*COMET*
=7=
ジュリアスの吐き出した精を絡めた指は室内に一つだけ灯る明かりを受けぬらぬらと淫猥に光って見えた。何の躊躇いもなくクラヴィスはそれをジュリアスの秘部に衝き入れる。突如の挿入に耐えかね収縮する内壁を強引に押し分け長い指が周囲を少しの遠慮もなく掻き乱す。感じるのは痛みと快感。その二つがない交ぜとなりジュリアスを襲う。苦痛に顔を歪め双眸は固く閉じられる。噛みしめる奥歯が軋みを上げた。
しかし痛みのすぐ後ろには耐え難い悦楽が寄せるのだ。引いてゆく波を寄せる次の波頭が飲み込む如く大きなうねりとなり、引き結んだ唇が無意識に緩むと得も言われぬ淫らがましい声が流れでるのだった。
開かれた両足の間に踞り、クラヴィスは埋めた指先で内部を蹂躙する。傅く姿勢とは裏腹に横臥する肢体を支配するのは彼であった。内股の柔らかな皮膚を残る掌が辿る。軽く擦るだけで力無く横たわる躯がびくりと跳ねた。一度精を放ったジュリアスは僅かな施しにも敏感になったようで、萎えた徴のすぐ脇をサラリと指先が掠めただけで確かな反応を返す。内に与えられる刺激がもたらす痛みを快楽が凌駕したのだろう。差し入れる指の数が増す度にその先を強請る如く細い腰が揺れた。
片手を伸ばし落ちたジュリアスの徴を手に収める。指の腹を当てゆるゆると掻くだけで、そこに熱が戻るのが分かった。一掻きを加えるごとに固くそそり立ち、軽く握りこめば鼓動が生まれる。それに呼応するようにクラヴィスの指を取り込んだ内壁の収縮が強まる。二度と離すまいとでも言いたげにまとわりつく肉壁がより奥へとそれを招く。耐え難い情動に犯されジュリアスは言葉にならぬ歓喜を叫ぶ。その先へと誘うが如く。 更に指を増やそうと弛まった秘所の口を開く素振りを感じたジュリアスが大きく頭(かぶり)を振って嫌だと訴えた。もうそれでは収まらぬ、次が欲しいのだと切れ切れに言った。
腕が腰を支え、抱き上げ躯の上に乗せる。壁際の長椅子に背を預けクラヴィスは自身の高ぶる根芯にジュリアスを下ろす。ジクジクと湿った音を発てジュリアスが己の象徴を飲み込んでゆく様を醒めた面で見つめる。直に全てが収まった。暫しクラヴィスは動かず自身を熱く包み込むジュリアスの内なる体温を感じていた。決して望まぬ、抗う心と体をこじ開け欲望に従わせた。己の一撫でが、一掻きが、己の声音が見る間にジュリアスの尊厳を突き崩した事実に彼が今如何なる想いを抱くかと打ちこまれた辱めの熱さに小さな呻きを洩らす美しい顔を凝視する。
思うほども焦がれ、焦がれるほども求め、伝え伝わりここまできた。人を抱くこと抱かれることの優しさを身に刻んだ。
まさかこんな形で手放すとは……。
喉の奥が震え、痺れた笑いが胸を伝う。
貫いた腰を掴み大きく揺さぶる。ぞろりと肉塊が蠢き深く隠された先へと辿り着く。黄金色の絹糸が虚空に舞う。顎を上げ引き結ぶ口を割る感泣が空間に漂う。掴んだ腰を押さえ一度最深を衝く。一息の間も与えずまた揺さぶりをかける。
「うぅ…んぁぁ…あぁ…。」
果てしなく続くかと思える無情の行為。受けるジュリアスの内部で崩壊が起こる。理性、尊厳、誇り。そして恐らく仄かな想いが崩れ去った筈である。驚喜か、狂気なのか。ジュリアスは身を捩り頭を振り背を震わせ最後に自身の腰をくねらせ己が限界を体言した。
迷いのない一太刀が襲う。奥のその奥を突き破るらんと強欲な刃(やいば)が躯と心を壊し切り裂いていった。墜ちる躯を受け止め、しかし抱きしめるでもなくクラヴィスは朧気な顔で空を見上げる。終わりとはこんな風に唐突とやって来るのだろうと思考の片隅で思った。
自分が与えたのは間違いなく辱めであり、強引な交わり以外でないならジュリアスは許すまいと確信し、そうあってくれと願った。塵の舞う音まで拾ってしまうほど冴えた耳にジュリアスの鼓動が聞こえる。世界にその音以外が存在しないかの静寂が降りる。時だけが何もなかった様に流れた。
