*Holy Garden*

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「もう…眠ってしまえ。」



降りてきた掌がそっと額に当てられ、ひんやりとした指先が一度柔らかな生え際を辿った。
そう言われずともジュリアスは重くなった瞼を閉じており、クラヴィスの言葉にも「ああ。」とか「うん。」という曖昧な答えが返っただけであった。一枚だけ開いている窓に掛かるカーテンを揺らし、夜の中に沈む庭から外気が流れ込む。それが運ぶのは深く落ちた闇の香と、気高くも甘い花の芳香であった。すべての色を奪う夜の闇にあっても、己の姿を誇示するかに咲き誇る純白の薔薇。それらがあるじの為にひとひらの心を送った様にも思えた。
安らかな眠りと、穏やかな夢を貴方にと。



クラヴィスの手に収まる華奢な指先が微かに震え、確かに眠りについたことを物語るように、すっと力が抜けていった。まるでそれが硝子細工か、触れれば音を発てて壊れる薄氷でもあるかに、クラヴィスは何よりも大事そうに肉の薄い手の甲を撫でた。
「良い夢を…。」
そう言いかけてクラヴィスは言葉を切る。
「いや、夢などが届かぬほど深い眠りに落ちる方が良い。」
上掛けの上にある手を両手で包み祈りにも似た一言を告げた後、彼はジュリアスの眠りを妨げぬよう殊更気を付けて両手を解き、静かに上掛けを引き上げた。ベッドサイドにあるただ一つの明かりを落とそうと手を伸ばした時、微かに触れたランプのシェードが揺れて横になるジュリアスが、仄明かりの中に浮き上がって見えた。
開いた胸元から彼に施された治療の為の白い布がのぞく。その白さがクラヴィスの瞳を捉える。彼は悔しげに顔を歪め、直ぐさまそれから視線を外した。



再びカーテンが揺れる。
夜に吹く風は昼のそれとは異なり、あまりにも微かで弱い流れである。しかし、先程よりも遙かに強い花の香を部屋に運び入れた。クラヴィスは掛けていた椅子から音もなく立ち上がり、窓辺に寄るとゆっくりとカーテンを開け放った。
天に座す月が窓を越して室内を青白く染めた。降り注ぐ月の光の中に佇み、クラヴィスは宙(そら)を降り仰ぐ。そして吐息にも聞こえる声で呟く。
「お前は、何を見たのだ?…あの場所で。」
続けて更に密やかに言う。
「目覚めたら、聞いてみれば良い…か。」



そう、ジュリアスは確かにここに居て、彼と共に戻った退屈な日常の中で朝を迎えるに他ならず、失ったものなど何も有りはしないのだから。


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無機質な機械音の響く室内に沈痛な声が放たれた。
残された方法はただ一つ。
持てる力を駆使しての粉砕以外にはあり得ないと、苦渋の色を顕わにし告げたのは王立研究院の主任研究員、そして、その傍らで色を無くした顔で立つ女王補佐官であった。
「そうか…。」
クラヴィスは頷き、笑みを浮かべた。
「わたしがやろう。」
「しかし!!」
「し損じれば…わたしと、ジュリアスも消えてなくなる。」
そうだな?
「だが、他に誰も適任の者など居ない。」
間違っているか?
主任はそれ以上差し挟む言葉を知らなかった。
彼の目を見据えて語る深紫の瞳は異議など聞かぬと言っていたし、寄越す威圧感に反してクラヴィスは相変わらず穏やかに笑んでいたのだ。
「後のことはお前達に任せた。」
くるりと背を返し、クラヴィスは彼らを置いて扉に向かう。背に流れる髪も、靴音を残す足取りも、まるで平素と変わらぬ様に思えた。まさか彼がこれから自身の明暗を分けるかもしれぬ、最後の掛けに赴くなどとは信じられぬくらい、それは自然な物腰であった。
「宇宙と女王陛下のご加護を…。」
補佐官の震える祈りが届いた。それを受けたクラヴィスが喉の奥で笑った。
「大層なことだ…。
わたしは、ただあれを迎えに行くだけなのに…な。」
扉が重く軋んで開き、そして、長い音を引いて閉じていった。



今一度、補佐官が何か囁いたのだが、それはもう誰の耳にも届かぬ微かな声でしかなかっ





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