紙に戻せぬ故に、赦されてはならぬと声を殺し叫ぶのだろう。恐らくあの者が彼の血縁でなかったとしても、それを曲げるを是としなかった筈だ。死罪を告げられた罪人が罪の重さに喘ぎながら死してなお償いを誓うのと同様に、聖地に留まり守護聖の責を受けながらジュリアスとの決別を口にするつもりだったのだ。
自身で下した決の辛さに涙を零していた。何と我が儘で身勝手で強欲で、哀れな心なのか。
『告げられる私の想いなど…少しも考えていない。』



ジュリアスは常に自身を律し制している。職務に於いて先を読み、熟考し、最良を選び出す心がけを実行している。仮にそれが宇宙の運命であったとしても悪しき結果に行きついた時は涙し己を責める。
そんなとき彼を赦すのは宇宙でも聖地でも女王でもない。彼に手を差し伸べるのはクラヴィスである。言葉ではない慈しみの腕を寄越す。それは私事でも変わらない。
ジュリアスは先を行く者であり、クラヴィスが後方を支える役割を選んだ瞬間からそれは崩れることない彼らの有り様であった。
それならクラヴィスを赦すのは誰であろうか?
彼は今まで誰の腕を求めてきたのか?
答えは無である。
クラヴィスは己で何事をも裁き己で完結させ収めてきたのだ。
ならば自らを赦してきたのか?
否。彼は自身を赦したりしなかった。
忌まわしい力を宿す自分を、守護聖と言う傲慢な存在を、そしてジュリアスを欲した貪欲な想いを認めていない事がその証拠である。双方が望んだにも関わらず、身体を重ねた後にまるで贖罪であるかにジュリアスを腕に抱き、その面に切なげな笑みを浮かべるのはきっと胸の奥底で自身を責めているからなのだろう。
嘗てジュリアスは一度言ったことがある。自分はクラヴィスに何かを与えうる存在なのかと。彼は少し困った顔をした後にお前が在る場所に共に生きることが至福であると静かに答えた。
けれどあの時クラヴィスは別離を口にした。それこそが償いだと信じた結論だと言わんばかりに。
『そうだ…私はあれを赦さない。』
心が動く。ジュリアスの顔に静寂を伴う決意がのぼった。





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