夜道

銀時×全蔵

 灯りの乏しい路地裏で、できれば出会いたくないモノがある。ひとつは官憲、ひとつは物乃怪、そしてひとつは忍びなどを生業とする輩。特に警邏最中の連中は御免被りたい。薄暗がりで行き会おうものなら、四の五の煩くつっつかれて適わない。こちらに後ろ暗い処がないのだから、はいはいと愛想よくしていれば放免かと思いきや、恐らく風体に加え腰の長物が災いして、たった数分で戻れる近所の買い物が小一時間になったりする。幸い今のところ化け物の類には出会ったことがなく、このままツラを拝まずに居たいものだと銀時は念じる。そして残る忍び者だが…。


 「お〜い、後ろからついてくんのは勝手だけど、一言くらいなんか言ってもいいんじゃないかぁ〜?」
人気のない暗がりへ垂れると、気の抜けた声が返った。
「なんだ…気づいてたわけ?」
「まぁ、なんつーの?俺も一応は後ろ気にしたりするタイプだからさ〜。」
「タイプとかじゃねぇだろーが…。」
まったく食えないヤツだとぼやきつつ、煮染めたような墨色から、浮き出るかに人の形が現われた。
「後ろからコソコソついてくるヤツがいるから、身の危険を感じちゃったよ?銀さんの剥きたての桃みたいな尻を狙ってる狼かと思っちゃったよぉ?」
チャラケタ台詞を悪びれもせず吐き出す相手の面を盗み見てから、全蔵はさり気ない素振りでモソリと言った。
「えっと、じゃ…俺、先行くわ…。」
笑えない冗談に付き合う暇はないと、サラリとかわし、先へ歩を踏み出した。
「なに?その態度!」
言いながらムズと藍染の袖を掴む。弾かれ振り返る忍び者が声を上げた。
「や、なんでソコ掴むわけ?俺はたまたま後ろ歩いてただけだし、割りと急いでるし、先行くのがなんかマズイ?つーか、マズクないだろ?離せよ!」
握った手を離すつもりのない銀時は、薄ら笑いで『まぁ、まぁ…。』といなし、不抜けた台詞を続ける。
「折角、会ったんだしさぁ、袖振り会うも多少の縁って言ったりするし、こう…多少ってより深〜い縁があったり無かったりするかもしんないし…。」
「何言ってるかわかんないけど?自分でもアレだろ?適当に言ってんだろ?判ってないだろ?」
「いやいや、だから縁だから、縁を大切にしたいワケよ?オレとしたら。」
「じゃぁ、一人で大事にしたらイイだろ?お前が勝手に縁とか言ってんだから!」
いよいよ掴む腕を振り解こうとした矢先、平素の茫漠とした動きは形を潜め、銀時が当て身に近い素早さで全蔵を片側の黒板塀へ追い込んだ。
「ちょっ、何だよ?」
「だからさぁ、縁てのは孤独にひとりぼっちで大切にするモンじゃないってのを、教えてやろう…って言ってんだよ?」
「遠慮する。遠慮しまくる!」
「気遣いは無用だよ?オレと服部くんの仲じゃないの?」
「や、や、や、そんな仲じゃないから!少なくとも縁とか仲とか無関係だから!」
「ホント、服部くんは遠慮深いから…。」
薄闇の中、間近で見つめる銀時の双眸。普段は全く精彩に欠ける、二つの眼がスッと細まる。その時、酷く鮮やかな光が宿った。それは欲。恐らく名を持つなら、熱を帯びた輝きを、世間はそう呼ぶだろうと全蔵は判じた。