胸に伏せていた顔が上がった。ジュリアスは眼前の白皙に一瞥し自身をかばう様にゆっくりと身を起こす。投げ捨てられた衣装を一つ一つ拾い集め身につけてゆく。薄衣を幾枚も重ね上衣を羽織り袖や襟元や袷の留め金をかける。椅子を支えに緩慢に立ち上がる。最後にその背に掛けてあった上着を手に持った。
扉にむかい一歩を踏み出し、刹那苦痛に眉根を寄せ、だが気丈にもそれに耐え次の一歩を繋いだ。ノブに手を置き、不意に振り返る。未だ床に半身を投げるクラヴィスを蒼穹が射る。情事の名残に染まった唇が一つの言葉を紡ぐ。静かに空気を揺らしそれはクラヴィスの耳に落ちた。
「私はそなたを許さぬ。」
受ける者は床の一点に置いた視線を動かすでもなく同じ姿勢のままである。
「そなたの身柄は明日の夜まで私が預かる。件の調査は…私が行う。」
残されたのはそれだけであった。扉が閉じる長く重い音がいつまでも鳴りやまぬかに思えた。
それから半時間ほどクラヴィスが動く気配はなかった。それでも思い出したようにのそのそと起きあがり脱ぎ捨てた衣服を纏う。手近にあった部屋着を引き寄せ適当に羽織る。乱れ落ちかかる前髪を鬱陶しげに掻き上げ、深い息をついた。事の終わりの安堵が寄せた。
確かに言った「許さぬ」と。彼の思惑は実を結んだのだ。自分が置き去りにする人に捨てられんと望んだそれが事実となったわけである。ほっとして立ち上がった途端、鳩尾の辺りに熱いうねりが起こる。血流が足下に流れ落ちる感覚と共に内蔵が捩れる痛みに思わず腹に手を当てる。せり上がる生ぬるい苦み。それは瞬く間に喉元に押し寄せた。
隣室に繋がる幾枚もの扉を駆け抜け浴室に続く洗面台に辿り着いた途端、激流が口から溢れた。苦しげに喉を鳴らしクラヴィスは何度も吐き戻した。白大理石の滑らかさに押しつけた両手が止め処なく震える。どれほど吐き出しても次が上がる。背を波打たせながら彼は涙を零した。ただ苦痛に流れた涙ではあったが。
いつもより眠っていなかった。いつもより食していなかった。そこに多量の酒精を流し入れた。酔っていると知りながらSEXに及んだ。無理もない。どこまでも救いようのない愚者だと彼は己をあざ笑った。ひたすらに、声もなく。
蛇口から注ぐ水と混じる饐えた匂いが室内に満ちる頃、漸く引き始める嘔吐感に強張った肩が僅かに緩んだ。あらかた戻してしまえば、それまでが嘘の様にうねりはおさまったが今度は悪寒が走りたまらずその場にしゃがみ込む。床の冷たさと相まって震えだした身体は止めようもなく、為す術もないと小さく踞る。哀れな小動物が自身の行く末を憂う如く、クラヴィスは腕をその身に廻しやたらに冴える思考だけを動かすのだった。
傲慢な、身勝手な、我が儘な、恥知らずな、浅はかな、自らを蔑む言葉は尽きることなく現れる。もしあの娘が己の血を分けたのでなかったとしても、過去を明かした先にあるのは侮蔑である。
「赦されまい…。」
例え一時の情や哀れみで繋がったとしてもやがて綻びは大きな欠損となるに違いない。
一度知れば、時がそれを埋めるなど幻想に決まっている。時は僅かな亀裂も見逃したりしないのだ。押し開き傷を深め憎しみにも変えてゆく。
「だから…。」
捨てられたかった、価値のない夢の如く。そして己が心根の醜さを思い知るのだ。
体内の熱が奪われた錯覚に引き込まれながらふと投げた視線の先に白い帯が見えた。明かり取りの小さな窓から月光が一筋床にそれを描く。地上で何があろうと天は素知らぬ顔で大いなる営みを繰り返す。昨日とそして明日も変わらぬであろう青白い輝きに暫し見惚れた後、彼は重くなった目蓋をゆっくりと降ろした。
続