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■The sound which is there■

ブッカー×零を書いてみますた。
これは『FENSTER』のトモコさんが描かれたゆっかぜお題の『腕時計の刻む音は』拝見して書いたお!
なのでもしも読んでくれるなら先にトモコ邸でイラストをガン見してから読んでくだされ〜
トモコ邸はこちら→『FENSTER』

すっげドラマを感じるイラだから別にSSはスルーしちゃってオッケて感じだ!


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■The sound which is there■


 普段は全く気にならない。息を吸い、吐き出す音を特別意識などする人間がいないように、噛み合う歯車が、刹那を刻む音など、耳管の端に引っ掛かったところで、内側へ入ってくるだけの重さもないと思い込んでいた。




 気付いたのはベッドの中だった。キスをして、互いの肌へ舌を這わせ、触れてくる大きな手のひらの熱さに驚きさざめく皮膚のざわめきを感じ、指が悪戯に股間をなぞり、そのまま当たり前の如く、後ろで息を潜める秘所へ忍び寄る。一連の決まりごとのあと、粘質にねばる指が腹の中へ入り込み、知らぬ間に数を増やし、あられもない声が身のうちから溢れ、得信した低めの声が名を呼んで、答える暇もなく熱塊が鳥羽口を割り開く。
 その先はひたすらに熱く、無闇に体を揺さ振られ、意味のない呻きや叫びをいくつも虚空へ撒き散らし、押し寄せる果てに喘ぎ、汗に濡れる逞しい肩を爪が傷を残すくらい掴みしめ、最後は切れ切れの恨み言めいた単語を吐き、そして彼の名を繰り返す。それを口にしたら、何もかもが与えられると信じるように、高く語尾を震わせ、自分にだけ許される唯一の名を…。
「う…あ…ぁ…ジャック…もう…っ…。」
答えはない。代わりに深みへ飲み込む陰茎をさらに押し込まれ、同時に掴む腰を狂ったように揺すられた。
「あっ…あぁ…くっ…。」
上がる嬌声は終わりの警鐘。張り詰めた雄を握られたと感じた次は零の記憶から消える。無音のインターバルは一瞬、あるいはその半分。肉体と乖離した意識が戻った時、彼を高みへと引き上げた腕は、愛しげに体を抱き締めていた。
 跳ね続ける互いの鼓動。徐々に取り戻す平静。満足気な吐息が一つ、ブッカーから洩れる。零を受けとめる胸が大きく動き、ゆっくりと静まる。直後にたれ込めてくる夜半の静寂(しじま)。このまま眠ってしまいたい怠さが、零の目蓋を重くした。
「おい、おれの上で寝ちまうつもりか?」
「それも、いいな…。」
「勘弁してくれ…。おまえは休みでも、おれは仕事だ。」
「ご苦労であります、少佐。」
輪郭の曖昧な台詞。本当に寝てしまったら、この男はどうするだろう…。さらに重くなる目蓋に逆らわず、鈍る思考で零は冗談ともつかぬ思いを浮かべた。不躾な部下をシーツへ転がすなど、簡単なことだろうに、がっしりした腕は動こうとしない。変わらず背を抱いたままだ。
 耳に相手の鼓動が届く。規則正しいそれは、何よりの安堵と充足を促し、零は現状に甘えることをやめられずにいる。行為のあとのひととき。空調の微かな響き、眠りを誘うブッカーの安定した呼吸音、時折自分からこぼれるひそかな吐息。ひどく満たされたそれを細く吐き出しながら、零は不意に物足りなさを覚えた。
何が足りない?
すぐには思い当たらず、彼は視線だけで周囲を探る。しかし見回した範囲にコレといった異点はない。
何が違う?
視覚では捉えられない何か。欠落するのは音だと察するのに、初めに違和感を覚えてから五分と少しかかった。
 足りないのは時計の音。ハッとして持ち上げた頭、向けた視線の先、サイドテーブルに乗るはずの腕時計が見当たらない。
「時計がない…。」
ぼんやりとした呟きに、仰天の色はなかった。
「ああ、修理に出した。」
聞こえた台詞には呆れた響きが滲んだ。今頃気付いたのかと言う風な、力の抜けた声音が続ける。
「昼間から、してなかったんだがな…。」
「気が付かなかった。」
それは違うとふやけた声が言う。
「気づいてなかったってのは間違ってるだろ?おまえは時計なんか見ちゃいなかった。」
それが正解だとブッカーは念を押した。
「そうかも…しれない。」
「おまえは、いつもそう…だよ。」
何も見ていない。何も気にしない。自分を取り巻く周囲を二つの眼に映していても、それは意味を為していない。
「おまえは、たった一つしか…見ていない。」
「俺は、何を見てるんだ?」
自分のことを他人に訊く。おかしな話だと零は鼻白んだ。
「雪風…だろう?」
零は薄く笑い頭(かぶり)を振る。横にふるりと一度。それから口元をもう少し和らげて、心持ち愉しいことを告げる口振りで、ポツリと言う。
「あんたも見てる…。」
「そうかな?」
「あんたの時計は見ていない。でも…あんたのことは見てるさ、ジャック。」
会話はそこで終わる。足りない音の話を零は語らなかった。何故ならブッカーが好い加減に降りろと促し、珍しく零がそれに従ったからだ。
 夜は乾いた空調の音と二つの寝息と身じろぎの起こすシーツの擦れる微音と、足りない時計の音を飲み込んでゆったりと過ぎる。ベッドサイドの灯りが、薄暗がりに浮かび上がる。それの乗るお粗末なテーブルの上には、やはり見慣れたリストウォッチは置いていなかった。




