*Holy Garden*
=10=
押さえた声音がクラヴィスの口を割った直後、思いも寄らぬ一言が室内に響き渡った。
「また一から考え直す・・・?」
いい加減にしろ!!
その場に居た全員がそれを発した主に視線を向け、そして驚きのあまり動きを止めた。それはそうだろう。部屋に漂う少し澱んだ空気を震わせる怒鳴り声を上げたのが誰であろう、あの闇の守護聖だったからだ。恐らく皆が一様に思っただろう、これは悪い夢だと。そうでなければ何かの間違えだと。胸の内に思う何かどころか、対話の糸口を掴むのも至難の業とされるクラヴィスが、こともあろうに王立研究員の主任を怒鳴りつけたのだから。
直接この怒声をあびた本人、エルンストはあまりの事に手に持った紙束をあわや取り落とすところであった。
「方法はあるが、それは出来ない?別の方法をこれから探す?お前は…自分が何を言っているのか分かっているのか?!」
クラヴィスは周囲の様子などお構いなしに捲し立てる。怒りのままに言葉を投げつける彼を止める者など、今ここには居ないと思われた。
王立研究院が誇る最新鋭の機器が算出した結果は、残念なことに時空壁を破る大質量のエネルギー放出は不可能だということであった。必要量を遙かに下回る質量を放出するしか出来ないと確認したにすぎなかった。エルンストは心底残念だという表情で、結果を待つルヴァとクラヴィスにそれを告げた。ルヴァは哀しげな顔で、だが予想していたのだと言う様にため息を吐いた。
しかし、クラヴィスは違った。それまで押さえていた感情の波を一気に放ったのだ。彼は我慢していた筈だ。この第一報を聞いた時から、あの扉の先にジュリアスがいると知らされてから、自室でその姿をほんの刹那であったとしても目にしてからずっと。もしクラヴィスが自身の思うままに振る舞っていたなら、光の扉を開き果てしない時空に飛び出していただろう。
周囲の者達がどう思っていようと、多分彼ほど自身の護りたい者、大切な者に対する想いが絶大な人間はいないかもしれない。それを貪欲だと言っても構わないだろう。普段彼の見せる他者への無関心さや、まるで世捨て人にも思える振る舞いをして「無欲である」とか「厭世的だ」と言うのは間違いである。クラヴィスはこの世のすべてに興味がないわけではない。ただ一人を除いたすべてに興味がないのだ。ジュリアス以外のすべては彼にとって何の意味もないものなのだ。
だから、もしジュリアスに彼の不在を任されていなかったなら、またこれまで何度かクラヴィスの行った無謀な行為をきつく諫められ、二度としないと誓わされていないなら、先に述べた行為を迷いもなく行っていた筈だ。それ故にクラヴィスは今すぐにでも某かを行なわんとする自分を押さえ続けていた。しかし、必死で保った理性も崩れ去った。
クラヴィスを止める者などこの場に居ないと思えた。
エルンストはとにかくこの場を収める為まだ方法が完全に無くなった訳ではなく、今まで伝えた以外にも勿論さまざまな術が検討されていると言おうとした。それらが先に伝えた手段よりは遙かに低い確率だと知ってはいたが。だが、彼の涙ぐましい努力は実を結ばなかった。何故ならその前に口を開いた者がいたからだ。
「方法はありますよ。」
穏やかな声音であった。
そう言った時ルヴァには既に迷いはなかった。
「この聖地で最も絶大な力を発揮できるのは…。あなたですよ、クラヴィス。」
お分かりでしょう?
クラヴィスははっとしてルヴァの顔を見る。
その一言にエルンストの顔色はさっと青ざめた。正確に言えばその力を出せるのは筆頭守護聖二人である。彼らの司る根元の力を凝縮し、一種のエネルギーに変換した場合惑星を消し去ることも可能なのである。嘗てクラヴィスは幾度も、そしてジュリアスも一度それを行っていた。エルンストの射す様な視線を受け、ルヴァは一度だけ哀しげな顔を見せた。
今まさにルヴァが告げてしまった事は、当然エルンストも知っていた。だが彼はそれについては決して言わぬつもりだった。もちろんルヴァも言わないと信じていた。まさか、この思慮深く英知に長けた大地の守護聖の口からそれが発せられるなどと思いも寄らなかった。
例えどんな状況にあっても守護聖の身に危険が及ぶ策は、有効と言えないからである。ルヴァにしてもそれを自身が伝えるとは考えていなかっただろう。しかし、クラヴィスが我を忘れ怒りと焦燥のままに声を上げる様を見て、もう黙っているべきではないと判断したのだ。多分これを言わなければクラヴィスは如何なる制止も振り切り、ジュリアスの元に向かうのは確実だと思え、そんな無謀といえる行為をさせるくらいなら知らせてしまった方が遙かに正しいと意を決したのだ。
「ならば、話は早い。すぐにゲートを開いてもらおう。」
クラヴィスは言いながら回廊の入り口へ向かおうとしていた。ところがそんな彼をルヴァの一言が止めた。
「クラヴィス。あと少し待って下さい。」
振り返るクラヴィスがルヴァを睨み付ける。
この期に及んで何を待てと言うのか・・?彼の瞳はそう言っていた。
「闇雲に力を使っても駄目なんです。大きすぎる力は逆に貴方と、ジュリアスを危険な状況に陥れるに過ぎません。今少し時間を下さい。」
僅か後方で呆然とそのやり取りを見つめているエルンストに、ルヴァはニッコリと笑みこう言った。
「最も有効なエネルギー値とそれに見合うサクリアの質量を換算するのにどの位の時間が必要ですか?」
そして、クラヴィスの瞳を見据えこうも言った。
「これを私たちだけの判断で実行するのは適当ではありません。貴方から陛下に勅命をいただいて下さい。」
その静かな物言いを受けたクラヴィスは苦笑し「お前には敵わんな…。」と小さく洩らした。
「さぁ、それでは急ぎましょう。」
ルヴァの声を背に受け、クラヴィスは女王への謁見を求める為に踵を返し出口へと向かう。前を見据える彼の深紫の瞳には先程までの怒りはなかった。
続