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オリジ

基本は版権の二次創作すきーなんだけど偶にオリジ書きたくなる
去年の終わりから今年の春くらいまでスランプだった時は異様にオリジ書きたかった
どーも既存の設定の中で何か考えるのに煮詰まると書きたくなるらしいよ
で、ちょっと気晴らしに書いてた奴を晒しておきます
つづきものでオヤジ受けでかなり長い話の最初のトコ

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坂の夕暮れ


1.腕

 肩まで捲り上げたTシャツから伸びる、思ったより筋肉のついた腕へ視線が貼り付いた。不自然に凝視すべきでないと思いながら、竹原はそれを引きはがせない。気づかれると思った途端、振り返った男と目があった。
「あれ?なんか用事すか?」
「え?あ…中内さん、何処に居るかな?」
「ナカさん、またフケってますよ。」
竹原は男の名を知らない。仕方なく『君』と呼んだ。
「来週から棚卸しが始まるんだけれどね、数量のチェックシートを先に渡しておこうと思ったんだが…。」
君が預かって渡して貰えないか?と続ける先をあっさりと男が奪った。
「じゃぁ、俺が預かりますよ。どうせ商店街までサボりに行ってんだから、まだ帰って来ないっすよ。」
男は屈託なく中内の行動を喋る。全く悪気はないようだ。竹原は参ったなと苦笑する。
「君、そんな事をわたしに言ったら拙いよ。」
「え?あ!そうか、竹原さんて本社の人でしたっけ?」
「まぁ…ね。」
「マズったなぁ。これってナカさんの給料とかに響きますよね?」
「いや、そうでもないよ。」
竹原は鳩尾の辺りがギュッと絞られる感触を覚えた。本社の人間でも彼の言葉はそこへ届かない。不要で、営業所とは名ばかりの倉庫へ出向させられる輩が何を報告しても、聞く耳を持つ者など上には居ないと判っているからだ。
「本社の偉いさんには黙ってて貰えますか?」
「ああ、この程度の事なら黙認するよ。」
「竹原さん、懐深いっすね。」
「そんな大したことじゃないからね…。」
気持ちの良いほど破顔する男を目にして、竹原は自分の卑屈さに苛立つ。おれは器の小さな人間だと、腹の底で苦く言う。
 ドロリとした苦みに嘆息しそうになった。が、その前に一つ気になる事が浮かんだ。
『竹原さん…。』
男は自分をそう呼んだ。恐らく言葉を交わしたのは今日が初めてのはずだ。顔は何となく知っていたが、彼は相手の名を知らない。
「君、えーっと…。」
「あ、スイマセン。俺、バイトなんすよ。泰田です。」
キチンと向き直り、泰田と名乗った男は頭をぺこりと下げた。その時、また竹原の視線は剥き出しの腕へ向かう。キレイに筋肉の乗った腕は薄く日に焼けていた。そして、左の肩から五センチくらい下、そこから肘の七〜八センチ手前辺りまで、皮膚が引きつれた風に傷ついていたのだ。火傷の痕にも見える。でも違うとも思えた。
 気になった。疵痕めいた名残が、そして伸びやかな腕の逞しさが。
「どうかしたんすか?」
急に黙り込めば誰でも不審に思う。慌てて言い繕いを捜す。
「そ、そうか…、えーと泰田君はバイトだったのか。」
「そうなんすよ。」
「だから職員の名簿に君が見あたらなかったんだな。」
職員なら全部引き合わされている。隣接するプレハブの倉庫に詰める、数人とも挨拶をしていた。けれどバイトは時間が不規則なのもあり、またあっと言う間に辞めてしまうことから、余程長く勤めていない限り、引き合わせなど行わない。時折、倉庫横の詰め所へ行くことはあった。その時、顔を合わせていた程度の面識だったわけだ。
「ここは長いの?」
「うーん、今月の終わりで一年…。や、一年と一ヶ月かな?」
「じゃぁ、わたしより長いじゃないか?」
「竹原さん、どれくらいでしたっけ?」
竹原はやっと三ヶ月が終わると言ってから、ところで君はどうしてこちらの名を知っているのか?と訊いた。
「だって、ホラ…。」
瑕のない右の腕が少し上がる。人差し指が竹原の胸の辺りを指した。
 倉庫へ行く時は揃いのジャンパーを着るのが決まりで、当然彼もそれを羽織っている。その胸元にはプラスチックの名札が留めてあった。『総務部/管理課 竹原嗣』と、黒々としたゴシックで印刷してある。
「そうか…、名札か。」
泰田はそうですよ…と言いながら笑った。釣られ竹原も笑う。やはり目の前の男は潔いくらい鮮やかな笑顔を作っていた。




