重さの意味なんか誰も知らない

銀時×全蔵

 同じ街に住んでいれば、バッタリと出会うことも多い。だから特別な約束もしないし、相手の予定を確かめたりもしない。だいいち其程の付き合いではないと、どちらも自覚している。もしも顔をあわせたなら挨拶をする。それも畏まったものでなく『よぉ』とか『やぁ』とか、そんな程度で済ませる間柄だと理解していた。大概誘うのは腰に得物をぶら下げた男で、至極率直に、言い換えるとあからさまに『暇?』と訊いてから『ホテル行かねぇ?』と同じ台詞を垂れる。藍染めの装束に身を包んだ方は、隠すつもりのない辟易としたツラになって、拒否を口にし、時には無視を決め込む。だが結局諦めるのも決まり事で、仕方なしに歓楽街の先を目指す。拒絶を貫かないのは何故なのか、全蔵本人にもはっきりとは判らない。薄ボンヤリとした理由を敢えて引っ張り出すなら、相手の執拗さが気持ちの芯を折るからで、SEXを拒み続ける理由の方を捜すのが面倒になるからだろうと思う。
 日暮れ時の雑踏。行き交う人の目的は様々。帰路を急ぐ者、夕餉の買い物へ向かう者、手を繋ぎじゃれ合う男女。洒落た夕飯をあれこれと迷う勤め帰りの同僚達。それらは一様に何某かの賑やかさを持つ。愉しみを両手とはいかないが、片手に納まるくらいは携えて往来を行く。だが流れに交わらない輩も在った。人の群れの中で、ひどく覇気のないツラをぶら下げ、惰性で歩を進める姿は、異物の如く浮き上がって見えた。
「よぉ!」
その見てくれに違わぬ輪郭の不確かな物言いで不景気な挨拶を投げる。
「あぁ。」
どうせ次に来るのは聞き飽きたセリフだと、全蔵は高をくくる。
「暇?」
「や、激しく多忙。」
「暇だろ?」
続くのはSEXを強請る単語だと全蔵はうんざりする。断りの形に口を動かす心づもり。が、今日は今まで聞いたことのない単語が飛び出した。
「呑み行かね?」
「へ?」
「今日さ、オレんトコのガキンチョ居ねぇのよ。泊まり行っててさ。」
だから呑みに行こうと肩を組んでくる。子供が居ないのと呑みに行く関連性が全く不明だ。
「独りで行きゃいーだろうが…。」
「最初に会ったヤツ誘おうって決めてたから。」
「勝手に決めてんじゃねぇよ!」
「行こうぜ?」
渋々承諾したのは、この男の執拗さを熟知していたからで、ガッチリと組まれた肩を外すのに手間が掛かりそうだった為だ。もたれ掛かる男の、ズシリとした重みには、有無を言わせぬ強引さがあった。
 承諾してからハッと閃く。
「テメ、たかる腹か?」
「ちげーよ、バーカ。」
「じゃ、奢り?」
「自分の呑み代は自分で払いましょう…て、小学校で教えて貰ったでしょーが?割り勘に決まってんだろ?」
覇気の欠片もない双眸を笑いの形にゆるめ、銀時は肩を組んだまま歩き出す。全蔵も従うしかない。行き先は普段より手前の歓楽街。今夜はそこより先へ行くのだろうか?と、全蔵はぼんやり思う。そしてまだ夜にもならない時分、人の群れの中、男二人が肩を組む様は実に滑稽だと気づく。
「重てぇよ…。」
ボソリと苦言を投げるが、それは上機嫌で鼻歌をうたう男には届かなかった。通りの奥で、けばけばしい電飾が煌めく。愛想笑いのような光の瞬き。誘われるかに、二人の男はそこを目指した。


 やってきたのは唐突とした覚醒だった。何かのスウィッチがぱちりと入ったようだ。目が開く。妙にスッキリとした気分。ぼんやりとした寝起きの曖昧さが微塵もない。だから視界に映る見覚えのない天井に仰天し、全蔵はバネ仕掛けの人形より素早く跳ね起きた。
布団の上へ座り、周囲をぐるりと眺め、それから自分のすぐ傍らで大の字になる男を見つめ、最後にはぁ…と脱力した風に息を吐いた。
 閉め忘れた窓から真夏の陽射しが容赦なく入り、自分も未だ爆睡の真っ直中にある男も、存分に汗をかいている。多分、室温は既に30度を越えているだろう。それでも起きない馬鹿野郎の頭を軽く小突くが、銀時は全く無反応だった。
「よく寝てられるよなぁ…。」
