Close Friend
零×ジャック//挿絵 by Kisara Shimizu
地上勤務など退屈極まりない。一日中事務処理に明け暮れる。途中で何度欠伸をかみ殺したかしれない。しかし被弾した雪風はいまだ格納庫の上、整備階から降りてこない。破損箇所が面倒な部分でなかったから、ほぼユニットを交換するだけで済む。長くて四日だろうと践んだけれど、今日でその四日も終わる。最後の調整に丸一日取られるとして、普通に考えれば明後日には戻ってくるだろう。それが希望的観測に終わらないことを零は祈った。何度も指を止めては打刻された文字を確認し、最後の行を打ち終えたら紙を引き抜く。数枚を重ね、端をステイプラで止め、ラストは自分の署名を手で書き記す。それでこの日のノルマは終了だ。零はいかにも大仕事を終えた顔で大袈裟に息を吐き出す。椅子から立ち上がり、ざわついたオフィスを離れる。手には出来上がった報告書。これを提出したら自由の身だ。でも別段嬉しくはない。これが終わったからといって、空へ上がれるわけではないからだ。
宿題の提出先は彼の上官だ。入り組んだ廊下を行く。最初の頃、あまりの複雑さに途中で帰ろうかと思ったそこも、今では迷うはずのない通い慣れた道だ。あっと言う間に目指すドアの前へ到着し、零は一応の礼儀として二度ばかりノックする。間髪を入れずに入れと声がした。戸口から真正面のデスクで、上官は紙束を読んでいる。机上にも散乱する書類の多さから、また山盛りで難題が集まっているのだと判る。
「なんだ?」
案の定持ち上げた顔はうんざりとしている。もうお手上げだと、今にも泣き言が飛び出してきそうだ。
「今日の分だ。」
ズイと腕が伸びる。手には数枚の紙。ブッカーはチラと眺め、そこへ置いてくれと言う。瞬く間に視線は書類へ戻る。眉間に刻まれた皺が、その内容を教えていた。
「また上から面倒を持ち込まれたのか?」
適当に報告書を投げ置き、様子を伺う。
「毎度のことだ…。」
顔を上げるどころか目線さえ向けない。
「それはいつ終わるんだ?」
定時まではまだ一時間以上ある。
「さぁ…な。」
素っ気ない返事に零は眉を上げた。
この部屋へ来るたびに歓待されるわけではない。忙しければぞんざいな対応を受けるのも毎度のことだ。ここは空軍の基地で相手は軍人で自分は彼の部隊に属するパイロットだ。上官が忙しければ何も返ってこなくても文句を言えた義理ではない。逆に用もなくフラフラしていたら、さっさと持ち場へ戻れと一喝されるのが普通だ。但し、彼らの所属する特殊戦に於いて、世間一般の軍人的常識は稀薄だ。野放図に自由ではない。が、ガチガチに縛られているかといえば、否である。更に彼らは友人でかなり親しい。今が作戦行動中で一刻一秒を争う事態でなければ、日常の会話が交わされるのも普通のことだ。
例えば面倒な厄介事に渋面を作っている相手が、それに関する苦言を垂れ、最後に決まりの如く、憂さを晴らす提案を持ちかけてくるのが常套で、今も零はそれを予想し声をかけた。
『全く上の連中は何を考えているんだ。』
そう言ったあとで、帰りに酒でも呑むかと相手が決まり文句を垂れると考えて、全く不思議ではない。それが彼らの通常だからだ。しかし今日は違った。どうやらブッカーにそのつもりはないらしい。零も違うならそれで構わない。例外はある。気にもならない。だから『そうか…。』と返し、退室することにする。形ばかりの敬礼。踵を返す。二歩ばかり足を運んだところで、零は一つだけ確認せなばならない重要事項を思い出す。
「雪風はいつ戻る?」
顔だけ返しそう訊いた。
「判らん。あっちからは特に何も言ってこない。」
「破損箇所の交換だけじゃないのか?」
「そのハズだ。」
「それなら明後日くらいだろ?」
「多分…な。」
頑なに紙面へ張り付けていた視線を、ブッカーは一瞬引き剥がす。上目遣いにチラと零を見る。
『またか…。』
何か言いたげな青色が前髪から覗く。素っ気なさは迷いの隠れ蓑だった。言いたいなら言えばよい。何を迷う。零の心中はいつも同じだ。
「判ったらすぐに教えてくれ。」