 業務終了を告げるチャイムは、すこし歪んだ音に聞こえる。もうずっと始業と昼の休憩と仕事の終わりを伝え続けているそれは、恐らく一度も音源を切り替えたことがないのだろう。嘗て誰しもが耳にした、学校の始業と終業を知らせる間延びした音階と同じメロディが、古めかしい建物の内と外に鳴り響く。待ちかまえていたかにデスクから立ち上がる職員達。彼らは半時間以上前から、この音が鳴るのを待ちわびていた。残業などはなからする意思はない。五時を合図にそそくさとオフィスを出る。竹原は一人、二人と帰っていく人間へお疲れ様と声をかける。
「竹原部長はまだ帰られないですか?」
同じ部署の一人が訊く。
「わたしは戸締まりが仕事ですから。」
笑いながら机上の鍵束を指さす。
「営業で戻らないのは…。」
パーテションで区切られたフロアの端を眺め、同僚は二人ばかりが帰ってこないのだと確かめた。
「営業は個別に鍵を持ってますから、先に上がられても構わんですよ?」
「六時まで待って考えます。」
「まぁ、なるべく早く上がってください。」
早く帰れと目線が言う。大して忙しくもないのに、残業するなという意味だ。
「では遅くならないうちに…。」
 肩書きは部長、待遇も勿論それに準じる。部長待遇は残業代はつかない。でも終業報告を本社に上げれば、誰が何時までも残っていたかは筒抜けだ。本社の人間より先に帰るのは、具合が悪いと思っている。同僚は営業所の人間だ。しかも課長で竹原より役付けは下になる。だからさっさと帰れと仄めかす。しかし強くは言えない。
「そうそう、残っていても残業…つきませんからな?」
直ぐにでも帰れと言いたげに課長は言い方を変えて促すと、軽く会釈して出口へ向かった。
「お疲れさまでした。」
人の失せたフロアに竹原の声が響いた。
 ガランとした空間。西側の窓にはブラインドが降りる。四月の終わり。午後五時でも外は欠片も夕暮れの色にならない。竹原はそれから三十分、翌日の予定を確認したり、作りかけのワークシートを拡げたり、どうでも良い雑事でやり過ごす。結局、五時半を待ちオフィスを出た。営業の外回り組は戻らない。事務所を締める彼の役割は形式上のものだから、別段竹原が行う必要などなかったのだ。机上の鍵束を鞄へ入れる。責任の重さは、空気より軽い。古びた真鍮の鍵が何本も下がるリングのずっしりした感触は、単なる金属の重量で、それが意味するものなど何もないのだと、彼も重々承知していた。
 正面玄関から一旦外へ出る。やはり空は青いままだ。駅まではバスがある。でも彼は300メートルほど歩いた先にあるバス停へは向かわず、建物を回り込み隣接するプレハブの倉庫へ足を向けた。事務所には誰も居ないこと、このあと営業が二人戻ることを、倉庫の詰め所に居るだろう職員へ伝えようと思った。開けっ放しのシャッターから中を覗く。が、倉庫は無人のようだ。脇にあるドアから詰め所へ顔を出すと、最前は留守だった責任者の中内が草臥れた椅子にかけていた。
「お疲れさまです。」
声をかける。ドアが開いたと気づいていなかったらしい。中内は大袈裟にギョッとした顔を戸口へ向けた。
「ああ、お疲れさまです。お帰りですか?」
鞄を提げ、背広を着込んだ竹原は、軽く頷いてから伝えるべきを言い渡す。
「そいじゃぁ、野田君たちが帰ってきたら、事務所出る時に戸締まりしろと言っときますよ。」
「すいません、よろしくお願いします。」
「未だこっちは最後の積み出し待ちですからね。丁度、それが終わるくらいに彼奴らも帰ってきますよ。」
「最終は何時にトラックが入るんですか?」
「大体は六時半かなぁ。でも混んでると平気で七時すぎますから、伝言はちゃんと伝えますよ。」
竹原は中内の話を聞きながら、埃っぽい室内をざっと見渡した。中内以外にも誰かが残っているなら、壁に寄せたテーブルの辺りに飲みかけのカップが置いてある。でも、そこは既に片づけられていて、バイトやパートタイマーはもう帰ってしまったのが判った。あの腕に疵痕のある男のことが脳裡へ浮かぶ。さり気なく中内へ訊ねてみたい気持ちになった。けれど竹原はそれを仕舞う。不自然でなく、何気なさを装って、泰田と名乗った男について話す切り出し文句が思いつかなかったのだ。
「じゃぁ、お先に…。」
竹原が口にしたのはそれだけだった。ドアから屋外へ出ると、空はうっすら夕刻の色へ移り始めていた。




