*Holy Garden*

=5=

無意識に身体を動かそうとした途端、全身に鋭い痛みが走り、その灼熱に焼かれた感覚に落ちていたジュリアスの意識は一気に引き戻された。瞳を開き視線だけを動かし自身が一体何処にいるのかと、彼は周囲を注意深く見渡した。
見覚えのある様な、しかし何かが違うと彼の直感が警鐘を鳴らす。自分がこの場所に横たわり、しかも明らかに負傷している事実について、ジュリアスはハッキリとしない思考の中でバラバラに散らばった記憶の欠片を拾い始めた。
オスカーに続いて次元回廊に入った…。
先を行くオスカーの背を見ていた…。
前方に光の扉が開く時の眩い光が煌めき…。
その後の記憶がない。
「オスカー!」
あの時何かが起きたのであれば、オスカーもこの場にいるかもしれぬとジュリアスはその名を呼んでみた。しかし、それに答えは返らない。咄嗟に身体を起こし彼の者の姿を探そうとし、その瞬間再び激痛に襲われジュリアスは深く呻き倒れこむ。
左肩の痛みが酷い。首筋に生暖かな粘液の付着を感じる。胸部に強い圧迫感がある。両足には痺れた様な鈍い痛み。自由に動かせるのは両手の指先だけらしい。彼の明晰な頭脳はこれ以上無駄に動くのは危険だと判断した。ゆっくりと身体の力を抜き、そのまま瞳を閉じる。自身でこの場を調べるのは不可能である今、己に出来るすべを考える。恐らくここは次元回廊か或いはそれに近い空間ではないかと思える。それなら暫しこうして待っていれば、例えば某かの事故で回廊が閉じてしまったのなら、そう長い時を待たずして救助が来る筈である。
『それまで待つしかないのだろうな…。』
もう間もなく扉が開き王立研究院の職員が現れ、聖地に戻り、そして…。
訪れた安堵に促されジュリアスは再び意識を落としていった。



「次元回廊は…まぁ、簡単に言ってしまうと、長く曲がりくねった廊下の様なものなんです。」 
手元に置かれた湯飲みから一口をすすり、ルヴァは再び話し始めた。
この聖地が在る宇宙に隣接する異相差空間はルヴァの言葉通り、果てしなく長い廊下に似た形状である。そこに目的地に最も近い出口を設定し入り口となるゲートから移動するのだ。今回の事故の直後、供に居たオスカーは回廊内で発見された。しかし、ジュリアスの姿は何処にもなかった。この事実から彼は回廊の壁にあたる時空壁を越え、その向こうに存在するであろう異空間に飛ばされたのではないかとルヴァは推測した。
「じゃぁ、そのなが〜〜い廊下を探せば、どっかにジュリアスは居るわけだ!」 
オリヴィエは重く停滞したこの場の空気を一掃させるよう殊更声を張りそう言った。
簡単なことじゃな〜〜い?!
それを受けたルヴァが窮地に落ちた時に見せる、彼にしては珍しく厳しい眼差しをオリヴィエに送り小さく頭を振った。
それは簡単な事ではないかった。実際、回廊の全長がどれほどあるのか、又どこまで行けば果たしてジュリアスが送られた時空に着けるのか、この回廊を実際に利用している王立研究院ですら分かってはいない。もちろん、それらを踏まえ今この時も探査は行われている。ジュリアスから発せられる光のサクリアの波動を、もっとも近い時空から徐々に距離を伸ばしつつ具に拾っていくという、あまりにも原始的な手段しか現状では術がない。それ故、いつまでそれを続ければ彼の居場所を突き止められるか誰にも分からないのであった。
回廊内で発見されたオスカーが負傷していた事実を考慮すれば、間違いなくジュリアスも傷を負っていると思われる。オスカーと同程度であればそれ程の危惧もないのだが、仮にもっと酷い状態であれば早急に発見しなければ危険であるのは誰の目にも明かであった。ただ、この場に赴く前ルヴァが訪ねた折りにクラヴィスが言った光のサクリアを感じるという一言が、彼に冷静な判断と落ち着いた物腰を保たせる唯一の糧となっていた。
「今私たちに出来るのは…。待つことだけなのかもしれませんねぇ。」
彼の一言に全員が声にならぬ同意を寄越した。
あとどれ程待てば・・・。
彼らは同じ言葉を胸に抱いた。



光のサクリアは確かにある。
良く知った暖かなそれはほんの微かではあるが、大気にのりクラヴィスの元に届いた。執務室に戻り彼が最初に行った事は、ジュリアスのサクリアを探る事であった。瞑想し意識を解放しつつどんな微かな波動でも感じられるよう、クラヴィスは己のサクリアを解き放つ。対である光のサクリアが自身のそれに呼応し、感じられるまで幾度も同じ行為を繰り返した。
程なくして微量の反応が返った。
だが彼は胸にある一抹の不安を一掃するため、それを一度体内に取り込んだ。胸に抱く光は瞬き、揺れながら良く知った姿を彼の脳裏に運ぶ。間違いなくジュリアスのものである。クラヴィスは深い安堵の息を吐いた。彼が抱いた不安とは、決してあってはならぬ事ではあるが、手にしたサクリアがジュリアス以外の何者かが放ったものであるやもしれぬという懐疑である。
クラヴィスの知らぬ誰か。
それは次の光の守護聖の誕生を意味する光が存在することであり、現守護聖がこの世から失せたと同じ意味を持つ。どんなに顔形の同じ人間がいたとしても、例えば指紋や声紋が完全に同じでない様に、サクリアもそれを司る宿主により微妙な色を持つ。クラヴィスはジュリアスの無事をこれにより確信したのだった。
それから今に至るまで、クラヴィスは休むことなくそのサクリアの軌跡を辿っている。それが如何なる場所から放出されているのか。大まかな方位でも分かれば、それを元にジュリアスの居場所が突き止められるかもしれぬ。しかし、丹念に描かれた光の道を辿っても、何かに、例えば深い霧にでも阻まれる如く途中で途切れてしまうのだった。
クラヴィスは閉じていた瞳を開くと、次ぎに机上にある遠見の水晶に手を翳し、もしかすれば映されるかもしれぬ姿を求めた。だが、いくら念じてみたところで、水晶はただチラチラと瞬き時折不確かな映像を結ぶだけで、やはり思う姿を見せてはくれなかった。



間もなく陽が暮れる。
聖地の空が茜色に染まり、程なくしてそれは漆黒に変わるだろう。如何なる大事が起ころうとも、この宇宙の中では取る足らぬ事象なのかも知れない。





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