偽物と二月の夜
銀時×全蔵(08'ヴァレンタ淫)
どうして捜し当てたのかは聞く迄もない。この町にある宅配ピザ屋を虱つぶしに当たれば良いのだ。が、それはないと浮かんだ可能性を全蔵は打ち消した。怠惰に人の形を与えたようなヤツが、そんな手間をかけるはずがないと思ったからだ。ボヤッとしている風で、実は抜け目ない。配達の途中で幾度か逢っている。店の名前くらい覚えられていても不思議ではないだろう。但し引けるのを待っていたのは意外だった。
何の用だと聞こうとするより先に、裏口の仄明かりに照らされる覇気のないツラが、ニヤリと笑った。
「なぁ、ホテル行こーぜ?」
「あのなぁ…。」
ため息混じりに吐き出したが、先が続かない。頭の端で引っ掛かるものがある。咄嗟の判断は大層得手だ。それにしくじると大きな痛手を食らう。それは任務の時でも、平素でも同じだ。半瞬で感じた違和感を掴み検証した。
ホテルへ行こう、セックスしようと誘いかけるのは普段と変わらない。おかしいと感じたのは、銀時がわざわざバイト先までやってきたこと。その一点に尽きる。
「テメェはそれしか言えねぇのか?」
「や、他にもあっけど?一緒にヤラねぇ?とか…。」
直球で真意を探ったところで、はぐらかして来るのは経験済み。わざわざ遠回しで聞きだそうと、普段通りのやり取りを全蔵は試みた。
「同じだっつーの。」
「えーと、もっと別のがイイならよぉ…。」
そんなことで真剣(マジ)な顔をするな…と突っ込みたくなるほども、銀時は真顔で他の言い回しを捜す。暦の上では春が来ている。が、実際は恐ろしく寒い。時刻は夜の11時を廻ったところ。立ち話には向かない状況だ。銀時は周りから追い込もうとすれば、逆に途方もなく核心から遠ざかるような、天の邪鬼な質でもある。いまだ異なる台詞を熟考する相手に業を煮やし、全蔵は少しだけ切り込んでみた。
「何時から此処に居た?」
眉を寄せ、芝居がかった渋面を作っていた男が、またニヤッと笑った。
「あー、かれこれ五時間くらい居たかなぁ〜?」
「そりゃー大変だったよなぁ?この寒空に五時間か〜。30分くらい前に俺が配達から戻った時には居なかったみてぇだけど、アレは気のせいか?」
「え?そりゃ気のせいじゃねぇの?居たし…ずっと、五時間くらい。」
「精々20分くらいとしても、そんだけ待ってホテルか?実は何企んでる?」
ニヤッだった笑いが、その一言でニンマリへと変わる。思わず何だよ…と全蔵が引くくらい、それは腹の中で何某かを企てるツラに違いなかった。
結局、いつもと同じく、銀時のしつこさに根負けした全蔵が首を縦に振って、ブラブラと並びホテルを目指す道すがら、どうして待っていたかと言及したところ、返った答が不可思議だった。
「だってよぉ、今日ってヴァレンタイーンじゃん?」
毎度のことだが、なんら説明になっていない。
「だから、なによ?」
「だからホテルじゃねーの?」
だから…と当然の如く言われたが、ホテルと近年大ブームとなる洋菓子屋のイベントが、どう繋がりを持つのかはサッパリだ。勿論、互いが恋やら愛やらを囁き合う間柄なら納得もする。恐らく銀時の中にそうした想いはない。元から持たないのか、ある時捨てたのかは判らない。が、少なくとも自分との繋がりにそれが存在しないのは、全蔵も手触りで察していた。ならば自分はどうだ?と、自らへ問いを向ければ、良く分からないのが実のところだった。他人が人目も憚らず肩を抱き合い接吻する様を見て、特別何かを思うことはなく、ただ時折意味もなく焦れったくなることはある。明確な感情を持たない自身に、きっと焦れているのだと、そうした時は冷ややかな結論を下すだけだ。顔を合わせれば性交を口にする、下半身ばかりが威勢の良い銀髪を、毛嫌いしていないのは確かなコトだ。けれども、それが好きだと言う括りになるのかが判然としない。嫌いではない…。その曖昧な心持ちが、焦れったいのだと、並び行く男の莫迦ヅラを視界の端で眺め、全蔵は無意識にチッと舌を鳴らした。