呆れを通り越して関心する。そして大いに乱れた衣服を軽く直し、当分こちら側へは戻ってこないだろう相手をそのままにし、腰を上げた。肩や腕や背中が強張っている。理由は明確だ。居酒屋のテーブルで潰れた銀時を背負い、ここまで連れてきた所為だった。鈍く軋む躯を解す風に伸びをして、全蔵は布団から離れようとした。
「どこ行くんだよ?」
よもやの問い。同時に足首を掴まれ、全蔵は弾かれたかに振り返った。
「起きてたのかよ!」
普段にも増してどろりと濁った双眸が全蔵を見上げている。
「アッチくて寝てられねぇっつーの。」
寝起きのだらしないツラで、銀時は暑いを連発した。その後、呑みすぎたと宣い、喉が渇いて死にそうだと垂れ、見下ろす男へいちご牛乳を持ってきてくれと、不遜な台詞を投げた。頼み事にしては少しもすまなさがない。
「自分で取ってくりゃいーだろうが…。」
「台所はそっちだから。冷蔵庫に入ってっから。」
「自分で行けって言ってんだろーが!」
「あ、取り敢えず一個でイイから。」
「…て、聞けよ!」
「飲みたかったら、特別に一個やるよ。」
要らねーよと返しつつ、取りに行ってやる自分に全蔵は辟易した。
 この男が何かを食しても、美味いのか不味いのか、傍から見る限りさっぱり判らない。表情もあるのかないのか不明なツラで、虚空へ視線を飛ばしながら、中身をストローで啜る様からは、間違っても美味そうと言う単語は連想されない。飲み終わると満足げに息を吐く。美味かったと垂れる。それでも吐き出した単語に感情は滲まない。
「ところで、お前…なんでオレんちに居んの?」
予想はしていたが、面と向かって問われるとはり倒してやりたくなる。窓際の壁に凭れ、がっくりと肩を落とし、全蔵は昨晩の顛末を手短に語った。
「送ってくれたっつーのは判ったけどよ、なんで泊まったわけ?寝込みを襲うつもりだった?無抵抗な銀さんにアヤマチ働こうとか、そーゆームラムラ的な衝動だったのか?」
「あのなぁ…。」
モソモソとその件を話す。既に馬鹿馬鹿しくて怒る気にもならないらしく、全蔵はひどく淡々と言葉を続けた。
 敷いたままの布団へ重いばかりの体を転がす。これで自分の役目も終わったと、酒に呑まれ撃沈した男を置いてさっさと部屋から出ようとした。その時掴まれたのは足首ではなかった。衣服の裾をぎっちりと握り込まれたのだ。起きていたのかと舌打ちする。寝たフリだ。狸だと無性に腹が立った。足を払う。掴んだ手が離れた。身を躍らせ相手の肩を押さえつけ、仰臥する男の眼前に手にした苦無を翳す。
「冗談で済むと思うな…。」
押し殺した声音が、灯りのない室内に低く流れた。
「え?」
次の瞬間、持ち上がった腕が全蔵の肩へ廻る。間抜けな声を漏らし、逃げる間もなく力任せに引っ張られ、立て直す暇(いとま)も得られぬ状態で、抱き込まれた。
『しまった…』
この展開は頭の隅に置いてあった。が、腹立ちがそれを一瞬忘れさせた。
「テメッ!殺すぞ!」
半分以上は本気で言い放った。けれどそれへは何も返らない。しんとした部屋にひっそりとたゆたうのは、気の抜けた人の寝息。
「うそ…。マジで…?」
銀時は熟睡している。全蔵は自由になる手を伸ばし、もつれる白髪の端を引っ張るが全くの無反応。それでいて、腕から逃れようと身を捩れば、更に離すまいと力が籠もる。シーツに投げ出された片腕までが伸びてきて、藍染めの衣装の端を握りしめた。
 暫くの間、抜け出す術を試した。思いつく限り、最後には頬をそこそこに叩いて、強引に覚醒させ、寝起きの茫漠さを利用し、逃げ出す企ても実行した。でも全く功をなさない。夢でも見ているのか、或いは就寝中に何かを掴む癖でもあるのか、銀時は断固として解放を赦さない。策が尽きる頃、全蔵はなにやら馬鹿らしくなる。恐ろしく無駄な事をしている気になった。相手は眠っているのだ。冷静に考えたら、必死にならずとも、少し待てば手を離すに違いない。赤子が握った親の指をしっかり捉えているのもわずかの間だ。大の大人も同じだろう。それを無気になって、ほとほと自身の間抜けさに脱力した。諦め、腕の内に甘んじる。静けさが降りれば、相手の鼓動が耳管へ届く。規則正しく、この男のものとは思えない律儀さで、それは夜の静寂で只一つの音になった。
