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Happy Xmas (War Is cessation)

※大掃除やりながら突如閃いたので書いてみました。
アリーで傭兵で何かどっかの国の市街地戦でクリスマス休戦て話。

下にビローンて長くなるので畳みます。

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Happy Xmas (War Is cessation)

 遠くの街で大きな音が鳴っている。母親がずっと不安そうな顔をしているのが、その雷鳴に似た音の所為だと少年は気づいていた。父親は普段よりずっと仕事から早く帰って来て、難しい顔で幾度も誰かと端末で連絡していた。それもあの音が原因なのだと、彼はうっすら考えていた。
 そして一昨日、この町にも同じ音が鳴り響き、昨日の昼前、機械で出来た巨人が街道の先からいくつも町の中へ入って来た。
 銃を構えた兵士が数え切れないくらい乗り込んで来て、広場の周りに建つ石造りの大きな建物があっという間に形をなくした。
 町外れの教会とその近くに在る学校へ、彼の家族は大急ぎで駆け込んだ。少年達だけでなく、顔見知りもそうでない人達も、大勢が簡単な手荷物だけを抱えてそこに集まっていた。
 夜になっても広場の方から今まで聞いたことのない音が彼らの元へ届く。そのたびに毛布にくるまる彼の手を、母親がぎゅっと握りしめた。
 夢を見たような、半分は起きていたような、中途半端な眠りを彷徨うばかりの夜が明け、朝はひどく当たり前の顔でやってきた。
 少年は毛布からそっと抜け出し、教会の庭へ駆けだした。そこは礼拝堂の裏手にあって、低い木が何本か立っている。彼はそこに家から一緒に連れてきた飼い犬の様子を見に行ったのだ。
 大きな犬だ。彼がまだ赤ん坊の頃に父親が仕事先から貰ってきた。少年と同じくらい子供だったはずが、彼よりずっと早く大人になってしまった赤褐色の長い毛の犬だった。
 皆が寄り添う建物には入れられない。大人達が相談し、教会の裏庭に繋いだのだ。きっと知らない場所で、少年が不安に思うよりずっと犬は心細いに違いない。だから彼は朝日が昇るのと同時に様子を見にいった。いつもするように、抱きしめて頬を擦りつけて怖がらなくても良いと言ってやりたかった。
 白く塗られた低い垣根に沿って走る。少年は息を弾ませ裏庭へ駆け込んだ。けれどそこに犬は居ない。父親が引き綱を繋いだ低木には、結んだままの綱と首輪だけが残っていた。
 怖くて逃げ出した。少年はそれだけを思った。確証はない。だが家へ戻ったとしか考えられなかった。彼はくるりと向きを変える。そのまま今度は自分の家に向かって走り出した。
 町の中心へ続く道を駆ける。普段なら学校へ子供達を運ぶバスが走る路だ。来るときも父親の車で同じ路を走った。まっすぐに延びるそこを、彼は広場の方角へ向け、夢中で地面を蹴った。
 建物が僅かずつ増えてくる。淡い早朝の日射しに照らされる家々は、普段と少しも変わらない佇まいだった。
 丁度パン屋の裏手に差し掛かった時、聴き慣れない音が響く。くぐもった破裂音が三つ。一度止んで再び三度。そして静まりかえる。つんのめりそうに駆けながら、彼は耳を澄ます。でも音はもう消えていた。
 バスの停留所が見えた。その角を右へ曲がる。広場まであと少しの距離。脚が怠く、立ち止まって一休みしたい誘惑を、少年は振り切るようにかけ続けた。
 町は姿を変えていた。角を曲がって程なくすると、見覚えのある建物がボロボロの塊になっている。壁だったものが一部を残して崩れていた。ここで何が起こっているのか、頭の中にうっすらとした恐怖が生まれた。
 壊れた建物の間を抜ける。ジワリと涙が溢れた。冷えた朝の空気がそうさせたのか、それとも肋骨の奥でジワジワと膨れる得体の知れない気持ちの所為か、彼には判じられなかった。
 白んだ壁の脇を通る時、視界の端に見知った色が映る。彼の探す犬の色。茶色と赤の交じったそれが、少年の脚を止めさせた。
 一昨日までそこには三階建ての四角い建物が在った。入った事はない。母親と買い物をする折り、幾度も前を通った覚えがある。
 しかし今はただの壊れた壁が取り残されるだけだ。もう以前の形とは別のものに成りはてていた。
 急に駆け寄ったら犬は逃げてしまうかもしれない。怖がっているなら、そっと近づいて名を呼ぶのが一番だ。少年は慎重に歩を進めた。嘗ての低層ビルだった名残に沿って、彼はちらりと見えた何かに近寄った。
 男が一人座っている。残った建物の土台に腰を下ろし、何とか建っている壁だったものの一部に背を預け、見たことのない男がぼんやりと宙へ目線を遣っていた。
 少年のひそめた足音に男の頭が動いた。そした嗄れた声が一言を作る。
「…んだ、ガキじゃねぇか。」
少年は男との距離を空け、ぴたりと脚を止めた。
「どうしたよ?」
呆然と見つめる子供に男はぞんざいな問いを放つ。少年はじっと視線を相手に据えたまま、数分の間なにも言えずにいた。
 男はすぐに飽きたのか、少年から目線を剥がしまた何もない辺りへ双眸を向ける。漸く少年の唇が動いた。小さな声が短く訊いた。
「怪我したの?」
男は顔の半分と肩と腕が血まみれだった。痛がっている風ではない。だが少年は真っ赤な色味に思わずそう訊ねたのだ。