 今し方のやかましさは失せた。路地裏はひっそりと静まる。遠くに野良犬の遠吠え。近場からは微かな猫の鳴き声。しかし耳を澄ませば何とも陰湿で淫らな音が虚空へたなびく。それは人と人の一部、有り体に言えば口吻が交わり、更に口腔で二つの舌が絡み合う音。ニチャニチャともネチャネチャともつかない、濡れそぼった深い接吻の徴。
「んっ…ふっ…ん…。」
鼻先から得も言われぬ微音を漏らすのは、板塀へ押し付けられ口唇を吸われる男。口蓋を舐められ、歯列を辿られ、強張る舌を存分に戒められる男は、既に強引な侍を押しやる気力も逸したのか、相手の羽織る柄物の袖を握りしめる。まるで離れて行かぬよう。まるで接吻の終わりを嫌うよう。まるで仕掛けた銀時へ更なる先を強請るように…。
 咽喉付近へ逃げる舌を引きずり出す。ぬるりと拡げたそれを擦り付け、それから根本を硬く戒める。呼吸の限りにきつく吸う。藍染めの装束越しに、肩がビクリと跳ねるのが判った。
「う…っ…んっ…。」
嫌がる風に身悶えるのは、呼吸が足りない訴えだと知りつつ、それでも銀時は舌を解かず、捉えた舌を渾身で吸い上げた。
「っ……。」
袖を掴んだ手が、とうとう息の辛さに暴れだし、闇雲に押し戻す素振りで動く。解き放つ舌。離れる口吻。しかし押さえつける躯はそのまま残った。
「死ぬかと…思った。」
荒げた呼吸と共にこぼれ落ちるそれは、嘘偽りのない言葉。無理矢理の接吻は、単なる暴力に近く。与えたのは苦痛ばかり、それ以上も以下もない。
「良かった…だろ?」
「莫迦か?てめぇ…莫迦だろ?」
「服部くん、照れてんの?」
「照れるか!本気で窒息すると思った!何で俺が照れんだよ?」
「だって、素直じゃないし…。」
「自分が何言ってんのか判って……。」
途切れた語尾は、微かな吐息に代わる。不意に押し付けた銀時の右足。膝より上が、全蔵の股間を強かに圧迫し、憶えのあるその感触に、彼はいっとき息を詰め、次いで細く息をこぼした。
 捏ねる風に、ゆるゆると動く。股ぐらの一部が見る間に形を為す。自分以外の誰かが寄越す性器への刺激。圧迫感と摩擦感。自慰ではたどり着けない、もどかしさの内側から生まれる、この上もない快感。
「まっ、それ…止めっ…。」
「え?これ…良くない?」
「いいとか……ぅ…ダメとか…っ…。」
「どっちよ?」
「あっ…どっちとか…ん…お前…っ…。」
「イイだろ?イイんだろ?」
「あぁ…っ…くっ…ん…。」
「え?どうよ?イイわけ?」
「あっ……ぅ…あっ…イイ…っ…。」
「ほら…イイんじゃねぇか…。」
グリグリと股間を摺り上げる太股。全身の血流がはっきりと屹立する一点へ集まる。頭は逆にボヤリと霞み、反意や糾弾を吐き出すはずの口からは、しっとりと湿った喘ぎが切れ切れに落ちた。



 人気のない暗がりの蔓延る路地裏で、出くわしたくないモノは幾つかある。ひとつは官憲、ひとつは物乃怪、そしてひとつは忍びの者。
「こんなトコで会っちゃったら、オレ…理性とか粉々になる自信あるからさ…。」
お前にだけは会いたくなかったんだよなぁ…。間延びした言い様で銀時は呟き、舌先で相手の口唇をペロリと舐めた。追い上げていた全蔵の股ぐらへは、足に代わって右手が宛われており、最前より更に細やかな動きを施している。
「ここで始めたら…怒っちゃうかな?」
「てめぇ…っ…ヤメっ…ここは…ん…ダメ…ぅ…。」
「オレんトコは無理だし…。」
思案しながらも装束の上から竿の形を右手が扱く。
「んっ…あっ…よせっ…それっ…。」
「どーすっかなぁ〜。」
声は僅かも困っていない。余裕すらちらつかせ、銀時は全蔵の耳殻へ息と一緒に言を吹き込む。
「お前んち、ダメ?」
「くっ…あ…あっ…ダメ…俺…とこ…っ…は…。」
ヌルとなま暖かさが耳朶を舐めた。両腕で拘束する相手が仰天するかに身悶えるのを確かめる。
「しょーがねぇなぁ…。ホテル、行く?」
既に切羽詰まった男は是と返すしかない。細切れに了承を放つのを聞き、銀時はうっそりと笑いながらこう言った。
「今、金ないから…取り敢えず出しといてくれる?」
同時に硬さを絞るように握った。
「っ…う…っ…ん…ん…。」
一繋がりの呻きのあと、全蔵はくぐもった声で『出す。』と言い、続けて『莫迦っ』と吐き捨てるかに放った。







Please push when liking this SS.→CLAP!!