 「で、そのまま寝ちまったってか?」
小馬鹿にした笑いと共に、銀時は遠慮のないからかいを吐く。莫迦だとか、ガキだとか、薄笑いを浮かべた口元から、思いつくままを垂れ流す。
「…っせーよ。」
投げつけた分と同じだけの言が戻ると思いきや、全蔵はそれだけしか落とさない。
「あ、ムカついた?」
「別に…。」
言いながら重そうに腰を上げる。
「じゃーな…。」
「帰んの?」
「そ…。」
「なぁ、一緒に風呂入んね?」
肩越しにチラと盗み見る。だらしないツラに恐ろしく嬉しそうな笑いを張り付けた胡乱者が、布団に寝ころんだまま、全蔵を見上げていた。


 ぬるい。風呂は日向水に毛が生えた程度の湯温だ。そして狭い。家庭用のポリバスに、野郎が二人で浸かっている。狭くない方が不思議と言うものだ。朝風呂にしては遅い時刻。午前も終わりに差し掛かろうとしている。夏の陽が無遠慮に射す風呂場。昨晩と同様、肩を組まれ、連れ込まれたに近い状況ではあったが、相手を突き放して出ていく余裕は充分あった。途中で折れ、快諾にはほど遠いが、衣服をむしり取られたわけではなく、自分の手で装束を解いたのだから、結局ここにいるのは、全蔵の意思だった。
「やっぱよぉ、呑んだ翌朝の風呂はイイねぇ〜。」
半端に響く覇気のない声。銀時はダラリと浴槽に凭れ、さっきから同じような台詞を繰り返す。全蔵は両腕を縁へ乗せ、さらにそこへ顎を預けて、適当な相づちを打っていた。
 ぼんやりとした時間が流れる。時折、思いだしたかに細めに開けた窓から風が入り込む。それなりに平和で、それなりに心地よく、それなりに今を満喫している気持ちになる。全蔵からひどく満足気な音が洩れる。ほっと丸みを帯びた吐息が落ちた。それが切欠だったのか無関係なのか、狭い風呂桶で両足を折り曲げながらも、だらしなくぬるま湯に浸かっていた銀時が動いた。珍しく無言だった。上体を起こし、ガバリと背後から全蔵に抱きついたのだ。
「重てぇよ…。」
焦るでもなく、腹を立てるでもなく、振り向きもせず全蔵は言う。
「今日、大人しいじゃん…。」
「ふつーだよ。」
「じゃ、このままヤっても暴れねぇ?」
「ここでかよ?」
「イイじゃねぇか、後始末するの楽で…。」
全蔵はつい今し方の充実した吐息とは異なる、力の入らない息を一つ吐く。
「ヤリたきゃ、ヤレよ…。」
洩れ落ちるかの了承を垂れ、好きにしろと重ねた。
 平和そのものの真っ昼間、気の抜けるほど穏やかな陽射し、そして風呂場で始まるSEX。呆気ないくらい銀時を受け入れたのは、この状況が現実から激しく離れていたからだ。まだ夢の続きにいるような、果てしなくリアリティのない、絵空事めいたシチュエーションだったから、大した抵抗感も生まれなかった。好きにしたら良いと思った。ダメだと言えば何故と返る。それへの的確な理由を捜すのも面倒だった。尤もらしい理由や理屈を並べても、最後はこんな時ばかりやる気を起こす男に丸め込まれる。だったらはなから抵抗などしないに限る。
「やっぱ大人しいな…。」
後ろから抱きすくめ、全蔵の股間を弄り始めた銀時が耳元で言う。
「んなコトねぇよ…。」
陰嚢をヤワヤワと揉まれ、一瞬止めた呼吸を吐き出しながら全蔵は答える。
「なんか企んでんだろ?忍者的な作戦とか。」
違うと返し、銀時の右手が竿の根本を擽った所為で、短い声を漏らしたあと、全蔵はまた同じ台詞を垂れた。
「つーか、重てぇんだよ…。」
グイグイと尻に自分の竿を擦りつけ、手は忙しなく股間を撫で回し、既に行為へと意識を向けているだろう銀時に、全蔵の呟いたそれは伝わらないハズだった。
「なぁ、狭いから洗い場でしよーぜ?」
押し当ててくるイチモツの硬さと熱さに、おかしな情動を覚え始める全蔵の耳元へ、銀時が小声で言った。
「オレの上乗っかれば、重くねぇだろうし…。」
