*Morality Slave*

=真昼=

定例会議の開始を告げようと、ジュリアスは深く息を吸い込んだ。
それまでざわついていた狭くもない室内が、その気配を察しって俄に静まる。厳格な面もちで次の言葉を発するまでのほんの僅かの間に、彼は自分の横に立つ者の不在を視界の端で確かめた。ジュリアスの対角に在る筈の闇の守護聖の姿はない。これは珍しい事ではなかった。クラヴィスが会議に遅れる事も、また何の連絡もなく欠席する事も、当たり前すぎて気に掛ける者など一人もいない。
良く通るジュリアスの声が会議の始まりを告げた。まず、先週末まで各守護聖が行った執務の確認に関する書面を彼はハッキリと読み上げる。手にした紙片に示された文字を一つ一つ確かめながら淀みなく言葉を繋げつつ、しかし彼はこの書類の内容とは全く異なる事を考えていた。昨夜自分を私邸まで送り、その後彼曰く『騒がしい星達の戯れ言』を聞く為に一人神聖なる領域に赴いた者が、果たしていつ頃床に就いたのかを案じていた。恐らくそれは東の空が白みはじめた頃だと思われ、だから彼がこの場に現れない事もジュリアスには分かっていた。多分、今日クラヴィスが聖殿に上がることはないだろう。
ただ願わくば明日は出仕し昨夜彼が聞いたその戯れ言を報告書に仕上げて欲しいものだと、胸の内に呟いた。


天井の高いこの部屋は片側に並ぶ大きなガラス張りの窓から入る陽光の明るさも手伝って、居心地が悪いほどの荘厳な印象を与える。一段高くなった首座の定位置に立ち居並ぶ守護聖を見下ろすジュリアスは、誰の目にもそこに在る事が何より相応しく見える。それは彼が光の守護聖である事実のみならず、身に付けた威厳や持って生まれた美貌と言う、すべての要素をもって守護聖の理想を具現化したと誰の口からも言わしめる事に起因する。
決して崩れず冷静で、何に対しても最善を尽くす。女王を支え宇宙の安定に心血を注ぐ。だからまさか今彼が手にした報告書を読みながら、まったく別の事柄に想いを馳せているなどと考える者など居ない。
しかも、それがあろう事かこの聖地始まって以来の犬猿の仲と表される闇の守護聖に関してなどとは。
そしてジュリアスが彼の守護聖と想いを通わせ、ましてや誰よりも互いを必要としているとは。


翌日も聖地は嘘のように穏やかに晴れていた。
光の執務室はその名の通り射し込む煌めきが眩しいほどで、デスクに向かい届けられた書類を裁くジュリアスの波打つ蜜色の髪を一際輝かせていた。
こうして一日が始まる。
手にした書面に示されたあまたの惑星に於ける凶事さえなければ、この世界が崩壊に向かって止めどもなく進んでいるとはとても思えない。それほどこの朝の一時は穏やかで、前日と何ら変わることのない退屈とも思える日々の中にある筈であった。机上にあるすべての書類に取り敢えず目を通したが、クラヴィスからの報告書は届いていないようだ。やはり昨日は全く出仕しなかったらしい。それに、この所三日と開けずに詰めていた王立研究院へも昨夜は出向かなかったようである。
『今日は来ているのだろうか・・?』
隣り合わせる闇の執務室の方角に顔を向け、ジュリアスはそんな事を思った。別に隣接しているからといって薄い壁一枚で仕切られている訳でもなく、幾ら凝視し耳をそばだてたとしても、クラヴィスの声が聞こえる筈もなかったが、何かの折りにふと彼の事を考えたりすると無意識に其方の方を見てしまうのが、最近のジュリアスの癖になっていた。


ともすれば眠気すら誘う静寂を破ったのは、執務室の扉を叩く鋭い音と飛び込むように入室してきた王立研究院の使者がもたらした報告であった。使者はジュリアスに向かい「至急のお知らせ」だと述べた。
ジュリアスはその顔を見つめ、確かに彼の伝えようとする内容が至急なのだと理解した。興奮の為か頬は少し上気し思い過ごしではなく、声も僅かに上擦っている。ジュリアスが平素と変わらぬ冷静な態度で、その者の様子を見ていられたのはそこまでだった。使者の告げた一言を聞いた途端、首座の守護聖の顔色は見る間に青ざめ、その声色はいつにも増して厳しく聞こえたが、それが実は彼を襲った脅威のためとは思いもよらなかったろう。
使者は恭しく畏まりながらこう言った。


「闇の守護聖さまがお目覚めになりません。」





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