歓楽街の奥へ辿り着くのはあっと言う間だった。ところが、この街全体がおかしな高揚感に苛まれているイベントの夜、めぼしいホテルは何処も満室で、銀時が提案した『いつもよりは数段エロイ仕掛けのあるトコ』へは入ることも叶わず、常と変わらない値段だけが魅力的な、萎れた連れ込みを撰ぶ羽目になる。
「ヤってる時に電球がチカチカするみてーなトコが良かったんだよなぁ〜。」
軋む廊下をドスドス歩きながら、銀時は残念だと幾度も言った。
「また、皺ん中に目鼻が埋もれちまったよーなババァに金払うのかよぉ〜。」
薄暗く細い廊下の先、渡された鍵に下がるプラスチックの板に書かれた部屋の前へ行き着くまで、だらけた文句はずっと続いた。
ところが部屋へ入り、後ろ手に簡素な錠を下ろした途端…。
「まっイイかぁ〜。取り敢えずヤレるっつーコトだし…。」
今日、何度目かの意味深な笑いが浮かぶ。
「やっぱ企んでんだろ!言ってみろ!それによっちゃぁ、俺は帰んぞ!」
「やぁ〜別になーんも企んでねぇって。」
今更帰るとほざく全蔵も全蔵だが、この期に及んで何もナイと宣う銀時も銀時だ。しかしその『帰る』が一気に何も企んでいない筈の男を煽ってしまう。隣室に敷かれた布団へ到達する間もなく、素晴らしい俊敏さで銀時は全蔵の衣服をむしり取った。体重を絶妙にかけ、畳の上へ押し倒し、はだけた胸前から手が入り込み、気づいた時には乳首を摘み上げている按配だった。
「急に盛んな!!」
「オメーが帰るとか言うからでしょーが?」
「帰んねぇから、布団まで待て!」
「イイけど、逃げんなよ?」
「逃げねぇって!畳だと背中が摺れて痛ぇから!」
うっかり続けた一繋がりに、銀時が満面の笑みを作る。
「お!今日はワカッテんじゃないの?オレが上だってコトだろ?今言ったのはよ…。」
「へ?」
「オメーもやっと流れが読めるよーになって、おとーさんは嬉しいよ〜。」
素早く指が胸から離れる。自分で作り出した展開に、いまだ気づけぬ男を残し、銀髪の侍は続き部屋へと入っていった。
最前の続きのつもりか、布団に仰向ける全蔵の胸ばかりを銀時は弄る。右をこね回している間に、左が触れてもいないウチから凝り始めていると笑う。
「おまえさ、乳首弄られっとすっげイイわけ?」
指の腹で丸みを押しつぶしつつ、半笑いの男が言う。少し前から、呼吸以外の別の音が鼻先から漏れ始めている全蔵は、無言でそれを受け流す。
「すぐ勃つじゃんよ?」
相手が無視していると、畳みかけるのがこの男だ。銀時は続けざまに切り込む台詞を幾つも並べた。
「他はそーでもねぇのになぁ。なんで乳首は感じんの?」
「テメェがしつっけーから…だよ。」
たまらなく善がる程ではないにしても、ジンとした痺れが腰の裏に溜まるのは事実だ。鼻から抜いた息に、気を緩めると甘すぎる音が混じる。言い返しながら、全蔵は鳩尾の辺りへ力を込める。うっかり一つづりの間に、おかしな声でも出したら、待ってましたとそこへつっこみが入ると分かっているからだ。
「オレ…しつこいか?そーでもねぇだろ?普通だろ?」
「…っ…。」
意地悪く銀時が左の凝りを摘み上げてギュウと捻る。声を詰まらせるのは当然の反応だ。でも、ホラ感じてると茶化すから、全蔵が思わず声を荒げる。
「痛ぇんだよ!感じてんのとちげーだろうが!」
「オメー嘘つきだろ?だってココがよ…。」
急に潜めた声音。一瞬の隙をつく素早さ。乳首を好き放題もてあそんでいた銀時の右手は、下帯の上から全蔵のイチモツを掴んでいた。
「こーんなじゃねーの?感じてるってしょーこだろうが。」
「ぅ…。」
腰裏の痺れがゾッとする快感に変わる。シーツから浮き上がった背に、ジワッと汗が滲み出た。
「胸しか触ってねーのによ、固くなりすぎだっつー話だ。」
「あっ…テメっ…。」
掴んだ手の力を抜き、銀時は掌を押し付け、ゆっくりと揉むように動かす。肉体のそこここへ散らばっていた熱が、一カ所へ急激に集まっていく。
「んっ…。」
「あ、気持ちイイ?」
間抜けな問いとは裏腹に、股間へ当てた手は、そのまま少しの間、全蔵を追い込むことを止めなかった。