付け足された囁きに全蔵は少しばかり愕いた。聞こえていないフリ。聞いていないツラ。その実、全部余すことなく拾っている。この男はそういう人間だ。ただの腑抜けではない。それを失念していたのは全蔵の失態だ。失態でなければ、一人の男に関わりすぎたから生まれる慣れかもしれない。もう一つ、頭の隅に『甘え』という単語が浮かんだ。が、全蔵はそれを即座にうち消す。それはナイ…と腹の底で独りごちた。一番遠い感情だ。全蔵にとって、それは最も馴染みのない言葉であるハズだった。


 もうダメだと切羽詰まった声を出すくせに、直ぐに持ち直す銀時に跨り、全蔵はその台詞は俺のだと、何度声にせず言い放ったか知れない。浴室の壁に寄りかかり、股間のブツばかりを誇示し、準備万端だからさっさと来いと挑発され、全蔵が上に乗り上げ育った屹立を腹の中へ収めてから、相当時間が経った気がする。が、実際のところは大して時計の針は動いていないことも察している。精々十五分とか二十分になるかならない程度の、ジャンプを読みふけっていたら、瞬く間に過ぎるくらいの時間でしかないのだろう。
 うーーっと呻りを漏らし、また銀時はヤバイ、出そうだと言う。けれどその舌の根も乾かぬうちに、掴み持ち上げた全蔵の奥深くへ、思い切りよく腰を打ち付ける。
「くっ……ぅ…。」
脳天を玄翁で引っぱたかれたようだ。全蔵は自身を支える為だけでなく、打ち込まれる塊の熱さと強さに、銀時の両肩を爪が食い込むくらい握りしめた。
「…ッキショー。」
相手の胸に頭を押し付け、善いのか辛いのか、快感なのか苦痛なのか、判別つかない感触へ悪態を吐く。非常に深くへ埋めた切っ先を、銀時が容赦なく周りへ擦りつける所為だ。硬質なカリの張り出しが、内側の襞を引っ掻く。先端の丸みで奥の敏感なポイントを抉る風に衝く。しかもいきり立つ竿を座位で飲み込んでいるから、これまでとは違う部分に諸々が当たるし、擦れる。
 あからさまに喘ぎ声を発することはしない。鳩尾の辺りに力を入れ、喉の深みから迫り上がるおかしな音を堪える。時には歯を食いしばり飲み込む。耐えるのは得意だ。全蔵の生業は耐え忍ぶことで成立する。だから腹の中を掻き回されたくらいで、情けなく善がり声など上げない。脇腹に一太刀を喰らって顔色一つ変えず職務を全うしたこともある。敵陣から軽々と跳躍で外部へ出た。依頼されたブツをきっちりと奪ったのは当然だった。欲情してあられもない叫びを上げるワケがない。今も銀時が面白がって啼き声をあげさせようと、様々に性感帯を摺り上げるが、それは無駄以外のなにものでもない。
「よぉ、声だせって。」
細切れの呼吸音と一緒に銀時が耳元へ囁きかける。言ったところで素直に聞き入れないと承知していて、必ず同じことを口にする。しかも愉しそうに。趣味の悪いことこの上ない。
「ヤダ…ね。」
しつけぇよ…。言いながら、全蔵は銀時のしつこさに辟易し、同時に幾度も食い下がってくる男の執拗さを、どこかで面白がっている自分の不可思議さに呆れていた。
 顔を近づけ、ゴチャゴチャと五月蠅く言い寄る男が、いつの間にか寡黙になっていた。全蔵も喘ぎを呼吸で誤魔化しきれるギリギリのところに居た。腹の内側で暴れる陰茎が、急におとなしくなる。銀時が脇腹を引きつらせ、射精感を逃しているのだ。薄い粘膜と通して、雄の激しい脈動を感じる。それを包み込む内壁が、不規則に収縮した。肩にあった全蔵の右手が自分の股間へ降りる。後ろだけで達けるほど、野郎とのSEXに慣れきってはいない。最後は性器を解放してやらねばならない。スルリと落ちた手が、ガチガチに硬く育ったペニスへ伸びる。強張った指が竿を握った。痛いくらい滾りを溜めたそれを、無造作に指が上下する。亀頭から滲み出たぬめりで、茎はぬらぬらと濡れている。指の滑りも良い。一度昇りつめた握りが、一気に下方へ降りようとした矢先、銀時が手を重ねた。
「なに…っ…?!」
「サービス……。」
全蔵の手を包み込む風に銀時が竿を握る。そしてゆっくりと扱き始めた。