だが零はどうしたと訊ねたりしない。それが彼のスタンスだ。ドアを閉める刹那、もう一度デスクの男を確認する。もう上官は彼を見ていない。紙束へ視線は舞い戻り、ブッカーは片手を軽く上げ出ていくパイロットへ了解の合図を送っただけだった。きっと数日うちに少佐は何某かを言ってくる。間違いない。零は確信を胸にそこから離れる。そう言い切れるくらい相手を知っている。彼にしてはとても珍しい。誰かをこれほど近しく感じていることは…。
翌日もまた地上勤務だ。雑音の渦巻くオフィス。あちこちで鳴るコールやフォーン。人の話し声、延々続くキーを叩く音。落ち着かない空間で時間は普段の数十倍流れを滞らせる。壁の時計を見上げる。針はさっきから同じ位置に貼り付いたままだ。壊れてるのか?と零は真面目に疑った。そんなはずはないが、そう思いたい気持ちは本当だ。昼までが長い。そして昼を過ぎると更に時間は間延びしていった。漸くゴールが見え始めるのが午後の三時から四時に移る頃。そして定時まで三十分を残し、零は席を立つ。今日は大作を作成した。レポートを三部も仕上げたのだ。破格の成果だと珍しくパイロットは満悦する。愉しくはないが、結果を手にするのは気分が良い。多分誰も気づかないだろうが、深井零少尉はたいそう上機嫌でオフィスを後にした。
今日もそれを提出しに上官の元へ行く。もしも昨日と同じだったら、早々に退散したほうが賢明だ…。ドアを押し開けつつ零は思う。あれから一歩も動いていないのではないか?と目を疑うほど、少佐は同じ様でそこに居た。
「今日は三部作だ。」
言いながらデスクへ大作を置く。
「ご苦労だった…な。」
するとブッカーは書類を降ろし、顔を向ける。昨日とは違うらしい。素っ気なさは消えている。だが浮かない顔は変わらない。
「じゃぁ、以上だ…少佐殿。」
零はさっさと引き上げるつもりになっている。形ばかりの敬礼。無駄のない動きで踵を返す。
「零…。」
「なんだ?」
一応振り返った。
「雪風は明日戻る。午後だ。明後日オレが調整して終わりだ。テストフライトを兼ねた出動プランを作っておく。多分、明々後日は飛べる。」
「そうか。」
口調は変わり映えのない無彩色。でもあきらかに顔つきが違う。嬉しい時、零は和やかな顔になる。手放しで笑ったりはしないが、見慣れていれば一目で分かる。
「オフィスで宿題をやっつけるのも、明日までだな?」
「ああ、好い加減厭になっていた。丁度良いタイミングだ。」
心底ホッとした声。素直な反応だ。もう気持ちは空の高見へと駆け上がっているのかもしれない。
「詳しい事はまた明日だ。」
軍人で上官の顔のままブッカーが言う。
「了解だ。」
「おまえ、少し時間はあるか?」
そらきなすったと零は腹の底でニマリと笑う。あと数日したら切り出すかと思ったが、存外早くに声がかかった。
「もう何もない。時間はある。」
「世間話だ。畏まらず聞いてくれ。」
言うわりにブッカーの表情は硬い。軽い雑談と聞き流せない空気がある。
「昨日、准将に呼び出されてな…。本題は別にあって、そっちは珍しくもない話だったんだが…。」
「最後になにかお見舞されたって顔だ。」
「威力はあった。それなりに…。」
「何を言われた?」
「個人的な雑談だと前置きされた。単にオレの私見が聞きたいんだと…。」
「あんたの前置きも割愛してくれ。本題は何だ?」
相変わらずだなとブッカーは苦笑する。それから、では簡潔にと要点を口にした。
「戦闘機が有人である必要性を聞かれた。」
「無人機の必要性ってことか?」
「ああ、前から聞いていたろ?システム軍団が自立思考の戦闘機を作ってるって話だ。」
「知っている。馬鹿らしい戯れ言だ。」
「だが上の方は本気らしい。」
「飛ばないヤツらはくだらない事ばかり思いつく。」
「オレもそう思った。完全自立思考のデメリットも幾つか上げた。」
「しわしわバァさんは乗り気なのか?」
「いや、バァさんは何も言わんさ。オレの言ったことを聞いただけだ。成る程…としたり顔だ。」
「じゃぁ、それで終わりだろ?」
「そう、バァさんとはそれで終わりだった。」
「あんたは終わりじゃないのか?」
「オレも、それに関しては終わりだ…。」
「言いたいのは何だ?愚痴なら聞いてやる。」
「愚痴じゃぁない。おまえの言う通り、ワケの判らなん戯れ言を…オレは一瞬だけ考えちまった。」
零はブッカーの言う意味が理解できない。無人機の不要を明言しておきながら、何を考えたのか?