下帯をとられたのはわかった。直前に銀時が、そろそろ良いだろう的に呟いたのも知っていた。だがそれは特別何かを含む言い回しではなかったから、全蔵は殊更に訝しく思わなかった。決まり文句のようなものだ。挿入の為、下準備を始める時の、区切りと読むのが普通だったのだ。
「さて…と。」
ゴソゴソと何かをしている気配。たぶん持参したジェルなり、ローションなり、クリームなりを取りだしているのだと全蔵は践んだ。ひんやりとした触感が間もなくふれてくる。その感触を身体は覚えていて、サワッと皮膚がざわめく。
「ほんじゃぁ、ヴァレンタイーンてことで…。」
「え?」
例の意味不明な単語。予想通りに幾分つめたい粘質の感触。ただジェルにしては固く、クリームにしては粘りが薄い。そして仄かに漂う安っぽい甘さ。一体何が始まったのかがサッパリ理解できない。銀時の指はその異物を丹念にアナルとその周辺へ塗っている。
「ちょっ!おまえ、なにしてんだよ?!」
半身を起こして確認しようとする全蔵。
「おぁっ…。」
が、起きあがるより先に、ぬるりとしたものが、尻を舐めた。半端に欲が募っている所為だろう。腹からフニャリと力が抜けた。
ぺちゃぺちゃと舌が舐める。尻の穴とその周辺、更には窄めた舌先を鳥羽口から中へ押し込む。粘質を内側まで塗布しなかった理由。それは入り口付近に塗りつけたそれをじっくりと舐める為だ。そして鼻孔に流れ込む甘ったるい匂い。これだけヒントが揃えば、銀時の企ても判明した。
「これが、したかったのか…。」
問いではない。自分へ向けた確認の呟きだ。全蔵は相手を蹴り飛ばす気も失せ、うんざりした声音でそう言った。
「だから何度も言ったっしょ?ヴァレンタイーンだってよぉ。」
「これの為にわざわざ仕入れたのか?」
今度は問いかけだ。その響きは冷淡で、腹の内にどんな感情を仕舞い込んでいるかを、全く明かさない。だが銀時は気にもしない。手にしたチョコのチューブから、最後の中身をしぼり出すと、同じ辺りへ塗り拡げた。
「ウチのガキんちょがくれてさぁ。これ見てるウチに閃いてよぉ。折角だから、おまえを誘ったって感じ?」
ほら…オレ、甘党だからさ…。
終いの台詞は、この上もなく愉しそうだった。
「気が済んだか?」
「あ、なに?ムカついた?」
やっと相手の様子に気づいたのか、銀時はそろそろ本番だなどと、言い繕いを幾つか吐き出し、結局最後に塗ったチョコはそのままにして、潤滑剤の容器を手に取った。
何時もと同じ手順。何ら変わらない強引さ。銀時は手早くアナルを解し拡げると、それなりに質量を蓄えた陰茎をグィグィと押し込んだ。初めのうちは探るように、でも覚え込んだポイントを確かめると、竿の硬さやカリの張り出しで、嫌と言うほど性感を攻める。この男の武器は激しさだろう。夢中で衝き、潔く引く。腹の中を目一杯拡げながら、体温より高く感じる塊が動く。それは容赦なく全蔵を煽り上げ、追い立て、昂ぶらせる。
「マズったな?アレ…。」
竿を深くへ射れながら、不意に銀時が言った。何がだと訊こうとするが、先端が抉るように押し付けられた所為で言葉にならない。全蔵の噛みしめる歯列から洩れたのは、唸るような音だけだった。
「もっと…気持ちよさそーになるハズだったのによ。」
喉元までこみ上げた、情けない声音を飲み込む全蔵は、銀時の垂れるそれの意味を、うっすらと理解した。
本物とは比べられない偽物の練りチョコを、たっぷりと塗りつけ、舌で舐める。きっとそれはこの男にとって、ひどく面白い行為だったのだろう。だからわざわざ仕事が退けるのを待っていた。やる気のないツラで半時間近くも…。全蔵は募ってくる射精感を細く吐き出す呼吸で紛らわせ、なるほどと得心する。すると頭の隅から、一つの疑問が這い出てくる。
『なんで俺なんだ…?』
それは時折全蔵の脳裡へ滲む問いだった。答は知らない。ずっと自問で終わらせてきたからだ。銀時の応えは予想がつかない。そして未だ、それを相手へぶつけるつもりは無かった。