 翌日の午後遅く、既に夕方と呼ぶべき時刻に、零はブリーフィングルームに居た。非番だからフライトの予定はない。午前の遅くまで居た上司の部屋から、自室へ戻らず此処へ来た。いや、その前にトレーニングルームへ寄り、充分に汗をかき、シャワーも浴びた。昼とも夕ともつかない食事を摂り、それからこの部屋へ辿り着いた。大きく開ける硝子窓。眼下にはハンガー。突っ立って一時間くらい、忙しなく動く整備員と、整然と並ぶ戦闘機、そして一人鮮やかな朱を身につける男を眺めた。面白くもなく、かといって退屈もしない。人と機械が混然となる空間を、彼は延々見つめていた。時々、騒々しいブザーの音。帰投した機体が地上から降りる合図。持ち場へ走る整備員。一人、二人、三人。それまでの流れから外れ、新たな動きでハンガーを移ろう。
 墨の濃淡で描かれたような空間の中を、一人鮮やかな色を纏う男が走り回る。一所に留まっているのは長くて五分程度。何処からか声がかかり、弾かれたかに顔が上がると、持て余し気味の長い足で床面を蹴り、朱色の男が素早く移動する。その様は少しだけ面白かった。知らぬ間に、零はその色を目で追い、気づけばずっと一人だけを眸へ映していた。
「今は、あんたのことを見てる…。」
確認めいた呟き。まさかそれが聞こえたハズもないが、不意にブッカーの顔が上方を仰ぐ。硝子越しに見下ろす男に気づいた。軽く手を上げるいつもの挨拶。零は顎を僅かに動かし応えた。
 朱色がまた移動する。目指す先はリフトだ。飛び乗った途端、上へと昇ってくる。アッという間にハンガーから繋がるドアが開く。
「何時から居た?」
「さぁ…。」
「今来たのか?」
「いや、暫くここに居た。」
「熱心だな?」
非番のくせに…。からかいを乗せた台詞。
「そうでもない…。」
抑揚もなく答える。
「何見てた?」
零は迷わず即座に返す。
「今は、あんたを見てた。」
真正面の顔が仰天を張り付けた。見開かれる双眸。二三度大きく瞬く空色。直後に弾けた笑いが響く。
「なんだ?煽てて奢らせようって魂胆か?」
「そうだったら?」
「あと、2時間付き合うなら考えてやってもいい。」
フッと上がる左腕。覗き込んだ先には見覚えのある時計。
「付き合う?」
「オフィスに残ってるヤツを片づける。」
デスクワークだと重ね、どうする?と訊ねるブッカー。
「手伝ったら報酬がある…てことか?」
「正解だ、坊や。」
「付き合っても…いい。」
「商談成立だな。」
途端、持ち上がった腕が零の肩へ廻り、長い指がサワリと髪を撫でた。耳のすぐ傍から聞き慣れた小刻みな音。刹那を刻むそれが、戻っている。足りなかった音がそこにあった。
「二人なら、もっと早く片づくかもしれん…。」
肩を組んだままオフィスへ向かう。布越しに感じる相手の温度。密やかに届く時計のリズム。ホッと安堵めいた溜息。漸く揃った日常の欠片。零は無言でそれを聞いた。




 普段は全く気にならない。息を吸い、吐き出す音を特別意識などする人間がいないように、噛み合う歯車が、刹那を刻む音など、耳管の端に引っ掛かったところで、それの寄越す意味など、特別考えたことなどなかった。




end


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後日、ギャラリへ移動するですよ〜