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遅刻は気づかない方向で!

7月17日は伯爵…てか江戸門のハピバなので落書きしたのですけれど…
なんか変な話なのでどーしよーかグズグズ迷っている間に日付が相当変わってしまった;
カバ伯でチスまでです(小声)

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 唐突と現れるのが常であるから、その青年がふらりと部屋へ入ってきても伯爵はチラと視線を向けただけで、特別驚きもせず咎めたりもしなかった。
「なぁ、アンタは連中に生まれた日を祝われて愉しいか?」
空間に幾枚も拡げたモニタへ見入っていた伯爵へ、アンドレアは背後からそう訊いた。
「質問の意味が判然としないが?もっと判るように言ってみろ…。」
青年は軽く呆れた仕草をする。肩を竦ませ、やれやれという風に頭(かぶり)を数度横へ振った。判っているくせに…と、喰えない相手へ薄笑いを向ける。
「言ったまんまだけど?」
「何であれ、他者から祝言を手向けられれば嬉しく思う。」
「相手が誰でも…かよ?」
「それは…相手に因るだろうが…。」
しかし今し方の質問に『あの連中』とあった。それは明らかにこの屋敷で共に在る者達を指している。更に彼ら以外が生誕を祝うはずがない。何故ならば、伯爵の細かな情報はどこへも流れていないからだ。
「少なくとも、あの者達からの祝言を疎ましく思うなど、あり得ないことだ。」
「あっそ…。」
不躾な青年は伯爵の真後ろへ立ち、背へ降ろした艶やかな髪を適当に掬い、指を絡ませ弄ぶ。
「アンタとオレは同じ種類の生き物だと思ってた。だから本心じゃ、あんな馬鹿馬鹿しいママゴトを反吐が出るくらい嫌ってると思ってたけど…な。」
「馬鹿馬鹿しい…飯事…?」
顔だけを返す伯爵は、厳かに言い、うっそりと笑う。宙でアンドレアの視線と伯爵のそれが交わる。見下ろす青年は禍々しく笑っていた。
 誰からも望まれず生まれ落ちた者は、他者が生誕を祝う行為に虫ずが走ると、零れるほどの笑顔で言ってのけた。
「でも、アンタは違ったみたいだ。」
「そうか…?」
「喜んじゃいないみたいだが、最悪だとも思ってねぇから…。」
「ならば、私はどう感じていると?」
「何とも思ってねぇだろ?そういう風に見える。」
「そうかも……しれんな…。」
伯爵の白皙から笑みが消える。残ったのは無の感情。何も思わず、何も感じず、何も抱かぬ心中が、薄い影のように面を覆った。
「なら、オレがアンタに相応しいのをヤルよ。」
「お前が…?」
伯爵の問いかけに戻ったのは、綺麗に整えられた指先が細い顎を掴む感触と、ゆっくりと侵蝕する唇の触感。
「んっ…。」
口内にすら僅かな温度しか持たない伯爵には、押し入ってくる異物の抱く体温すら、高すぎる熱に思えた。
 これまでも幾度か接吻をされた。大概前置きもなく口唇を塞がれ、否応なく口腔を嬲られた。しかし今日は少しばかり様子が違う。アンドレアは好き勝手に口吻を貪り、不躾に舌をいれてきて、更に口蓋やら頬裡やらを思う様舐めまわしている。けれど以前にはあった殺気に似た激しさがない。相手を壊してしまうかの、危うい強さを感じない。擦り寄ってくる相手の舌を受け入れつつ、伯爵はその違和感に眉を顰めた。
「ん…っ…んっ…。」
ゆるりとまとわりつく舌が、伯爵の舌根へ絡んだ。そのまま呼吸も奪うほど吸われるかと思いきや、それはアッサリと離れ、窄めた舌先が戸惑う舌裡をヌルと舐めた。そして再び、薄く広がり身を寄せる仕草で擦り寄ってくる。まるで好いた者が仕掛ける口づけのようだ。伯爵は相手の思惑が欠片も読めない。不安はないが、居心地が悪い。舌を奪われながら、その真意を探る切欠を待つ。だが接吻は穏やかなまま、ゆったりと続くばかりだ。
 口づけの間に、顎を捉えていた指は解ける。口唇を交わらせたまま、アンドレアは背後から脇へ動く。そしてふわりと腰を折り膝を付いた。主人へ諂う従者の姿。それは彼が最も嫌う姿勢に他ならない。薄く目蓋を開き、その様を追っていた伯爵は、滅多にないことだと俄に瞠目した。唇を触れ合わせながら、薄唇から驚嘆に似た微音が洩れる。耳ざとい青年は直ぐさま音を拾ったらしく、唐突と接吻を切り上げ、間近から潜めた声で問いかける。
「なに愕いてんの?」
「珍しいものを見たのでな…。」
するとアンドレアは可笑しくて堪らないと声を震わせた。
「商売用だぜ。必要なら誰にでも見せる。」
「此処でそれを見せる真意はなんだ?」
「アンタにピッタリだと思ったから…。紛い物が好きなんだろ?偽物を山ほどかき集めて、その中でふんぞり返ってるのが好きなアンタには、これが一番だと思ったけどな…。」
「なるほど…。」
無の影が白皙から失せる。刹那、驚嘆に似た表情が浮かび、直後端正な面は見事に破顔した。高く響く声音。伯爵は一頻り手放しで笑い続けた。