「誰も乗っていないなら、例え撃墜されても、誰も死なないと…だな、一瞬だけ考えたんだ。」
当たり前だ。人が乗っていないなら、人死にはあり得ない。そんな事は子供でも判る。
「あんた…自分で飛んでいた時、落ちることを考えたか?」
「思うはずがないだろう?」
「地面ばかり見てるから、くだらない事を考えるんだ。」
欠片でも不帰を思ったら飛べない。高見だけを視界に映す。地面を見るのは着陸の直前だ。
「おまえは、そう言うと思った。」
「パイロットなら誰でもそう言う。」
零は何となく全体の繋がりを理解した。
無傷で帰還するのは理想だ。もちろんそれを目指す。だが多かれ少なかれ瑕を負う。機体もパイロットも…。
「おまえだけじゃない。どいつも無事に戻るのが命題だ。オレは出来ることは全部している。だが一回出ていけば帰ってくるのを待つだけだ。」
「今に始まったことじゃない。あんた、昨日今日この場に来た新米じゃないだろう?」
「ああ、その通りだ。」
魔が射したのかも…とブッカーは跋の悪そうに口の端を引き上げる。照れたような、困った風な顔だ。
「書類を睨み付けてばかりいるからだ。」
偶には別のものを見ろ…。どちらが上官だか判らない。命令にしか聞こえない物言いで零は言うと、もう用は終わりだとばかりに背を返した。敬礼もない。そのまま扉の向こうへ消えた。
「今日は早く引き上げるか…。」
まだ広がったままの書類を眺め、ブッカーはボソリと言った。馬鹿馬鹿しい思考が頭を掠めたのは、視野が不自然に狭くなっていたからだろう。目の前ばかりを睨んでいたのは確かだ。少佐は溜息を一つこぼす。それから、部下の言うのも一理あると思い、でもそれなら別の何を見たら良いのだろうかと?と曖昧な顔をした。
部屋は昨日と同じ乱雑さ。一昨日も一昨々日とも変わらない。ここ暫く戻れば寝るだけだった。最低限の決まりごと。シャワー浴び、飯を食い、少し酒を呑んで寝る。虚しいとは思わないが味気なくはある。
「別の…何か…か。」
そして今日も酒を呑み、ブッカーは見つからない探し物を捜す気分でさっきから繰り言を独りごちている。自分の戯れ言へ零が放った台詞だ。上手いことを言うと思った。高空を駆ける者の真意だ。当時は考えたこともなかったが、多分自分も同じだったろう。迷う暇もなく空へ上がる。帰投は当然だ。其れ以外を持ち合わせない。ブッカーにしても年中あんな馬鹿らしい思いに囚われていない。ただ数日前に被弾した美しい機体を目にして、直後に無人機の話を吹き込まれ、だから一瞬だけ心中がざわめいたのだ。待ち続ける現状から、一時逃れる術を脳裡へ浮かべた。
「おまえには判らんだろうがな…。」
言い終わると残りの酒を一気に流し込む。美味いか拙いか味わう間もなく、飴色の液体は喉を火照らせ腹の底へ落ちていった。
空のグラスを残し立ち上がる。寝室へ行こうとした。床に散らばる諸々を避け、部屋を突っ切ろうとした時だ。ドアに音が鳴る。時刻はあと少しで午前0時。無礼千万だと怒りを覚えるより早く、部屋の主は扉を開けていた。
こんな時刻にやってくる輩はコイツしかいない。思った通りドアの外には数時間前に見たツラがあった。零は無言で入ってくる。奥へ行かず戸口で止まった。ドアを閉める。
『おいおい、挨拶もなしか?』
ブッカーが苦笑いでそう言うより早く、零の腕が上がる。がっしりした首の後ろ、ちょうど項の辺りへ掌があたった。そのままグィと引き寄せる。近づくブッカーの顔。唇へ自分のそれを押し付ける零。それが挨拶だという風に、接触の直後彼らは当たり前に接吻した。互いに唇を吸いあったのは三十秒と少し。一旦離れ角度を変える。より深く重ねて二分ばかり。さっきより強く吸い合う。その後舌で相手の唇を舐めたのは零。それを迎える仕草で舌先を覗かせたのはブッカー。誘われるというより、押し込むように舌が侵入する。摺り合わせ、擽り合い、絡ませている間に、ブッカーの腕が零の腰の辺りへ廻る。湿った音が発つ。時々、忙しなく息を吸い込む音。鼻先から短く漏れる音は濡れている。ドアを開けてから五分近く、チュッと名残惜しげに柔らかさを吸ったあとキスは終わる。