「おっ…ぁ……っ…。」
「自分でするよっか…、気持ちイイ…だろ?」
声もなく首を是と振る全蔵の、閉じ忘れた口からは、飲み込めない唾液がハタハタと腹や股間へ滴り落ちた。


 一つきりのタオルを奪い合って躯を拭いた。大して水気を拭き取れてもいないのに、そのまま敷きっぱなしの布団へ転がる。どちらも素っ裸で、どちらも仰向けで、どちらも隠すつもりなど持ち合わせがなかった。
「あ〜軽くのぼせた〜。」
銀時が情けなく声を上げる。
「テメェがしつっけーからだろーが…。」
全蔵が憎まれ口を叩く。
「オメーがチンコ入れたままヘタったからじゃねぇーか。」
「だからって2度目とかねぇだろ?ふつー。」
「入れっぱにしてんと、誘ってくんだよ。オメーの腹ん中が。」
「勝手な解釈すんな、莫迦。」
あーケツ痛ぇーーと全蔵が哀れな声を漏らした。
「痛ぇなら、泊まってくか?今夜も…。」
「まだ真っ昼間だぞ!泊まるわけねぇだろ!」
「イイじゃねぇの、今夜も銀さん独りぼっちなんだしよ…。」
言い終わるより早く、銀時が仰臥する全蔵の上へ乗り上げる。
「なぁ、今からもう一寝入りして、その後飯食いにいって、今度はウチで呑んだらイイっしょ?」
見下ろしてくるふやけたツラを仰ぎ見て、全蔵はモソリと言う。
「重てぇよ…。」
銀時は得意の聞こえぬふりで、お前なに食いたい?とピントのずれたことを訊いた。
 この重さは厄介だ。今は煩わしさが勝っている。けれど何度も繰り返すうちに、いつしか慣れてしまう重さだ。慣れて、躯が重さを覚え込み、すると馴染んだそれがないと、恋しいなどと馬鹿らしいことを思うようになる。そのうち重さに甘えが生まれる。全蔵が一番欲しくない感情だ。今までもこれからも、全く必要としないものに違いない。だから重さは重さのままが良いのだ。
「退けって、帰るから…。」
「マジでか?寂しがり屋の銀さん置いて帰るってか?」
「俺じゃねぇヤツ誘えばイイだろ?」
銀時は一瞬だけ意外そうな顔をした。が、それも直ぐに失せ、普段同様のだらしないツラへ戻る。そしてゴロリと転がり、全蔵の上からシーツの上へと移動した。
「銀さんが寂しくて死んじまったら、服部の所為だからな?」
「んなこたぁ…知らねぇっつーの。」
腰の怠さとケツの痛さを堪え、全蔵はノロノロと起きあがった。
 しわくちゃの装束を手早く身につけていると、まったく起きあがるつもりのない男が、往生際の悪い台詞を投げてきた。
「これから誰か誘うのってマジでめんどーなんですけど〜。」
何も返さず手を動かす。
「服部〜。」
それも無視した。
「服部く〜ん。」
聞こえないフリを押し通す。
「全蔵〜。」
「ウゼェ…。」
背後から降りかかる甘ったれた諸々を置き去りにして、全蔵は襖を開ける。
「ほんじゃーな…。」
振り返らず言うと、ガキより始末の悪い罵声が飛んできた。
「バーカ、さっさと消えろ!痔が悪化して悶死しろ!」
失笑をかみ殺し玄関の引き戸を開けると、まだ少しも衰えない真昼の陽射しが視界に映る全部を真っ白に煌めかせていた。
 銀時の腹は読めない。どういうつもりで誘うのか、幾度かSEXをしたくらいでは、さっぱり判じられない。覇気のないツラで、あからさまに寄りかかってくる男の考えなど、読めなくても仕方ない気がする。相手の発するままを信じれば、ちょっと気に入っているから寝ようと言うのだろう。銀時はそのスタンスを崩さない人間だと思う。もしも崩すなら、それは本心をぶつける相手に限るはずだ。同じ街に住んで、顔を合わせると適当な挨拶をして、暇ならSEXしないか?と持ちかけるのは、この関係が気に入っているからだと全蔵は理解している。そして彼もまた、この距離感を縮めるつもりはなく、まして自分から擦り寄る気など更々ない。重さを重さのまま感じ取る、今のスタンスが最も自分らしいのだと、全蔵は思っているからだった。







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