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何となく

以前から設定だけ作ってあった話がありまして、
それを何となく書き散らしてみました。
続くのかどーか自分でもワカンナイけど、
取り敢えず書いてみたいのでここに垂れてみます。

伯爵がイフから出た直後くらいの話。
巌伯かと言えばそんなコトなかったりします;;

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戒めの記憶




 これは未だ男がただの男だった頃の話だ。
『ただの』という表現が少々誤解を生むならば、まだ男の本分たる『復讐者』としての自覚が、彼の内面で確立される以前と表した方がよいだろう。
復讐の二文字で現世へ留め置かれ、
復讐の名の下に新たな姿形を手に入れ、
復讐だけを心の糧として生きてゆくには、
男の心根は少し柔らかすぎて温もりを持ちすぎていた時分の話だ。




 何かに魅入られたかに、伯爵は窓外を凝眸していた。旧式の船の、小さな窓からすでに半時間ほども墨に塗り込められた空間を見続けている。当座の足として手に入れた、一昔前の中距離航行船は、目的を定めずかれこれ五日も航行していた。燃焼機関と駆動系と、操舵を預ける航海システムにだけは手を入れてあり、今はそれに『公海に伸びる航路を行け』とだけ指示を出してあった。だから船は給油の必要を知らせることと、間近に寄港可能な惑星が現れた時以外、耳障りな報告や問いかけもせず、ひたすらに距離を行った。
 漸く壁にはめこまれた硝子から目線を外すと、伯爵は自分の手をゆっくりと動かし、今度はそれを眺め始める。胸の前に上げた両掌を見つめ、指を折り曲げ拳を作り、また端から指を伸ばしていく動作を繰り返し、どこか不思議そうな顔でジッと己の手が動くさまを見ていた。
『その意味はなにか?』
伯爵は不意の問いかけにハッとして顔を上げる。しかし広くもないキャビンには自分以外の生き物は居ない。
『その動作に何の意味がある?』
再び問われ、伯爵は微かに照れた風な笑みを刻み口を開いた。
「私の手は…このように動くのだと確かめていた。」
『自らの一部が動くことを確かめる意味はなにか?』
すると酷く困った表情が秀麗な面に広がり、逡巡する素振りのあと、細く嘆息を零したまま伯爵は口を閉ざした。
 それは大して以前のことではない。高々半月くらい前のことだ。伯爵の両手は巨大な要塞の一部として、管状の拘束具に戒められていた。闇よりまだ暗い、常闇の更に底で、自身の両手が果たして如何なる状態にあるのかも判然としないまま、気の遠くなる時間を過ごしていた。視界は閉ざされており、唯一周囲の情報を得るのは聴覚だけで、しかしそこへ流れ込むのも、己の息づかいや情けない溜息や苦痛の呻きや潜めた啜り泣きだけだった。それ以外は始終鳴りやまない機械の発する無機的な響きしかなく、それもいつしか意識の底へ沈み込み、鳴っているのか止んでしまったのかも判らなくなっていた。
 唐突と湧き起こるのは怖れと決まっていて、もしかしたら自身の肉体は切り刻まれ、手も足も疾うに無くし、ゴロリとした肉の塊として生かされている疑念が脳裡へ浮かぶ。確かに腕があり、その先には掌と十本の指があると確認せずにはいられずに、闇雲に力を込め在るはずの指を折り曲げようと足掻いたものだ。けれど指の動く感覚はあっても、それが自らの作り出した幻ではないと言い切れない。戒めの食い込む痛みは感じても、指を折り曲げる様を双眸に映し安堵するなど叶わなかった。
 だからなのか…。
こうして拘束より解かれ、自らの意志で肉体を自由に動かせる現実にあっても、それを我が目に捉え、飽くことなく眺めてしまうのだろう。そして幾度も繰り返し、脳の発する信号に反応して、指が思うままに動くのを見つめても、伯爵は意識の片隅でそれを実感できずにいた。映るのは事実。伝わる感触。しかしどこか他人事にも思え、食い入るほどに凝眸している筈が、その行為には醒めた傍観の冷たさがあった。
『答えを持たぬか?』
更に問いかける声に、やはり伯爵は口を開かない。言葉にするには容易い。自らの肉体が自らのものであると、自身で得心したいのだと返せば良い。だが一つづりの語句に、数多の揺らぎを乗せるのは難しい。そこで伯爵は問いを無視し、引き結んだ口唇を開かずにいるのだ。
 『持たぬなら仕方がない…。』
声はあっさりと返答を諦める。そして意識の内側にあった存在の気配も、それを最後に消え失せた。気まぐれに言葉をかけてくる声は、伯爵の行動へ意味を求める。何気ない動作や、日々の決まり事や、今のような伯爵自身でも判然としない仕草へ対し、何故か?と訊ねてくるのだ。勿論、答を返すこともある。どちらかと言えば、真摯なまでに返答を行う場合の方が多い。でも何も返さず黙したとしても、声は殊更に怒りもせず焦れたりもなく、呆気なく引き下がり、時間をおいて蒸し返したりもしない。ただ気づいたから訊いてみただけだと、そんな風な態度に思えた。
 気配が失せると伯爵は再び掌へ視線を落とす。そして最前と同様、拳を作り再び開くことを繰り返した。室内は光彩を極力抑えた薄い萌葱色の明かりが灯る。紛い物の皮で覆った少々硬すぎる座席に納まり、同じ動きを続ける伯爵の耳に、動力部から伝わるのであろう低く籠もった機械音だけが届いた。

(たぶん)つづく

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