唇は離れたが腕は解けない。互いの顔を見つめ合ったまま、やっと零が口を開いた。
「あんたが情けないツラだったから、慰めに来た。」
「こんな時間にか?」
「時間は…関係ない。」
「おまえ、そんな親切なヤツだったか?」
「それなりに…。」
くだらない事を訊くなと漆黒の眸が睨め付ける。でも腹を立ててはいない。口の端が仄かに緩んでいた。
「迷惑だったら帰るつもりで来た。」
それくらいの気遣いも持ち合わせている。どうなんだ?瞬きもしない双眸が訊いた。
「おまえが…こんな時間に来るくらい、オレは情けないツラだったのか…。」
「どうしようもなく、萎れていた。」
明日もあんなツラを見るのかと思うと、こっちまで落ち込みそうだと零は宣う。
「そりゃあ、悪かったな…。」
「ああ、悪いと思うなら帰れと言うなよ、ジャック?」
「言わないさ、親切は素直に受け取るものだと思っているからな。」
首に巻き付いていた零の腕が背を滑り降りる。
腰の辺りへ落ち着き、躯を引き寄せた。もう一度、今度は軽めのキスをする。その後、二人は互いに廻した腕を解かず、縺れるように寝室へと移動した。日付はとっくに変わっている。ベッドへ雪崩れ込む際、本当なら帰れと言うべきだとブッカーの常識が囁いた。でも、それは三度目のキスを仕掛けられた途端、頭の中から消え失せた。強引に舌を引きずりだされて吸われると同時に、零の右手が服の上から股間を掴んだ所為だ。それにブッカーは何より慰められたいと望んでいたからだった。
仰向けた背中が汗で濡れている。背中だけでなく、しっかりと筋肉を張り付けた胸も、日向色の前髪が貼り付く額にも汗は滲む。ただし股の辺りが濡れているのは違う。思い切り反り返ったペニスからジクジクと染み出た精液が伝い落ちたのだ。髪と同じ色の陰毛も粘つく湿り気を含んでいる。そして大きく開いた両足の間に腰を入れ、ブッカーを見下ろす男もすっかり汗まみれだった。いつもより長く内部を解されて、いつもより欲情して汗が噴き出た。指で中を掻き回している零も、大いに乱れる相手を見て興奮し、やはり普段よりずっと汗をかいた。やっと全部を納め、零は長く一つ息を吐く。衝き入れた性器にピッタリと貼り付く柔らかさが、休みなく顫動して陰茎を刺激する。このままでも気持ちが良い。少しの間、その感触を味わった。
腹の中へ固い熱さを飲み込み、ブッカーも深く息を吐く。指を三本も入れられた。でも、二本目の時点で性感帯をしつこく攻められたから、間断なく湧き上がる射精感をやり過ごすのに必死で、あと一本指が増えているのに直ぐは気づかなかった。大きく息を吸って吐いて、腹の力をどれだけ抜いても、或いは下腹へ不自然に力を入れても、溜まりきった精液をどうすることも出来なくなった時、零が指を抜き取った。ぼんやりした視界へ、抜いた指が映る。初めて三本も入っていたのだと知った。だから至る所を擦られたのだと得心し、股間が痛むくらい欲が募っているのだと理解した。
硬さを飲み込む苦痛で一度萎えた性器も、再びしっかりと屹立している。腹へ納まる零のペニスが、ビクビクと脈動するのを薄い粘膜を通して感じる。ブッカーの意思とは無関係に、内部が細やかに震えた。すると納まった竿が身悶える。大きく呼吸するように、はっきりと脈を打った。
「ん…っ…。」
無意識に声が洩れる。ひどく感じ入った音だ。
「動くぞ…。」
零が低く言った。
「ああ……っ…ん…。」
返答の最後はおかしな音になった。数ミリ腰が動いただけだ。でも、隙間なく内部が充たされているから、わずかの事も刺激となる。
入り口へ向け零が腰を引く。ズルと生々しい感触。内側が引きつれる。
「う…っ…ぁ…。」
無防備に吐き出される声。痛々しい響き。でも苦痛はない筈だ。語尾が震える。多分、愉悦の為だ。
「ジャック…。」
更に陰茎を手繰りつつ零は呼ぶ。薄く開いた目蓋の隙間から青色が彼を見る。
「…零…っ…?」
がさついた声で返す。脇腹が戦慄くのが判った。腹の中がゆるりとうねったからだ。少しぼやけた視界に自分を見下ろす顔が映る。笑っているような顔。気のせいかもしれない。