「まぁな。」
男は別段気にする素振りでもない。
「あっちに怪我のせんせいが居るよ。」
少年は広場の先を指指し、以前連れて行かれた医師の家を教える。
「誰もいねぇよ。」
素っ気なく言われ、少年は気づく。町の人は皆、学校に泊っている。彼もそこから来た。男の言っていることは正しい。
「せんせいは学校に行ってた。」
間違いに気づいて少年ははにかんで訂正する。
「だろうな。」
男は大して気にもせず、相変わらずぼやっとした顔で座り続けていた。
 緊張と怖れで見えなかった周囲の状況が、幾分の落ち着きと共に少年の視界へ映り始める。男の座る場所から建物二つ分ほど後ろに、あの機械で出来た巨人が立っていた。
「おっきい。」
見上げる少年は思ったままを呟く。
「でけぇだけだ。ぶっ壊れちまった。」
男もそちらを眺め、独りごちる風に言った。
 少しの間、少年と男は同じ辺りを見つめていた。
「どこから来たの?」
何かを思いつき少年が口を開く。
「西の街道からな。」
「広場のトコを通った?」
「あぁ。」
「犬…いなかった?」
「はぁ?」
巨人から男の目が少年へ移る。
「赤い毛のおっきい犬。」
「見てねぇな。」
「逃げちゃった。」
「探してんのか?」
「きっと家に行ったんだ。」
「お前んちか?」
「教会の木に父さんが繋いでたけど、居なかった。」
そこまで話すと鼻の奥が熱く痛み、少年の双眸からまた涙がこぼれた。
 夜の間に逃げたのなら、あの聞こえてくる恐ろしい音に巻き込まれたかもしれない。突如浮かんだ可能性が、少年の涙の理由だった。
「ほんじゃ、とっとと家に行けばイイだろうが。」
呆れた声が呆れた風に言う。
 少年は何か言おうとしたが、喉の奥が詰まったようで声が出なかった。だからその提案を受け入れる意思表示に、頭をコクリと一つ動かした。
 その場を離れようとして、だが彼はたった一つ確認せねばならない事を思い出す。
「また大きな音がする?」
男は言われた意味を理解できず、ぽかんとした顔で少年を見ていた。
「どーんて音とか、ダダダて音がしたら危ないって大人が言ってた。」
その意味を察して、男はひどく得心した表情を浮かべる。
「もう、しねぇよ。」
「終わり?」
「休戦だってよ。」
「きゅうせん?」
「休みになっちまったんだよ。」
「おやすみ?」
「あぁ、クリスマス休戦ってやつだ。」
そう言った男は、それまでとは違い、大層がっかりした顔を作り、嗄れた声がひどく残念そうに響いた。
 あの大きな音ですっかり忘れていた。少年はずっとこの日を愉しみにしていた。家の居間に大きなもみの木があり、朝起きるとその下に煌びやかな包装紙に包まれたプレゼントが置かれている。
 何日も前の夕食の時、プレゼントに何をお願いしたのか父親に訊かれた。小さくて乗りづらくなっていたから、もっと大きな大人の乗るような自転車が欲しいと手紙に書いたと応えた。
 少年は目の前の男が大の大人だと解っているのに質問した。
「クリスマスに何が欲しいってお願いした?」
男はきょとんとした面で数秒止まっていた。それからおかしな音で吹き出して、しばらくの間馬鹿馬鹿しいくらい笑い転げた。
「クリスマスなんざぁ、無くなっちまえって頼んでおいたぜ。」
笑いの合間にそう言った男は、愉快でたまらない風に見えた。
 少年は男に背を向ける。恐ろしい音がしないと解ったので、家までの路を歩いて行くつもりになる。瓦礫の影に隠れているかもしれない犬を、具に探しながら行くのだと決めた。
 周囲に気を配りながら歩き始める。数歩を行った辺りで背後に人の気配がした。同時に声が届く。肩越しのそちらへ振り返る。
「こんなトコに居たのか。」
知らない男が残骸の影から現れた。そして血まみれの兵士に話しかけている。
「休戦だってな?」
また残念そうな男の声がした。
「一旦、撤退だ。」
「ったく、面倒なコト言いだしやがる。」
「そんな血まみれで良く言うぜ。」
「こっちは掠っただけだ。」
「何人やったんだ?」
「四人ばかりぶち込んでやった。」
ひとしきり男達の笑う声が上がった。
 少年は二人の男が瓦礫の奥に消えていくまで眺めていた。やってきた方の兵士が、座る男に簡単な手当を施す段になって、急に痛いだの丁寧にしろだのと、大騒ぎしたのが少し可笑しかった。
 広場の手前に数人ずつの兵士が屯している。小さな子供を見つけると、そのうちの一人が駆け寄って来た。何をしているのか?と訊き、少年が犬を探していると応えたところ、手を引きまだ形の残っている建物へ連れて行った。
 そこにも兵士が詰めていた。部屋の隅に赤毛の犬が座っていた。少年を見つけると、大きく吠え、モップに似た尾をあり得ないくらい激しく振った。
 抱きつき、頬を擦りつけ、頭を撫で、何度も犬の名を呼んだ。鼻先をふっさりとした首の辺りに埋めると、埃の匂いがした。ガラスの窓から射し入る陽の光に照らされる赤褐色の毛は、やはりあの男の髪色と良く似ていた。


A very merry Christmas And a happy New Year
Let's hope it's a good one Without any fear

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