マヒロんちの伯爵があんましカワユイから落書きしたお!
なんであんなに得意そうな顔してんだ?て話
ちょっと子供風味かも…
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用向きをつつがなく終わらせ、しかし大慌てで戻った家礼が主人の私室へ報告に訪れると迎えた主人は予想外に上機嫌だった。
「何かありましたか?」
ベルッチオは報告も忘れて、思わず心中を口にする。この男にしては珍しい。伯爵は鼻先で笑う。それも普段のフッと息を抜く密やかな笑いでなく、フフンと聞こえるえらく楽しげな音が漏れ、ベルッチオは余計に詮索したい心持ちを強くした。
「先に事の次第を聞こう…。」
相手の胸中を見透かすかに伯爵はそう言った。明らかに釘を刺すためだ。問う前に述べよと、薄唇はベルッチオのらしからぬ台詞を嗜めた。
「失礼いたしました。」
慇懃な男の畏まった謝罪。伯爵しごく満足気に双眸を細めた。
家礼の尋ねた先は例の男達の私邸。持参したのは謝礼の品。珍しくもない物品に意味はない。あるとすれば、主人のしたためた一通の書簡。一読したのち、それを奴らがどう受け取るかが重要なのだ。一両日のうちに返礼が届くだろう。相手が馬鹿か利口か、それが伯爵に次の手筈を伝えるはずなのだ。
「恐らくダングラール以外は在宅していない様子でした。」
「この時間なら不思議ではあるまい…。」
「応対は執事と思しき輩でした。」
「それなりの対応をしたと言うことか…。」
「はい、一応は…。」
ご苦労だったと労いが下る。ベルッチオは一つ息を吸い、最前の続きを述べたものかと思案した。
「ベルッチオ…。」
「はい。」
「お前は、戻るなり何かあったかと聞いたが…。」
「申し訳ございません。」
「いや、今は咎めているのではないのだ。」
伯爵はうっそりと笑みの形に口唇を緩め、まだ聞きたいか?と静やかな声音で訊ねた。
「差し支えのないことでしたら、伺いたく思います。」
「そうか…。」
一人がけの豪奢な椅子に納まる主人は、長くしなやかな足をゆったりとした仕草で組み直した。
それは家礼が屋敷を出てから、一時間と少し経った時だった。伯爵の地上階にある私室の扉が、前触れもなく開いた。
「やっぱ一人なんだ。」
薄笑いを浮かべる青年はあいさつもなく室内へ踏み入ってくる。
「ハゲの姿がないから、アナタもお出かけかと思ったけど、馬車があるし、車も置きっぱなしだから、もしかしたら…て思ったらビンゴじゃねえか…。」
勝手にペラペラと言葉を並べ、ベネデットは伯爵の傍らまで無遠慮に近づいた。
「お前を呼んだ覚えはないが?」
「オレも呼ばれた覚えは微塵もねえよ。」
ニヤニヤと顔全体を弛ませるが、二つの眼は鋭さと貪欲さをむき出しにしている。
「用向きはなんだ?」
「これと言った用事はないかな?強いて言えば暇で退屈だから、アンタと遊ぼうと来てみたって感じだな…。」
美しく手入れされた指が、伯爵の豊かな髪を一房掬う。軽く持ち上げ鼻先を近付けた。
「いい匂いだよ、アンタはいつも…。」
あのハゲにケツの穴まで洗わせてんだろ?
無礼極まりない戯言を、当然のように言い放つ。
「お前の知ったことではない…。」
伯爵は聞き飽きた愚言を、涼しい顔でやり過ごす。
「まあ、オレもアンタのケツを洗いたいわけじゃないしさ、もっと楽しいことをしたいのが、本音だけどね?」
髪から離れた指が、伯爵のほっそりした顎をつかむ。柔らかな低音が、何かを発する前に、礼儀を知らない野良犬の口吻が伯爵の薄唇を塞いだ。
ギシリと乾いた音が発つ。ベルッチオの両手にはめた黒革のクラブが軋みをあげたのだ。二つの拳はこれ以上ないくらい握り締められている。喉の奥から、怒声を飲み込む鈍い音が鳴った。怒りを向けるべき相手がいない。それが、家礼を殊更に苛立たせた。
「あれは接吻をしてきた。」
ベルッチオの怒気を煽るかに、伯爵が行為を口にする。
「しかも、あれは舌を入れてきた…。」
主人の言い様は、まるで他人ごとだ。嫌悪どころか、ひとかけらの怒りすら滲んでいない。
「あの者の躾を仰せ遣った…私の落ち度です。」
仰々しいまでに頭を垂れ、深い謝罪を述べる男の、濃いレンズに隠れる双眸は、恐ろしい程も鋭利な光を宿す。獣のぎらつく眼差し。それは殺意に近い。
「お前の落ち度かもしれぬ。だがこの度はお前があれを叱責する必要はない。」
「…と、申されますと?」
「私が躾の真似事をしてやった。」
「伯爵、それはどのような?」
そっと頭を上げるベルッチオの目に、鮮やかな主人の笑顔が映った。
「許しも乞わず接吻を欲しがる愚か者の…。」
伯爵は愉快だと細い笑いを零し続ける。
「無礼な舌を噛んでやった。」
しかも強かに…。
「伯爵…。」
惚けた面の家礼は、つづく台詞を忘れた。
「ベルッチオ…。」
ゆるりと立ち上がる主人が、面食らったままの男へ近寄る。
「しかし、些か後味が悪い。」
刹那広がった錆臭さが、まだ残る気がすると、伯爵は芳眉を寄せた。
「口直しが欲しい…。」
ベルッチオが何を所望されるかと訊ねるより早く、伯爵の口吻が男の口へ触れる。一度柔らかさが押しつけられ、ついばむ仕草で輪郭をなぞると、それは瞬く間に離れていった。
「珈琲が良い…。」
つっ立ったままの家礼へ、そう告げた主人は、子供じみた得意さを眼差しに込め、しごく楽しげな笑みを刻んだ。
おしまい
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ベル千代も降参w