「なん……だ?」
「別に…。」
呼ぶと必ず答えるのが面白い。そしてくすぐったい気分は、心地よいから。
充分に引き寄せて、勢いに乗せ腰を入れる。愕いた風に竦み上がる内壁。でもすぐに奥へ誘う。まとわりついて竿を包む。
「う…あ…っ…。」
シーツから背を浮かせ、一瞬腰が逃げる。ぎゅっと閉じる目蓋。髪と同じ色の睫が細かく震える。愕くなと零の掌が腰を撫でる。そして奥へ届く手前でまた性器を手繰り寄せる。
律動が始まった。瞬く間に激しくなる。薄く開く零の唇から、短い呼吸の音が続く。徐々に熱を孕む呼吸に、時折詰まった呻きが混じる。
「くっ……。」
意地悪く内壁が陰茎を絞る。調子に乗るなと言っているようだ。まだ調子になど乗っていない。零は抜け落ちるギリギリからペニスを深みへ埋めた。
「あっ…ん…ん…くっ…。」
鋭敏な箇所を衝いたのだろう。ブッカーが喘ぎと呻きを垂れ流した。シーツを握りしめる両手が、布を破ってしまうくらいきつく掴む。
「まだ…早い…。」
誰にともなく零は呟く。そして息を吸い込むと一気に律動を速めた。
粘りのある水音が絶え間なく続く。不規則な呼吸、引きつった喘ぎ、時折哀れなベッドの軋み。
「いっ…あぁ…ダメ…だ…。」
腰を掴み、性器で中をこね回した途端、ブッカーの屹立がドロリと多すぎる精液を吐き出した。
「ダメ…じゃない…。」
言いながら、零はダメかもしれないと思う。あと一度、狭さが蠢いて絞り込んできたら、きっと自分は吐き出してしまうだろう。でも終わらせるのも惜しい。周囲へ竿を擦りつけながら、自分はこんなに欲が深かったろうか?と、零はひどく不思議な気分になった。
「零っ……。」
切羽詰まった呼びかけ。終わりなのかと覚悟を決め、男はその場から一番深くへ切っ先を押し込んだ。
シャワーを浴びに行った方が良い。ブッカーも零もそれは重々承知している。シーツも替えた方が賢明だ。あちこちに未だ湿っぽい染みが飛んでいる。でもどちらも動かない。億劫なのが八割、何となく離れがたいのが二割。一緒に浴びてしまう案は却下だ。一度それをして失敗している。熱の籠もる密室で、しかも非常に狭く、身を寄せ合ってシャワーに打たれている間に、どちらからともなく抱き合ったのは必然だったのだろう。そこでまた大いに体力を使った。翌日の惨憺たる有様は思い出したくない。だから別々に浴室へ行くのは必須だけれど、それが今は煩わしかった。
ブッカーはSEXの後の倦怠感に身を任せ、シーツの上でだらしなく寝ころび、すぐ隣の零の髪をさっきから弄んでいた。同じ男の髪だというのが不可思議な、芯はあるのにサラリと癖のない手触りは、どれだけ弄っていても飽きなかった。零は仰向けて、文句も言わずされるがままにしている。
「意外だったな…。」
髪先を指で流しながらブッカーがモソリと言った。
「何がだ?」
「まさか来るとは思わなかった…。」
「まだ言ってるのか?」
そんなに意外ならもうこんな事はしない。零は面倒くさい顔で言う。
「いや、意外だっただけで…またあってもオレは良い…と思ってる。」
「来て欲しいなら、そう言えばいい。」
身も蓋もない事を言う。ブッカーは苦みと甘さを同時味わったような顔をした。
「あんたは友達だから…な。」
「友達なら、誰でも慰めてやるのか?」
零は顔を向け、ひどく不可思議なことを訊かれたと目を瞠る。
「あんた、全く今日はどうかしてるぞ?変な事ばかり言う。」
「そんなおかしな質問じゃないだろ?」
「友達はあんたしかいない。だからあんただけに決まってるだろ?」
相当疲れてるか、参っているに違いないから、少し休みを取った方がいいと零は真顔で言った。
「俺からバァさんに進言してやろうか?ジャック。」
「何をだ?」
「少佐殿は実務に支障を来すくらい疲れております。どうか数日間の休暇を許可願います。」
「バァさんが赦すワケがない…。」
仕方ない。それならまた慰めに来てやる。零は鼻先で笑うと上体を起こし、ブッカーの襟首に腕を伸ばして引き寄せる。
「親友だからな…。」
そう言って、ブッカーの唇へ薄く笑った形の口唇を押し付けた。
了