*PRIMAL*

=3=

 「気付かれたか・・・?」
人影もない真昼の守護聖殿の長い廊下に靴音を響かせ、ゆっくりと歩を進めながらクラヴィスは一人呟いた。
 朝議のあと、自分に声を掛けたジュリアスの心配そうな顔を思い出し、白く滑らかな額に眉を寄せた。誰より長い時間を共にした為か、それとも身に宿すサクリアの不思議か。自分がジュリアスの心の襞に浮かぶ機微を感じるように、恐らくジュリアスも今自分が内包する苦痛の翳を感じ取ったのだろう。難儀なことだ・・、今度はさらに声を抑えて言葉を落とした。



 幼くしてサクリアが目覚め半ば連れ去られるように、この聖地に召還されたあの日今より薄い金色の髪をした歳の変わらぬ光の申し子を眼にした時から。そして、自分が彼に向ける視線の熱を自覚してから、何度その金絹の髪に手を伸ばそうとしたことか。だが、それはしてはならぬ事と自分を戒め、この胸を焦がす想いを決して明らかにせぬために、眼を伏せ口を閉じ心を塞いで過ごしてきた。言ってはならぬ一言が涼やかな声になり、唇を割り開かぬように。それは、いつか訪れるサクリアの最後の一滴がその身から無くなり、一人聖地の門に手をかける「約束の日」を迎えるまで、告げることなく魂の奥底に沈めておかなければならない言葉だった。
『お前を・・愛している。』
その一言が何を意味するかなどクラヴィスには分かり切ったことであった。それは光を纏い眼前に開ける希望の道をゆく者を、闇の深みに引きずり込むことに他ならない。死の静寂に身を委ねる自分が求めてはならぬ光なのだから。
『わたしには構うな。』
言葉の裏に潜む浅ましい心を白日の下に晒さぬために、拒絶を纏わねばならなかった。
 肩に置かれた華奢な腕を掴み引き寄せて抱きしめたいと思う、貪欲な想いが躯を突き動かさぬためにはジュリアスの忌み嫌う態度を取り、醜悪な言葉を投げる以外の術をクラヴィスは知らなかったのだ。



 だがクラヴィスが例え想いを告げたとしても、女王の片翼として宇宙のすべてに忠誠を誓うジュリアスが、それに答えるなどとは彼も思っていなかった。何も言わなければこれ以上おのれの存在を否定されることもない。ただこれからも気の遠くなる程の静かな孤独に身を沈めていれば良いだけのことだ。一人の闇の守護聖として光を司る者の傍らで、それが仮初めだとしても平穏な日々を送る振りができる。しかし日を追うごとに増大するジュリアスへの想いを、いつまで隠し仰せるかのかも分からなかったのは事実だ。
 クラヴィスは一度深く息を吐いた。明日にでもサクリアが尽きてしまえば良いと願った。
そうすれば届かぬ想いを葬ろうとする虚言から解放されるからだ。



 王立研究院へ抜ける回廊に中庭を抜ける風が吹き込んだ。暖かな光に溢れた真昼に目線を向けた後、クラヴィスは長衣の裾を緩やかに引きながら先を急いだ。女王のサクリアの衰退がもたらす、宇宙の崩壊のために消えてゆく惑星に闇の安息を注ぐ為に研究院の最深「星の間」に向かう彼は、一度立ち止まり掌を胸に当て己のサクリアを確かめた。闇のサクリアの穏やかな波動を確信し、微かな安堵と深い落胆を見せたクラヴィスは、回廊の先に広がる吹き抜けの蔭の中に音もなく消えていった。





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