 竹原はバス停を通り越し、そのまま駅へ歩いていく。バスは大通りを迂回する。徒歩で駅を目指すなら、市道を直進し、そのまま長い坂道を昇るのが一番近い。営業所は周囲を丘陵にかこまれた谷底に建つ。そして駅は丘の上にあった。坂は上り初めが急で、一旦ゆるやかになり、頂上近くで再びグッと傾斜を強める。下から見上げると大したことがないと思え、いざ昇り始めると半分より手前で息が上がる。朝の忙しない時間にはバスを使う竹原も、帰路は大概徒歩を撰ぶ。別に健康のためとか、バス代の節約ではなく、中途でゆるやかになる辺りから見える眺めが気に入っているのだった。
 特別の絶景ではない。古い町並みと新しい住宅が混ざり合った、どこにでもある住宅地を一望するだけだ。面白くも美しくもない景観だ。どこが好きなのかと問われたら、答えに窮するくらい、何の変哲もない眺めだった。竹原自身もどこに惹かれるのはさっぱり判らない。でも登り始めの急坂が終わり、ホッと一息を吐く際、視界に入ってくるそれが妙に気に入っていた。
 今日も彼は同じあたりで足を止める。道の端で振り返り、視軸を遠くへ放つ。沈み始めた夕日の朱が、街全体を掠れたオレンジ色に塗り替えている。竹原はこの眺めを目にすると、どうしたワケか懐かしい気持ちになる。自分の生家の町並みに似ても似つかない住宅街が、何故懐かしさを運ぶのだろうかと、彼は徐々にオレンジを強める陽射しに目を細めながら茫洋と考えた。そして仕切り直す風に大きく息を吐いて、また頂上を目指して足を進めた。
「竹原さん!」
真後ろから声がぶつかってきた。一瞬、仰天で肩が跳ねたのが自分でも判る。弾かれた風に振り返ろうとした。すると既に真横へ並んだ自転車に乗る男が、やっぱりそうだと大きめの声で言った。
「泰田…くん。」
「今、帰りっすか?」
「君も…か?」
泰田はヒラリと自転車から飛び降りる。押しながら横へ並んだ。
「下から昇ってきたら歩いてるのが見えて、多分竹原さんだと思ったら、アタリだったっすね。」
「君も駅までか?」
「いや、俺はチャリ通なんで…。」
「近いのか?」
「まぁ、近いって言えば、そう…かな?」
どの辺りに住んでいるのかを訊こうか迷う。が、竹原はこの時も質問を飲み込んだ。詳しく説明されても地の利がない彼には理解できず、またそっけなくかわされたら、訊かなければ良かったと後悔するのが判っていたからだ。
「竹原さんは駅から電車なんすか?」
「ああ、そうだよ。」
やはり住まいの事を訊ねてみようか…。竹原に再び迷いが生まれる。でも、それが形を得る前に、泰田はあっさりと自転車に跨った。
「じゃ、俺先に行きます。」
「え?ああ、気を付けて。」
夕暮れの坂道を自転車は愕くほどの速さで昇っていく。力強くペダルを踏み込む両足の動きを、竹原は少しのあいだ間抜けなツラで眺めていた。重くなったオレンジの光を受け、泰田は急坂を駆け上がる。白いTシャツの背中も熟れた果実色に染まっていた。昼間、竹原の目を奪った逞しい腕は、しかし下ろしたシャツの袖に隠れ、あの引きつれた疵痕も見えなかった。ずっと目で追いかけ、彼の視界から自転車と泰田が消えてから、漸くその事に竹原は気づいた。


つづく
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・竹原 嗣:リーマン
・泰田 岳臣:フリーター

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