 望まれず生を受けた者から、疎まれて生を奪われた者への、心ばかりの祝言に、これほど最適な行為はない。伯爵は暫し我を忘れたかの笑気を放ったのち、不意に真顔で青年を凝眸する。
「なんだよ?」
「お前にしては気の利いた祝言だと感歎した…。」
「だろ?」
「ああ、哀れみを覚えた。」
「は?オレに喧嘩売ってんのか?」
つぃと視軸が外れる。煌びやかな青年の訝しげな面から、伯爵は何もない虚空へ視線を流す。
「いや、己への哀れみを…覚えたと言ったのだ。」
半瞬の沈黙。次いで弾ける笑い。アンドレアは馬鹿らしいほど大袈裟に声を響かせ高く笑った。
「可笑しいか?」
「最高だぜ…。」
語尾を引きつらせ笑気を募らせる青年へ、伯爵は冷ややかで穏やかな眼差しを向けた。
 やっと笑いを収めた青年は、変わらぬ遜った姿勢のまま、椅子へ掛ける貴人の腕を掴む。
「じゃぁ、もっと哀しくなるコト…してやるよ。」
肘掛けからしなやかな腕を引き剥がし、アンドレアはほっそりとした指を口へ含んだ。指の腹を舌先で擽り、上目遣いに次を垂れる。
「哀しくて、たまんなくやり切れない気持ちにして差し上げますよ、伯爵…。」
今は見下す伯爵が口元をゆるりと崩す。それは確かに笑みを形作る予兆に見えた。
「引き際の潔さを教えて欲しいか?アンドレア…。」
薄く貼り付いた笑いのまま、背筋を怖気が這い上がるかのおぞましさを含む言が、伯爵の口唇からひっそりと零れる。アンドレは視線を外さず、しかし寄越された言に滲む本意を察した。指を解き、口唇を離す。
「おっかねぇ…。」
それは御免被ると吐きつつ、青年は立ち上がる。そして仰々しい礼を一つ。
「精々偽物の祝いをご堪能ください。」
現れた時と同様、アンドレアは何事も無かった風に去っていく。異物を吐き出すかに閉じる扉。忘れていた静謐が室内に舞い戻る。伯爵はやってきた喧噪など全く憶えのない素振りで再び拡げた空間モニタへ視線を遣った。それから数分の後、扉へ二つ音が鳴る。入室を許可するいらえ。静かに開く扉。戸口に立つ従者の姿。家礼は慇懃に一礼する。そして恐らくこう言うのだ。
『今宵は僅かですが祝いの夕餉を設えました。』
伯爵は軽く頷き感謝を返す。それが偽りであろうとなかろうと、柔らかく笑んで受け取るのだ。例え胸裡に自身への哀れみが滲もうとも、穏やかに謝辞を述べると、伯爵は決していた。




おわり

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カバ如きでは揺るがない伯爵が書きたかったのですけど…ね;