2度目の吐精感が湧き上がる頃、銀時のピッチは大層激しくなっていた。挿入が不意に止まる。短く詰まった呻きが洩れる。恐らく全蔵が感じるのと同じ程度に、相手も吐き出したい欲求を何とかやり過ごしているのだ。互いに切欠を欲しがっている。終わりだと、言い出すタイミングを計っているのかもしれない。でも、全蔵は堪えた。相手に切欠を作ってやるのが、どうにも癪に障るからだ。手前勝手な男を、あと少し焦らしてやろうと思った。
「あー、ヤベェ…。」
まさか引き延ばしを決めた心中を読んだなどあり得ないだろうに、銀時はあっさりと終いを匂わせる台詞を吐き、抱きつくように仰向ける男へ覆い被さってきた。全蔵の肩へ一度、噛みつくかの吸い痕をつけ、腰を器用に使い腹の中を掻き回す。しっかりと張った腹筋が、挟み込む全蔵のペニスを圧迫し、擦る。
「ん…っ…ん…。」
「オメーも達きそうじゃね?」
「まだ…っ…余裕…ぅ…。」
「またまた〜。」
上がる息の間から、愉快そうに揺れる声が続けた。
「腰…そんな使っといて、良く言うぜ…。」
無意識に揺する腰は、確かに快感を追っている。言い逃れなど思いつかない。けれど無性に腹が立った。『五月蠅ぇ!』と声を上げようとした。ガキ臭いそれは、身勝手な相手と、情けない自分への罵声のはずだった。
「あっ…ぁ…ん…っ…。」
しかし流れ出たのは快感に苛まれた音。身の内の性感を硬塊が抉る風に衝き、腹の間で張り詰める屹立がこの上もなく擦られたのだ。ゾッとする悪寒に似た愉悦が腰から背を這い上がる。持ち主の意思とは無関係に、股間のイチモツが喘ぐように震えた。そしてなま暖かさが腹の辺りに広がる。
「ぁ…あっ…くっ…。」
ブルッと肩を震わせ、溜まりきった精液を吐き出す全蔵の耳に、間近で呟く銀時の声音が聞こえた。
「狡ぃ…ぞ。先に出しやがって…。」
それは本当に悔しそうな響きで、小僧が負けを認めたくないと言っているようで、全蔵は無性に可笑しくなり、口の端から小さく乾いた笑いをこぼした。でも、射精と共にうねりを起こした周壁に絞られる銀時には聞こえなかったらしく、肩先に額を押し付ける男からは、短い呻きが幾つか洩れただけだった。
衝き入れる時も何ら躊躇いのない男は、抜き去る時も潔く竿を引く。突っ伏していた身体がムクリと起きあがったと思う間もなく、銀時は腹の中からイチモツを取り戻す。まだ過敏な壁が名残惜しげに絡みつく。振り切る風に腰を手繰るから、陰茎が襞をひどく擦った。
「テメッ!」
半端な刺激が、快楽の残骸を生んだ。全蔵が堪らず声を上げる。が、それへの応えは馬鹿馬鹿しいくらい手放しの笑い声だった。銀時がベタリとシーツに座り、腹を抱えている。そして声を引きつらせてこう言った。
「オメー、すっげ面白ぇぞ!ウンコ漏らしたガキみてぇだ!」
何事かと上体を起こす。見えたのは笑い転げるアホ面の男だけだ。
「意味わかんねぇだろうが!」
殊更に声を張る。
「だから、ケツの周りにチョコついてんだって!」
クソみてぇ!と続けたそれで全部が判った。
無言でムクリと起きあがると、全蔵はスタスタと部屋から出て行く。真っ当な浴室はない。合板の扉で仕切られた狭苦しい個室に、シャワーがあるだけだ。後から追ってくる大馬鹿野郎の笑い声を振り切って、素っ裸の男は、軋む仕切り扉を開けた。古ぼけたタイル張りの床へ一歩践み入ると、足の裏だけが冷たかった。コックを捻ると思いの外熱い湯が落ちてくる。ひんやりした空気が瞬く間に熱を帯びた。すると高まった温度に誘われ、幾つもの匂いが狭さに広がる。精液と潤滑剤と、紛い物のチョコの匂い。真上から降ってくる湯を浴びて、全蔵はそれらを洗い流す。偽物の甘すぎる匂いが鼻についた。SEX以外に繋がりを持たない、銀時と自分との関わりには、この程度の安価な匂いが似合っているのかもしれない。弄られすぎて赤味を帯びた胸を湯の勢いに叩かれ、痺れに似た幽かな痛さを感じながら、全蔵はぼんやりとそんな事を考えていた。
二月の夜は既に日付を変えている。銀時が幾度も口にしたイベントも、既に終わりを告げていた。シャワーを止めると、あの馬鹿笑いも消えていて、薄い壁を越し、隣室の嫌らしい喘ぎ声があえかに聞こえてくるばかりだった。
了